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研究報告会レポート

第10回スポーツマーケティング研究報告会レポート「スポーツとCSV戦略 〜スポーツで事業価値と社会価値を共創する〜」

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テーマ:「スポーツとCSV戦略 〜スポーツで事業価値と社会価値を共創する〜」
日 程:2019年7月22日(月)19:00–20:45
場 所:東洋大学 白山キャンパス 1号館 1506教室
 
【報告会レポート】

1.「スポーツとCSV戦略について」(趣旨説明)
(株)電通ソリューション開発センター シニアディレクター 小西 圭介 氏

 なぜ今、「スポーツとCSV(Creating Shared Value)戦略」というテーマなのか。背景として、近年、企業におけるスポーツスポンサーシップの動向が、大きく変化しつつある点を挙げる。
 近年の動向は、主に以下の4つである。①グローバル化とテクノロジー化という流れの中で、スポーツコンテンツの価値が大きく向上した。それに伴い、放映権料やスポンサー費用も高騰している。②企業側にとってのスポーツは、従来の広告宣伝塔としての役割に加え、近年では、企業の経営課題解決手段としても改めて注目を浴びるようになった。つまり、スポーツを通じて企業が社会に価値を共創していく事で、事業成長に繋げる動きが強まっている。③スポーツ×IT・テクノロジーにより、双方の事業価値を高める機会が増大していること。スポーツがIT・テクノロジーの活用により価値を高めるのみならず、IT企業もスポーツをソリューションインフラ導入やショーケースとして活用している。④最後に、スポーツ事業自体の成長ポテンシャルへの注目がある。スポーツ事業で収益を上げる企業や、IT企業など異業種から優秀な経営人材が参入する事例が増えた事で、スポーツと企業の関係が変化した。
 
 一方、企業を取り巻く環境や、企業戦略のあり方も変化している。短期的な自己利益追求型の経営システムは、環境破壊や労働格差など社会問題を生み出し、中長期的に企業にネガティブな影響を与え得る。近年では、従来の利益の社会還元というCSR(Corporate Social Responsibility)の考え方から、事業リソースを活用して社会課題解決と新たな市場創造を両立し、持続可能な成長を実現していく経営戦略(CSV)の考え方が浸透するようになった。国連が提唱したSDGs(Sustainable Development Goals)の考え方の導入もあり、CSV経営は進化しており、現在は多様化した概念として捉えられている。
 SDGsの中で、「持続可能な開発のための2030アジェンダ宣言」が取り上げられ、その中でスポーツは、様々な形で持続可能性やCSV経営に寄与すると着目されている。。ゴールデンスポーツイヤーズを迎える日本においては、初のSDGs五輪を始めとするメガスポーツイベントに向け、スポーツとサステイナビリティをテーマに、行政・自治体・スポーツ団体の取り組みが本格化している。
 
 CSV経営において、スポーツが着目される理由は、経済合理性とは別次元の、挑戦・達成・感動といった『人間的な価値』が、人やコミュニティの関心と求心力、イノベーションに繋がるからだ。こうしたスポーツの持つ価値が、社会的な共創を生み出す上で、大きな役割を果たしていると考えられる。またスポーツ行政においても、スポーツの事業価値を高めるだけでなく、スポーツに関連した新事業の創出にも力を入れている昨今、スポーツ×テクノロジーをキーに、幅広い産業の市場創造と社会課題貢献に貢献している。
 企業は、五輪パートナーの取り組みを始め、様々な目的でスポーツを活用している。それらの活用戦略を目的別に見ていくと、大きく「ビジネス・市場開拓」「ブランド構築」「商品サービスの売上拡大」「従業員のエンパワーメント」「ステークホルダーとの関係構築(エンゲージメント)」の5つに整理でき、企業の目的に応じて様々な施策が展開されている。
 こうした現状を踏まえ、事業収益や企業イメージ向上だけでなく、社会資本形成と市場創造、ブランド価値への寄与など、無形資産形成を含めた投資対効果を実務的に評価するための尺度作りも、課題として挙げられる。

 

2. 「味の素のスポーツ支援活動とASV(Ajinomoto group Shared Value)」
味の素(株)オリンピック・パラリンピック推進室 篠田 幸彦 氏

