リサーチプロジェクト
研究報告会レポート

第5回医療マーケティング研究
報告会レポート
「組織の全体的活動としての
医療マーケティング
~戦略、人材、そして経営~」

第5回 医療マーケティング研究報告会
テーマ:「組織の全体的活動としての医療マーケティング~戦略、人材、そして経営~」
 
内 容:

  1. 病院の経営課題としてのマーケティング (1:30-1:40pm)
    川上 智子(関西大学 商学部 教授)
  2. BSCに基づく戦略的病院マネジメント(1:40-2:25pm)
    関谷 浩行 先生(北海学園大学 経営学部 専任講師)
  3. 医療専門家の経験学習(2:25-3:10pm)
    松尾 睦 先生(北海道大学 経済学研究科 教授)
  4. 寄り添う力:医療に学ぶマーケティング(3:30-4:30pm)
    石井 淳蔵 先生(流通科学大学 学長)
  5. 全体ディスカッション(4:30-5:00pm) 司会:川上 智子

 
日 程:2014年8月30日(土)13:30-17:00
場 所:北海道大学

 
【報告会レポート】
 第5回医療マーケティング研究報告会は「組織の全体的活動としての医療マーケティング~戦略、人材、そして経営~」をテーマに北海道大学(札幌市)で開催されました。計27名の参加があり、満席の会場で和やかで活発な議論が行われました。
 

【川上による解題】
 マーケティング論は組織内の経営管理論とは異なり、組織を越えた社会関係のマネジメントを対象にしています。AMAのマーケティングの定義も、2007年には、顧客のみならず、依頼人・関係者そして社会全体へと、その範囲が広がりました。マーケティングのパラダイム(思考体系)も、刺激反応型から交換型、そして関係性へと発展してきました。
 企業も医療も、マーケティング不在という特徴において、共通している点があります。日本のメーカーは、技術者中心のものづくり、病院は医師・看護師中心の治療・治癒を基本哲学としているケースが多いようです。いずれも、専門技術者中心に機能が分断され、全社的なマーケティング戦略が不在となりがちである点で共通しています。しかし、マネジリアル・マーケティングの観点からは、経営者視点の全体的活動としてのマーケティングが重要であり、リサーチ・戦略・戦術・実行・確認が一貫して行われる必要があります。
 今、医療の世界は、団塊の世代が75歳以上となる2025年までに、住まい・医療・介護・予防・生活支援の一体的提供を行う地域包括ケアを実現する方向で動いています。患者・地域住民・教育機関・他の医療機関との組織を越えた連携が必要であり、それはマネジリアル・マーケティングのテーマそのものです。
 松尾先生が2009年に提示された医療のサービス・システム・モデルのように、組織の支援構造、外部との相互作用、そして結果の測定というそれぞれの構成要素を押さえつつ、組織の全体的な活動としての医療マーケティングを考えていく必要があります。今日は、戦略・人材・経営という3つの側面について、病院の経営課題としてのマーケティングの広がりと深さを、ご参加の皆様と共有していければと思っています。
 
【関谷浩行氏による第1報告の内容】
 BSC(バランスト・スコアカード)について、皆様ご存知でしょうか。BSCは戦略的マネジメント・システムと言われるように、戦略をマネジメントするためのシステムのことです。BSCは戦略マップとスコアカードに分けられ、財務の視点、顧客の視点、内部プロセスの視点、学習と成長の視点があります。このうち財務の視点は結果で、他の3つがそのパフォーマンス・ドライバーとなるものです。
 まず顧客の視点ですが、顧客満足度は、たとえば満足度調査や意見箱、待ち時間の測定などによって測定します。目標値を設定し、実績値を測定して、その差を埋めるために作成する実施項目がアクションプランです。
 BSCには3つの特徴があります。まず第1に、トップダウンで策定された戦略だけでなく、ミンツバーグ流の創発戦略も容認する点に特徴があります。BSCにおいては戦略はあくまでも仮説であり、現場の声を入れて修正できると考えられています。
 第2に、BSCはダブル・ループ学習を前提としています。トップ・マネジメントが定めた戦略を粛々と実行するシングル・ループ活動ではなく、戦略を実行し、修正しながらビジョンや戦略目標を達成するダブル・ループ学習が重要となります。
 第3に、BSCは単なる指標管理ではありません。BSCを企業や病院に導入する際に現場で誤解されやすいのですが、実施項目自体は目的ではなく、目的を達成するための手段です。
 次に、病院におけるBSC導入の現状を見てみましょう。2000年を境に、医療機関でもBSCが導入され始めました。導入の主な目的は、戦略の策定・共有・実行、経営の質の向上、医療の質の向上、情報共有・コミュニケーション向上、経営の全体最適の向上です。
 一方、BSC導入時の課題としては、BSCの作成自体が目的化してしまう、作成段階で力尽きてしまう、病院全体に浸透しないといった点が挙げられています。一番の壁は、医師がなかなか参画してくれないことかもしれません。

