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研究報告会レポート

第10回医療マーケティング研究報告会レポート「医療におけるデジタル・マーケティングの可能性」

第10回 医療マーケティング研究報告会 > 研究会の詳細はこちら
テーマ:「医療におけるデジタル・マーケティングの可能性」
日時:2016年9月10日(土)13:30-16:30
場所:早稲田大学ビジネススクール 9階 901教室
 
 今年で4年目の医療マーケティング研究プロジェクト。第10回研究報告会は運営委員の川上智子先生がコーディネーターを務め,9/10(土)13:30~16:30に早稲田大学ビジネススクールで開催されました。30名以上の参加者があり,マーケティングのデジタル化と医療とのかかわりについて活発な議論が展開されました。

 

研究報告 (13:30-14:10)
PR・プロモーションのデジタル化と医療マーケティング

早稲田大学大学院 経営管理研究科(ビジネススクール) 教授 川上 智子

研究報告 川上氏 私は医療の専門家ではないので,医療の話には深く立ち入りません。私の役割は,最先端のマーケティングの理論と現実をお伝えすることだと思っています。
 まずマーケティングの定義ですが,AMA2007年の定義は2016年9月現在も変わらず通用します。この時,私はちょうどAMAに出席していて,アワード・ランチョンで定義が発表される場に居合わせました。この定義ではsociety at largeつまり社会全体への価値物の提供という点が付け加わりました。
 ただし,このAMAの定義は,誰に価値物をどう届けるかは定義していますが,マーケティングの本質をとらえているとは言えないように思います。私は,今日もこの研究会に出席されている日本マーケティング学会会長の石井淳蔵先生の定義の方が,マーケティングの定義として,より本質的であると考えています。
 石井先生の定義は,「マーケティングとは,文脈を創り出し,創り出した対象に自ら適応する創造的適応のプロセス」というものです。1993年に出版された『マーケティングの神話』で述べられています。自ら文脈を創出し,それに適応するという自己言及的な活動がマーケティングの本質であると考えます。
 石井先生の著作より後ですが,類似の考え方はアメリカでも出てきています。たとえばJaworski et al. (2000)は,市場ドリブン(market driven)と市場ドライブ(driving market)という2つの市場志向の考え方に言及しています。市場ドライブは市場構造と市場行動を共に革新していくというものです。Jaworskiは1990年に有名な市場志向の論文を書いた方です。
 最近,知の深耕(exploitation)と探索(exploration)という言葉を耳にしますが,これらはNarver, Slater, and Maclachlan(2004)の反応型市場志向と先行型市場志向の2つに対応します。Narver and Slaterも1990年に市場志向の論文を書いています。第3著者のMaclachlan教授はワシントン大学留学中の私のホストで,論文の共著者でもあります。John Narverもワシントン大学にいた方で,UWには彼のチェア・プロフェッサーのポジションもあります。
 顕在ニーズを深耕するのが反応型,潜在ニーズを探索するのが先行型の市場志向ということになりますが,これだけでは不十分です。なぜなら,ニーズは探すものではなく,文脈によって分節化されるものだからです。そして,ニーズを知覚させる意味構成された文脈(コンテクスト)を自ら創出するのがマーケティングの仕事です。
