第3回医療マーケティング研究 報告会レポート 「医療の経営環境とマーケティングの活用」 |
第3回 医療マーケティング研究報告会
テーマ:「医療の経営環境とマーケティングの活用」
報告者:
「病院経営の環境変化とイノベーション」
昭和大学大学院 保健医療学研究科
的場匡亮(まとば・まさあき)氏
「パブリックヘルスにおけるソーシャルマーケティングの活用事例」
(株)キャンサースキャン代表取締役社長/大阪大学未来戦略機構特任講師
福吉 潤(ふくよし・じゅん)氏
「超高齢化社会における新しい医療サービスの価値」
労働者健康福祉機構 関東労災病院経営戦略室長
小西竜太(こにし・りょうた)氏
日 程:2013年12月14日(土) 13:30-15:30
場 所:昭和大学病院 入院棟地下1階 臨床講堂
【報告会レポート】
第3回医療マーケティング研究報告会は、「医療の経営環境とマーケティングの活用」をテーマに、本リサーチプロジェクトの運営委員でもある3名の先生方にご登壇頂きました。的場先生は南カリフォルニア大学でMHA、福吉先生と小西先生はハーバード大学でそれぞれMBA、MS (Health Poly and Management)の学位を取得され、医療の教育や実践の現場で活躍されています。
医療とマーケティング、アカデミクスとプラクティスのバランスといった点において、本研究会の趣旨をまさに体現されている先生方より、幅広く奥深いご報告がありました。
開催場所も、昭和大学病院の臨床講堂をお借りして、医療現場でマーケティングの学会を開催するという初の試みです。昭和大学の皆様には、会場設営から大学ブランドのミネラルウォーターのご準備まで、大変お世話になり、ありがとうございました。
以下、ご報告の内容について、簡単にご紹介します。
【的場匡亮氏による第1報告の内容】
第1登壇者の的場先生は、「病院経営の環境変化とイノベーション」というテーマの下、ダイナミックに変化する環境において、医療機関の競争は病院間競争からケアサイクル全体での競争に移行すると指摘されました。
日本では団塊の世代が後期高齢者になる2025年をターゲット・イヤーとして、高度急性期から地域密着医療までの機能分化を進めると同時に、相互連携を強化する方向で医療・介護機関の再編が進んでいます。従来は、高度急性期の病院間競争が中心でしたが、今後はケアサイクルの連携の深さや密度が競争の軸となります。マイケル・E・ポーターの理論によれば、その連携のあり方にこそ競争優位の源泉があると言えます。
報告では、2つの事例紹介がありました。1つは感染対策の地域ネットワーク、もう1つはOPTIMという緩和ケア普及のための地域プロジェクトです。
まず1つ目の事例として、平成24(2012)年の診療報酬改定で、感染防止対策加算・感染防止対策地域連携加算が加わりました。感染防止対策を取る病院と他の地域病院との連携や、訪問による体制の相互評価も診療報酬の対象となり、中核病院は地域の感染対策に責任を持つことが示されました。個別病院対応からネットワーク対応へと感染対策も変化しています。
もう1つの事例は、2007年から2012年にかけて実施されたOPTIM(Outreach Palliative care Trial of Integrated
regional Model, 厚生労働科学研究費補助金第3次対がん総合戦略研究事業URL: http://gankanwa.umin.jp/)という緩和ケア普及のための地域プロジェクトです。緩和ケアが未整備な地域1つと、ある程度整備されている地域3つを対象に、早期からのがん緩和ケアの介入支援が与える影響についての調査が行われました。介入支援とは、緩和ケアの技術や知識に関する広報や情報提供、相談窓口の設置、多職種カンファレンス等の連携促進活動を指します。ここでも問われたのは、病院や医療機関単体ではなく、地域における緩和ケアをいかに高めるか、ということでした。
このOPTIMの報告書によれば、介入地域では、全国平均より統計的に有意な水準でより高い効果が認められたそうです。患者による質の評価が高まったのはもちろん、医療従事者が感じていた業務に対する困難感も軽減され、顔が見えるネットワーク作りが行われた点が最も意義があったと評価されています。
