第2回医療マーケティング研究 報告会レポート 「地域連携室を起点とした 医療マーケティングを考える」 |
第2回 医療マーケティング研究報告会
テーマ:「地域連携室を起点とした医療マーケティングを考える」
報告者:
「地域医療の課題」
尾道市立市民病院副院長・看護部長 / 川崎医療福祉大学客員教授 山田佐登美(やまだ・さとみ)氏
「チーム医療によるマーケティング・モデル」
川崎医科大学総合外科学教授 / 附属川崎病院・副院長 猶本良夫(なおもと・よしお)氏
「ITによる地域連携モデル」
川崎医科大学総合外科学准教授 / 川崎医療福祉大学教授 山辻知樹(やまつじ・ともき)氏
日 程:2013年8月25日(日)9:30-12:00
場 所:岡山国際交流センター 3階研修室
【報告会レポート】
医療マーケティング研究会の第2回報告会は「地域連携室を起点とした医療マーケティングを考える」をテーマに岡山で開催されました。あいにくの大雨で新幹線のダイヤも乱れ、開催時間を15分遅らせての開始となりましたが、全員の自己紹介の後、3名の登壇者から順次、報告がありました。
【山田佐登美氏による第1報告の内容】
尾道市立市民病院のある尾道市は65歳以上の人口44,500人、高齢化率30.2%、75歳以上の後期高齢者人口は約24,200人で後期高齢化率16.5%です。尾道市は、地域包括ケアシステムの確立が市の方針として明確に打ち出されています。
高齢化に伴い、疾病の慢性化・病態の複雑化・認知能力の低下・生活力(運動能力、経済力、意欲の低下)を特徴とする多疾患有病高齢者に、どのような医療体制を作っていくかが課題となっています。多領域多職種の情報共有、効果的なコミュニケーションツールとしてのITの活用、そして人と人との関係をどうつないでいくかがポイントです。
ケア・マネジメントはよく知られていますが、ケース・マネジメントはまだあまり広まっていません。ケース・マネジメントとケア・マネジメントは、医療のキュアと介護のケアのどちらを重点的に行うかという違いがあります。ケース・マネジメントは、急性期から回復期の医療依存度の高い患者が対象になります。現在のところ、ケースマネジャーとして特定された職種は無いため、尾道市立市民病院では、認定看護師のようなスペシャリストを組織化する形で行っています。
幸い尾道市の地域包括ケアシステムは、医師会の意識も高く、クリニックと急性期・回復期・慢性期の病院が一体となって進めてきました。厚生労働省も注目し、尾道モデルを参考にさまざまな診療報酬改定も行なわれてきました。
その中で今、最も力を入れていることの1つが退院前ケア・カンファレンスです。クリニックはIT化が進んでいるところと進んでいないところがあるため、あえてITではなくお互いに顔を見て、対面でカンファレンスをやっています。患者と家族、病院側と施設、在宅側の人たちが参加するカンファレンスを通じて、治療とケアの連続性を保証しています。わずか15分のカンファレンスですが、うまく軌道に乗るまでには数年ほどかかりました。今では、開催時にすぐに集まってすぐに終わり、効率的に運用されています。患者や家族は、多くの方が自分のために動いてくれることを知って安心し、顔が見えるので誰に相談したらよいかも分かると喜んでおられます。
患者中心の体制作りとしては、2008年12月に血管診療センター、2011年4月に集学的がん治療センターを設立しました。生活習慣病として複数の疾病を併せ持つ患者が増える中で、縦割り的な診療体制では立ち行かなくなってきています。血管診療センターは循環器・脳神経外科・糖尿病内科の医師とメディカルスタッフが協働し、集学的がん治療センターは、外来と入院を同じフロアにして、同じスタッフが担当しています。調剤なども集中化でき、効率的です。
高齢者の在宅生活支援は、入院中から、患者のできることはできるだけ自分でやってもらうように変えていっています。患者のために、ではなく、患者の立場に立って、どうすれば満足していただけるかを考えています。たとえば、退院後に必ず電話するワンコール作戦、バラバラに渡されていた手帳類の一本化、外来担当の看護師による退院前の病棟訪問などの取り組みを行っています。
マーケティングの根底には互助と交換があります。マーケティングは、対話を通じた新しい価値づくりによって、共に目的を達成し、満足していく、継続的でスパイラルなプロセスです。対面のカンファレンスは非効率な面もありますが、楽市楽座の時代から、市場は人と人とが出会う場でした。それぞれの人が持っている価値観や知識やスキルを交換しあい、相互作用していく場を作っていくことが医療者の考えるべきことではないかと思います。
第1報告:山田佐登美氏
【猶本良夫氏による第2報告の内容】
川崎医科大学附属川崎病院では、麻生飯塚病院のふれあいセンターをモデルに、地域連携室を強化してきました。現在19名ですが、数年のうちに40名体制にしていきたいと考えています。それまで病棟単位で行われていた病床管理業務を任せました。午前入院、午後退院で、病床稼働率も上がっています。
