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第126回マーケティングサロンレポート「ワコールHDにおける新規ビジネス創出のマネジメント」

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第126回 マーケティングサロン:オンライン
「ワコールHDにおける新規ビジネス創出のマネジメント」
 
日程:2021年3月2日(火)19:00-20:30
場所:Zoom使用によるオンライン開催
ゲスト:株式会社ワコールホールディングス 未来事業推進企画室長 西村 良則 氏
サロン委員:小宮 信彦・吉田 満梨

 
【サロンレポート】
イントロダクション
西村良則氏 この日の講演は、「ワコールHDにおける新規ビジネス創出のマネジメント事例」と題し、未来事業推進企画室の西村良則室長にお話しをいただきました。女性下着メーカーとして75年の歴史を持つワコールの、知の探索と深化の「両利きの経営」へのチャレンジに関心を寄せる聴講者も数多く、100名近い学会員の参加エントリーがありました。
 
 西村様は、ワコール入社後、営業、商品企画MDを経て、ワコールアートセンターにて青山のスパイラルに従事され、美容・雑貨・料飲・音楽にわたる複合的な事業展開で陣頭指揮をとられたのち広報部門を経て、ワコールHDの新規事業推進セクション発足時に本社にご復帰、以降ワコールHDの様々な新規事業の企画開発にリーダーシップを発揮されておられます。また、講演の冒頭、“女性下着で壁一面埋め尽くされたオンライン背景画像(本社に飾られている今シーズンのブラジャーだそうです)“とともに登場される演出もあり、まさに世の中にサプライズとインパクトを提供する新規事業推進者ならではの発信力に、講演への期待感が膨らみました。
 
ワコールにおける、これまでの事業展開
 ワコールは1946年、創業者である塚本幸一氏が戦争から戻ったその日に、婦人洋装装身具の卸商として「和江商事」を創業したことに始まります。戦後の物資不足の中、女性の生活水準向上にフォーカスした事業創造は周囲からは理解が得られ難いなか、創業者は、これからの時代に必要な商品・事業であるという信念と明確なミッションを持ち事業に邁進。1957年、商号を「ワコール株式会社」と改称後も順調に成長しつづけ、2020年3月現在、連結売上高1,868億円、従業員数21,700名、ブラジャーの年間販売枚数4,580万枚(51か国)、ビューティーアドバイザー8,000名の規模を誇る、女性インナーウェアメーカーのトップ・ブランドとしての地位を確立するに至りました。同社は、「世の女性に美しくなって貰う事によって広く社会に寄与する事こそ、わが社の理想であり目標であります」というパーパスのもと、女性の身体・精神の理解に基づく人間科学研究をコアコンピタンスとし(1964年より現在まで、45,000人分の女性の体形データを蓄積)、美・健康・快適の事業領域において、インナーからアウター、ボディフィットからマインドフィット全般に対して商品・サービスを提供するメーカーとしての事業活動に加え、青山のスパイラルに代表される文化事業、京都服飾研究文化財団の文化活動、ワコール・ピンクリボン活動、ワコール・リマンマ、ワコール・ツボミスクールの社会活動、ならびに女子陸上競技部を所有するスポーツ活動等、ものづくりに留まらず、広くソーシャル・デザインの領域において積極的な取組みを展開されておられます。
 
ワコールにおける、過去の新規事業と挫折
 女性向けインナーウェア専業メーカーとしてのイメージが強いワコールですが、1987年に創業者の長男である塚本能交氏(現会長)が社長に就任されて以降、インナーウェアの1本足打法からの脱却を目指し、様々な新規事業開発による事業ドメイン拡張に果敢に挑戦されてきました。メンズやレディースのアウターなど服飾領域の拡大、またヨーグルトアイスの販売やスーパー・スポーツカーの開発による関連ビジネスといった本業隣接領域を超えた新業態開発等、高い事業課題意識に支えられた創業家2代目ならではのトップダウンによる肝いりの新規事業開発でしたが、残念ながら、こうした新しいチャレンジが花を開くことはありませんでした。昨日までブラジャーを販売し、ショーツの開発に携わっていた従業員にとって、急にアイスクリームの販売と言われても対応できるはずもありません。これらの失敗が、担当者が主体的かつ不退転の覚悟で新規事業に臨めなかったのが原因と考えた塚本社長(当時)は、「自分(トップ)がやりたいことを新規事業としてやれるわけではない。トップダウンだったことが失敗の一因。新規事業は、やりたい奴にやらせるのが成功への近道。」とそれまでの方針を転換、従業員のイントレプレナーシップに基づくボトムアップ型の新規事業開発の推進へと大きく舵を切られます。そして2013年、社内提案制度を取りまとめ、事業化への道筋をつける制度へと社内を改革、ここに、未来事業推進企画室(発足当時は「トライ推進支援室」)が誕生することになりました。
 