 分節化という考え方を理解するには,虹の例が分かりやすいと思います。虹の色は7色と日本では言われますが,地域によっては2色というところもあります。他国では6色や8色だったりします。科学的には光のスペクトラムなので連続的です。虹を何色と見るかは,科学的にではなく,文化や社会の文脈によって決まるのです。マーケティングもまた文脈作りで,虹を何色と分節化するかを相対的に規定するための活動とも言えます。
 マーケティングのパラダイムは,刺激反応型・交換型・関係型と変化し,今は協働型に移行しています。CRMではなくCEMの時代です。Eはエンゲージメントですが,婚約とも訳せないので,カタカナのまま使います。取引だけでなく,買うという直接的な目的が無くても関係がずっと続くことがポイントです。関与はinvolvementなので,また別の概念です。engageはbe engagedと受動態で使うので,どのように顧客を巻き込むかが重要になります。
 では,顧客は何にエンゲージするのでしょうか。それは,企業が提供する価値観に対してです。文脈をつくるマーケティングとして,近年の例では,サントリーのハイボールの事例があります。戦略PRという手法を使い,父親と娘の認識ギャップに関する調査結果をパブリシティで広めて文脈を創ったうえで「父の日にはハイボール」というキャンペーンを打つ。この二段構えの構造が創造的適応のわかりやすい例です。
今日,横田様よりお話いただくPRによる世論形成も,まさに文脈作りにかかわる内容です。デジタル化が進展し,フロー情報が増えると,情報が刹那的に流れていきます。そこで,しっかりした文脈をつくっていく必要性がより高まっているのです。
 マーケティングのデジタル化は,マーケティングの理論にも大きな修正を迫っています。マーケティングのデジタル化とは,アドテクやビッグデータやオムニチャネルといった断片的なことではありません。リサーチ・STP・4Pといったマーケティング現象すべてにおいて,デジタルが混在しているというのが正しい様相の理解です。
 今日はSTPと4Pのデジタル化について少しご紹介します。この話は,近刊予定の川上・岩本・鈴木著『マーケティング』に記述していますので,出版された暁には,ぜひご参照ください。このテキストを2年ほど書き続けているのは,デジタルの変化が速く,追いつけないからと言い訳をしています。ですが,そろそろ踏ん切りをつけて出したいと思います。
 大田様にご講演いただくマーケティング・オートメーション(MA)のMはマーケティングという言葉で海外では定着していますが,内容的には4Pの中のプロモーションの要素が強いものです。MAにはSTPも含まれますので,プロモーションだけではないのですが,マーケティングという言葉を狭義に使っている点には注意が必要です。MAは,見込み客(リード)を発見し,育成する(ナーチャリング)ので,取引前から顧客を巻き込むCEMの事例です。
 最後に,医療とのかかわりについて,言及しておきます。今日お話ししたマーケティングのデジタル化によるパラダイム転換には4つのポイントがあります。
 第1に,B2B2CからC2C2Bへの移行です。医療分野では,バーチャル患者会やソーシャルクチコミをどう活用するかという課題につながります。
 第2にツー・サイド・プラットフォーム型の価格戦略です。医療は診療報酬制度により価格は操作できませんが,医療以外の事業収益基盤を構築するヒントになるかもしれません。
 第3に,オムニチャネル化による4Pから3P(Product, Price, Promotion+place)への再編です。医療サービスのオムニチャネル化という視点で,患者や連携機関といった利害関係者とのコンタクト・ポイントを考えていく必要があります。たとえば,オウンドメディアへのSEOのようなデジタル・インバウンドもその一例です。
 最後に,文脈づくりです。たとえば,地域包括ケアや予防医療を新たな価値として知覚できる文脈をどのように作り出すのか。そこには,行動変容のためのマーケティングの知見が活用できます。そして,新たな文脈の創造は,デジタル化でより容易になっているのです。
 

