第4回マーケティングと新市場創造研究報告会レポート「デジタル・マーケティング時代の新市場創造」 |
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テーマ:「デジタル・マーケティング時代の新市場創造」
日 程:2017年7月29日(土)14:00-17:00
場 所:早稲田大学 11号館708教室
2016年よりスタートした「マーケティングと新市場創造」リサーチ・プロジェクトの通算第4回研究会は,約50名の出席者を迎え,大盛況でした。
解題「マーケティングのデジタル化:4Pから2Pへ」 (14:00 – 14:20)
リサーチ・プロジェクト代表:早稲田大学大学院 経営管理研究科 教授
早稲田ブルー・オーシャン戦略研究所 所長 川上 智子
コトラー他が2016年12月に『マーケティング4.0』という本を出版しました。デジタル化によって利便性・効率性・透明性が向上する一方,リアルな顧客接点や人と人とのつながり,情報の信ぴょう性(authenticity)がより重要性を増しています。Amazonのようなネット企業がリアル店舗を出店し始め,森永乳業のピコのようにテレビ出稿をやめて夏季限定の出店により,新たなタッチポイントを創り出している例もあります。
『マーケティング4.0』では,マーケティングの4Pではなく,4Cに移行するという点も主張されています。4CとはCo-creation(共創),Currency(貨幣),Conversation(対話),そして Communal Activation (共有)です。価値を創造して伝達するというモデルから,コミュニティの中で創造し,需給に応じた柔軟なプライシングが行われ,消費者間での対話もコミュニティの中で行われるというパラダイムに移行しています。
消費者反応モデルも従来のAIDAから5Aモデルに変化しています。5Aとは,Aware, Appeal, Ask, Act, Advocateの頭文字です。認知し,訴求し,探索し,行動し,推奨する。これが消費者の新しい行動の流れです。
実は私たちもNew AIDAモデルを2016年10月に学会で発表していました。コトラーよりも早かったのですが,コトラーはすべてAから始まる単語で揃えてくるのが上手いです。ですが,オンラインとオフラインの融合をきちんとモデル化している点では,私たちのモデルもすみ分けて使えるように思います。
たとえば,マーケティング・オートメーション(MA)のような,匿名の顧客を見込み客から顧客へ,そしてファンへと育成するナーチャリングのプロセスも,これらの新しいモデルで説明することができます。リアルな名刺交換や電話,オンラインのメールなどをタッチポイントとして,IDを一本化し,顧客の温度感の高まりに応じて,マーケティング施策を自動化させて個別化させるのがMAです。カスタマージャーニーをどう設計すれば顧客経験(CX)を最適化できるかが5AモデルやNew AIDAモデルから見えてきます。
最後に,コトラーはマーケティングの4Pの終焉と言いましたが,Productは残ると思います。広義のProductは,購買前後のエンゲージメントやロイヤルティを生じさせるすべての相互作用を含んだ全体を指します。一方,他の3Pは,PromotionとPlaceはオムニチャネルで既に一体化され,Priceも電子決済によりアプリ上で融合されつつあります。これらの3Pはオンラインとオフラインのタッチポイントをシームレスに企画し,実行することが必要です。その意味で,4Pではなく2Pの時代といえるのかもしれません。
解題 早稲田大学 川上智子氏
研究報告「Omni-Channel時代のデジタルマーケティング戦略:
新しいEC =Engagement Commerce の重要性 」(14:20 – 15:00)
オイシックスドット大地株式会社 執行役員 兼 チーフ・オムニ・チャネル・オフィサー(COCO) 奥谷 孝司
オイシックス改めオイシックスドット大地の奥谷です。私は前職でMUJI Passportを作成し,データを取ることで経営も安定することを実感しました。その当時から,カスタマー・ジャーニーやカスタマー・エクスペリエンス(顧客体験)の観点で考え,顧客時間という概念を提唱してきました。
現在,一橋大学の博士後期課程にも在籍しているため,英語論文に触れる機会が増え,海外の研究でも自分の考えてきたことと似た概念が提唱されていることを知りました。モバイルの進展でタッチポイントも複雑化する中で,検討・購入・使用&消費という一連の顧客時間を可視化し,顧客との絆をいかに創り出していくかがいっそう重要になっています。その設計は,最近のサービス・デザイン研究におけるサービス・ブルー・プリント(Service Blue Print)にも通じるものと考えています。
リアルな店舗は,なぜ顧客が来店したのかを知りません。顧客もまた,なぜ来店したのかを教えてはくれません。オムニチャネル時代には,既存のチャネルがモバイルデバイスを中心に物流と情報流の両面からつながり,消費者起点でシームレスな買物体験を実現することが必要です。
どのようにそれを実現すべきかを考えるうえで参考になるのが,先行しているアメリカの事例です。たとえばニーマンマーカスではEC率が27%まで伸び,店舗を閉めて,チャネルシフトを進めています。店舗では検眼するだけという非常に狭いスペースで経営している眼鏡屋もあります。
アプリ以外のオムニチャネル戦略として,リアルなタッチポイントを創り出すことが考えられます。たとえば当社がやっている移動販売店舗は買い物難民の救済が目的ですが,これからポップアップストアをどれだけ作れるか,どれだけ顧客に近づけるか,という観点で意味づけることが可能です。海外にはスクールバスを使ったおしゃれな眼鏡屋もあります。
一方,自販機のIoT,宅配のIoT化のように,リアルであっても,基本はデジタルでつながっていることは大前提です。アプリやデジタル化は当たり前で,重要なのは,顧客の課題解決ができているか,圧倒的な体験が提供できているかです。
