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第13回医療マーケティング研究報告会(春のリサプロ祭り)レポート「患者参加型医療の可能性と課題」

第13回 医療マーケティング研究報告会(春のリサプロ祭り) > 研究会の詳細はこちら
テーマ:「患者参加型医療の可能性と課題」
日時:2018年3月17日(土)14:45-16:15
場所:中央大学ビジネススクール
 

解題:合理的な医療における非合理的な消費者としての患者とその家族
昭和大学大学院 保健医療学研究科 的場 匡亮

 医療はEBMという言葉に代表されるように合理的であって、患者やその家族の希望は医療の観点からは非合理なのかもしれない、という意味合いが合理的な医療における非合理な患者とその家族というテーマに込められている。ところが、合理的な医療といっても、提供される医療サービスというものがどのような場面においても適正とされるものはわずかであって、大部分は患者の特性や医師や医療機関の特性によって異なるもので、最終的には医師の判断によって適正さが決まるものである。また、合理、非合理ということを考える上では医療には情報の非対称性があって、プリンシパル=エージェントの関係にあるという前提も考えておく必要がある。歴史的には両者の関係がパターナリズムから患者権利の重視へと変遷し、インフォームドコンセントアンドチョイスということが重要視されている。
 ただ、この情報の非対称性があるために、医療側、患者側双方にある種のモラルハザードや思い込みによるズレが生じることがある。医療側で言えば高度先進医療に代表されるように、こういう治療をしたい、やりたいというようなことが先に立って誘導してしまう、ということや、診療報酬に代表されるような経済的なインセンティブによって方針を決めてしまう、また過去の経験を当てはめて目の前の患者さんの思いを確認せずに類推してしまうということが挙げられる。患者側にも、本人や家族にとっての経済的なインセンティブや、医療リテラシーの低さから生じる思い込みなどによって自分たちの希望、要望をぶつけてくることがある。
 さらに、これからは治す医療から治し支える医療へ、生命予後の改善からQOL、QODの改善へ、病院完結型から地域完結型へといった医療パラダイムの変化が状況をますます複雑にしてくことが予想される。特に、いわゆる団塊の世代が高齢者となっていく中で、高齢者医療は尊厳の保持、生活レベルの維持、病気の克服、自分らしさの追求、痛みの緩和、安楽の最大化といったゴールを設定しており、治し支える医療というものは病気よりも人を診る方向性を指し示している。今日のセッションでは、非合理な患者とその家族という、その非合理さの一部が解明されるような報告がなされ、非対称な情報を持つ両者の関係構築に資するセッションとしたい。
 

第1報告 治療選択の意思決定における患者特性の検討
早稲田大学大学院 経理管理研究科 修士2年 森本 勝大

 自らの治療への参画、意思決定への参加の希望を持つ患者は多いこと、また増加傾向にあることは国内外において報告がなされおり、さらに治療の参加意識と治療効果を検証すると、正の効果があるとも言われている。しかし、医師と患者双方に治療選択に対する選好を調査した研究では、患者が医師の意見を聞いて決める、もしくは一緒に決めることが好ましいという回答が上位ではあったが、医師については患者と相談して最後は医師が決めることが好ましいという選択した者も多く、患者の意識とのかい離があるようである。
 そこで、どのような患者因子が治療の意思決定の積極性、消極性に影響しているか、また共同意思決定を望む患者にはどのような特徴があるのかを調査した。方法は、先行研究によって得られた因子と意思決定の方法を6つの類型に分類し、医療従事者を対象に半構造化インタビューを実施、それをもとに独立変数を設定、概念モデルを作成し、質問票調査を行った。半構造化インタビューでは、医師(泌尿器科、消化器科)および看護師に対し、治療の選択肢がある疾患(前立腺がん、C型肝炎、消化器がん)を対象に、自己決定、医師決定、家族決定、自己・医師決定、自己・家族決定、三者決定という6類型に分類した患者の特徴をヒアリングした。先行研究と合わせ、自己主張性、家族性、意思決定の依存性、医師の信頼性、ヘルスリテラシー、年齢、情報収集能力、通院暦、同居の有無が意思決定に関与しているものと考えられた。この結果より概念モデルを作成し、41問の質問票調査を、30代から80代の各年代20サンプルを目標に347人に実施した。回答者は、家族との同居者が多く、学歴が高いものが多いという特徴のある調査群となった。自己決定型とされた患者の特徴は自己主張性が強い、ヘルスリテラシーが高いこと、家族決定型とされた患者の特徴は、ヘルスリテラシーの高さが負の相関を持つこと、意思決定の依存性が高いこと、医師の信頼性が高いこと、共同意志決定型とされた患者の特徴は、意思決定の依存性が高いこと、同居家族がいることがそれぞれ挙げられた。
 結果に対する考察は、(1)ヘルスリテラシーの高低と意思決定の関連から、この要素はもっとも重要であり、基礎的な概念である、(2)意思決定の依存度や同居家族がある場合など、日常生活における意思決定が医療の意思決定にも反映されている可能性がある、(3)医師への信頼の有無は、医師決定型の意思決定につながっているわけではなく、両者は別に考える必要がある、という点である。これらから導き出される実務的示唆としては、病院経営においては両者間のギャップを埋めるためにも、患者の意思決定型を初診時などに大まかに把握することで、意思決定を含む医療者と患者家族間コミュニケーションが進み、医師への信頼度や治療満足度への向上に寄与すると思われた。
 