講演1  (14:10 -14:50)
MA(Marketing Automation)の活用事例から学ぶ
医療従事者向けエンゲージメントマーケティングの現状と展望

株式会社マルケト アカウントエグゼクティブ 大田 幸嗣

第1講演 大田氏 川上先生からもご説明がありましたが,エンゲージメントマーケティングは,顧客を点ではなく線で捉え,長期的な関係を築いていくことが目的です。それを実現するためのマーケティングオートメーション(以下MA)とは何かをお話ししたいと思います。Google トレンドでMAの検索傾向を確認すると,世界的には10年以上前から定常的に検索数が上昇してきていますが,日本ではこの2年ぐらいで急速に着目されているキーワードであることがわかります。MAは色々な定義がされていますが,『マーケティングオートメーション入門』[2015, 電通イーマーケティングワン(現在は電通デジタル)] によると,「デジタルテクノロジーにより,マーケティング活動における実行作業を自動化すること,またはそのための機能がオールインワンでパッケージングされたツール」と定義されています。MAは,SFAやCRMと何が違うのかとよく聞かれますが,営業活動において使われるSFA/CRMとは異なり,主にマーケティング活動において利用されるツールですので,リードジェネレーションやリードナーチャリングの領域において有効です。そして,どのタイミングでどのリードを営業部門に渡すのか,その意思決定をサポートするスコアリング機能も有しています。
 MAにおける自動化とは具体的にどのようなことを指すのか,一例をあげたいと思います。例えばある企業が,展示会の来場者Aさんに対してウェビナーのメールを送った際のジャーニーを見てみましょう。メールを受信したAさんは興味のある件名だったので開封したのですが,その時は忙しかったため,ウェビナーは後で見ようと考え,その時はメールを閉じました。そして1か月後にふと思い出して,メールを探したのですが見当たらない。そこで,記憶にあった製品名を検索して製品情報サイトに辿り着き,無事にウェビナーを閲覧することができました。
 MAを導入していない企業では,この場合どのようにAさんが捉えられているかをみてみます。メール配信システムのレポート上では,Aさんはメール内のウェビナーへのリンクはクリックしておらず,「ウェビナーは見ていない」ことになっています。一方,「製品名の検索によってサイト来訪してウェビナーを見た人がいる」という事実は,ウェブサイトのアクセス解析ツールによって把握できるものの,それがAさんであるということは把握できません。よって,もしこの企業が「メールに反応してウェビナーを閲覧してくれた人に対して,期間限定の特別価格キャンペーンの案内メールを送る」という施策を実行した場合,残念ながらAさんはその送付対象から外れてしまいます。
 では,この企業がMAツールを導入していたらどうなるでしょうか。MAツールには,展示会来場者を見込み客として管理する機能,見込み客に対してメールを配信し,その反応を把握する機能,見込み客のウェブサイト閲覧行動を把握する機能,メールへの反応やウェブサイト閲覧行動をトリガーとして,その見込み客に対する次の施策を自動的に実行する機能,そのようなものが備わっています。よって,MAが導入されていれば,Aさんには,ウェビナーの閲覧をトリガーに「期間限定の特別価格キャンペーンの案内メール」がきちんと送られることになり,さらにその案内メールへの反応次第で次なるアプローチを実行するという形で,Aさんの購入可能性を高める様々な施策群の自動実行,つまりリードナーチャリングの自動化が実現されることになります。
 続いて,本日のテーマである,製薬/医療機器メーカーにおける医療従事者向けマーケティング活動について,議論を進めたいとおもいます。MR/営業による情報提供活動が中心的な製薬/医療機器メーカーにおいても,MAの導入ないし,導入の検討が進んでいます。この背景には,医師数は増加しているにもかかわらずMR数は減少していることや,外資製薬企業と日本製薬企業の収益性および売上高販管費率のギャップが拡大傾向にあること等があげられるかと思います。また,医師の情報収集手段も変化しており,これまではMR/営業が主導権を握るSeller-Drivenだったものが,メーカー会員制サイトやWeb講演会等のデジタルチャネルからの情報収集が容易になったことで,医師が主導権を握るDoctor-Drivenに変化してきたことも勿論影響しているでしょう。
 医療業界におけるMAの活用事例として,GEヘルスケア・ジャパン社の取り組みをご紹介したいと思います。なお,この内容はインターネット上で記事として公開されているものです。高齢化に伴う医療費高騰への対応策として,国は2025年を目標に高度急性期病院を重視する戦略を転換し,代わりに回復期や初期治療を担う小規模病院やクリニックを増やそうという大改革を進めています。これまでCTやMRIなどの大型医療機器を担当者が直接訪問して営業していた大病院が,半数に減ってしまう。このような経営環境の変化に対応するために,中小規模病院向けに小型化した製品を販売しようとされているのですが,国内には10万ものクリニックが存在するため,直接営業できる数ではありません。ここにMAを活用することで,営業活動の不足を補完されているのです。また,従来からの大病院をターゲットとしたマーケティングでも今後はMAが重要になるとお考えです。これまでは「○○病院の△△診療科」の粒度でターゲティングしていたところを,今後は「〇〇病院の△△診療科のXX先生」のレベルまで細分化してマーケティング施策を打つことにより,見込み客獲得の成功率や成約率を高めていく必要性がでてきているからです。実施したパイロットプロジェクトでは,デジタル施策だけでは引き合いを獲得することは難しいと言われていたある高額機器において,配信当日に営業担当者の訪問を希望するSQL(Sales Qualified Lead)を獲得するなど,MAの有効性を体感され,現在さらなる活用を進めておられます。
