ニュースリリース

第103回マーケティングサロンレポート「日本マーケティング本 大賞2019」準大賞 受賞記念マーケティングサロン 『マーケティング・リサーチのわな ― 嫌いだけれど買う人たちの研究』

第103回 マーケティングサロン:東京
「日本マーケティング本 大賞2019」準大賞 受賞記念
マーケティングサロン
『マーケティング・リサーチのわな ― 嫌いだけれど買う人たちの研究』

日程:2019年11月26日(火)19:00-21:00
場所:BOOK LAB TOKYO(渋谷区道玄坂)
ゲスト:古川 一郎 氏(武蔵野大学 経営学部 教授 / 日本マーケティング学会 会長)
サロン委員:飯島 聡太朗・織田 由美子・加藤 貴大・谷 雨・雷 蕾・京ヶ島 弥生
 
【サロンレポート】
 古川一郎先生は、「個人が何を選択するか」という大きな問いのもと、『マーケティング・リサーチのわな ― 嫌いだけれど買う人たちの研究』を執筆されました。この度の「日本マーケティング本 大賞2019」準大賞の受賞を記念し、本サロンでは、書籍執筆にあたるまでの背景をはじめ、書籍にまとめられた研究の内容から、現代日本を取り巻く国際情勢のもとでの消費者の選択に至るまで、幅広くご講演いただきました。
  
【概要】
個人は何を選択し、何を選択しないのか:キャリアの選択と学術領域ごとの選択の捉え方
 ご講演は、古川先生ご自身がなぜ経済学部への入学を選択したのかというお話からスタートしました。古川先生は、将来のキャリアが最もひらけているというお考えから経済学部へ進まれ、不確実性下の意思決定問題の課題に取り組まれました。大学入学当時は、PC-8801が普及し、タイプライターでカード・リーダーに穴をあける時代だったそうですが、シミュレーションを行えるようになるなどコンピューターも進化してきた頃だったといいます。学術的には、Tversky and Kahneman(1981)がミクロ経済学に正面からぶつかっていったことをはじめとし、マーケティング・サイエンス、マーケティング・リサーチの分野で研究が進んできた時代だったそうです。
 続いて、個人の選択を科学的視点から考えるにあたり、マクロ経済学、ミクロ経済学、行動経済学、消費者行動論、マーケティング論における「選択」の考え方についてお話いただきました。マクロ経済学は、有効需要をコントロールすると、個人の働くという選択、すなわち失業率をコントロールできるという考え方です。ミクロ経済学は、個々人の選択と価格の関係がベースになっています。そして、予想通りに不合理な選択が行われることを実証的に検証する視点を持つのが行動経済学です。マクロ経済学・ミクロ経済学・行動経済学は、それぞれの主張が独立しており、理論的な整合性はとれていません。一部の研究者からは、経済学を勉強しても社会的な問題は解決できないとさえ指摘されるほどです。その点、消費者行動論の世界では、経済学のような均衡を全く考えません。個人の意思決定を企業の意思決定に直接結びつけるのが、マーケティングです。マーケティングの大家であるコトラーは、3人のノーベル経済学賞受賞者に師事しています。このことからも、マーケティングと経済学の関係性が読み取れます。マーケティングでは、4Psを組み合わせ、属性を変化させることで、消費者による評価(効用と選択)をどのように動かせるかを検討しています。
 
 
嫌いだけど買う消費者:中国への関心
 ブランドイメージと個人の選考の関係を検討するにあたり、中国市場を対象に、日系自動車メーカーのイメージと購買意図の関係性を調査されました。当時の中国市場は、自動車城(じどうしゃじょう)と呼ばれるところで車の販売が行われていたそうです。実際に販売現場の視察に行った際、反日感情を持っているはずの中国の人々が、嬉しそうに日系ブランドの自動車を見ていたことを、とても印象的に覚えていらっしゃるそうです。
 2006年に中国市場における国別ブランド車に対する評価の調査をした際、中国ブランド・ドイツブランド・米国ブランド・韓国ブランドと比較しても、日系ブランドの購買意図は最も低かったといいます。しかし、中国市場における当時の日系ブランド自動車のシェアは、外資ブランドとして最も高かったそうです。その矛盾を解明するにあたり実施した、中山大学MBA学生へのフォーカス・グループ・インタビューでは、日本車に対してネガティブなコメントが表出したといいます。
 