地域包括ケアの時代に移行しつつある今、これまで病院が重視してきた診療所等との間で紹介・逆紹介する線の地域連携から、包括的ネットワーク、参加者全体の繋がりを重視する面の連携が求められています。平成25(2013)年8月に発表された社会保障制度改革国民会議の報告書では、医療・介護サービスのネットワーク化を図るためには競争よりも協調が必要であり、医療法人等が容易に再編・統合できるよう制度の見直しを行うことが重要であると指摘されています。機能の分化・連携の推進に資するよう、法人間の合併や権利の移転等を速やかに行う道が開かれ、資本的な統合によるネットワーク作りが進む環境が整う可能性があります。
一方で、インターネット上では、医師、看護師、その他の医療職、介護職を囲い込むサービスの提供が始まっています。現在は、キャリア構築や転職分野での利用が中心ですが、将来的には医療連携、包括ネットワークのインフラストラクチャとなる可能性を持っており、医療連携や包括ネットワーク構築でイノベーションを起こす主体は、医療や介護の提供者とは限りません。これに関連する動きとして、平成25(2013)年12月制定の産業競争力強化法では、グレーゾーン解消制度(通称)が創設されました。企業が医療に関連する新事業を開始する際には、経済産業省商務情報政策局ヘルスケア産業課などを通じて現行規制の適用範囲を国に照会することができるようになる見込みです。

第1報告:的場匡亮氏
【福吉 潤氏による第2報告の内容】
第2報告の福吉先生は、「パブリックヘルスにおけるソーシャルマーケティングの活用事例」というテーマで報告されました。福吉先生は、大学時代は経営学分野で著名な榊原清則先生のゼミに所属され、P&Gに入社後、マーケティング本部でアリエールやジョイ等を担当されました。その後、ハーバード・ビジネススクールでMBAを取得、帰国後にキャンサースキャンを創業され、ビジネス・研究・教育の多方面にわたって活躍されています。
福吉先生は今回、P&G式マーケティングについて、次の2点に焦点を当てて説明されました。1つは、必ず消費者調査に基づき戦略策定をすることです。これにはインタビュー等の質的調査とアンケート等の量的調査の両方が含まれます。P&Gでは、売上の何%を調査費に充てると決まっているそうです。
P&G式マーケティングのもう1つの特徴は、効果検証を必ず行うということです。事前事後で効果を比較することや、マーケティングROI(投資利益率)の算出等がその一例です。
こうしたP&G式マーケティングをパブリック・ヘルス(公衆衛生)の分野に適用すること、すなわちマス・マーケティングの手法を集団(マス)の健康行動の変容に活かす種々の試みを、福吉先生は自ら実践されています。
がん検診の例でお話しましょう。がんの罹患者数と死亡者数は過去30年で大幅に増加しています。これに対して、マーケティングができることは何でしょうか。たとえば、がん検診の受診率を上げるために、何ができるでしょうか。
最近、乳がん検診についてはピンクリボン・キャンペーンの浸透に伴い、検診自体の認知度は向上しています。しかし問題は、認知は上がっても行動レベルでの変容が見られないことです。予防医療では、啓発は進んでも、行動につなげることが非常に難しいのです。
そこでまず出てくるのは、コミュニケーションのメディアを変えようという媒体選択の話です。不思議なことに、なぜかメッセージのコンテンツについては、医療や行政の現場ではあまり議論されません。おそらく、予算に影響するのは媒体の種類だからでしょう。
しかし、マーケティングの立場でまず考えるのは、誰に何をどうやって伝えるかです。Howの話がWhatより先に来るのは順番が逆なのです。そこで現状を検討してみると、行政は何年も同じチラシを使い、すべての住民に画一的に広報しています。そこで、チラシを変えるだけで、乳がん検診の受診率が大きく変わるのではないかと思いつきました。