 さて,MAの活用可能性をさらにご理解いただきたく,ドクター・ジャーニーの紙芝居を用意しました。このシナリオに登場するペルソナは,スミス先生です。がん治療の専門医で,特に移行期のケアに関する支援に関心を持ち,最良の選択をするために常に最新情報を得たいと考えています。また,情報収集はデジタルが基本ですが,関心が高い内容であれば講演会などにも足を運ぶタイプです。ある日,スミス先生はインターネットで専門領域の情報収集をしていました。そしてある製薬会社のウェブサイトを訪問します。MAツール上では,勿論この時点ではスミス先生という個人を識別することはできませんので,CookieフィールドはAnonymousになっています。それが,スミス先生が医療従事者向け会員制サイトに会員登録をした時点で,MAツール上でスミス先生を認識できるようになり,それ以降,当該ウェブサイトにおける行動をトラックすることができるようになります。スミス先生が「移行期ケア」に関するコンテンツをよく閲覧していることが把握可能になるのです。さて,会員登録をしたことで,スミス先生には週に一度,移行期ケアに関するコンテンツがメールで届くようになりました。またある日は,会員制サイトを訪れると,自分の興味のあるテーマで,開催場所も勤務地から近い講演会の案内のポップアップが出ます。関心が高い内容ですので,スミス先生は講演会に申し込みます。講演会参加から数日後,診療が終わり事務作業をしていると,講演で耳にしてからいつか読みたいと思っていた論文のフルペーパーがダウンロードできるメールが届きました。MAツールではターゲットがどの時間帯にメールを開封する傾向があるかを把握することも可能ですので,最適なタイミングでコンテンツを送付することができます。なお,MAツールで実行できる施策はメールに限らず,Facebook上で関心領域にパーソナライズした広告を表示させたり,ウェブ講演会を100%閲覧して下さった医師にだけ,特別なランチョンセミナーの案内をDMで郵送したり,活用できるチャネルは多岐にわたります。あるいは,定期的に会員制サイト上で,ターゲットが今はどのような情報収集手段(例えば,ウェビナー,イベント,メール等)を望んでいるのかを選ばせたりするポップアップを出すのも効果的かもしれません。このような様々なコミュニケーションが積み重なっていく過程で,スミス先生の属性や行動に対するスコアリングを行っておけば,自社との関係性の深まりを客観的なスコアで判断することができるようになります。そしてある一定のスコアに到達すると,タイムリーに担当MRにアラートが通知され,MRはすかさずスミス先生との面談を取り付け,新薬の採用に向けたクロージング活動を効率よく行う。このようなストーリーが実現可能になるのではないでしょうか。
 最後に,私がこれまで製薬/医療機器メーカー様とMA導入のディスカッションをした際にあがった論点を共有したいと思います。それらの論点は重要で慎重に検討すべきものであるがために,他の業界と比べて医療業界のMA導入は遅れているように感じます。これはあくまで参考に過ぎませんが,いくつかの業界の売上高トップ10の企業を対象に,デジタルテクノロジーツール検出サービス「Ghostery」を使って調査してみました。MAツールが検出された企業は,電機機器では10社中7社,ITベンダーでは6社,製薬は1社のみ,医療機器は3社のみでした。他業界と比べて非常に少ないのがおわかりいただけるかと思います。さて,それでは前述の論点についてですが,1点目は,MR/営業によるカバー対象との棲み分けの必要性です。カバレッジの主担当をMR/営業中心に行うのかMAが担当するのかについて,例えば病院規模の視点やエリアの視点等を切り口として役割分担を検討しなくてはなりません。2点目は,どのプロダクトをMAの対象にするかの判断です。例えば製薬企業であれば,先発品や大型医薬品などの注力商品は従来通りMR/営業が主に担当し,特許が切れた先発品である長期収載品やジェネリック医薬品のように,MR資源を投下することが妥当ではない製品群は,MAが主に情報提供活動を担う,というような棲み分けが考えられるかもしれません。3点目はドクターのタイプ分け(セグメンテーション)と,タイプ別のMAシナリオの企画です。これは非常に重要ですが難しい議論と思います。例えば,情報収集の好みはMR重視なのかデジタル偏重派なのか,処方変更に対する考え方はどうなのか,ドクターの年齢はMAの向き不向きに影響を与えるのか等,試行錯誤してタイプ分けを行っていく必要があるでしょう。そして,そのタイプ毎に見合ったシナリオ(前述の紙芝居のようなストーリー)を複数パターン作っていく流れになるかと思います。これらの準備がある程度整えば,あとはMAツールに実装して施策を展開,結果を確認しながら改善を図っていきます。
 医療業界は,デジタルチャネルを使ったマーケティングへの対応がまだまだ遅れていると感じますが,だからこそ周りに先駆けて対応を進めることで,業界で一歩抜きん出ることができると思います。
 