 企業の取り組みとして、根底には、創業時の「日本人の栄養状態を改善したい」という願いと、「おいしく食べて健康づくり」という志がある。最初の「味の素®」が110年前に誕生してから、世界130カ国のニーズや食文化に沿った商品を開発・展開している。また、「味の素®」がアミノ酸の一種、グルタミン酸であったことから、アミノ酸の持つ栄養機能・生理機能に着目した商品を発売している。
 こうした事業の中、味の素㈱は『ASV(Ajinomoto group Shared Value)価値創造モデル』を掲げ、食×アミノサイエンスを用いた、社会課題の解決と経済価値向上(売上・利益拡大)を目指している。またCSVが、創業の志や社員共通の価値観である「味の素グループway」と近い概念であったことから、新たにASVという言葉を作り、2014-2016中期経営計画で発表し、社内への浸透も図った。2016年からは、ASVアワード(社内表彰制度)を立ち上げ、初年度の大賞は、「ベトナムにおける栄養改善の取り組み」(栄養士育成インフラ支援・ベトナム学校給食プロジェクト)が受賞した。2017年に入賞した取り組みの「栄養バランスの良い献立を生活者に提案する『勝ち飯®』」は、本日のテーマとも大きく関係する。
 味の素(株)は、「スポーツと食べることには、世界と未来を変える力がある」と考え、スポーツ支援活動を行なっている。その中で、オリンピック・パラリンピック推進室の役割は、スポーツ関連プロパティの活用強化により、「コーポレートブランドの価値向上」「ASV推進・事業機会創出」「グループ社員モチベーション向上」を実現することである。
 味の素(株)のスポーツ支援は、2003年の「味の素スタジアム」のネーミングライツ(公共施設として最初の事例)、同年のJOCとのパートナー契約締結に始まった。これを契機にトップアスリートへのアミノサイエンスに基づいた「食」・「栄養」による選手強化支援事業「ビクトリープロジェクト®」がスタート。その後も味の素ナショナルトレーニングセンター(国立スポーツ施設での初めてのネーミングライツ)、JPSAパートナーシップ、東京2020オフィシャルパートナーシップ、SEA Games2017、2019プラチナ協賛と続いており、契約団体や個別選手も多数支援している。
 味の素ナショナルトレーニングセンターは、競技力向上における基本3原則(トレーニング、栄養、休息)の全てを満たす、トップアスリート専用の施設である。ここでは、「勝ち飯®」(三食+補食)を中心に選手の競技力向上をサポートしている。一方で、強化現場の課題を抽出し、R&Dを行った上で、改めて強化に繋げる取り組みも行なっている。R&D実用化の例としては、「アミノバイタル®」製品改訂や、松田丈志氏との共同研究によるアスリートのたんぱく質・アミノ酸摂取推奨量の設定などがある。また、リオ2016オリンピック時の支援内容は、主にJOCと共同で実施したG-Road Stationでの和軽食、「Power Ball®」(小さいサイズの「ほんだし®」おにぎり)提供、契約競技団体への「勝ち飯®」弁当提供など。成田真由美選手を始めとするパラリンピック日本代表選手のサポートも現地にて行った。
 2018年からは、「勝ち飯®」を通じたASVの第2ステージとして、全社を挙げて生活者への「勝ち飯®」普及を推進している。トップアスリートのサポート現場で培った食事と補食の栄養プログラム「勝ち飯®」がご家庭で役立つことを知ってもらい、実践してもらうことで健康な社会づくりに貢献する取り組みである。具体例としては、①「勝ち飯®」を知る(企業広告)→ ②理解する(「勝ち飯®」教室・セミナー)→ ③試す(「勝ち飯®」流通店頭施策、献立提案)→④継続、良さを実感する(外食チェーンでの「勝ち飯®」メニュー展開)→⑤信頼を持つ(メディア露出の質・量向上、地方自治体連携)→ ⑥シェア、共感を呼ぶ(オウンドメディア発信、拡散)、という「勝ち飯®」価値創出サイクルを回している。これらの取り組みにより、部活生を子に持つ親における「勝ち飯®」認知率が47%、理解度が40%に向上するなどの社会価値創出、流通店頭での「勝ち飯®」フェア実施店舗が5万店に到達するといった経済価値創出に繋がっている。

 