 
第1報告:関谷浩行氏
第1報告:関谷浩行氏
 

 次に、海老名総合病院のBSC導入事例を紹介します。私は、ファシリテーターとして4年間、アクション・リサーチの形でこのケースに関わりました。海老名総合病院は469床、医師が約150名、看護師が約430名の病院で、近隣病院との合併により組織が拡大化・複雑化したため、2010年度にBSCを試行的に導入し始めました。
 BSCの推進体制としては、経営企画室に専属職員1名、および院長・看護部長・医師から構成される11名のプロジェクトチームで月1回会議を実施しました。病院戦略マップから病院スコアカードを作成し、それに基づいて、診療部を含めた各部門が業績評価指標(尺度)と戦略的実行項目(アクション・プログラム)を作成します。カスケードに特性要因図を使うことで、業績評価指標を効果的に決めることができました。
 医師を巻き込んだ病院全体での取り組みとしてBSCを導入した結果、医業収益が大幅に増加し、救急の断り件数も減少し、クリニカルパスの使用率も増加しました。対患者だけでなく、たとえば病理診断部が医師や看護師のニーズを考えるようになる等、内部顧客を意識した活動が行えるようになったことも大きな成果です。
 
【松尾睦氏による第2報告の内容】
 今日は、医療専門家(看護師、救命医、放射線技師)が顧客からどのように学んでいるかという経験学習のあり方についての研究を報告します。
 人は、7割は仕事経験から、2割は他者から、残りの1割は研修・書籍から学ぶと言われています。また人は、具体的経験の後で、観察と内省という振り返りを行い、抽象的概念の形成と一般化によって教訓を引き出します。それがノウハウや持論となって初めて、新しい状況に応用し、次に生かしていくことができるのです。
 このループが回れば、人は経験から学べるのですが、中には経験だけ繰り返して、何も振り返らない人もいます。もちろん、暗黙知で学習することもできますが、意識的に振り返ることで、人は学ぶことができるのです。
 成長をうながす経験というものもあります。たとえば、不慣れな仕事、変化の創出、高いレベルの責任、境界を越えて働く経験がマネジャーの能力を向上させることがわかっています。ですが、これまでの研究では、顧客とかかわることで人はどう学ぶのかがあまりわかっていません。
 たとえば、私自身の営業に関する研究では、顧客志向を持つ人ほど経験から多くのことを学んでいることが明らかになっています。そこで今日は、医療専門家が顧客との経験から何を学んでいるのかを見ていこうと思います。キャリアの段階によって、最初の5年を初期、6年目から10年目を中期、11年目以降を後期と分けています。
 まず看護師の場合は、初期には専門看護技術のようなテクニカルスキルを学ぶことが多いのですが、中期には、患者・家族とのポジティブなかかわりにより、コミュニケーション・スキルを学び、患者の急変や死亡から死生観も学ぶようです。11年目以降の後期には、患者や家族からのクレーム等、ネガティブなかかわりからも学ぶようになります。
 まとめると、看護師の場合、学習の多くが患者からの学びであり、専門看護技術というテクニカルスキルから、コミュニケーションやメンバーシップなどのヒューマンスキル、死生観や看護観などのコンセプチュアルスキルの習得へと移行していくようです。
 次に、救急医の研究についてお話しします。同じく3期に分けて分析した結果、三次医療の救急医という仕事の特徴もあり、死に向き合う患者や家族にどのように接していくか、いかに良い死の瞬間を迎えさせてあげるかといった問いから学ぶことが多いことがわかりました。キャリアの初期から後期まで、患者や家族からの学びは続いていました。
 最後に、放射線技師の経験学習について分析した結果、キャリアの後期で難しい患者の検査を行うことが、テクニカルスキルに影響していることがわかりました。例えば、マンモグラフィという乳がんの検査では、患者への接遇のうまさが画像に現れるというのです。画像とヒューマンスキルが関係しているのは、興味深い発見でした。
 放射線技師からは、医師が診断しやすい、きれいな画像を撮りたいという声も多く聞かれました。医師に鍛えられ、医師から意見を求められることで、自らカルテを読み、自分で所見を考えるようになるという話も聞きました。関谷先生のお話でも、内部顧客のことが出てきましたが、医師をサポートする放射線技師にとっては、医師が内部顧客です。
 看護師・救急医・放射線技師の3つの研究を通してわかったのは、顧客との関係は、職種にかかわらず学びの源泉であるということです。ただし学びの範囲や時期は、職種によって異なりました。役割(ケア、診療、診療支援)によって、学び方が規定されているのかもしれません。顧客との関係からの学習の幅の広さとキャリア段階を2軸として整理すれば、看護師は学習の幅が広く、救急医は中間的、放射線技師はキャリアの後期で主に学んでいるという形でまとめることができました。
 最後に、顧客からの学びをうながすマネジメントのあり方を考えてみましょう。たとえば、カンファレンスやミーティングの場で、顧客との相互作用をリフレクション(内省、省察)しながら、経験学習サイクルを意図的に回すことが重要です。キャリアの段階や職種によって、学びの内容が異なることを認識しておくことも必要だといえるでしょう。
 