ワコールにおける、新規事業のいま
 未来事業推進企画室の設立以降、いくつかの新規事業が立ち上がり順調に成長を続けています。ひとつは、2016年に誕生した、ギャラリー・コワーキングスペース・ライブラリーで構成される「ワコールスタディホール京都」です。「美的好奇心をあそぶ、みらいの学び場」というコンセプトのもと、「身体の美」、「感性の美」、「社会の美」に関わるコンテンツの開発・提供を通じたコミュニティ事業が展開され、これまでにないサードプレイスとして、好感度で成熟した大人の注目を集めています。また2018年には、京都の岡崎地区に、京町家を活用した1棟貸し宿泊施設として「京の温所」をオープン。京都市が抱えていた空き家の増加、京町家の消滅による風情・景観の崩壊、インバウンド増加に伴う上質な宿泊施設の不足といった社会課題解決に資する新規事業として、2020年8月時点で8棟を運営するまでの事業規模に成長。まさに、買い手良し、売り手良し、社会良し、の三方良しを体現する新規ビジネスである「京の温所」事業は、同社の役員からスムーズに事業承認が決裁されたとの裏話も披露され、ワコールがこれまで培った文化創造型のビジネス開発の本質を垣間見た気がいたしました。
 他方、こうした新規事業が立ち上がる一方で、事業検討をしつつも断念した事業もいくつか存在します。「女性とともにある」というワコールの存在意義に基づき検討されたこれら事業アイデアのうち、女性の社会進出の伸張を事業機会とした家事代行サービス事業は、シーズとなる家事スペシャリストの労働力確保の問題から検討を中止、また、アジア女性のための「美と健康」オリジナルツアー事業は、所有するコンテンツ活用の妥当性からテストマーケティングまで進んだものの、集客上の課題等もあり、自社主体から他社アライアンスに切り替えるなどの判断があったとのことです。
 
