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研究報告会レポート

第34回価値共創型マーケティング研究報告会レポート「価値共創とサービスのシェア」

第34回 価値共創型マーケティング研究報告会 > 研究会の詳細はこちら
テーマ:「価値共創とサービスのシェア」
日 程:2021年1月10日(日)13:00-15:00
場 所:ZOOMによるオンライン開催
 

【報告会レポート】
報告「価値共創マーケティングにおける意味の創造」

今村 一真(茨城大学人文社会科学部 教授)

 第34回価値共創型マーケティング研究会は「価値共創とサービスのシェア」をテーマに開催いたしました。最初に、伝統的マーケティングと価値共創マーケティングの違いに触れ、価値共創マーケティングは、研究の対象が顧客の生活世界に及ぶことを確認しました。伝統的マーケティングが購買に関心を持っていたことを考えれば、価値共創マーケティングの関心はその先であり、主として製品を供給する企業が射程としなかった領域にあるといえます。企業がどのように関与し得るのかを考える必要があり、それは顧客の意志や能力が反映される必要があります。企業と顧客の関与をどのように確立するかが重要であり、価値共創が可能な領域をいかに拡張することができるのかが問われています。
 ところで、マーケティング研究におけるコミュニケーションへの関心の中に、1990年代以降に注目された統合型マーケティング・コミュニケーション(Integrated Marketing Communication: IMC)という概念があります。Schultz(1993)は、顧客の行動や態度に影響力を与えて、ブランド価値増大や顧客との関係性といった長期的なこうかを目的とする活動を重視し、これをIMCとして説明しました。またそれらは、結果的に統一されるのではなく、戦略的に統合するためのプロセスが重要であるとの指摘もあります(Duncan, 2002)。
 これに対し、価値共創マーケティングでいうコミュニケーションは、ノルディック学派を代表するGrönroosが示したサービス・ロジックの視点が踏まえられており、サービスをマーケティングの視点で論じる点に特徴があります。このノルディック学派のサービス・マーケティング研究は、交換(Exchange)の概念を用いずに論じる点に特徴があり、IMCと異なる特徴を有しています。こうしたノルディック学派の研究の中に、企業と顧客とのリレーションシップ・コミュニケーションは、さまざまな要因、要素を顧客が統合しセンスを生成することでコミュニケーションが実を結び、コミュニケーションによる個別の価値が生じるとする指摘があります(Finne and Grönroos, 2009; 2017)。コミュニケーションは意味を創造する契機であり、コミュニケーションによって創造された意味が認識されることで、個別の価値が生じることを説明しています。
 これら理論的含意によれば、コミュニケーションの重要性が再認識できるほか、価値共創マーケティングを考えるうえでも、どのような意味が創造されているのかについて、新たに検討する必要があります。とりわけ、コミュニケーションがもたらす意味を、顧客はどのように認識しているのかを考えなければなりません。また、認識された意味がサービス利用の文脈に及ぼす影響についても、検討しなければならないでしょう。このとき、顧客のサービス利用の態度は重要であり、顧客自身の意志や能力が大いに反映されているはずです。すると、さまざまな顧客の意志や能力とコミュニケーションがもたらす意味との関係を、どのように整理できるのかについても、検討する必要があります。
 いずれにせよ、顧客とのリレーションシップがもたらすコミュニケーションによって生じる意味から、価値共創の意義を考えることができるといえます。さて、このことを実務ではどのように対処しているのでしょうか。価値共創を構造的に理解する手掛かりとして、本研究会ではエニタイムズの角田様にご講演いただくことにしました。以上の内容を、研究会の冒頭でお話しいたしました。

 

講演「エニタイムズのマネジメントにみるスキルシェアという新しい視点」

角田 千佳 氏(株式会社エニタイムズ 代表取締役)