講演2 (15:00- 15:40)
世論を喚起し,市場を創出・拡大する「パブリック・リレーションズ」とは~医療・ヘルスケアと他業界のケーススタディから読み解く~

株式会社 井之上パブリックリレーションズ アカウントサービス本部 戦略企画部 部長 横田 和明

第2講演 横田氏 私は早稲田大学でパブリックリレーションズ(以下PR)を学び,卒業後は旭化成での営業を経て,井之上PRで6年目になります。井之上PRは47年目の独立系PR会社で,創業者の井之上が,アップル・コンピュータの日本進出のコンサルテーションを行う際,スティーブ・ジョブズなどとやり合う中で,欧米と日本でPRの捉え方が異なることを痛感。以来,欧米型PRの手法を研究し,規制緩和に向けた世論形成や危機管理など幅広く活動をしています。本日は,PR総論の後に,AEDメーカーとクラウド経費管理大手であるコンカー2社の事例を紹介したいと思います。
 パブリックとは公共と解されることが多いですが,社会あるいは一般社会を意味します。組織体が目標達成のために,その都度ターゲットを設定し,そのターゲットとの関係を構築,また維持することがリレーションズの意味です。PRとは,「個人や組織体が最短距離で目標や目的を達成する,『倫理観』に支えられた,『双方向コミュニケーション』と『自己修正』をベースにしたリレーションズ(関係構築)活動である」と当社では考えています。つまるところ,目標(目的)達成のための「リレーションシップ・マネジメント」ということになるのですが,従来の広報とは異なっており,あえて言えば戦略広報となります。ここで一つ大事な点は『倫理観』に支えられた,という個所で,やはり倫理観がないと,騙してでも売ってしまえということになりかねませんので,大事なポイントと言えます。
 組織体を取り巻くパブリックを見ると,組織体の中と外,国内と国外など切り口はさまざまです。その一つ一つと,例えば,規制に関連するならガバメント(政府)リレーションズ,資金調達ならインベスター・リレーションズ(IR),顧客とはカスタマー・リレーションズといった形で関係づくりをしています。全ての関係づくりで肝になるのがメディア・リレーションズです。メディアを通してオーディエンス(市場)にタイムリーなメッセージを送ることで外部環境を肯定的に整え,より早い目的達成を可能にします。当社はそういった対象とのリレーションズを築く上でのサポートやアドバイスを提供しています。
 企業の中でも営業の方は顧客を中心に点と点で見ていることが多いと思いますが,マーケティングの方はもう少し広く世界を見ていると思いますので,さまざまなリレーションズを構築していく必要性を理解していただけると思います。
 当社ではPR戦略立案に際して,ライフサイクルモデルと呼ぶ,PRにおけるPDCAサイクルを提唱しています。PRは

  1. 現状分析
  2. ゴールの設定
  3. PR目標の設定
  4. ターゲットの設定
  5. PR戦略構築
  6. プログラムの作成
  7. インプリメンテーション
  8. 分析と評価

といったサイクルを回していく循環型の継続的活動です。モデルの中心に自己修正機能がありますが,組織体がパブリック・リレーションズを実施していく上で自らの修正をしっかりとできなければ効果的なPRにはなりません。
 実際のPRプログラム実施の際には,

  1. インテリジェンス収集
  2. プランニング
  3. メディア・リレーションズのベースアップ(環境整備)
  4. その他のリレーションズの強化

の4つの段階を通じて,目標達成を目指していきます。
 続いて,AEDの事例について紹介したいと思います。今では街中,どこにでも見かけるAEDも12年前にはほとんど置かれていませんでした。それが2回の規制緩和により普及が進みました。当時,除細動器(AED)は医師しか使用が認められておらず,心室細動で目の前の人が倒れ,除細動器があっても,医師がいなければ使えませんでした。一方で,心室細動は時間が勝負で,処置が遅れると予後が悪くなることが分かっており,救急車の到着を待つことですら致命的という状況でした。これが飛行機で使えるようになり,救命士が使えるようになり,一般の人も使えるようになり,公共の場所に設置されるようになりました。2000年当初5,000台だったAEDは,2012年には44万台を超えるまでになったのです。
 この流れの中で,我々のPRコンサルテーションが大きく関わっています。当時の状況を俯瞰的に整理します。
 米国では空港やカジノなどを中心にAEDが普及していました。2000年に1人の少年がAEDを使用して父親を救命したことがNewsweekの表紙となり,これをきっかけにAEDの有用性や非医療従事者による操作でも問題ないことが盛んに取り上げられるようになりました。そして,公共施設への普及が加速し,同年5月には当時のクリントン大統領が普及の重要性についてラジオ演説をし,学会等の国際ガイドラインでも市民のAED利用を示唆。議会でも議論され,非医療従事者のAED利用を促進する法律が制定されました。そして,米国に離発着する旅客機での搭載が義務付けられ,さらに普及が進みました。米国では医師,医療従事者のみならず,非医療従事者にも使用が認められていましたが,日本では飛行機では使えるようになったものの,基本的には使用は医師に限定されていました。
 こうした海外の市場変化を受け,私たちのクライアントであるAEDメーカーは,非医療従事者でも使用できる新型AEDを開発していたものの,日本では,医師法における規制があり,提供できない。AEDが普及することで救命率が上がるため,社会性の高いプロジェクトとして,規制緩和を実現させることを全体目標にPRプログラムの策定を行い,進めました。
 ライフサイクルモデルに則ると,以下のスキームで活動を進めました。

 PR目標:
 除細動やAEDについての基本的な認知を拡大すること
 救急救命士や非医療従事者によるAED使用解禁に向けた世論を築くこと

 ビジネスターゲット:
 政府(総務省消防庁や厚生労働省)
 業界団体(日本看護協会や日本救急救命士協会)
 医療機関
 医療関係者
 非医療従事者

 コミュニケーションチャンネル:
 メディア,特に記者クラブ(厚労省記者クラブなど)

 PR戦略:

