リサーチプロジェクト
研究報告会レポート

第4回ソーシャル・ビジネス研究
報告会レポート
「人間性を通じて企業の存在を問う
~知識創造理論を通じた企業理念の実現追求~」

第4回 ソーシャル・ビジネス研究会
テーマ:「人間性を通じて企業の存在を問う~知識創造理論を通じた企業理念の実現追求~」
報告者:高山 千弘 氏(エーザイ株式会社 理事・知創部部長)
司会・コーディネーター:石井 淳蔵 氏(流通科学大学 学長)
ゲストコメンテーター:平田 透 氏(金沢大学 教授)
日 程:2013年7月27日(土)14:30-17:30
場 所:法政大学 ボアソナードタワー

 

日本マーケティング学会 石井淳蔵会長より、本講演についての解題のあと、高山部長より講演を頂く。

 

石井淳蔵会長
石井淳蔵会長

 

エーザイの理念

知創部という部署名を初めて目にする方も多いのではないだろうか。この部署はエーザイの内藤社長が掲げた企業理念を組織に浸透させるため知識創造研究の第一人者、野中郁次郎先生にエーザイが相談し、1997年に設立された。エーザイの理事でもあり、その知創部の部長でもある高山千弘氏が今回の講師である。
エーザイのコマシャールでお馴染みの“hhc”(ヒューマン・ヘルス・ケア)が、エーザイの企業理念である。“hhc”はナイチンゲールが提唱した言葉であるが、エーザイでは「患者様と生活者の皆様の喜怒哀楽を考えそのベネフィット向上を第一主義とし、世界のヘルスケアの多様なニーズを充足すること」と定義している。“hhc”の文字はナイチンゲールの直筆のサインから取り出したという。

 

理念を支える患者との経験共有

この理念にある、「患者様と生活者の皆様の喜怒哀楽を共有する」ため、エーザイでは社員に業務時間の1%を割いて患者と現場で過ごす仕組みを設けている。SECIモデルの「共有化」を促進する仕組みである。現場で患者やその家族と体験を共有することから、理性が優先する経営活動の是正し、現実主義と理想主義のバランスがとれた真の顧客志向の経営につなげるためである。
患者と生活者との喜怒哀楽を共有する活動は、リンパ系フィラリアなど熱帯病患者、末期癌患者、認知症患者など地域も病名も多岐にわたる。
通常、莫大な開発投資が発生するため。患者数が多く経済力があり、また開発可能性の高い領域を優先する傾向にある。しかしながら世界には、治療法が未だ見いだせない難病と呼ばれる疾病や、患者数が多いが経済力が充分で無い地域のため開発優先順位が低く抑えられている疾病が多数存在する。エーザイは収益性の高い成人病の薬ではなく、これらの疾患に対応することを優先すると決めた。企業としての優先順位だけでなく社会としての優先順位を組み込む仕組みである。共同化を促進する仕組みとして、先ほどの例以外にも、小児医療センターと協力し小児癌患者との交流セッションや難病の子供達の家族との対話やテーマパークへの同行する制度を設定している。
さらにエーザイでは、SECIモデルのサイクルがまわるように、共同化のための患者あるいは患者の家族と業務時間の1%を過ごすことに続き、表出化、連結化、内面化へ展開する仕組みを用意している。現場で獲得した知識や気づきを社会で事例報告し討議することで表出化をはかりつつ、対策案を組織で検討することで連結化につなげるようにしている。

 

高山千弘氏
高山千弘氏

 

活動の成果

製品開発面の効果として、認知症薬のアリセプトの改良がある。当初のアリセプトは液剤であった。しかし認知症患者が入居するグループホームに出向くと嚥下(えんげ)できない患者が多いことに気づく。液剤のままだと患者は接種できない。しかしグループホームではゼリーを食べている認知症患者がいることに気づく。そこで液状からゼリー剤タイプを開発し、容器も手の不自由な方にも片手で空けることができる形状に変更した。
成果は製品レベルにとどまらない。盛岡市では認知症と骨粗鬆症の検診を促進するためのセミナーを地元医師会と共にエーザイ社員が実施している。さらに認知症患者が安心して暮らせるまちづくりの推進を横浜市旭区をはじめ横浜市金沢区、保土ヶ谷区などでスタートしている。
これらの活動は患者の実態と製品開発が直結することで、より効果的な開発が可能となることや、新薬だけでは解決できない問題を地域全体で解決するなど解決の選択を広げることにつながっている。

 

ソーシャルビジネスとマーケティング研究との関連

多数のエピーソードを交えた講演では、参加者に多くの気づきを与えてくれた。中でも印象的だったのは癌病棟での患者との共同体験。そこには夜になるとナースコールを押し続ける末期癌患者がいた。呼び出された看護士にその患者は、「自分は死ぬ。なんとかして欲しい」と要求する。ベテラン看護士はそのことに慣れてしまい患者の話を聞くだけに終わってしまう。しかしたまたまその時に対応したインターンの看護士は、患者のそのような要求に対して精一杯意を汲み取り、自分のできることを考え行動する。患者の足を洗ったという行動だが、そのことが患者の気持ちを動かし、次の夜からナースコールを押さなくなったという。
エーザイの目指す企業像では、顧客の潜在欲求を知るための患者との共同化と、社員1人ひとりの生産性の向上をあげている。顧客志向やニーズ探索はマーケティングの出発点である。しかし企業や行政という組織に組み込まれた場合、真の顧客志向の行動から離れてしまう場合がある。また困難度の高い課題に対しては解決意欲を持続することは特定の顧客に自らの行動が直結している実感と直結していることから獲得がなければ解決が難しい。そのような問題をエーザイの活動は含んでいる。

 

平田透先生
平田透先生

 

コメント 金沢大学大学院 人間社会環境研究科 平田 透 教授
製薬業界は再編と競争激化の中で、研究開発投資が莫大な額になっている。そのような業界にあって、エーザイは主力のアリセプト、パリエットの特許が切れる時期にあり厳しい状態にある。
しかしエーザイは企業理念の実現に力を入れ、パートナーとともに社会的な課題解決の仕組みを作り、ロングレンジでの市場創造を目指しているのではないかと思われる。これは企業のあり方を示す一つの形になるのではないかと考えている。

 
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