ワコールにおける、新規事業創出マネジメントのポイント
 西村室長は、一連のワコールにおける新規事業推進の歴史と経験を踏まえ、新規事業創出マネジメントにおける、以下の勘所を提示されました。
 第1に、「知の探索」の方法論や行動様式です。現業のたゆまない改善を目的とする「知の深化」とは異なり、新規事業の創造においては、できるだけ遠いところから得た知と知をいかに組み合わせるかが焦点であり、そのために、頭を空っぽにして、先入観にとらわれず、色んな場所に出向き色んな人と会う、違う業種・業界の流行りの場所に行くことを推奨されます。どんどん興味を持って足を運べば、そこに必ず事業アイデアのヒントが眠っているもので、決して無駄な出会いや無駄な動きはないとのこと。むしろ、同業他社や自社リサーチは、既知のフレームワークに依存した物事の見方に陥る危険性を孕むため、推奨すべきものではない、とも主張されました。
 第2に、新規事業に携わるメンバーに対する評価軸の観点です。「弊社でも目標管理は行ってはいますが、私は目標管理という考え自体が古いと思っています。評価の軸が変わらない限り、新しい事業に失敗してでもトライしよう、と考える人は増えてこないと思っています。思い切った評価の見直しも必要ではないでしょうか。人事部ともそのような話を進めています。」とのこと。
 第3に、既存事業部門のキーマンを見極め、巻き込むことの重要性です。外部とのネットワークから得られる様々な有益な情報を、時として自部門ではなく既存事業部門に繋ぐ方が良いケースもありますが、その際、誰にどのように話をもっていくかによって話の成否が決まるため、常日頃から、こうした社内キーマンに関する感度を上げておかねばならないと主張します。「誰が面白がってくれるか、味方につける人物は誰か」を見極めることは、新規事業に留まらず、まさに社内マネジメントの要諦とも言えます。
 加えて、既存事業経験が長い役員陣とのコミュニケーション方法についても触れられました。まず自身が腹落ちするまで事業アイデアを考え抜いた自信の裏づけのもと、ダークサイドスキルを駆使した調整・段取り、事前の根回し等により、事業アイデアに対する本音と想定反応、落としどころを早い段階から認識して仕事を進める重要性です。「昔は白か黒かはっきりさせてほしいと思いながら役員会に持っていっていました。ただ結局グレーな状態で差し戻されることが多く、調べ直しているうちにどんどん時間ばかり過ぎて、結果、時すでに遅しということで諦めてしまうという事が多々ありました。グレーならグレーで黒に近いのか白に近いのか落としどころを想定しておく。期間を決めて調べ直すことを提案したり、試しに期間限定で実際やってみてから結果で判断してもらう等落としどころを常に想定してジャッジを仰ぎに行くようにしています。提案の段階で白黒はっきり判断してくれる役員は少ないので、勝手にこちらで落としどころを想定して、そちらに向けて話をコントロールするように努めています。」との言葉が印象的でした。
 第5に、新規事業の推進体制の観点です。新規事業のアサインメントは、いわゆる「よそ者(転職組)、若者(危機感を抱き始めた入社3年目以上)、ばか者(変態・変わり者)」や、出会いや偶然を大事にする人、流行に敏感で、弱い襟帯(ウィーク・タイ)の関係性構築が得意な「チャラ男とチャラ子」などが相応しく、また新規事業を推進する仕掛けや仕組みとしては出島(イノベーション特区)を作った隔離政策が大事とのこと。「本当に成功する為には、専任者をつけてそのことだけを考えられる環境を作ってあげなといけないと思っています。本業のどこかの部門にいて新しいことをやらせるというのは絶対に上手くいきません。本人がかわいそうです。身をもって感じたこともあり、出来るだけ隔離政策をとるようにしています。」とのこと。さらに、担当役員のオーナーシップのありようも示されました。「会長や社長直轄と聞くと動きやすいように感じるかもしれませんが意外とそうではありません。できれば傍流畑出身の役員だったり、子会社の整理や立て直しを経験された役員のほうが動きやすいです。責任担当役員はいていただいたほうがいいと思います。」とのお話には、なるほど、と頷かされる部分も多々ありました。
 
ワコールにおける、新規事業の提案プロセスと今後
 続けて、西村室長からは、ワコールHD内における新規事業の具体的な提案プロセスについてお話しをいただきました。前述のとおり、同社における新規事業創造はボトムアップ型であり、志ある社員有志が「選抜型の社内プロジェクト」に積極的に応募するなかから育まれます。このプロジェクトは、単なる教育研修ではなく、実際の事業立ち上げを重視することから、事務局選考で選出されたチームは、人事異動を伴い、主管部門での実験やテストマーケットを実施するなど、事業立ち上げの加速が期待されます。ただ、過去には、既存業務に忙殺され、なかなか本腰を入れて取り組めず途中頓挫するなどの課題も見られることから、既存の仕事以外に2割は新しいことを考える時間を設ける「20%ルール導入」等を人事部に進言されているとのことです。
 また近年、力を注いでおられるのが、「公募型他流試合プロジェクト」です。これは、自社内だけに閉じないオープン・イノベーションの取り組みであり、2020年度は、日本ユニシス、立命館大学、三井住友海上火災保険、吉本興業との交流のなかから多様な刺激を受け、新たな事業アイデア創出を目指されました。さらに、インパクトのある異業種セミナーやワークショップ、著名な外部の社内起業家による講演も活発に実施されるなど、社員の起業マインドの醸成を高める動きを、積極的に推進されているとのことでした。
 最後に、西村室長から「今、ワコールは未来を模索しています。そのためには若手社員が色んな分野の人と色んな話をしてもらって、新しい発想で本業も含めて新しいことにチャレンジしていってほしいと思っています。ワコールが100年続く企業になることを本気で目指しています。それには後任の育成が急務と考え動いています。」とのメッセージをいただき、本講演が締めくくられました。
 

 
【参加者とのセッション】
 参加者の多くから、非常に活発な質疑応答がなされ、講演内容がより深く理解できる機会となりました。紙面の都合上、詳細割愛させていただきますが、皆様の積極的なセッション参加に、この場を借りて御礼申し上げます。
 
(文責:小宮 信彦)

 
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