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研究報告会レポート

第14回医療マーケティング研究報告会レポート「医療機器メーカーは医療の課題とどう向き合い、イノベーションを創出するか」

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テーマ:「医療機器メーカーは医療の課題とどう向き合い、イノベーションを創出するか」
日時:2018年9月9日(日)10:00-12:30
場所:早稲田大学 11号館
進行:昭和大学大学院 保健医療学研究科 的場 匡亮
 

解題:医療のエンゲージメント・マーケティング
早稲田大学大学院 経営管理研究科 教授 川上 智子

 ドラッカーは、顧客の創造をビジネスの目的とし、必要な機能はマーケティングとイノベーションの2つのみであると述べている。モノやサービスを生み出す発明に便益と利益を付与し、価値物として普及させることがイノベーションであるならば、マーケティングはその上位にあって、単に価値物を提供するだけでなく、その価値物の価値を評価しうる文脈を創造し、情緒的価値の創出によるブランド化を行い、これを好循環させることが求められている。クリステンセンのジョブ理論のジョブは実は便益そのものであり、人は価値の期待値にお金を払うのであって、モノからコトへという流れはセオドア・レビットの時代から強調されている。
 医療に当てはめると、専門職集団である医療者は機能的価値に偏りがちであり、また情緒的価値はアメニティであるとの声が聞かれるが、人間である以上は健康で快適な生活、生きがい、幸福、利他などの上位概念があるはずである。
 医療マーケティングを整理すると、医療機関が顧客に対して行うMarketing of hospitals、供給企業が医療機関に対して行うMarketing for hospitals、供給企業が医療機関を通じて顧客に働きかけるMarketing through hospitalsの3つに大別される。本日はMarketing for hospitals、すなわちBtoBのフレームが中心となる。
 今、価値づくりは、関係者、顧客等との共創(Co-Creation)の時代になっている。2017年のHarmelingらの論文では、カスタマーエンゲージメントマーケティングを通じて顧客の保有資源を活用することで企業業績の向上に繋がると指摘されている。これまでのプロモーションや関係性というマーケティングは取引重視だったが、今は取引だけに留まらず、クチコミをしてもらうなどの自発的な貢献、つまりエンゲージメントを顧客に行ってもらい、自分事化をしてもらって、その効果を測定することが重視されている。この実践については、匿名から見込み客、顧客、ファンへと進めていくオンライン、オフライン双方の道筋について検討したNew AIDAモデルを提唱している。医療においても、患者と医療者が価値を共創・維持する時代、エンゲージメント・マーケティングの時代が到来している。
 

第1報告
ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社
ラボソリューション事業部 マーケティング部 部長 坂本 那香子