行動科学理論のステージモデル(Transtheoretical Model: TTM, Prochasca Prochaska and DiClemente 1983)によれば、行動していない人(未受診者)にも、無関心期・関心期・準備期・実行期といった段階があります。この理論を参考に、乳がん検診の未受診者をセグメンテーションすると、無関心者(15%)、関心者(17%)、意図者(26%)の3グループに分かれます。それぞれ、健康だから行く必要がないと思っている人(無関心者)、必要を感じているが不安で行きたくない人(関心者)、受けたいのに方法がわからない人(意図者)です。このように分類される未受診者のセグメント別に異なるメッセージを伝えてみました。
たとえば、無関心者には「乳がんが40代女性のがん死亡率第1位」とがん罹患の恐怖を明確に伝えました。チラシの色もピンクではなく青色に変えました。P&GにはLook and Feelという言葉があり、手触りや見た目も大事にします。ピンク色のチラシも試しに作ってみましたが、怖い感じが全くなかったので青色にしたのです。
一方、がん発見を怖がっている関心者には、優しいトーンで早期発見のメリットを伝え、受診したいのに行動できていない意図者には、受診方法を簡潔に示し、受診を促すように工夫しました。
さらに、P&G式マーケティングのもう1つのポイントである効果検証も行いました。その結果、ある都市における従来型のチラシとの対照実験では、対照群の受診率5.8%に対し、実験群は受診率19.9%と3倍強に改善されました。
以上は量的調査の例ですが、質的調査でもインサイトが得られます。「やらない人のやらない理由を探る」のではなく「ずっと受けていない人が受け始めた理由を探る」方法をお勧めします。なぜがん検診に来ないのかを聞いても、忙しいとか面倒くさいとか、あたり前の理由しか返ってこないことが多いためです。
P&G時代に手がけた洗濯用洗剤アリエールの例でお話しましょう。アリエールは洗剤に漂白剤を配合した初めての商品でしたが、発売当初は、洗剤に除菌力が追加されるメリットが消費者にはうまく伝わっていませんでした。
そこで、当時すでに漂白剤をよく使っていた、いわば「外れ値」の消費者に注目しました。ターゲットは、家事へのこだわり度の弱い家族持ちの共働き女性でした。家事へのこだわりが弱いのに、なぜ漂白剤を使うのかが気になってインタビューしたところ、夜洗って部屋干しすると雑巾のような臭いがするというのです。そこで「部屋干ししてもにおわない」というメッセージをテレビCMで流した結果、アリエールの売上は急増しました。
がん検診のケースでは、急に受診し始めた人に話を聞いたところ、市町村のお得なサービスだと知ったからと言われました。本当はもっと値段が高いはずなのに、たった1,000円で受診できて、残りは市町村が払ってくれるからお得だという話です。これを参考に、チラシを「補助○円、自己負担額1,000円で受診して頂けます」という表現に変えました。その結果、5年間未受診者約1,500人中の受診者が1人から131人に増えました。
医療はエビデンス(証拠)の世界です。しかし、研究で効果的だとされていることが、実社会でプラクティス(実践)につながっているとは限りません。今後もEvidence とPracticeのギャップを埋めていくために尽力したいと考えています。
※福吉先生のお取り組みは、ハーバード・ビジネススクールのケースに所収されています。

第2報告:福吉潤氏
【小西竜太氏による第3報告の内容】
第3報告の小西竜太先生は、超高齢化社会における新しい医療サービスの価値というテーマでお話いただきました。
日本は2050年に高齢者率が40%になると言われています。しかも高齢化率が7%から14%に倍増するのにかかった時間は、日本では26年であるのに対し、北欧は100年以上、欧米は60年程です。日本の場合は高齢化のスピードが早すぎて、社会全体が対応できていません。よくスウェーデンやフランスが引き合いに出されますが、高齢化スピードが全く異なる他国と単純に比較することに対しては、慎重でなければなりません。
超高齢化社会では、改善・根治・延命といった従来の価値観から、ヘルスリスク・疾病リスク・健康、そしてQOL
(Quality Of Life:生活の質)・幸福・尊厳といった価値観へと移行していく方向にあります。ポーター著『医療戦略の本質』のValue Based Health Careの話にもあるように、医療サービスに対する価値観は、経済状況と医療政策のあり方によって変わっていくものなのです。