  1. 政府内のAED利用拡大に向けた検討委員会内の動向収集や関連協会へのヒアリングでインテリジェンスを収集し,メディア・リレーションズに必要なPRリソースを創出する
  2. 専門媒体,一般媒体,TVの順でメディアにアプローチし,海外と対比し, AEDを取り巻く日本の状況を問題提起しながら,除細動やAEDについて社会の関心を徐々に高めていく
  3. 心室細動対策やAEDの必要性,操作の容易さを強調しながら,規制緩和の必要性を救命士,非医療従事者の順に段階的に喚起していく
  4. 他製品発表などのマーケティング・コミュニケーションの際にもAEDの必要性に言及し,継続的にメッセージングの機会を創出する
  5. 複数の救急救命の特別番組協力や,病院へのメディア見学会も実施し,医療業界全体も巻き込んだ幅広のPR活動を実施する

 具体的なプログラムとしては,厚労省の検討会や関連協会にヒアリングを行い,インテリジェンスを獲得し,プレスキット(メディア向けの説明資料)を作成しました。当時は,専門誌の記者ですら心室細動や除細動,AEDってなんですかという状況でしたので,丁寧にメディアブリーフィングを実施。それこそ一社ずつ個別に会い,ある程度認知度が高まった段階で医師を招いてのメディア向け勉強会を開催しました。そうした活動を進める中で,「救急医療,欧米に後れ」や「1分でも早いほど救命率アップ」という記事が出るようになりました。また,著名人が心室細動によって亡くなったことで関心が高まり,AEDの必要性について世論も拡大していきました。認知拡大のためのPRプログラムの実施には継続性が重要ですので,他の製品発表など,何かと関連付けて小さくてもAEDに関わる情報を出していきました。その後,医療業界全体を巻き込んだPR展開を行うべくドクターヘリを備えた病院に取材が入るようにプレスツアーも企画。その成果として,救急救命士の使用が可能というところまで規制緩和を進めることができました。続いて,非医療従事者の利用に向けた世論形成に向けて,同様の活動を進めたところ,循環器学会などの声明を受け,検討会が立ち上がり,一般人の利用を認める緩和に向けた筋道がついていきました。冒頭にお話したように,2000年当初は5000台だったものが,救命士が使えるようになった段階で7000台になり,2004年に非医療従事者に解禁された後にさらに普及が進み,2012年には44万台を超えるまでになり,医師以外向けのAED市場の創出という結果を出すことができました。

 続いて,クラウド経費管理大手であるコンカーの事例を紹介したいと思います。領収書原本は7年間保管しなくてはならないという規制のため,日本のビジネスパーソンは経費精算の際に申請を紙ベースで行うために,領収書を糊付けしていますし,生産性を犠牲にしています。また,企業としても領収書の輸送や保管コストを背負わなければならない状況にありました。より俯瞰的に現状分析をすると,日本企業では直接費に比べて間接費改革が進んでおらず,また,ホワイトカラーの生産性も世界の中では低いことがわかりました。一方で,カラ出張や経費の使い込みなどの事件が相次ぎ,コンプライアンス不全によるリスクも高くなっていました。これらの解決には,欧米諸国のように,スマートフォンなどで電子化した領収書を原本として利用できる制度改革が必要な状況でした。
 そのような中,スキャナー業界団体の長年の取り組みが結実し,2014年11月には,規格を備えたスキャナーであれば認めるという規制緩和が実施。ただ,要件がまだ厳しかったため,領収書電子化のメリットを受けることができる企業が少なく,市場の広がりは限定的と考えられていました。スマホによる領収書電子化が実現することでコンカー製品の利便性は更に高くなることと,そういった潜在的な需要が強いことを認識していたため,コンカーは規制緩和に向けた活動を進めました。その概要を紹介します。ライフサイクルモデルでは,以下のようになります。
全体目標:規制緩和を実現,日本における市場拡大を図る
 PR目標:

  1. 領収書の電子化に関わる規制の現状と問題点を理解してもらい,あるべき姿を啓蒙する
  2. モバイルによる領収書電子化の規制緩和実現に向けた世論を形成する

 ターゲット:
 国税庁が直接の所轄官庁,これに影響力のある財務省や自民党税調など
 業界団体
 コンカーのユーザー企業
 潜在顧客となる日本の大企業,外資系企業日本法人

 業界団体は,スキャナーによる規制緩和を中心としたものだったので,最初は協力的な関係にありませんでした。

 PRの戦略:

  1. PRリソースの創出
  2. ターゲット別のキーメッセージの設定
  3. 協力企業や協会との連携(カスタマー/アソシエーション・リレーションズ)
  4. 主要メディアへのリークとガバメント・リレーションズ活動
  5. 継続的なメッセージングとメディア・リレーションズ活動