第2報告 行動経済学×医療 患者の意思決定と行動変容の支援
大阪大学大学院 人間科学研究科/経営企画オフィス 平井 啓

 医療心理学、サイコオンコロジーが専門で、意思決定と行動変容をテーマにして、がん患者のための認知行動療法プログラムの開発や、医療の現場では看護師のメンタルヘルスのサポートなどを実践している。本日のテーマにある合理性や非合理性を心理学、経済学のアプローチから考える行動経済学の理論を医療に当てはめて検討をしていきたい。テーマとなる事例は、看護専門学校卒業の女性、乳がんの手術を3年前に受け、治療を継続していたが再発した患者である。肝転移と骨転移が見つかり、化学療法と放射線治療を実施しているが、担当医は予後が数か月と見込まれることから化学療法と放射線治療を中止し、緩和ケアへの移行を進めるべき局面と考えている。再発時には化学療法の説明はしたものの、延命という主旨や、治らないということは伝えておらず、患者が看護師なので、だいたい理解しているだろうと考えていた。一方で患者には積極的治療ができなくなってきているという認識はなく、二人の子供が受験と就職というライフイベントの時期で、子どもたちを支えるために死ぬわけにはいかないという思いで、どんな治療でも受けようと考えている。インターネットで調べた東京のクリニックで第5世代の免疫療法を受けるべく診療情報提供書の発行を請求した。この事例において合理的な選択は、治癒の可能性の低い治療の選択肢には挑戦せずに症状をコントロールしながら残された時間を有意義に使う、ということである。しかし、本人にはそれができない。なぜなのだろうか。