なぜ、人は嫌いだけど買うのか?
 選択の科学では、「好きだから買う」という暗黙の前提が置かれています。それ故に、「中国人消費者が日本車は嫌いだけど買っている」という行為は、言説と矛盾します。では、なぜ中国人消費者は、反日感情を持っていても日本車を買うのでしょうか。その答えは、主観的規範から検討できるといいます。主観的規範とは、社会的規範をどのように個人が主観的に認識するかを意味します。すなわち、中国人消費者が意識する「敵意」は、「周りの人のプレッシャーを消費者が認知していることである」ため、個人の購買意図には影響しないことになるのです。
 社会的規範である、「メンツ」 には、「リャン(道徳的側面)」と、「面(個人的側面、物質的価値)」という2つの面があります。このことをヒントにした「2相モデル」によれば、この研究で観察されたデータを矛盾なく説明することが可能です。メンツはどのような状況の下で、どのように人々の選択を駆動するのかが、重要な問題です。
 メンツを気にしなくて済むような、親しい人的ネットワークに部外者が入り込むのは非常に困難なので、余所者である研究者がそれを観察することはできません。中山大学でのフォーカス・グループ・インタビューを例に取ると、クラスメート程度の希薄な関係性では、メンツを気にした回答が表出してしまい、本音を観察することはできないと実感されたそうです。本当に知りたい文脈(選択が行われる状況)のデータはなかなか観察できないというジレンマが存在します。
 
文脈と選択の関係性
 文脈が選択へ及ぼす影響について、ダン・アリエリー『予想どおりに不合理』を例に挙げてご説明いただきました。本書の実験によれば、自分の社会保障番号の下2桁が、消費者の商品選択に影響を与えるという結果が出たそうです。この結果からも分かる通り、選択を左右するのは文脈です。ここで問題になるのは、文脈は測定が難しいということです。測定したいけれど、測定できない。ビッグデータやIoT、AIといった方策では、膨大なデータを観察することができるけれども、肝心なところは欠損値が多くあることが指摘されました。
 データは、量だけが多くても意味がありません。そうではなく、例えば「いつ、誰と、どこのレストランに、なぜ行ったのか」というような、数はそれほど多くなくても、文脈を含んだデータに目を向けることが大切です。消費者は自分が認識した文脈のなかで選択を行う存在であると捉えるならば、マーケターは場をデザインすることで、場に埋め込まれたさまざまな事物や状況がアフォード(提供)する情報を操作できます。それによって消費者が意識的・無意識的に、自社に有利な情報を選び取り、文脈を形成するよう仕向けることが可能になります。価値共創には、消費者とマーケターの考える文脈がシンクロする必要があります。マーケターが消費者へ寄り添うには、人の行動を左右する、見えない「型」の違いを理解する必要があります。今後、マーケティング・リサーチの予測力や解釈可能性を高める方向性としては、分析の道具や素材、そして問いを見つけ出す人の質的なレベルを高めることが必要です。
 
【サロンを終えて】
 古川先生のご講演後には、フロアとの活発なディスカッションが行われました。
 
型の理解の難しさ
 タイで社会調査を行った参加者から、タイ人は、名字で社会階級がわかるため、同じような社会階級の人としか本音で対話をしない実態があったというストーリーを共有していただきました。そこから、部外者が「型」を理解することの難しさについて議論が交わされました。
 
本音とたてまえ
 韓国と日本の関係性が複雑化する現在、日本へ旅行をしたいけれど、周囲の目を気にして旅行できない消費者もいます。この文脈と、嫌いだけれど買ってしまうという文脈の違いについて議論が行われました。「好意」を持っているかどうかや、個人が「文化」とどのように向き合うかが大切なのではないかという意見が取り交わされました。
 
おわりに:「型」の違いを理解することの大切さ
 集団を支えている社会的規範が国や地域で異なる場合は、我々は見えない規範に悩まされます。そのため、集団の規範・ルール、すなわち「型」を可視化することが重要だということをお教えいただきました。
 

集合写真
 
(文責:一橋大学大学院 松井 彩子)

 
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