 ロシュグループは、スイスに本社を置くヘルスケアの総合企業で、年間で1兆円を超える研究開発投資(ロシュはM&Dで著名だがそれらを除く)をするなど、イノベーションに力を入れている。ロシュ・ダイアグノスティックスはその中でも血液検査等における体外診断用医薬品(In Vitro Diagnostics)やその検査機器を取り扱っている。体外診断用医薬品は全世界の医療費の2%に過ぎないが、その結果は臨床現場の意思決定の60%に関与している。
 イノベーションの定義については川上先生の話でも強調されていたが、ライト兄弟のライトフライヤー号とダグラス・エアクラフト社のダグラスDC-3のどちらがイノベーションか、と問われれば、発明の前者ではなく商業的に成功、普及した後者となるだろう。検査機器業界は1970年代の用手法の時代から、オートメーション化が進み、現在では様々な機器を繋ぐトータルラボへと変化していきている。さらに今後も業界構造の変化は起こりうると思っているが、デジタル化の流れ、データ活用の流れについては、当社にとっての危機に繋がるという感覚を持っている。社内ではクリニカルユートピアプロジェクトと呼ぶ、一種の構想がある。いつかの遠い未来には生まれる前に遺伝子検査が行われ、生まれた瞬間にセンサーが埋め込まれ、それを通じてヘルスデータは自動収集され、個人のデータバンクに蓄積されていき、その所有者たる個人はデータをいつでも引き出せる、そんな構想である。最初に聞いたときには半信半疑であったが、これが実現すると採血をし、採血管からデータを生み出すというビジネスは大きい意味では失われてしまうことを意味する。そもそも血液検査という、針を刺されて血液を抜かれるプロセスは多くの人が嫌がるものであるし、血糖値の測定には痛みの少ない機器が登場していることを考慮しても、この業界が大きな流れの中でシュリンクしていく可能性はある。ロシュのトップマネジメント層は、検体を集めてテストをするという業界で1位であるからといって未来永劫そうであるとは限らない、フィルム業界のコダックになるのではないか、という危機感を抱いている。コダックも業界トップにあって、デジタル化の未来を予見しつつ、またShare moment Share lifeというスローガンを掲げながら、それでも失敗した。イノベーションのジレンマではないが、現在の卓越したビジネスモデルを持つトップ企業が未来にトップでもあり続けることがいかに難しいことかを感じている。
 こういった転換を見据えてロシュは診断薬、機器の会社から、ディシジョン・サポートの会社へ転換するという方針を掲げている。それは検査室の意思決定にかかるラボ・ディシジョン・サポートと、臨床の意思決定にかかるクリニカル・ディシジョン・サポートの2つである。ラボ・ディシジョン・サポートは、ラボラトリー・ベンチマーキングから問題分析、改善を提案、計画と実行までをサポートするロシュ・コンサルティングサービスが中心となり、世界で250名、日本では9名のスタッフが担当している。アジアで比較すると、機器1台当たりの検体処理数はAPAC先進国では1日132件に対し、日本は113件、また一人あたりの検体処理数はAPAC先進国267件に対して、日本は240件という状況で、機械と人、双方に生産性向上の課題を有している。技術の進化によってどのメーカーも一通りの検査を実施できるが、日本の医療機関では、その分野でのベストとされる機器を個々に揃える傾向があり、部分最適には間違いないが、全体最適という観点では課題が多い。課題ははっきりとしており、LEANプロセスに基づく分析から解決の流れも確立してはいるが、このコンサルティング・サービスを有料とするか無料とするかで社内の議論が続いており、またセールスの手法も試行錯誤中といった状況にある。ライトフライヤー号からの脱却ができるのか、今後の課題となっている。
 もう一方のクリニカル・ディシジョン・サポートの事例として、心血管疾患領域での救急車プロジェクトを紹介する。時間がクリティンカルな急性心筋梗塞(AMI)においは来院から再疎通までDoor To Balloon (DTB) 90分以内というガイドラインがあり、ロシュはcTnT-hs というAMIを早期同定することができる技術を有している。ベストなフローは、この検査を救急車内で実施、搬送先のトリアージをすることと言われているが、現行の日本の規制では救急車に医師は同乗しておらず、救急救命士はこの検査ができない。2016年からは血糖測定が可能となるなど、救急救命士の権限を増やしていく流れにあり、その流れの中でcTnT-hsも活用できるようにならないか、働きかけを続けている。医療は個別化医療(Personalized Healthcare)の流れにあり、コンパニオン診断薬と分子標的薬などクリニカル・ディシジョン・サポートは今後も広がりを見せる分野だと思っている。ただ、個別化といっても、まだ像が不明瞭であり、もう少しクリアに見えるように、また最終的に目指すべき患者さん一人ひとりに到達できるように、研究開発や買収を積極的に行っている。
 個人的に医療機関にお世話になることもあるが、医師やスタッフが多忙を極める様子を見るにつけ、自分の悩みをじっくりと聞いてもらって相談にのってもらう、というような期待は抱いてはいけないのではないか、という気さえする。ただ、ヘルスケア業界で働いていることの価値というのは、自分事も含めて悩める人が集まる場に対して、ビジネスとして貢献ができることにある。ロシュは、Doing now what patients need next という言葉を掲げているが、これからもさまざまな課題に取り組み、解決策を生み出していきたいと思う。
 

