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研究報告会レポート

第19回価値共創型マーケティング研究報告会レポート「お年寄りの見守りにみる顧客のコンテクスト」

第19回 価値共創型マーケティング研究報告会 > 研究会の詳細はこちら
テーマ:「お年寄りの見守りにみる顧客のコンテクスト」
日 程:2017年6月11日(日)14:00-16:30
場 所:大阪産業大学(梅田サテライトキャンパス)

 

【報告会レポート】
報告「顧客の消費コンテクスト解明に向けた理論と実践の接続の試み」

今村 一真(茨城大学 人文社会科学部 准教授)

 報告者は、Vargo and Lusch(2004)が主張したサービス・ドミナント・ロジック(S-Dロジック)に端を発する価値共創の議論は、あらゆる主体間の関係をサービスで捉えることを促しているとします。こうした研究の潮流に対し、特徴的なサービス研究を推進してきたノルディック学派は、S-Dロジックを積極的に批判しながら議論を蓄積しています。このような背景から、最初に、ノルディック学派のサービス・マーケティング研究の特徴を確認しました。続いて、近年注目されているカスタマー・アクティビティの概念による検討を採りあげ、新たな視点によれば、どのようにインタラクションのプロセスを見通すことができるのかについて検討します。
 ノルディック学派の研究の特徴は、大別して2つの特徴があるといえます。1つは、サービスの特性(一般に「無形性」「同時性」「異質性」「消滅性」の4つが指摘されています)のうち、「同時性」への注目に特徴があるといえます。彼らは、消費財の場合、生産(売り手)と消費(買い手)の間に隔たりがあるからこそ、マーケティングが機能することが求められます。しかし、サービスの消費者は、生産と消費が同時に生じる領域で消費することを考えれば、企業の生産プロセスに参加するともいえます。ここに生産と消費の隔たりはないのであり、我々が注目すべきはサービスの消費プロセスということになります。もう1つの特徴は、交換よりもインタラクションを重視する点にあります。これは、主体間の関係を対峙的に捉える交換を軸とした研究とは異なるばかりでなく、連続した関係を前提とした研究に特徴があります。
 こうした研究の特徴は、S-Dロジックの登場以降も変わることがありません。彼らは、S-Dロジックがサービス交換の視点によって現象を捉えようとする新たな解釈を示していることに対し、従来の研究との異同を丹念に検討していきます。とりわけ、サービスの生産と消費の同時性の解釈には揺らぎがないのです。もっとも特徴的なのは、主体間に生じる価値共創の領域は直接的なインタラクションによると示しているほか、企業活動の成果も価値共創によってしか捉えられないとすることです。これは、価値創造の主体は顧客だけであるとの考えに基づいており、このとき企業は価値の促進者に過ぎません。また、顧客にとっての価値に注目すれば、主体間による価値共創は顧客の価値創造プロセスの起点だといえます。このことを前提に顧客を理解する必要があり、サービスの展開プロセスを検討するうえでも、顧客にとっての価値から議論を生成させる必要があります。
 このように考えたとき、これまでのマーケティング研究が、顧客の世界を幅広く捉えた研究が進展したとはいえません。顧客の価値創造プロセスの起点になり得るサービスの提供を可能にするためには、顧客の価値創造に作用するあらゆる要因を検討しなければなりません。この考えに基づき、今回の報告では、近年注目されているカスタマー・アクティビティの概念を採りあげ、顧客の世界の理解と価値共創の議論との接続の可能性について言及しました。

 

講演「『こころみ』が拓くアクティビティの豊富化とビジネス」

神山 晃男 氏(株式会社こころみ 代表取締役社長)

