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研究報告会レポート

第15回価値共創型マーケティング研究報告会レポート「価値共創マーケティングの3つのケース」

第15回 価値共創型マーケティング研究報告会 > 研究会の詳細はこちら
テーマ:「価値共創マーケティングの3つのケース」
日 程:2016年11月13日(日)13:00-16:00
場 所:広島大学東京オフィス

 

【報告会レポート】
 第15回目の研究会では、本年3月発刊の『ケースブック 価値共創とマーケティング論』に掲載された、エーザイ、アメリカン・ホーム・ダイレクト、大垣共立銀行を採りあげました。各社とも社会が変化するなかで企業活動を転換させ、企業主導では説明できない取り組みを推進する中で、さまざまな成果を獲得していきます。今回も、執筆者による鮮やかな事例の紹介によって熱気を帯びた研究会になりました。
 
報告者と内容は以下の通りです。
 
「医療用医薬品を扱う製薬企業における価値共創と医療サービス -エーザイの事例から-」

佐藤 幸夫 氏(多摩大学 医療・介護ソリューション研究所フェロー)

佐藤氏 佐藤先生は、医療サービスを俯瞰的に捉え、その特殊性から考えるべきことを整理した議論を展開されました。特に、疾患を治療する視点のほか参加型健康医療開発の視点の進展も期待される時代にあって、患者視点で捉える医療サービスを検討すべき時代が到来していることが示されました。そのうえで、患者にとっての価値(Quality of Life)を考えるうえでは、患者の文脈価値の理解が重要です。こうした検討を展開するうえで、サービス・ドミナント・ロジック(S-Dロジック)の理解は大切です。つまり、医療行為は全て医師に委ねられていると考えるのではなく、患者が感じる価値に即した医療サービスはさまざまであり、その捉え方が多様であるばかりでなく、サービスが及ぼす効果の範囲も多様です。このことを踏まえてケーススタディすることが重要であると考えて議論が進められました。
 佐藤先生が採りあげられたのは、エーザイの事例です。同社は企業の活動を“共同化”すると謳っており、ここでいう共同の対象は患者です。患者とともに時間を過ごし、共体験をすることでニーズを理解して企業活動を展開しています。興味深いのは、かねてより同社は野中郁次郎氏が提唱したSECIモデルに基づき、知識創造による経営が意識されてきましたが、そのアイディアの源泉が顧客にある点です。患者との共体験が製薬企業の活動を規定し、特徴的な知識創造を可能にすると考えているのです。同社はこの取り組みを実践するために、全社員が就業時間の1%を患者と過ごすことを実践したり、コールセンターやウェブサイトを活用するだけでなく、認知症や乳がんに関しては啓発サイトなどを設け、顧客との接点を豊富化しています。佐藤先生は、こうした取り組みが価値共創を促進させ、顧客に必要なサービスのプロセスを検討する契機になっていると示していらっしゃいました。
 佐藤先生の報告で特徴的なのは、エーザイの事例がSECIモデルの説明で完結しない点を示していることであり、そこには価値共創を促進させる仕組みが位置づけられていることを明確にしたことです。その一方で、顧客が感じる主観的な価値を評価、検証する手法や費用対効果の妥当性、社会的な価値とのバランスなどに課題があるであろうと示されていましたが、同社の実践事例から浮かび上がるのは、従来とはくらべものにならない次元での社会的責任に基づく企業活動の位置づけであります。むしろ、こうした位置づけをどのように捉えていくのかが課題であるとして締めくくられました。
 
「通販型保険に見る価値共創プロセスと相互作用 -アメリカン・ホーム・ダイレクトの事例から-」

森 哲男 氏(首都大学東京大学院 社会科学研究科 経営学専攻 博士課程後期、マーケティング戦略コンサルタント)

森哲男氏 森先生は、通販型保険が一般化する前の時代にあって、積極的に顧客との接点を確保して信頼を獲得していったアメリカン・ホーム・ダイレクトの事例で価値共創プロセスについて議論を展開されました。金融の自由化に伴い、日本においても1990年代後半から、外資系企業が新たにサービスを展開するようになりました。アメリカン・ホーム・ダイレクトはその筆頭であった訳ですが、その手掛かりとして検討されたのは、消費者の知覚にどのようにコミットするかであります。何が疑問であり、何に不満が生じるのか、どこに潜在的な可能性があるかを丹念に検討した結果、同社は広告による認知を浸透させる一方で、顧客との距離の克服を推進します。これによって消費者のマインドシェアの拡大が実現し、心理的障害を取り除くことが可能になります。ここで重要なのは、既存の損害保険を上回る事故処理のフォローであります。同社は専任の担当者がすべてのプロセスを担当したほか、顧客の要望に応じた最適ソリューションの提供を推進していきます。このことは、Contactの創出によるCommunicationの確立、そしてCo-creationからValue-in-Contextへという本研究会が示す価値共創の4Cモデルを踏襲するような仕組みとして機能します。その成果は顕著で、保険契約率が18%から36%に向上し、途中解約率がほぼゼロになったといいます。
 一般に、損害保険は事故が起こってからの対応力が重要になる訳ですが、消費者が事前に知ることは困難です。通販型損害保険が後発で市場に参入することは不利な条件ばかりなのですが、代理店を介した顧客対応を上回る消費者との関係構築が可能になったことを、この事例は示しています。通販型保険を説明するうえで重要なのは、イノベーター普及理論でいえば、イノベーターやアーリー・アダプターへのコミットと広告の活用といった議論に留まらないのです。むしろ、価値共創を担保することへの理解の促進が重要です。価値共創はビジネスに不可欠な鍵概念だといえます。同社の事例からは、ビジネスモデルの構築とともに、このような検討が成立することまでが説明されました。
 
