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第128回マーケティングサロンレポート「デジノグラフィ」の新たな可能性を考える

#いまマーケティングができること

第128回 マーケティングサロン:オンライン
「デジノグラフィ」の新たな可能性を考える
 
日程:2021年3月9日(火)18:00-20:00
場所:Zoom使用によるオンライン開催
ゲスト:博報堂生活総合研究所 上席研究員 酒井 崇匡 氏
    一橋大学大学院 経営管理研究科 准教授 上原 渉 氏
    日本マーケティング学会 会長 / 武蔵野大学 経営学部 教授 古川 一郎 氏
サロン委員:飯島 聡太朗・織田 由美子・加藤 貴大・谷 雨・雷 蕾
 
【サロンレポート】
 今回のマーケティングサロンでは、前半に博報堂生活研究所の酒井崇匡氏をお招きし、データホルダー各社との共同研究から見えた分析事例・手法についてご講演いただきました。また、後半では武蔵野大学の古川一郎氏、一橋大学の上原渉氏の両名を加え、ビッグデータの新たな可能性について座談会を実施しました。
 
【概要】
デジノグラフィーとその背景
 酒井氏によれば、デジノグラフィーとは氏の所属する博報堂生活総合研究所(以下、生活総研と略記する)による造語であり、デジタル空間上のビッグデータをエスノグラフィの視点で分析する手法と定義された。エスノグラフィ自体の歴史は古く、特定コミュニティで生活する人々の行動様式を直接観察(参与観察)することを重視した基礎手法として、民俗学をはじめ、様々な場面でで活用されている。生活総研による『生活新聞』もその一例である。氏は、日本における今和次郎のモデルノロジオ(考現学)を例に挙げ、デジノグラフィをデジタル環境下における考現学の実践として位置づけられている。
 
実データから得られたインサイトの紹介
 デジノグラフィが機能するためにはデータが不可欠である。何故ビッグデータが高解像度なデータとして振る舞うのか、その論拠を酒井氏は3つのV(Volume, Variety, Velocity)の視点から導入され、説明と対応付けながらデータホルダー各社との豊富な共同分析事例をご紹介いただいた。実データから得られた結果はクイズ形式で出題され、参加者からの回答・コメントも多数寄せられ大いに盛り上がりを見せた。出題は「女性の髪質の曲がり角は何歳か」や「クリスマスにお金を使うのは何県か」、「SNS写真で顔を隠す比率が高い国は」など、大多数の参加者の予想を裏切るものもあれば実体験から結果に納得感を表明されるものまで、正にインサイトに満ち溢れたものであった。
 
キラーデータの抽出技法
 前項で述べたようなインサイトの紹介は、ともすれば「単なる面白いデータの羅列」に終始してしまうことも少なくない。一方で、酒井氏の近著『デジノグラフィ』ではビッグデータをインサイトの発見につなげるための分析視点と発想法を「デジノグラフィ10の技法」として紹介している。本サロンでは特に、「面白いを超えて議論や意思決定にインパクトを与えるデータ」としてのキラーデータの抽出技法5つについて、実例を交えながらその詳細をご説明いただいた。
 ロングデータ発想法の中ではビッグデータとして蓄積されているデータの期間は数年程度と短いことが多い点を指摘され、1992年から隔年で取得されている『生活定点』といったロングデータとの補完関係の重要性を強調された。氏も折に触れて言及されていたように、「量」のBig data、「期間」のLong dataに加え、「厚み」としてのThick dataも補完関係の代表例として既に海外を中心に注目を集めている。
 
比較する視点の獲得
 酒井氏の講演を受け、古川氏と上原氏を交えた3名での座談会が実施された。卒論生の研究テーマ選定の話題から、デジノグラフィが「比較する視点」をもつ上で1つのヒントとなるという上原氏に続き、「ブームの渦中にいる人は変化に気付かない」という酒井氏の発言は印象的であった。綺麗な沖縄の海に価値を見出しビジネスへと昇華させている人のうち意外にも現地の人は多くないといった例は先の発言と符合する。
 座談会終盤ではデータが利活用される際、その目的からデータは大きく2つに分けられることを中心に議論が展開された。一方は視点を広く持ち自己を相対化するための「広げる」データであり、他方は自社の製品購買者を知るといった「深める」データであるという。デジノグラフィは比較の視点を与えるという意味で前者と相性の良い方法である。後者について古川氏の言葉を借りれば、現実にはまだまだデータ化されていない対象も多く、デジノグラフィから示唆されたインサイトを「深堀り」する醍醐味がそこにあると言える。実際、前述した「クリスマスにお金を使うのは何県か」で得られた結果は誰しもに理由が明白なものではなく、酒井氏らは定性的なヒアリングを行うことでその土地の風土・風習に起因する結果であると結論している。
 
【サロンを終えて】
 データ取得の技術的・心理的ハードルの変化から社会全体に蓄積されるデータ量の増加は疑いようもなく、その観点からビッグデータの活用を謳うだけの主張は今となっては目新しくない。本日の主題であるデジノグラフィでは、誰もが再現可能な形でデータからインサイトを発掘できるよう視点の提供を試みており、今後データと向き合うすべての人にとっての新たな指針になると感じられた。気軽にデータからインサイトを得る環境が整備された今、『デジノグラフィ』の提案する技法にさらなる議論が尽くされ、アポフェニアやデータバイアスといった分析リテラシーについても徐々に市民権を得ていくことが期待される。
 貴重な話題を提供いただきました酒井氏、座談会でデジノグラフィの可能性を展開いただきました古川氏、上原氏ありがとうございました。また、お忙しい中ご参加いただきました皆様に、心より感謝申し上げます。
 

 
(文責:加藤 貴大)

 
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