神山氏 神山氏は最初に、起業した経緯、事業の特徴についてご説明になりました。氏は起業の際、お年寄りの社会性に注目されました。マーケティング・リサーチを進めていくうちに、独り暮らしのお年寄りの会話の頻度の低さが大きな問題であることを発見します。とかく、アクティブシニアに企業は目を向きがちですが、同社は孤独をなくし、こころがつながるビジネスを展開しようと行動します。このビジョンに基づき、同社はお年寄りの「聞き上手」をデザインし、プロデュースする活動をスタートさせます。これが、コア・サービスとしての「傾聴」を軸とした「聞き上手」のプロフェッショナル集団による企業活動です。
 同社の傾聴にはさまざまな効果がみられます。自己承認欲求が高まり、電話によるお年寄りとのコミュニケーションが継続します。お年寄りは話そうとするだけでなく、アクティブな日常を志向するようになります。孫の世話に精を出すお年寄り、家を出て異性との時間を過ごそうとするお年寄りというように、さまざまなお年寄りの日常を捉えるようになります。傾聴は見守りとしての機能に留まらず、お年寄りの自己承認欲求を高めます。また、コミュニケータとの会話はアクティブなお年寄りの生き方を反映します。このことは同社のサービスを申し込んだお年寄りのご子息を安心させるだけでなく、ご子息とお年寄りとの会話も増加します。親子が不仲でなくとも、親は子どもに伝えないことがあります。腰が痛くとも、孫と会いたいと思っていても、子どもには口にしないのがお年寄りのプライドです。こうしたお年寄りの本音を、同社のコミュニケータは受け止めることになります。
 このようして、同社の傾聴はお年寄りにとって身近な話し相手として機能していくだけでなく、お年寄りとご子息との豊かなコミュニケーションを形成していきます。ご子息はお年寄りの行動の変容を知るだけでなく、リアルな日常とお年寄りの感じ方を知ることができ、親子のコミュニケーションにも良い影響を与えるようになります。同社のサービスはお年寄り、ご子息それぞれに異なるリレーションシップを形成しながら機能していきます。
 

ディスカッション

今村 一真(茨城大学)
神山 晃男 氏(こころみ)
藤岡 芳郎 氏(大阪産業大学 経営学部 教授)

 本日も参加者全員による活発なディスカッションが実現しました。ノルディック学派が主張するリレーションシップの捉え方とインタラクションのプロセスへの注目は、企業活動を捉える視点であり、経営の機能と捉えるべきでないといった、ノルディック学派の真骨頂ともいえる主張がフロアから指摘されたのは驚きでした。そればかりではありません。主体間の関係を交換で捉えるのではなくインタラクションで捉えることは、価値共創を捉えるうえで不自然でないばかりか、連続したサービスを解釈するうえで適切な視点であろうという考えも、共通理解が図られているようでした。未だ一般的とはいえないノルディック学派の研究ではありますが、その特徴をご存知の参加者は増えており、ディスカッションはより深みのあるものになっています。
 また、こうした議論を進めるうえで「こころみ」の取り組みに注目することは、とても意義あることでした。フロアから、カスタマー・アクティビティはコミュニケータの成果指標になり得るのか、リレーションシップの継続が可能であれば、終わりはどのように考えれば良いのかといった、実務的で興味深い質問が相次ぎました。神山氏は、傾聴にコミュニケータの個性を排除することが重要だと指摘し、それはお年寄りの感情を一義とするための重要な視点であることが示されました。育もう、導こうとしてはならないという傾聴の極意が披露されたほか、「自分とは何かに気づいていくお年寄りを目の当たりにすると、リレーションシップに終わりはない」との主張は鮮やかでした。傾聴のサービスが継続する理由、それはやめる理由がないことの裏返しだともいえます。行政主導の見守りサービスは民生委員が担当するケースも少なくありませんが、必ずしも円滑なコミュニケーションが形成されていない実態を考えれば、リレーションシップが形成され終わる理由がないというのは、画期的だともいえます。
 これまでのマーケティングが描くことのなかった顧客の世界、それを記述する視点としてのカスタマー・アクティビティ。これらを検討するうえで、本日の研究会でとりあげた「こころみ」のサービスに注目することは、大変意義深いことだったといえます。傾聴をサービスとする企業活動からみえる顧客の日常は、カスタマー・アクティビティが記述可能であることを確認するとともに、そこでお年寄りが語るストーリーこそ、消費のコンテクストといえます。こうした理解を参加者全員で深める良い機会になりました。
 

 
(文責:今村 一真)

 
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