近い将来、日本でも診療の質をモニタリングすることが可能になるかもしれません。アメリカ、欧州、台湾、韓国等では既に制度化されています。たとえば、ニューヨーク州の心臓外科医によるバイパス手術による死亡率は医師別に公表されています。日本でもDPC(Diagnosis Procedure Combination、診断群分類)の導入によってデータは蓄積されていますので、診療の質を可視化することは技術的には可能となっています。
日本型医療の特徴は、国民皆保険・高品質低コスト・フリーアクセスといった点にあります。逆にデメリットとして、コンビニ受診や過剰な検査・診療等の問題も生じています。今後は、質とコストのベスト・マッチ型の医療をいかに実現するかが重要です。
終末期医療の議論も必要です。たとえば、胃に穴をあけて栄養を流し込む胃ろうによる延命治療については、フランスでは法整備が進み、延命目的の胃ろう増設はほとんど行われていません。一方、日本では、世論形成もまだ未成熟です。倫理観・死生観・医療観は、世論の変化から法整備まで至らなければ一般化しません。
テクノロジーの進歩についても注目する必要があります。先頃、アンジョリーナ・ジョリーが遺伝子検査の結果、乳がん予防手術を受けたことが話題になりました。これに関連するビジネスとして、たとえば、アメリカの23andMe社は遺伝子検査キットを99ドルで発売していました。しかし、今年平成25(2013)年11月にアメリカFDAより販売中止命令を受けています。検査精度に信頼性がなく、無意味な治療につながる恐れがあるというのがその理由です。日本でも、ベンチャー企業が同様のビジネスを始めましたが、アメリカの先行事例から考えると、今後どうなるかはわかりません。
医療のテクノロジーは、最終的には保険点数に組み込まれて初めて、真の価値が社会で共有されます。新しい技術イコール高付加価値ではないことに注意が必要です。
最後に、ハーバード大学のヘルツリンガー教授は、ヘルスケアのイノベーションに関して、消費者中心型・テクノロジー型・統合型の3つのモデルを提案されています。彼女の理論に基づき、構造・財務・政策(医療)・テクノロジー・消費者・説明責任という6要因でイノベーションを分析すると、医療分野の新たなビジネスの特徴を明らかにすることができます。

第3報告:小西竜太氏
【報告会を終えて】
医療マーケティング研究会も第3回を迎えました。回を重ねるにつれて、医療分野へのマーケティング理論の応用に関する議論の深まりを実感しています。今回の研究会で示された論点を、マーケティング理論との関連性という視点から次の3点で整理してみました。
まず第1は、ダイナミックに変化する環境の分析の重要性です。顧客(福吉報告)、競争(的場報告)、一般環境(小西報告)と、医療が取り扱う環境の広範さや多様さに留意が必要です。
第2は、マーケティングの科学性です。緩和ケアの介入前後の比較(的場報告)、実験群と対照群の比較(福吉報告)、諸外国とのポジショニング比較(小西報告)等、医療マーケティングでは科学的アプローチが有効です。なぜなら、調査や実験のデータをベースに議論するマーケティングの科学性と、医学の科学性との間には親和性があるためです。
第3の論点は、マーケティングによる市場機会の発見と需要対応・創造です。地域レベルのニーズ対応とネットワーク型ビジネスの構築(的場報告)、多様なニーズの理解と需要対応(福吉報告)、マクロ分析からの市場機会発見(小西報告)といった点が含まれます。
今回の内容からも、医療分野にマーケティング理論を応用することは十分可能であり、現場に示唆を与える科学的な証拠や先進的な実践事例も存在しています。この医療マーケティング研究会において、関連する知見をより多くの方と共有できれば幸いです。
次回(第4回)、今年度最後の医療マーケティング研究会は、顧客志向(患者志向)というマーケティングの最も重要なテーマを取り上げ、福岡県の麻生飯塚病院で2月上旬に開催予定です。ご関心のある会員の皆様にぜひともご参加いただければ幸いです。
(文責:医療マーケティング研究会プロジェクト 運営委員 的場匡亮、同リーダー 川上智子)