第2報告:競争から共創へ マーケティングとはリーダーシップ
GEヘルスケア・ジャパン株式会社
代表取締役社長 多田 荘一郎

多田氏 「白熱電球を発明した人は誰か」と聞かれて、エジソンと答える人が多いかもしれないが、実はイギリスのスワンという人で、エジソンは日本の石清水八幡宮の竹を使って電球に使われるフィラメントの耐久時間を延ばしたことで実用化への道を切り開いた。GEはイノベーション自体にフォーカスするのではなくて、課題を解決する企業である、と自らを定義している。
 イノベーションの上位にはマーケティングがあると川上先生の話があったが、さらに上位にはリーダーシップがあると考えている。そういう意味で今日は自らのキャリアを振り返りながら話をしたいと思っている。仕事には、やりたいこと、やれること、やるべきことの3つがあると思うが、自分としては常にやるべきことを優先してキャリアを形成してきた。会社や組織の課題は何か、社会や業界の課題は何かを考えて、結果を出し続けることで信頼が生まれ、さらなる機会に恵まれ、やれる仕事が増えてきて、気が付くとやりたいことが生まれくる。
 医療業界に移って2年目に、当時の真空採血管は滅菌されているものと、未滅菌のものが混在しているという課題に取り組んだ。当初、未滅菌採血管の危険性を訴えるものの、あまり相手にされずにいたが、粘り強く訴えていく中である学会が問題として取り上げ、研究班を作ってくれて、その後メディア等にも取り上げられたことで、最終的には医師会、看護協会等を含めた、国内初の標準採血法ガイドラインの制定に繋がった。当時の所属先企業からは、その正義感は認めるもののガイドラインの制定は自分の業務として認定されていなかったが、やり切って結果を出したことで、自らの身をもって他業界出身であっても間違いは正せるということを実感した。
 GEに移ってからはポケット型エコーが登場した際に、当時、日本コカ・コーラの魚谷雅彦さんからは、顧客のセグメンテーションの見直しや規制概念を取り払って考えてはどうか、というアドバイスを受けた。例えば築地で冷凍マグロを穿刺して味を確認しているが、それの代替にならないのか?といった発想で、エコーではそこまでは出来ないが言わんとしていることはわかる。違った発想で、ということを社内で言い続けていたら日本が主導でやってみろということになった。ちょうど、プライマリ・ケアの連合学会ができた時期で、開業医さんに使ってもらえるのではないかということでローンチされた。この時にテーマとしていたのは社名や製品名を知らない人にどうやって届けるかということで、アマゾンにも話をしにいくなどして、何か興味や関心がある人との結びつきを作るということをやった。機器の総売上に占める日本市場の割合は5%程度だが、この製品は今でも日本において30%くらいが売れている。
 医療のさまざまな問題を多くのステークホルダーが一堂に会して議論し課題解決をしたいということで、3年前より、日経BP社を協賛する形で、厚労OB、関連学会のトップなどに集まってもらう勉強会を立ち上げた。医療の問題も、例えばブロックバスターから個別化医療へという流れは、Price×Quantity で考えると、少人数にのみ効果のある薬を見つければ見つけるほど価格は高くなるといったことや、疾患予防による医療費削減は医療機関の減収を意味する、といったように、課題は複雑に絡んでおり、背反している。ただ、このような不確実な時代にあっても、何か互いの共通点はあるはずであり、また大きな課題であればあるほど、競争ではなくて、共創がカギとなって、解決の糸口が見つかるのではないか、と考えている。
 ここからはGEの取り組みについて3点ほど紹介する。変わらない理由を見つけることが難しいとも言える変化の時代にあって、やはり大企業としてスピードが遅い上に決められないことも多く、機会損失の発生に直面しているという課題を感じ、スタートアップに学ぼうとしている。スタートアップの定義はいろいろあるが、私のなかではPurpose Drivenとしている。リーンスタートアップを導入し、顧客を中心に小さく早く始めて、Minimal Viable Product(MVP)を作って、失敗して、とにかくアジリティを持って学ぶことで不確実性を下げていく。リアルタイムでフィードバックを入れて、いかに自分たちの行動変容を起こすか、FastWorksを掲げている。人事においても同じである。これまでの人事考課は年初に目標を定めて、中間報告を入れながら、最後になって、あの時のあれは良かった、直したほうが良いということを、エネルギーをかけてやっていた。上司が常に横にいるわけでもないという環境で年に一度のフィードバックを受けても、本人が行動変容を起こそうという気持ちにはならない。そこで、仕事のプライオリティを決め、さまざまな社内のプロジェクト等に参加する中で、そのメンバーからリアルタイムでフィードバックがもらえるようになっている。良かったことについてはContinue(継続)、見直したほうがよいことはConsider(考慮)という形で、例えば私も全社員ミーティングの直後に、新卒の社員から「この話は分かりづらかった」、というフィードバックをもらったりするので、次からの行動につながる。個人のレベルでもリアルタイムでフィードバックを入れることによって、いかに自分たちの行動変容を起こすか、PD@GEを掲げている。