 PRプログラムとして,まずは,日本CFO協会(一般社団法人)を調査主体とした領収書原本保管に関する企業の意識実態調査を実施。その結果を新聞に取り上げて頂きました。また,コンカーの意見に賛同頂けた企業に規制緩和を求める声明文を作成し,記事とともにガバメント関係者へのブリーフィングの際に活用しました。
 さらにメディアにも,官僚にも政治家にも分かりやすい,生産性向上1兆円という数値を試算し,創出。そして当初は協力的でなかった業界団体にも,規制緩和による市場拡大のメリットを訴求し,パートナーとなっていただきました。
継続的なメディア・リレーションズ活動として,メディアへのブリーフィング,個別取材,記者会見を実施。2014年は記者会見一回だけの開催でしたが,2015年は6回開催し,全ての会見でスマホでの領収書電子化の必要性を訴求。ある会見では,業界団体にも登壇して頂き,業界を挙げて規制緩和を求めていることをアピールしました。
 また,報道と連動させながら,コンカーや三村社長のソーシャルメディアアカウント上でも情報発信し,世論を喚起していきました。
税制大綱の発表など大きなヤマを越えた後も,どこで流れが変わるか分からないので,継続的に個別取材などメディア・リレーションズ活動を実施しました。硬いトピックスだけでなく,エイプリルフールには,ジョークを盛り込んだ企画として「領収書の電子化が認められると大量の領収書が破棄されるのでバイオマス事業参入」というような柔らかい 内容のプレスリリースも配信し,規制緩和への関心を高めました。
また,2016年の春にサラリーマン経費精算実態調査を実施。ちょうど政治家の経費問題が世間をにぎわせていた時期でしたので,経費の不正利用についても設問を加えました。結果はすぐに出たのですが,1か月半くらい塩漬けにして,その政治家の問題がピークに達したと思われる時期に発表して大きな反響を得ました。結果として,2016年7月に国税庁から規制緩和を受けてのガイドラインが発表され,9月30日より税務署への届け出の受付が開始,2017年1月より企業でのスマホでの領収書電子化が始まります。国税庁の発表に合わせて,コンカーと業界団体や新経済連盟などとの連名で歓迎声明を発表し,同社がリーディングカンパニーであることを印象付けました。そして,コンカーを業界のオピニオンリーダーとして位置づけるため,一連の規制緩和のプロセスそのものも取り上げていただくなどしています。蛇足ながら,この活動の一端は,宣伝会議の「広報の仕掛け人たち PRのプロフェッショナルはどう動いたか」でも紹介されています。また,国際PR協会(IPRA)の2016年度のアワードでは,ファイナンシャルサービス&インベスター・リレーションズ部門の最優秀賞をいただき,世界的に評価を受けました。
 コンカーは,MAも存分に活用し,少人数で最大の効果を挙げるプロフェッショナルなマーケティング活動を展開しています。その活動に,PRを組み合わせることで規制緩和を短期間で実現し,ビジネスチャンスを広げることに成功しました。
 AEDの事例と合わせて考えると,強固なカスタマー・リレーションズを最短最速で築くマーケティング活動に,PRのメディア・リレーションズやアソシエーション・リレーションズ,ガバメント・リレーションズといった手法を戦略的に組み合わせることで世論を形成し,市場を変化させていきます。さらに市場からのフィードバックを受けて自己修正することで,良い循環を生み出すことができると考えています。
 医療マーケティング研究会の活動目的には,「理解関係者の連携による全体最適型の新たな仕組みの創造」という言葉があります。これは,リレーションシップ・マネジメントの考え方そのものだと思っています。これを実行するには,組織体のステークホルダーとなるパブリックを整理し,組織体にも,ターゲットとなるパブリックにも,そして社会にもWin-Win-Winとなる,三方良しの文脈とスキームを創造することが大切だと思います。そのためには,マーケティングにPRの考え方を組み合わせ,デジタルの力を活用して活動を加速化させて,大きな流れを創り出す必要があるかと思います。
 

パネルディスカッション (15:50-16:30)
パネラー:株式会社マルケト 大田 幸嗣
     株式会社 井之上パブリックリレーションズ 横田 和明
     昭和大学大学院 保健医療学研究科 的場 匡亮(医療マーケティング研究プロジェクト リーダー) 
司  会:早稲田大学ビジネススクール 川上 智子

本日の発表へのコメント
昭和大学大学院 保健医療学研究科 的場 匡亮(医療マーケティング研究プロジェクト リーダー)