第2報告:松尾睦氏
第2報告:松尾睦氏
 

【石井淳蔵氏による第3報告の内容】
 私は今、流通科学大学の学長をしています。流通科学大学は1988年に設立された大学で、実務に役に立つこと、実学の流科という理念を大事にしています。なぜ大事かというと、大学の価値が変わったからです。
 昔は、パソコンもプリンターもウェブもなく、コピー機もありませんでした。図書館の本が情報源で、大学に行かないと知識が得られませんでした。だから、大学に行く意味も明快でした。
 今は、ネット上で有名大学の講義が公開されている時代です。そうなると、大学は知識を入れるところではなく、どう知識を使うかを考える場になります。だからこそ、知識の使い方に焦点を当てる実践が大切なのです。
 私は、日本マーケティング学会の会長でもあります。日本マーケティング学会は、新しい価値の創造、実践と理論の融合、草の根的な研究の定着、拡大するマーケティング概念の受け皿づくり、他のマーケティングのお手本となるマーケティングの実践を目指している学会です。昔は、学会は学会、教育は教育、実践は実践と三権分立のように分かれていましたが、今は実践が核になって教育や研究にも影響し、完全にオーバーラップしています。大学でも学会でも、実践がキーワードです。
 医療に学ぶマーケティングということで、まずお伝えしたいのは、プロセスの核心は創造的適応にあり、ということです。ピーター・ドラッカーは、経営組織の課題は顧客の創造であり、顧客創造は社会において未だ満たされざるニーズを満たすことで達成される、それによって組織は成長し、同時にまた社会も発展すると言いました。その課題を担うのがマーケティングです。組織の中心はマーケティングであり、マーケティングには未知へのチャレンジが不可欠です。
 創造的適応とは、たとえば「風邪薬を買ってきて」と言われたときに、本当に風邪薬がほしいのか、それとも、もう少し気遣ってほしいという気持ちの表れと察して、相手の心情を気遣うのか、です。相手に寄り添って行動することが創造的適応で、額面通り、ただ薬を買って届けるというのでは、ロボットのようです。創造的適応ではありません。
 次に、教育・医療の顧客満足プログラムについて、科学的な知は教育や医療の問題を解決できるか、ということを考えてみます。顧客満足は、顧客の知覚品質-顧客期待で表すことができます。顧客満足プログラムは、顧客はサービスの品質を判断できるということを前提としています。
 しかし教育の場合、学生が自らの具体的な欲求や目標を把握していません。効果も10年スパンで現れるものです。教育と医療の核心にある創造的適応は、不確実性が大きく、成果や目的が不明瞭であることから、必要となるものです。不確実性が小さく、成果や目的が明確なら、計画やマニュアル、シナリオの用意でも対応できます。しかし、確率空間から外れた想定外のことが起きる場合には、創造的適応が必要になります。
 創造的適応を導く、寄り添う力の事例として、エーザイという医薬品メーカーのケースを紹介します。エーザイは「患者様と喜怒哀楽を共にする」という一文を定款に入れています。喜怒哀楽を共にする、寄り添うとは、どういうことでしょうか。
 
第3報告:石井淳蔵氏
第3報告:石井淳蔵氏
 
 こんな話があります。小児がんの治療薬を研究している人が、小児がんの子どもを3日間、訪問しました。何もしてあげられないという思いの中、アンパンマンが好きだと知って、アンパンマンの格好をして集中治療室の窓からのぞいたら、家族は気づかなかったけれど、その子は自分を見てくれて、目が合ったというのです。
 研究所に戻った彼は、常に小走りで移動するようになりました。1日でも1時間でも早く薬が欲しいと思っている人がいるとわかったからです。患者に寄り添うという経験が、彼の志を大きく変えました。
 認知症の薬をただ売ろうとするのではなく、思いを患者に届けるにはどうすればいいのかを考えると、営業はまちづくりに取り組むようになります。認知症の方が健やかに暮らせる街をつくることが営業の課題になります。営業のパートナーも、病院はもちろん、行政や福祉協議会、NPOに変わっていきます。
 現場の当事者においてしか生まれない価値が生まれる、それが、患者への寄り添いを定款に入れてまで、エーザイが目指しているところです。一人ひとりの社員が、予期せぬ事態や何らかの決断を求められる局面に対峙した時に、自らの価値観や判断基準に従って、自主的に意思決定し、行動を起こす。その力を育てることが組織の力になっていくのです。
 
【報告会を終えて】
 戦略、人材、そして経営という広がりのあるテーマでした。全体ディスカッションで、共感力や人間力といったスキルの経験学習を促す仕組み、その成果を測定する指標のあり方などを議論したことで、1つの糸が紡がれるように、すべてが溶け合って学びが深まったような気がします。
 北海道の開催で、地元のビジネススクールで学ばれている医療関係者の方々を始め、大阪など遠方からもお越しいただき、活発な議論が行えました。ご登壇の先生方、ご参加いただいた皆様、どうもありがとうございました。

 

(文責:医療マーケティング研究会プロジェクト リーダー 川上 智子)

 
Join us

会員情報の変更や、領収書の発行などができます。

入会についての詳細はこちらから。

member