3. 「ワールドワイドオリンピックパートナーとCSV」
パナソニック(株)ブランドコミュニケーション本部 中水 陽子 氏

 オリンピックの最高位スポンサープログラムである「TOPプログラム(The Olympic Partner Programme)」が設立された1988年カルガリー冬季オリンピック以来、パナソニックはワールドワイドパートナーとして、オリンピック・ムーブメントを推進する活動を行っている。オリンピック・ムーブメントとは「スポーツを通じて、オリンピック精神の〝友情”〝連帯”〝フェアプレー”精神を培い、平和でよりよい世界を目指す」活動であり、その具体的な活動の一つが、オリンピック大会である。
 現在、世界13社のグローバル・ブランドがTOPパートナーとして参画しており、オリンピック・ムーブメントの推進や、それぞれのカテゴリー分野における貢献(オリンピックへの商品、サービス、技術、専門スタッフの提供、大会から大会へのノウハウ継承など)を行っている。まさにオリンピック・ムーブメントは事業を通じて企業が社会への貢献を行うCSVのプラットフォームといえる。パートナー企業は、広告・宣伝を行うだけの「スポンサー」ではなく、オリンピックを共に作り上げる「パートナー」と定義されている。
 当社の松下幸之助創業者が掲げる「生産・販売活動を通じて社会生活の改善と向上を図り、世界文化の進展に寄与する」という経営理念も、クーベルタンが提唱したオリンピック・ムーブメントの理念と重なっている。
 現在、2024年パリオリンピックまでの契約を継続し、30年以上に渡りオリンピックに貢献している。
 また、オリンピックの歴史は、映像技術革新の歴史でもある。パナソニックのオリンピック協賛の趣旨は、スポーツを通じた社会貢献、グローバルでのブランド価値向上、オリンピック・パラリンピックを活用した事業拡大、商品・技術のショーケース機会創出、ステークスホルダーとのエンゲージメント強化の5つである。これらの趣旨のもと、オリンピックスポンサーシップ権利を活用した活動を行なっている。具体的には①機器納入(納入第一交渉権、カテゴリー商品の大会納入)、②マーケティング(納入実績のPR、オリンピックマークを活用)、③ホスピタリティ(チケット・ホテルなどを活用した顧客関係強化)という、全ての活動を連動させ、オリンピック競技大会への運営に貢献するとともに、自社事業の拡大とブランド価値向上を実現している。
 2016リオオリンピックでは、大会組織委員会は南米初の大会を成功させるべく、現地の政治的課題や小規模な予算の中での取り組みを模索していた。こうした背景の中で、当社は開閉会式において高輝度・軽量のプロジェクターを活用して設置やオペレーションを効率化し、プロジェクションマッピングを中心に構成した提案で、パフォーマーや造作物等を削減したローコスト・ソリューションを提供し、オリンピックの成功に貢献した。
 過去から現在至るまで、オリンピックを取り巻くグローバル環境が常に変化してきたように、2020東京オリンピック以降も、オリンピックを取り巻く社会環境や課題は変化していくと予想される。それに伴い、オリンピック・ムーブメントの果たす役割も変化していくことが予想される。中でも、SDGsなど社会課題解決への取り組みが重要になると考えられる。
 そこでIOCは、「IOC Sustainability Report」を発表し、組織体、オリンピック大会主催者、そしてオリンピック・ムーブメントの推進者のそれぞれの立場で持続可能性に取り組む方向を示している。国連においては、2015年に「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択され、「持続可能な開発目標(SDGs)」が設定された。この2030アジェンダにおいても、スポーツは持続可能な開発における重要な役割を担うとされている。IOCも11のSDGsの重点項目を設定し、スポーツの力で社会課題を解決すべく、国連との結び付きも強化している。2020東京オリンピック組織委員会も、「Be better, together」を持続可能性コンセプトに掲げ、社会課題解決への取り組みに注力している。
 こうしたIOCの活動を受け、パナソニックは、2016年から「Young change makers(YCM)」というプログラムをIOCと協力し実施。世界中から若者が東京に集結し、スポーツやオリンピックを通じた社会課題解決への提言を行う機会を創出している。今後も、CSVプラットフォームとしてのオリンピック・ムーブメントを後押しし、世界共通の社会課題や国連SDGsに関する取り組みにも貢献していきたいと考えている。

 

4. パネルセッション(質疑応答)
司会: 早稲田大学スポーツ科学学術院 教授 原田 宗彦 氏
ゲスト: パナソニック(株) Game Changer Catapult 深田 昌則 氏