「『顧客目線』を起点とした文脈価値の可能性 -大垣共立銀行における価値共創へのマーケティング-」

森 一彦 氏(関西学院大学専門職大学院 経営戦略研究科 教授、株式会社大広 戦略情報室シニアディレクター)

森一彦氏 森先生は、奇策ともいえる大垣共立銀行のさまざまな取り組みが、同行の直面した課題に即した優れた対応であること、とりわけ、一貫して顧客目線で検討されたサービスであると説明することができる。こうした視点で研究を推進されました。
 同行は基本理念を「地域に愛され、親しまれ、信頼される銀行」としています。さて、愛され親しまれ、信頼されるとはどのようなものでしょうか?金融機関ですから、個人、法人に向けて資金を融通するのが役割であり、その範疇を超えることはないと考えられるかもしれません。しかし同行は、ATMの24時間365日営業といった顧客接点の拡張を推進するだけでなく、ゲーム性のある提案があったり、ポイントがたまる仕組みを設けたりするなど、ユニークな取り組みを豊富化させていきます。さらに、店舗展開にも特徴があり、ドライブスルーを可能にするなど利便性向上を図るなどします。そのうえ、金融商品にも特徴を与え、女性向けの商品を用意するなどして顧客の悩みにも応えるサービスを展開していきます。
 こうした取り組みは、話題性を豊富化させるといった考えで推進されているのではありません。「地域に愛され、親しまれ、信頼される銀行」を目指したものであり、その取り組みは金融を核としているに過ぎず、サービスの拡張に余念がないと説明することができます。重要なのは、これら取り組みの全てがマーケティングの基盤として機能していくことです。全てのサービスが顧客の生活の中で活かされることであり、同行は利用プロセスを詳細に検討していることが理解できます。また、この発想に全行員を巻き込んで推進していることを考えれば、インターナル・マーケティングと連動していることも明確です。さらに、同行が実践する取り組みは拡張しており、それは社会的関係を強化する効果を生んでいます。森先生はこれがブランド価値の発生と対応する行動とのエンゲージメントになると考えており、価値共創は重要な鍵概念であると考えていらっしゃいます。このような検討が可能であるとして研究成果が披露されました。
 
ディスカッション
 本日も、参加者全員によるディスカッションが行われました。1時間以上に及ぶディスカッションは、研究会終了後も続くくらい、今回も熱気あふれる協議となりました。以下、特徴的な議論を記します。

 まず、3つの研究報告に共通していたこととして、①〜④が挙げられます。

①各社とも危機的な問題意識が根底にあり、問題の克服に向けて経営者だけでなく全社的に取り組みが推進された。
②共創のモデルは仮説の発見からはじまっている。
③既存の業種が強調されてはいないことに加え、既存の成果指標に執着していないといった特徴がある。つまり、マーケティングの成果を収益の拡大といった側面だけに求めていない。
④共創が一般化していく局面においては、組織内で共有できるプラットフォームが必要になるが、それは消費の文脈に即したものであり、方法論の理解だけで模倣できるものではない。

 このような説明になるのは、価値共創を戦略として体系化することが難しいためであり、消費プロセスと分化した議論ができないからです。この消費プロセスは、顧客の価値と結びついているだけでなく、社会的背景や顧客の価値に対する解釈にも影響を受けるからです。とはいえ、実務に活かそうとすれば、研究成果の含意を明確にしなければなりません。有効性の高い知見の獲得に苦労するのですが、参加者全員で議論を進めていく過程で、報告者から「課題解決と自己実現は違う」との指摘がありました。前者は課題の特定と解決のプロセスが消費行動に反映されるのに対し、後者は自己実現の方法の特定と発展を類推する必要があるからでしょう。いずれにせよ、消費行動からプロセスを見るうえでは重要な違いだと考えられます。こうした議論によって、今回も報告者との議論が深まりました。
 
ディスカッションの様子 ディスカッションの様子
ディスカッションの様子
 
 今回も、長時間に及ぶ研究会にも関わらず、参加者の関心が絶えることはありませんでした。次回は12月18日(日)大阪産業大学梅田サテライトにて開催の予定です。会員の皆様のご参加をお待ちしております。

 
文責:今村 一真(茨城大学)

 
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