 昭和大学の的場でございます。本日の3つの発表について,大学病院に勤務する立場も踏まえて,コメントします。
まず,大田様がお話になったMAについては,医療も細分化が進んでいるので,ドクターごとのパーソナライゼーションという方向性は正しいと思います。どのくらい細分化されているかといえば,たとえば手の専門家の場合,右手の専門家と左手の専門家がいるという細かさです。病院や診療科レベルではなく,医師レベルで見ないと必要な人にリーチできない時代になってきています。病院と患者との関係についても,ターゲットをしっかりとらえて追いかけるオートメーションは有効なツールかもしれません。病院も近年では機能が分化し,疾患ごとに,どういう患者さんを集めるのかを問われているからです。たとえば,ある病院のプロジェクトでは,1年間にこういう疾患の患者さんを何人集めたいといった目標設定がされています。大きな流れとして,病院も具体的なターゲットを絞っている時代だということです。
 次に,横田様がお話になったPRに関してですが,ターゲットの疾患が5大がんのように政治的にも注目されている疾患に比べて,希少な疾患や,5大がんではないけれども,それなりに罹患者の多いガンになると,予算制約もある中で,地域の中で誰が取りまとめをして動かしていくかが課題となっています。こういった疾患に対する啓発や,その治療法の普及を進める上では,PRの考え方や手法は大いに参考になるのではないかと思います。
 最後に,川上先生のお話の中で患者会の話がありましたが,規制の問題が課題だと思います。製薬企業の多くは患者の声を拾い上げていくことの重要性を十分に理解しながらも,デジタルを活用した情報収集といった点については慎重に取り組んでいるというのが現状だと思います。
 
ディスカッション
 MAについて,日本ではBtoBから普及を進めていますが,米国では医療業界の中でも病院がBtoCの分野で活用している割合のほうが高く,日本においても将来的にはBtoCにも波及されていくかが議論されました。日本では機能分化が進む中で,大きな病院は紹介型でBtoBを重視しており,患者の生活により近いところで活動をしている医療機関や,病院だけでなく介護も含めた保健医療を総合的に展開している組織こそが手掛けるのではないかというセグメンテーションを軸にした議論や,患者の側から見ればかかりつけ医はMAなど大げさな仕組みがなくとも日常的なコミュニケーションの中で十分であり,普段は顔が見えにくい大病院等にこそ医療機関の壁を乗り越えて,ひとりの患者として理解してほしいというニーズがあるはずだという議論がなされました。
 次に医療業界には多くの規制がある中で動きの取りづらさを感じているプレイヤーがどう活動をしてくかが議論されました。世論には国民全体を巻き込む世論だけでなく,一つの狭い業界の中にも世論があり,パブリックを整理するなかで,誰を対象に,どのような世論を構築していくか,段階的に検討していくことの重要性が論じられました。また,経営学でも戦略形成に当って規制を所与のものとしがちですが,PRの考え方や手法を参考にすれば,規制や競争のフレームワークをも長期的には変更が可能であり,文脈を作っていくという点でマーケティングとPRとの親和性が指摘されました。さらにPRを活用した医療業界の世論形成の具体的事例について参加者を交えて討論し,ワクチンの普及や疾患啓発による受診勧奨などが紹介されました。
 最後に,希少疾患など市場が限定されている場合の費用対効果をどう考えるか議論がなされました。MA導入を検討中の企業の事例ではオウンドメディアを通じて疾患啓発をしているが費用対効果よりも社会的責任を重視した投資であったことが紹介されました。疾患を幾つかまとめて打ち出す,また希少疾患全体として打ち出す,など位相を変えることで対応できるのではないかといった議論がなされました。
 
研究会を終えて
 MA,PRの手法,考え方についてデジタル時代ならではの最新事例を中心に紹介いただき,文脈を作るというマーケティングの役割について議論をすることができました。どちらも一歩誤れば,一方的に操作されているという印象を抱かれかねないなかで,倫理観に支えられた活動であるべきという姿勢や,最終的な選択権は消費者に残されている点で前向きに評価したいという川上先生のコメントが印象的でした。
 健診の分野でもマーケティングの手法を活用した普及啓発には多くの事例があります。過去の研究会でも取り上げていますが,対象者の反応ごとに郵送する受診勧奨の手紙の内容を変更するなど,シナリオ設計の重要性が強調されていました。こういった取り組みにMAやPRを取り込むことでさらなる成果が望めるではないか,と思うと同時に,こうした最先端の活動を医療業界がどう活用できるのか,それを用いて地域や患者をどのようにエンゲージできるかが,問われているのだと感じました。医療業界でもIoTを含むデジタル化に対してどのように向き合うか議論が進行中です。次回の日本マーケティング学会カンファランス2016では,地域包括ケア時代の新規事業創造と題したセッションを企画していますので,この点についても検討をしていきたいと思います。
 
(文責:医療マーケティング研究プロジェクト リーダー 的場 匡亮)

 
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