医療ソーシャルワーカー(MSW)が退院支援フローの仕組みを考えたりしながら、看護師と連携して積極的に取り組んでくれています。院内では、病棟のラウンドに参加し、病棟とコミュニケーションできるようになってきました。院外の事業体とも、受け容れ可能条件を一覧表にするといった形で「見える化」させ、連携を行っています。
川崎医科大学附属川崎病院では、事務職も入れたチーム医療を患者目線で行っています。周術期チームでは、毎週月・木の13:00~13:30にラウンドを行っています。すべての部署のメンバーが入っているため、お互いのコミュニケーションも取りやすく、効果が上がっています。
臨床心理士の役割も大きく、患者や家族はもちろん、さわやか相談という形で、職員の離職コントロールも行っています。看護師の離職率は大幅に改善しました。今は、地域の学校教員のケアも行うなど、地域の宝と言われるような病院になるために、診療報酬の点数がつかないことも進んでやっています。
第2報告:猶本良夫氏
【山辻知樹氏による第3報告の内容】
ITは日本の医療を変えられるかというテーマでお話します。地域内の異なる医療機関同士がネットワークで結びついて、電子カルテなど診療情報を公開し合うという事例は、長崎の「あじさいネットワーク」などの先駆的事例を除いては、まだ成功例が少ないのが現状です。
今年6月に、静岡県で全救急車29台と2次救急医療機関にタブレットPCを配置し、救急隊員がタブレットで受け容れ可能かどうかの情報を入力するシステムが作られました。医師会、自治体、消防隊が共同でやっている新しい取り組みです。この事例はITの迅速性という側面を活かしたものです。
佐渡島の事例もあります。よく医師1人なら10人、医師2人なら20人ではなく30人診られるという言い方をします。佐渡島は医師数が少ないため、医療情報を共有し、より多くの患者を診療する必要があります。人口が少なく高齢化率が高いという点で、日本の将来モデルの縮図と言えるかもしれません。
その佐渡島で2013年4月に地域医療連携システム「さどひまわりネット」が発足し、島全体が1つの病院のように機能しています。病院や診療所の負担を軽くするため、各施設が導入するのは1台のノートPCと小型のVPN通信装置だけ、共有するのはレセプト情報だけです。
長崎県の「あじさいネット」は、利用できる医療機関が150を数え、長崎県内のすべての公立病院と一部の私立病院、診療所が参加しています。検体検査、薬剤情報、画像所見にもアクセスできますが、サーバー一括管理ではなく、情報提供病院にカルテを各々見に行く形になっています。現在は、ポータルサイトの統一画面で確認できるように変わってきています。
岡山県の「晴れやかネット」も長崎県を参考にしています。全病院が一画面で閲覧可能になり、岡山県全域で診療情報の共有化が始まろうとしています。ただ、こうした取り組みは診療報酬には反映されません。
第3報告:山辻知樹氏
国の政策としては、自由民主党がICTによる医療レベルの向上を国家事業として推進しようとしています。諸外国と比べ、日本は個別の電子カルテ導入は診療所も含めてかなり進んでいるものの、大学病院と地域中核医療機関とのEHR(Electronic Health Record)の連携は進んでいません。生涯電子カルテ、投薬情報、診療情報請求等の電子化・共有化も非常に遅れています。患者/国民中心の公的インフラが進展することが期待されています。
石井会長のご挨拶
【報告会を終えて】
第2回医療マーケティング研究会は11名の方が参加されました。アットホームな雰囲気の中で、地域連携の最前線でのお取り組みについて、詳しくお話をうかがうことができました。
報告者はいずれも現役の医師・看護師で、病院経営の中枢を担い、かつマネジメントやマーケティングにも精通されている先生方です。本研究会の運営委員でもある石井淳蔵会長も出席され、最後に学会としての方針や研究会の位置づけについてお話を頂きました。
地域連携は、病院やクリニック、施設といった事業体の垣根を超えて、患者との接点を多職種協働で創り出し、調整していく活動であり、その本質は、まさにマーケティング活動そのものといえます。
高齢化の進展とともに複数疾患を有する患者が増え、ホリスティック(全人格的)な診療が求められる中、現在の地域連携は、個々の地域で中核病院がリーダーシップを取りつつ、診療報酬制度を先取りする形で進められています。今回の事例でも、看護師がケア・マネジャーの資格を取得する、医療ソーシャルワーカー(MSW)を中核に据えるといった人材活用から、ICTを利用した独自のシステム構築まで、個々の事情に合わせて工夫して、患者中心の体制作りをされていました。
既存の制度や規制を所与とせず、それをも革新しうる事業モデルを構想することもマーケティングの範疇です。TPP、混合診療、マイナンバーといった種々のマクロな動きと、地域レベルの問題解決というミクロな動きをつなぐマーケティングのあり方がいかにあるべきか、実践の知恵を共有し、モデル化することも必要です。
この医療マーケティング研究会が、医療従事者・関係者とマーケティング学者が出会い、共創する場として機能するよう、今後も引き続き情報を共有し、議論を重ねていきたいと思います。
(文責:医療マーケティング研究会プロジェクト リーダー 川上智子)