(以下、敬称略)
原田:CSRは、所謂社会貢献活動であり、余裕があるから行う活動。一方、CSVは、社業そのものといったイメージが強い。そんな中で、CSRとCSV明確な違いは、どこにあるのか?また、今後の展開は?
小西:競争戦略の大家マイケル・ポーターが提唱したCSVの欧米での議論は非常に分かりやすく、事業利益をあげているかどうかが一つの評価基準になっている。しかし、現在のCSVはCSRも含んだ議論に広がっており、儲けることが最優先ではなく、持続可能性を考慮した仕組み作りを考えることで、CSVはより広義な概念として捉えられている。
例えばパナソニックでも、実業団スポーツからプロチーム協賛、スポーツイベント協賛、スポーツ関連事業など非常に幅広い。スタジアム映像などのソリューション事業で2000億円の収益を見込むという話もあり、そういった考え方についても、お話を伺いたい。
深田:利益を上げると同時に、社会貢献を行うことの重要性を説かれたのがCSRの時代。それが近年では、企業の目的は企業価値を高めることだと説かれている。パナソニックは、松下幸之助氏が以前から、社会貢献は事業戦略だと明言していたが、今後はこうしたCSVの考え方がより重要になると考える。
 

【Q1】クラブチームのスポンサーなど、様々なスポンサーシップがある中で、オリンピックパートナーだからこそ得られるポジティブな要素と、一方で感じるネガティブな要素は?
深田:ポジティブな要素は、オリンピックという世界一の規模で大きな影響力点だ。こうした大会をサポートできること自体が、社会貢献活動を経営戦略と捉えるパナソニックにとって、一つのメリットと言える。
篠田:ポジティブな要素は、世界の多くの人々にリーチできる大会規模と影響力。一方、今後想定される懸念点は、東京2020をサポートしてきた企業が、大会後どれだけ残るか。つまり、マイナースポーツなどを支える資金を、今後どう捻出していくかと言う課題がある。
中水:パナソニックは、ガンバ大阪やオープンゴルフ、企業スポーツのサポートも行っている。これらも含め、協賛プログラムは長期的なブランド戦略の視点が必要。従業員のモチベーション維持の側面からも、短期的な協賛でなく、長期的な計画で協賛を行なっていくことは重要である。
 

【Q2】様々なスポーツのコンテンツホルダーが社会貢献活動を行う中で、CSVは、スポーツ組織、企業、社会全てのステークホルダーが価値を得られるべきだが、CSV活動の価値測定の方法や、価値を最大化するための取り組みには、どのようなものがあるか。
深田:前提として、価値測定は非常に難しく、完璧なものはないため、オリンピックスポンサーの価値の議論をする際は苦労している。実際に3種類ほどの尺度を用いるが、どれも説得力に欠けてしまう。従って、そういった部分にこだわりすぎるのではなく、いかに社会課題の本質に向き合えるかが重要だと考える。
中水:パナソニックとしては、オリンピックは、販売実績や納入実績などの周辺への事業貢献の部分、広告換算価値、社員のモチベーション・リアリティーの醸成、ステークホルダーとの関係作り、技術革新のフィールドとして、ひとつの指標ではなく、企業にとっての多様な価値があるプログラムだと評価している。
篠田:経済価値に関しては、事業活動として売上・利益を見る事は分かり易い。コーポレートブランド価値としては、広告費換算での指標を用いている。社員のモチベーションという面では、「オリンピック・パラリンピックパートナーであることを誇りに思うかどうか」という指標を用いる。最も難しいのは、社会価値の部分であるが、毎年世界11カ国で調査を行い、効果測定を行なっている。
小西:ブランド価値の測定は行っているが、今後はCSVの効果測定も行なっていきたい。社会資本の形成が、どういう市場を作り、どう企業に還元されていくかを評価する指標を作成していく必要がある。例えばパラスポーツ 活動に対する投資など、社会的な意義やレガシー形成の効果などを説明したり、正当化する上で、見えない価値を測定していく作業は今後行っていかなければならないと感じている。
 

【Q3】現状として、株主からの声がポジティブなのか、ネガティブなのか、無関心なのか、価値を感じられているのか。
篠田:株主総会の際、当社のスポーツ支援の取り組みに関する質問が例年より多く、一般株主が関心を抱いていることを実感した。また、機関投資家においては、味の素ナショナルトレーニングセンターを会場に、本日と同じような説明と施設見学、「勝ち飯®」試食を行い、好評を得た。
深田:株価が低迷している現状では、当社はスポーツ支援活動に限らず、株主の満足を十分に得られてないと感じている。今後は、具体的に事業活動に繋げ、イノベーションに繋げていくことで、win-winの関係を構築していく必要がある。
 

 
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