アメリカの小売業は,挑戦を続けています。メルトというハンバーガー店があったり,スタバも事前オーダーしてスタバカードで決済したりと,アプリを中心に,検討・購入・使用&消費の顧客時間の短縮が進んでいます。 これからのECはエンゲージメント・コマース(Engagement Commerce)であり,モバイルファーストの絆づくりを全社戦略として取り組んでいく必要があります。
顧客を差別しないCRM,ディスカウント・プログラムではない方向性も重要です。たとえば,いきなり!ステーキは,値引きではなく肉マイレージというグラム数で競っています。金額で差別するのではなく,食べた肉の量を基準にしている点がおもしろいと思います。
Amazon Booksも売れている順ではなく推奨という切り口で,究極の店舗を目指しています。オンライン企業が行動データに基づいて店舗体験のあり方を考えると,自分事化しやすい究極の店舗が生まれます。そうなると,時代は変わってくることでしょう。
第2報告 オイシックスドット大地 奥谷孝司氏
講演「マクドナルドのマーケティングは何が変わったのか」 (15:10- 15:50)
日本マクドナルド株式会社 上席執行役員 兼 マーケティング本部長 足立 光
日本マクドナルドは1955年創設の60年強しかたっていない会社です。日本の第1号店は1971年にオープンし,2016年の全店売上は4,384億円です。私が着任した頃はメディアやネット上ではネガティブな空気がほとんどでした。消費者調査に基づいて発売した,野菜がいっぱい入った新製品等も現状を変えるだけの力がなく,経営は混迷していました。
この2年で,マクドナルドのマーケティングの何が変わったのでしょうか。主に5つのポイントがあります。①新製品(キャンペーン)の方向性,②メディア・発信者,③話題化を主軸,④独力主義からの脱却,そして⑤ニュース発信のタイミングです。
まず新製品については,コンセプトを「(思わず食べたくなる)おいしさ」に転換させました。マクドナルドはレストランなので,おいしくなければ意味がありません。そこで,グランドビックマックのような,ガツンというインパクトのあるマクドナルドらしい商品を発売しました。
売上を安定させるために,定番の通常商品のキャンペーンも積極的に行いました。その代表例が「怪盗ナゲッツ」です。昨年冬のキャンペーンでは,製品的には特に目新しさはなかったのですが,ナゲッツゲームでパーティするという動画がSNS上にあふれ,162万回再生を記録し,販売も好調でした。
第2のメディア・発信者については,PRとファンの声を活用しました。ハンバーガーは食べなくてはならない商品ではありません。「食べなくちゃ」とお客様に思って頂くには,次に流行しているかもという空気を作るためのPRで世間化し,次にSNSで「身内ごと」化していくことです。「身内ごと」は,奥谷さんがおっしゃっていた「自分ごと」と同じです。
発売前のプレバズというソーシャルのにぎわい方と売上には,明確な相関があります。そのため,発売前のメディア向けイベントやインフルエンサーの試食会などを積極的に行っています。 発売前のツイートキャンペーンも必須です。PR,プレバズ,ローンチという流れで計画し,実行しています。
第3の話題性を主軸にするという点では,遊び心を大事にして,参加型キャンペーン等を行っています。たとえば,マクドナルド総選挙では,動画再生は370万回を記録し,最終週の売上げは当初予測の6倍以上となりました。パッケージも写真でアップしてくれるように変更しました。ネーミングもSNSで取り上げて頂きやすいよう,簡潔で短い名前にしています。
第4の独力主義からの脱却は,タイアップの強化です。プロモーションを強め,新しい顧客層にリーチし,マクドナルドのブランドへの信頼も高められる方法です。森永ミルクキャラメルやカルピスのシェイクなどは,コミュンケーションの中で味の説明をしなくても,どういう味かが伝わるというメリットもあります。
製品以外にも,たとえばポケモンGoやau,楽天などとのタイアップによって,それまでマクドナルドに来ていなかった人が来てくれるようになりました。ファーストフードはデスティネーション・ビジネス(目的買い)ではなく,インパルス・ビジネス(衝動買い)です。常に消費者の食事の選択肢に入っていることが必要なので,タイアップによって,マクドナルドの情報に触れて頂く回数を増やそうとしているのです。最近のロコモコバーガーは,史上初の外食競合コラボです。ローソンとガストとの共同キャンペーンで,露出化,話題化を図っています。
最後に,ニュース発信のタイミングは,新製品の発表タイミングを変えて,常にネット上がマクドナルドの話題であふれているという印象を出すようにしています。以前はいくつかの新製品を同じ日に発売することが多かったのですが,今は毎週ニュースを出すようにしています。
私が着任する前に,店舗レベルでの改善は既に進んでいました。何をやってもダメだという雰囲気が蔓延していたので,とにかく自分がビジネスのために正しいと思ったことをやりながら検証していったのです。
写真左より、講演 日本マクドナルド株式会社 足立光氏、研究会全景
クロストークとQ&A (16:00 – 17:00)
日本マクドナルド株式会社 足立 光
オイシックスドット大地株式会社 奥谷 孝司
司会:早稲田大学大学院 川上 智子
クロストークの様子
研究会を終えて
マーケティングのデジタル化が進み,ともすれば,ネット上の施策だけをマーケティングと狭義にとらえることも増えているようです。しかし,コトラーも指摘するように,オフラインとオンラインの相互作用にこそ,デジタル化の本質があります。
クロストークでは,KPIやKGIといった指標ばかりを議論するデジタル・マーケティングの空虚さにも話が及びました。モバイルやSNSを用いて何を顧客に届けるのかが最も重要であり,サイエンスの前提にはアートがあることを改めて確認できた研究会でした。
(文責:川上 智子)