 角田氏は株式会社エニタイムズ(以下「エニタイムズ」)の代表取締役であり、創業者です。2013年に創業した当時から、一貫してサービスのシェアというコンセプトでビジネスを展開していらっしゃいました。シェアリング・エコノミーといえば、モノを所有する価値観からの転換を促す考え方として注目されて久しい訳ですが、「メルカリ」や「ココナラ」など、いずれもモノのシェアを加速する取引のためのプラットフォームが構築されており、サービスのシェアは未だ一般的とはいえません。エニタイムズは、人々のスキルをシェアの対象とする取り組みを推進しています。日常のちょっとした用事を依頼したい人(=ユーザー)のためにスキルを提供することができれば、サービスをシェアしたことになります。このサービスのシェアは、空き時間にスキルを提供することで誰かの役に立ちたいという人(=サポーター)がいることが前提となり、双方がめぐりあって相互作用することによって、サービスのシェアが成立します。エニタイムズは、スキルを求める人(ユーザー)と提供する人(サポーター)を結びつけるためのプラットフォームを構築しました。このプラットフォームの利用者が増えれば、サービスのシェアは一般化するでしょうし、さまざまなサービスをサポーターが提供することで、ユーザーの期待に幅広く応えることができます。相互扶助が経済活動として定着することで、スキルを提供する人は副業(あるいは複業)として生きがいを増やすこともできるでしょう。また、人々が支え合って生きていく環境を提供することができれば、豊かな日常が生まれるばかりか、合理的で快適な日常を形成することができます。こうした生活環境を構築すべく、一貫してサービスのシェアをコンセプトにビジネスを展開するのが、エニタイムズです。
 ただし、サービスをシェアするためには人と人とのマッチングが必要ですが、サポーター、ユーザーともに初対面の時には不安がつきものです。安心で安全なサービス利用の環境を確立する必要があります。そこで同社では、事務局が通報に対応し常時パトロールするなどしているほか、スキルを提供する人の信頼を高めるための工夫や、サポーターとユーザーがそれぞれを評価することで、マッチングにおけるリスクを低減しています。両者とも保険加入が可能なほか、ネイルやエステ、エクステといったスキルのシェアは、ユーザーにとって自宅よりも落ち着いた環境がある方が良いとの判断から、「Qnoir」というシェアサロンを設立し、相互作用に必要な場を提供することで、利活用を促進しています。
 ユーザーのサービス利用は、コロナ禍でお掃除や片づけより家具の組み立てなどが増えるなど、その傾向は変わってきているといいます。また、独身世帯のほか夫婦共働き世帯の利用が増えるなど、ユーザー層も広がっており、徐々にサービスのシェアは浸透しているようです。ただし、サポーターが提供するスキルの多くが家事と紐づいていることに変わりはありません。すると、初対面時の不安だけでなく、サービス利用が家事を疎かにするからだとするメッセージになったのでは、同居する人の揚げ足取りになりかねません。なかなかサービス利用にたどりつかないという問題が依然として残っているのも事実です。しかしながら、サービス利用が合理的な判断だとする認識がSNSなどで浸透していけば、サービスのシェアでクールな日常を確立できるという認識が生まれても不思議ではありません。
 サポーターにも変化があります。IKEAの家具組み立てなどはニーズがあり、かつIKEAが組み立てトレーニングを実施することから、該当サポーターに認定マークを付与することで、ユーザーからの依頼が獲得しやすくなります。中には脱サラして求職活動する傍らでサポーターとして活躍する方がいて、副業のはずがユーザーからの支持が増えて忙しくなっているといった声を聴くこともあるといいます。こうしたサポーターにとって同社のプラットフォーム利用は、それは多数のユーザーとの接点となっているだけでなく、スケジュールを柔軟に調整できるというメリットをもたらしています。
 ところで、サービスのシェアというコンセプトでプラットフォーム運営の実績を蓄積する同社は、自社のプラットフォームに利活用を集中させようとするのではなく、そのノウハウを活かして「スキルシェアアプリ」をOEMで供給する取り組みも行っています。これは、相互扶助の関係を構築して機能させようとする地方自治体や企業からの依頼に対応するかたちで行っており、日常のお困りごとに対し、頼める人を探せる環境を提供しようというものです。地方自治体に対しては、地域課題解決のためのツールとして期待されており、ワークショップのほか体験会を開催することで、有機的な関係構築が可能になることを体験してもらっています。
 なかなかイメージしにくい、近未来の相互扶助のかたちですが、それはこれまでのつながりが、家族や同じ学校、職場、地域というコミュニティに根差した人間関係を前提としていたからなのかもしれません。それに対し、ちょっとした知り合い、知人からの紹介といた幅広い人間関係がネットワークとして存在し、気軽な互助関係を認識して活かすことができれば、それは雇用の創出となり、経済活動として機能するものになります。同社のプラットフォームは、こうした「緩やかなつながり」を共有できる環境を提供し得るものであり、新しい家族像や共同体像をもたらしながら利活用が促進されることが期待されるといえます。
 

ディスカッション
 本研究会の名物ともいえる、参加者全員とのディスカッションが、オンラインでも実現しました。
 参加者から指摘が多かったのは、サービス利用前の抵抗感をどのように払拭するかということでした。これに対し角田氏は、さまざまなスキルがシェアできることを示す必要があり、そのために多様なサポーターを獲得することに尽力したとの説明がありました。モノの販売ではないので、それがストックとしてコストになる訳ではなく大きな問題にはならないほか、この実践自体が同社のプラットフォームを特徴づける大きな要因であることが明らかになりました。
 とかくマッチングに関心が向きがちですが、サポーターとユーザーとの関係はさまざまであり、そこにはサポーター、ユーザーともにキャラクターもいろいろ存在することでしょう。角田氏は、安全で安心なサービス利用が実現するという側面は重視しつつも多様性を許容し、むしろ良好な関係として機能することを期待していらっしゃいました。なぜサービスの品質を規定して管理しようとしないのか、それは、サポーターが個人事業主だからです。サポーターは個々に独立しており、サービスの品質を自ら管理することはあっても、プラットフォーマーがむやみに干渉する必要はありません。むしろ「一期一会」の如く、サポーターとユーザーのコミュニケーションにはそれぞれの意味が生まれ、それは固有の価値として認識されていきます。角田氏はその意味や価値を規定しようとしていないばかりか、むしろ意味や価値がサポーター、ユーザーの意識をどのように変容させ、そこから次なるサービスがどのようであるべきかを考える機会にしていらっしゃいました。プラットフォーマーは無機質で機械的な仕組みに過ぎないと思われがちですが、実はサポーター、ユーザーの利活用を丁寧に分析し、課題を発見して弱点を補うだけでなく、サービスが発揮する効果をどれくらい多角的に考察し、意義を確認できるかについて考えることで、さらに優れたサービス提案が可能な環境を構築しようとしていました。
 ディスカッションが深まるにつれ、「家具の組み立て」といった、サービスのパッケージすら、実は利活用によって変わっていく可能性があることに気づくことができました。初めて利用する人にとってわかりやすいものである必要がある一方で、ワンストップで合理的な問題解決ができるような考え方にも対応する必要があります。解りにくいメッセージになってはいけないというものの、パッケージが画一的になってしまったのでは、多様な意味の創造に耐え得るものになりません。まさに、リレーションシップ・コミュニケーションの理論的示唆のとおりの実践が同社にあったのであり、コミュニケーションが創造する意味への注目に終わりはなく、その意味を正しく認識して必要なサービスを示すことで、サービスのシェアを標榜する優れたプラットフォームが機能するのだと感じました。
 

研究会の様子
 
(文責:今村一真)

 
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