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研究報告会レポート

第5回場所と地域のブランディング研究報告会レポート 横浜を変えた!「みなとみらい」の街づくり〜プレイス・ブランディング視点から成功要因と課題を探る〜

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テーマ:横浜を変えた!「みなとみらい」の街づくり〜プレイス・ブランディング視点から成功要因と課題を探る〜
報告者:浜野 四郎 氏(元横浜市政策局長)
対談者・ファシリテーター:若林 宏保 氏(電通 クリエイティブディレクター)
 
日 程:2021年1月28日(木)19:00-20:30
場 所:Zoom使用によるオンライン開催
 

【報告会レポート】
 オンライン開催による本研究会は前回に続き全国から30人ほどご参加いただきました。まず今回のファシリテーターである電通の若林氏から,これまでのブランド指標はランキング主義であるのに対しこれからはプレイス・ブランディングとしての意味の理解が重要であるとの問題提起がなされました。そのうえで都市ブランドの意味構造の分析をもとにブランド化された都市群についての紹介がなされました。
 若林氏によれば横浜はリッチストーリー型に位置付けられる都市であり,その連想の中心に「みなとみらい」や「赤レンガ倉庫」といった言葉の意味のつながり(リッチな都市の意味構造)がみられたそうです。ここ20年間でみなとみらいは横浜を意味でとらえたとき,中心的な存在となりました。では,どういう経緯でみなとみらいはブランド化され,中心となっていたのか,そうした視点からみなとみらいの政策に長年関わられてきた浜野氏のお話を伺うこととなりました。
 みなとみらいは横浜全体を変えた実感がある,とする浜野氏はまず,みなとみらいのできる経緯について,背景,歴史的要因,地理的要因,社会経済的要因の4つの視点から解説されました。1859年の開港から関東大震災を経て高度経済成長期から現在に至る長い歴史のなかで,この場所は様々な課題とともにあり続けてきました。そうした中1980年の頃にグランドデザインとして,どういう街にするのか,どういう土地利用をするのかといった議論が重ねられました。その際,昼間の人口も考えて横浜市民が働く場(オフィス,研究所等)を作りたいといった,自律型の都市構造という大義名分が重視されたといいます。その際,単なるオフィス街ではなく,土日も人が集まる街として景観も含めた議論(道路計画,歩車分離等)が重ねられ,新港埠頭・関内地区等をつなぐ周辺地域との一体化が重視されました。
 

 
 浜野氏は続いて,こうしたコンセプトを元に作られたみなとみらいの成功の要因についてお話されました。まず大きな要因としては横浜市と三菱地所による現在でいう「公民連携」が強固であった点をあげられます。また田村明氏,八十島義之助氏,大高正人氏といった都市計画プランナー達の「横浜愛」の強さとともに,歴代の5人の首長において市役所主導によるまちづくりの方針の継続性が変わらず保たれてきた点も大きいとされます。また市としての都市デザインに対し当初反発していた関係者も共感・理解する流れができたそうです。建設当時のランドマークタワーや続くクイーンモールといった開発水準の高さが次のクオリティを生み出しました。こうして当初,働く場を作るという自律型の目的は,来訪者も意識した集客都市へとつながっていきます(観光MICEへの注目)。
 

 
 みなとみらいの今後の課題としては,そうした集客都市への関心に付随して,滞在者・宿泊者を増やすことにはじまり,集積企業と居住者の関係を考えるエリアマネジメントやエネルギーシステムも含めたSDGsが挙げられるとしています。
 続く若林氏との対談ではみなとみらいの課題設定に対し,これまでの話を深堀する議論が続きました。続く質疑応答も大変沢山の方から質問を頂き,大変充実した時間となりました。最後に若林氏は「みなとみらいはプレイス・ブランディングという言葉が無かった時代,最初はビジネスであったが多くの人を巻き込みながら,働く・住む・観光というプレイスに育った日本を代表する事例」と締めくくり会は盛況に終了しました。
 

参加者との記念撮影
 
<場所と地域のブランディング研究会Facebookページ>
https://www.facebook.com/placebranding2019/

 
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