リサーチプロジェクト
研究報告会レポート

第5回アグリ&アクアフード・マーケティング研究報告会レポート「『秘められた和食史』が語る和食問題」

第5回 アグリ&アクアフード・マーケティング研究報告会
講 演:『秘められた和食史』が語る和食問題
     カタジーナ・チフィエルトカ 氏(ライデン大学教授)
議 論:近代史が創った「和食」がもつ意味
     パネリスト:カタジーナ・チフィエルトカ 氏(ライデン大学)
           安原 美帆 氏(食文化研究家・『秘められた和食史』の共著者)
           小林  哲 氏(大阪市立大学)
    司   会: 尾藤  環 氏(辻調理師専門学校)
 
日 程: 2017年6月27日(火) 18:00-19:30
     辻調理師専門学校 本館視聴覚室(大阪市阿倍野区)
共 催:辻調理師専門学校

 

【報告会レポート】
 2017年6月27日、大阪の辻調理師専門学校で第5回アグリ&アクアフード・マーケティング研究会が開催されました。今回は、食文化の歴史的考察というビジネスから少し離れたテーマでしたが、辻調理師専門学校との共催ということもあって37名の参加者があり、活気ある研究会となりました。
 
カタジーナ氏の研究報告
カタジーナ氏の研究報告
 
 研究会で報告いただいたのは、オランダ・ライデン大学教授のカタジーナ・チフィエルトカ氏。カタジーナさんは、近代日本文化の研究者で特に食文化に精通しており、数多くの論文を執筆し世界に向けて発信しています。今回は、カタジーナさんの研究仲間で食文化研究家の安原美帆さんと共著で出版した『秘められた日本史』(新泉社)について語っていただきました。講演内容は以下の通り。
 
 「和食:日本人の伝統的な食文化」が、2013年12月にユネスコ無形文化遺産に登録されて以降、和食は日本のみならず世界で大きな関心を集めています。しかし、ユネスコの無形文化遺産に登録される前は、日本の食を表す言葉は「日本料理」または「日本食」が一般的で、「和食」という言葉はあまり使われていませんでした。「和食」という言葉が書籍のタイトルや新聞等で頻繁にみかけるようになったのは2013年以降。まさにユネスコ無形文化遺産への登録がそのきっかけになったと言えます。
 
 その「和食」という言葉ですが、カタジーナさん等の調査によると、「和食」は「洋食」と対をなす言葉として明治時代に誕生した比較的新しい言葉で、主に外食を中心に使われるようになります。しかし、その意味合いは「日本風の食事」という非常に曖昧なもので、今日のように庶民的な家庭料理を表すようになったのは平成に入ってからです。
 
 また、日本の伝統的な食文化の中核をなす「米飯」と「一汁三菜」も、庶民の家庭料理として定着したのはそれほど昔ではありません。日本で米が主食として定着するのは第二次世界大戦後。戦時下での米の配給制度がきっかけで、それ以前は、地域の事情に応じて麦や雑穀など様々なものが主食として食べられていました。一汁三菜も同じです。一汁三菜は、室町時代に武士の儀礼料理として誕生した本膳料理の最もシンプルな形を基礎としていますが、江戸時代の武士でさえ一汁三菜の食事をとることは少なく、普段は一汁一菜など質素なものを食べていました。庶民が一汁三菜を食べるようになったのは、昭和初期になってからで、それも百貨店での食事などハレの日。日常の食卓に登場するようになったのは高度経済成長期以降になってからです。
 
 もちろん、それまで米飯や一汁三菜が日本に無かったわけではありません。カタジーナさん等が言いたかったのは、それが庶民の食として定着するのは第二次世界大戦後という比較的新しい時期になってからだと言う点です。これは「日本の伝統的な食とは何か」という問いを改めて私たちに投げかけます。食は常に変化(進化)しています。しかし、変わり続ける食の中に伝統が息づいています。そして、食のどこに注目するかで、多元的な伝統のひとつの側面が浮かび上がります。
 
 フロアからは、同じくユネスコの無形文化遺産に登録された地中海調理と和食との類似点や相違点、和食がユネスコの無形文化遺産に登録されるようになった経緯、和食の今後の在り方等に関して質問があり、カタジーナさんや安原さんを交えて活発な議論がなされました。最後になりましたが、会場の手配や受付等を担当いただいた辻調理師専門学校の皆様に心より感謝申し上げます。
 
フロアからの質問に答えるカタジーナ氏(右隣りは共著者の安原氏) ディスカッションの様子
写真左より、フロアからの質問に答えるカタジーナ氏(右隣りは共著者の安原氏)、ディスカッションの様子

 
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