 これを考えていくうえで、まずは意思決定とは何かということについて、医療の現場でも研究者の間でも理解に幅があるので、整理をしておきたい。医療の場合、医療者が患者と何らかのコミュニケーションを行って、生命倫理の原則と照らし合わせたうえで、意思決定を行い、それに基づいて治療がなされ、そのアウトカムが出ることで、患者は納得したり、満足、不満足を覚えたりするという構造になっている。ここで患者に意思決定能力があるかどうか、ということが問題になるわけだが、現場で意思決定能力という言葉を使うと、認知症の診断がついているか否かという解釈となる。たしかに、脳機能的な能力も意思決定能力のかなり部分を占めるが、それとは独立した社会的なスキルも決められる人か決められない人かという点も重要な要素となる。また、意思決定には治療方針のような大きな意思決定から、今日のご飯のメニューを選ぶという小さい意思決定までさまざまなレベルがる。また、自分の欲求の認知が必要な意思決定と、選択肢が提示されて選ぶという意思決定もあって、難易度も異なる。
 高齢がん患者の意思決定支援の枠組みを作り、運用をサポートしていく中で現場の様子を見ると、認知症の診断がついていると決められないと評価され、一方で診断がついていないと何としても決めさせようとパターン化してしまうことがある。実際にはグレーゾーンが多く、短期記憶障害の認知症であればサポートがあれば意思決定はできるし、診断がついていなくても意思決定ができない人にはサポートが必要である。こうしたグレーゾーンにある患者に対する支援の方法を確立していくことが重要であると考えている。また、インフォームド・コンセントは医療制度の中に組み込まれているが、患者は合理的意思決定ができる存在であるという前提が置かれていて、正しい情報さえ与えられれば意思決定ができるはずだ、これがうまくいかないのは説明がうまくいっていないからだ、だから医療者にインプットの質を高めるためのトレーニングをすべきだという研修をして、現場に負担をかけていると感じている。実際には患者の合理性は限定的なので、インプットが意思決定に反映されないとすると、もっと患者(家族)や医療者双方に負担の少ない意思決定の方法や、その支援のあり方を考える必要がある。
 行動経済学は、意思決定はいつも合理的であるとは限らず、さまざまなバイアスが影響しているということを前提としている。よく引き合いに出されるのは、コインを投げた場合に利得を得るような選択と、損失を被る選択をさせるときで期待値が同じはずなのに選択が反転し、参照点からの心理的な価値の差は約2.5倍となるというプロスペクト理論である。医療においても、治療によって得になるケースと、損になるケースがある。通常のがん患者は損失回避的であり、それは自然な反応であることを理解する必要がある。抗がん剤治療を中止するという意思決定が難しいのは、損失の確定ができないということで、これまでの治療を頑張ってきたからもう少し継続したいというサンクコストや、高額な民間・代替療法への挑戦による損失回避といったバイアスの影響が考えられる。一方で、医療者側にも、「正しい情報を伝えれば、正しい意思決定ができるはずである」や、緩和ケアの領域でも「患者は痛いはず、苦しいはず、辛いはずだ、うつになるはずだ」という「合理性」バイアスのようなバイアスがあると考えている。冒頭の事例においても、医療者には患者が看護師であったということから合理的に考えられるはずだ、という患者の合理性に関するバイアスがあり、患者側にも家族の状況から自分は死にわけにはいかず、損失回避、現状維持のバイアスが働いているとみることが可能である。
 これをどう扱うか、ということでフレーミング効果を活用した乳がん検診の事例を紹介する。検診を受診しない対象者を、受診しない理由「いつか受けようと思っている=検診は面倒である」、「知っているけど、受けない=検診は怖いし、がんが見つかるのはもっと怖い」、「知らないから、受けない=健康だから乳がんにはならないし、だから検診に行く必要はない」という3つのセグメントに分け、それぞれのセグメントに個別のメッセージを送るという介入研究である。これをプロスペクト理論で考えると、セグメントの違いは参照点(=価値基準)の違いであって、がんを怖いと思っている人に対しては、検診を受けないことは、がん罹患の可能性に直面せずにいられるという利得から検診を受けて早期発見させると命が助かる可能性が高まり、さらに得をしますよというGain-frameが効果的である。一方で、がんが怖くない、検診が必要ないと考える人は、検診を受けることは現在の生活に新たなコストを生じさせることを損失と考えているので、検診を受けないと命を落とす可能性がある、将来の生活においてさらに損失を被るというLoss-frameが働いて認知を変えるということに部分的に成功して結果だと考えている。
 最後にリバタリアン・パターナリズムの考え方について紹介をしたい。パソコンでファイルを閉じるときには、「保存しますか」というポップアップが出ると思うが、これは、保存するという、この文脈では望ましいと思われるほうがデフォルトに設定をされている。このように選択の余地を残したまま一定の方向性が明らかな場合には少しおせっかいをする、昨年のノーベル経済学賞を受賞したセイラーの提唱する「ナッジ」と呼ばれる手法にもとづいている。冒頭のケースをリバタリアン・パターナリズム的に考えるとどうなるかと言うと、治療しないということがデフォルトであるということをはっきりさせた方が良い。このプロセスは医療者と患者双方にとってつらい作業であるが、現状維持という参照点をプロスペクト理論の横軸において左側に寄せた上で、そこから、利得となるような在宅医療や緩和ケアといった治療方法、医療以外の生活のサポート情報などを提示することで、ポジティブフレームの説明が可能になるのではないかと考えられる。この最初のつらいプロセスをきっちりと踏まないと、こういったことに関する話し合いができないままに時間切れになってしまい、両者にとって不幸な終末期になってしまう可能性が高いと思われる。

 
ディスカッション
 第1報告については、ヘルスリテラシーと家族性の関係、患者心理の視点、意思決定型と最終的な意思決定の関連など、今後の研究の展開について活発な意見交換がなされました。また第2報告については、患者の参照点をセグメンテーションできるかという議論では、乳がん検診の事例は医療の分野においては例外的に分かり易く、参照点=インサイトと考えて検討を深められないかといった問いが提示されました。
 フィリップ・コトラーによれば、行動経済学は遅れてきたマーケティングであると言われています。過去の研究会で取り上げたキャンサースキャンのケースを、プロスペクト理論で整理できるということが学びでした。また、予防と公衆衛生の分野で先行的に進められているマーケティングや行動経済学の考え方の導入、活用が、医療の現場にも広がっていくよう、今日の議論をきっかけに研究会でも継続的に検討を進めていきたいと思います。
 
(文責:医療マーケティング研究プロジェクト リーダー 的場 匡亮)

 
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