 工場においては、これまでのリーンファクトリーにデジタルを加えて、さらに改善を早めていこうというBrilliant Factoryという構想がある。ただし、まずはリーンありきであって、人とプロセスのバラつきを標準化したうえで、デジタルを加えていく。例えばヒートマップを入れて工場内の社員の滞在時間を可視化することで、リアルタイムな行動変容を促している。今はこれを病院に、Brilliant Hospitalと称したプログラムを作って提供しはじめている。資産を所有する時代から運用する時代というのは金融機関にとっては当たり前だが、医療機関においても、営業スタッフにとっても当たり前ではない。そこでAsset Performance Managementというサービスを有償で提供している。有償とするだけの価値は何であろうか。モノを売る前に資産の活用状況を分析すると100台の装置を持っていても活用されておらず、実際には80台で良いということが分かることがあって、その結果は営業スタッフにとっては台数が売れなくなるので当然嫌がるものである。ただ、本当に重要なのは稼働しない装置を設置して利益を出し、投資余剰を生み出せる病院はないということである。よってGEでは稼働できるようなお手伝いをして、財務体質を改善することで、常に最先端の投資ができるような病院を目指しましょう、ということを価値として打ち出している。
 最後に、多様性を創造力にというテーマでカルチャーの話をしたいと思う。Gender Diversity、Generation Diversity、Thought Diversity など、コンフリクトを生じる要素が多くある時代にあって、私がリーダーとして心がけている変革の方程式がある。変わる、変わらないという縦軸と、利益、損失という横軸で4象限を作ったときに、(A)変わることで得られる利益 +(D)変わらないことで被る損失 > (C)変わらないことで得られる利益 + (B)変わることで被る損失 がクリアに言えるかどうかということである。だから、どんな問題に直面するときでも(A)と(D)を強調するようにしている。もう一つは、MITのダニエル・キム教授が提唱している成功する組織の循環システムで、関係の質が良いと思考の質が高まり、さらに行動の質が向上して結果の質もついてくる、この好循環をいかにつくるか、逆循環を起こさせないかということに心を配っている。
 多数者が利用する共有資源が乱獲されることによって、資源の枯渇を招く経済の法則、いわゆるコモンズの悲劇という理論があるが、これを自分事に置き換えるようにしている。すなわち、私たち一人一人がオーナーシップを持っている問題は、社内、社外、業界外でどれくらい共有されているのか、また、そういった問題に取り組んでいるかを意識するということである。医療のエコシステムを考えるときに、その課題の多くはオーナーシップが存在しないために解決されていないのではないかと思うことがある。競争から共創へ、これまで不十分であった産産連携や学学連携などを深め、関係の質を良くすることに取り組んでいきながら、Purpose Drivenな体制を取って、共創に取り組んでいきたい。
 
司会:独立行政法人労働者健康福祉機構 関東労災病院 経営戦略室長 小西 竜太
早稲田大学大学院 経営管理研究科 川上 智子
ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社 坂本 那香子
GEヘルスケア・ジャパン株式会社 多田 荘一郎

 
研究会を終えて
 医療は政府、支払者、ユーザー、医療機関、サプライヤー、研究機関、学会といったようにステークホルダーが多く、また、技術革新を求められながらも財源の確保が常に課題となる業界です。ディスカッションの司会をされた小西先生の「患者や医療の財源を乱獲せずに、エコシステムを維持していけるのか」、という言葉が印象的で、デジタル化時代にあっての事業定義の見直し、エンゲージメント・マーケティングの重要性、共創を進めていく上でのリーダーシップといった議論を通して、業界を挙げた知恵、共創こそが医療の課題解決のカギとなることを実感した研究会でした。
 
(文責:医療マーケティング研究プロジェクト リーダー 的場 匡亮)

 
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