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研究報告会レポート

第26回価値共創型マーケティング研究報告会レポート「消費のコンテクストとの接続に必要な仮説発見的思考」

第26回 価値共創型マーケティング研究報告会 > 研究会の詳細はこちら
テーマ:「消費のコンテクストとの接続に必要な仮説発見的思考」
日 程:2018年9月16日(日)
場 所:広島大学東京オフィス(東京工業大学 CIC東京)

 

【報告会レポート】
報告「消費のコンテクスト解明に向けたアカデミックな議論の整理」

今村 一真(茨城大学 人文社会科学部 教授)

 報告者は Vargo and Lusch(2014)が主張したサービス・ドミナント・ロジック(S-D ロジック) に端を発する価値共創の議論以降の、マーケティング研究を概観する研究報告を行いました。まず、S-D ロジックの特徴を採り上げます。続いてノルディック学派のサービス・マーケティング研究の特徴に触れ、日本で広く知られている北米型のサービス・マーケティング研究との違いを確認しながら、彼らが S-D ロジックを積極的に批判する動向に注目します。それは企業の価値創造の限界を前提とした捉え方を示すためであり、マーケティングのありかたを問い直すに及びます。彼らは、これまで未解明だった顧客の世界に基づいたマーケティングの考え方が重要だとして、カスタマー・ドミナント・ロジック(C-D ロジック)の解明を求めています。
 ところで、顧客の世界をどのように解明したらよいのでしょう。何を記述すればよいのでしょう。こうした問題を克服するために、ノルディック学派の研究者らは独自に概念を生成していきます。報告者が注目しているのは、カスタマー・アクティビティの概念であり、これは行動を現象として客観的に捉え、そこに妥当な解釈を与えることで、顧客の世界を解明しようとする研究仮説だといえます。一般に、サービスによる主体間のインタラクションは、顧客の一連のアクティビティで確認できる訳ですが、これをネットワークで捉えなおすことで、顧客の行動の有機的なつながりから、新たに効果を発見することができる可能性があります。こうした試みが示されているのですが、本格的な実証研究はまだまだです。Mickelsson and Lipkin(2015)は、さまざまな研究アプローチによる解明を期待しており、今後研究の豊富化が求められるといえます。
 このように、アカデミックな議論を整理すると、S-D ロジックの登場以降、サービスへの注目は高まるばかりですが、それぞれのロジックが説明しようとする現象は異なることが明らかとなります。S-D ロジック、C-D ロジックとも、サービスの科学的な議論を可能にするための努力であることに違いはありません。しかし、価値を顧客が認識し、顧客のためのサービスである以上、サービスに注目した研究は、顧客の世界から企業活動に注目する必要があり、顧客の世界をどのように解釈し、サービスが機能しているのかを問う必要があります。研究の次なる課題は、研究成果をどのように実務に接続するかであり、報告者は幾つかの仮説に基づく議論を提供しました。
 

講演「駅ビル事業者の論理的思考」

寺尾 淳 氏(株式会社アトレ 開発企画部 主任)

 アトレは、JR東日本グループの中で駅と直結した、あるいは駅周辺の商業施設を運営する企業です。寺尾氏は最初に同社の事業について説明し、駅ビル事業の実務へと議論を進めます。同社は、いわゆるディベロッパーですから、不動産をどのように有効活用するかが重要なのですが、駅ビルが「誰に」「何を」「どのように」便益をもたらすかを問う場合にも、駅利用者の属性を①居住者、②就業者、③来街者に分類して検討することができます。ほかにもさまざまな切り口から、同社は生活動線の中で機能する商業施設の追究を進めています。寺尾氏は、わかりやすく同社のテナントサポートの事例を説明しながら、入居するテナントが単独では気づくことのできない発見を重視しながら、企業活動を推進していることが、説明されていきました。
 同社の実践で興味深いのは、駅ビル実務において、論点を整理する際に仮説を設定し、丁寧に検証を行う点です。ここで重要なのは、統計データや定量的な種々のデータだけでなく、「Walking」「Watching」「Listening」の重視に象徴される、定性的な調査によって、より妥当な解釈を与えていきます。解釈によって仮説の意味が変わるほか、仮説の有効性の判断も異なります。現象は、あくまで物理的に見えているものに過ぎず、表層的です。事実もまた、実際に起こった客観的なことであり、誰にとっても同じです。しかし、その理由や背景によって、現象や事実の見え方は変わっていきます。仮に、デリカや弁当が売れないとしたとき、その理由は店舗の立地や商品の魅力に問題があるだけではありません。顧客の生活動線を幅広く捉えて検討すると、それ以外の理由が浮かび上がると言えます。狭義の4Psで活路を模索するのではなく、活路ある解釈をどのように立てることができるかが肝心です。こうした考え方を同社が提供し、入居するテナントが単独では気づくことのない問題を克服することこそ、同社の新たな実践であるとの指摘がありました。市場構造は消費者の好みでつくられているのですから、消費者理解のための活動が重要です。これを積極的に推進するのが、現在の同社の姿だといえそうです。
 

ディスカッション
 本日も約2時間に及ぶディスカッションで、多くの参加者との質疑が実現いたしました。さまざまな動機で商業施設を利用する顧客に対し、有効なマーケティングのアプローチをどのように考えるべきなのか、住みやすい街に必要なものを備えるための商業施設とはどのようなものか。こうした質問は、購買以外の目的で商業施設を利用する顧客を捉えようとする議論であり、どのような考え方が可能なのかを問うものでした。学術的には、C-Dロジックの含意をどのように活かせるのかという本質的な議論であり、実務においても直面する課題です。商業施設の物理的な問題の克服に留まらない、行動観察に基づく仮説の発見などから、顧客の日常に迫ろうとする実務に対し、学術的には、カスタマー・アクティビティをどのように価値共創の議論に結びつけるのかという問題が指摘されました。ユニークだったのは、合理的な消費行動を志向する顧客であれば、顧客が実践しようとする目的を妨げないサービスが大切ではないかという考えに対し、一緒にオプティマイズする、あるいは目的を特定してファシリテートする考えが求められるのではないかという意見が示されたことです。Grönroosが重視する直接的なインタラクションに基づけば、こうした議論が指摘されて当然である一方、顧客の目的をどのように特定して何を実践するのが望ましいのかが曖昧なのも事実です。まさに優れた解釈に基づく仮説の構築と実践が求められるのであり、それは学術も実践も注目するところなのですが、それを解き明かそうと熱気を帯びた議論になったのは、この研究会ならではだと感じました。
 今回も深堀の議論で、大いに盛り上がりました。物販を中心とする商業施設ではありますが、生活動線の中で機能することを考えれば、顧客の日常の中で機能する連続したサービスでもある訳です。
 これをサービスとして捉えるための前提をめぐって、ディスカッションでは有意義な議論が数多く示されたといえます。先進的とも思われるアトレの実践に感心する方が多い一方で、より明確にサービスが機能する可能性が模索されており、それは確実に時代を描き直す力になっていると感じます。それはすなわち、現象や事実をどのように解釈して実践を生み出すかという挑戦が不可欠であることを意味しており、仮説発見的思考はますます実践の場で求められているといえそうです。アカデミックのフィールドは、これをサービスのプロセスで説明することで、サービスが機能することの意義を語ります。実務とアカデミックの融合は、こうして意味を持つようになると言えそうです。参加者が個別に問題意識を持ちながら、研究会のテーマを上手に咀嚼して議論する雰囲気が東京会場では定着し、有意義な交流ができました。
 

 
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