リサーチプロジェクト
研究報告会レポート

第6回医療マーケティング研究
報告会レポート
「医療におけるエンパワーメントの課題」

第6回 医療マーケティング研究報告会
テーマ:「医療におけるエンパワーメントの課題」
 
内 容:

  1. 解題  的場 匡亮(昭和大学大学院 保健医療学研究科 講師)
  2. エンパワーメントをめぐる課題 医療現場からの報告
    小西 竜太 (関東労災病院 経営戦略室室長 救急総合診療科副部長)
  3. エンパワーメント in パブリックヘルス:公衆衛生現場におけるエンパワーメント
    菅野 匡彦 (八王子市 医療保険部成人健診課)
  4. 患者・住民のエンパワーメント:コミュニティ・アプローチ
    秋山 美紀 (慶應義塾大学環境情報学部 准教授)
  5. パネルディスカッション 司会:的場 匡亮

 
日 程:2014年11月23日(日) 9:00-10:30
場 所:早稲田大学

 
【報告会レポート】
 第6回医療マーケティング研究報告会は、「医療におけるエンパワーメントの課題」をテーマに早稲田大学で開催されたマーケティングカンファレンス2014のリサーチ・プロジェクト・セッションとして開催されました。
 
会場の様子
 

【的場匡亮先生による解題】
 医療の構造はワイン型からヤクルト型へと変わっていこうとしています。それは,高度急性期病院の数を限定し,中間層を厚くしていく方向です。集約化されていた医療をいかに分散化させていくか,患者の生活に近い場所に移していくかがポイントになります。
 診断一つとっても,急性期医療では診断はゴールでしたが,慢性期の医療では診断がスタートです。人に着目すると,今までは病院から診療所へ,そして患者へ,つまりドクター,ドクター,患者という流れでした。医療が分散化していくと,医療の専門家から一気に患者に下りていくのではなく,患者の周りに患者を支える多くの人が必要となります。
 以上のような問題意識の下で,今日は,ドクターの代表として総合診療医である小西先生,公衆衛生分野の八王子市役所から菅野先生,そして住民やコミュニティの観点から,慶應義塾大学の秋山先生にご登壇いただきます。

 

【小西竜太先生による第1報告の内容】
 今回の報告に際して,エンパワーメントとは何かをまず調べてみました。日本で初めての住民によるエンパワーメント活動は,ハエや蚊をなくす生活実践運動だったようです。
 近年,がんや脳卒中,精神疾患,糖尿病などの慢性疾患による死亡が増加し,長期的に進行する病気にどう対応していくかが課題となっています。これまでは急性疾患が中心で,病院を中心とする分断・孤立型の医療提供体制が主でしたが,今後は,慢性疾患・生活習慣病・がんの増加に対し,地域社会における連携・統合型の提供へと移行していきます。人々の価値観も,改善・根治・延命から,健康志向や疾病リスクの回避という概念が浸透して、QOL(Quality of Life)や幸福や尊厳死を求める時代がやってきます。
 エンパワーメントの定義は,分野によってさまざまです。経営学では権限移譲,社会学では弱者や被差別者の自立,心理学では内発的な動機付けによる活性化といったように,力点が異なります。今日の発表では,医療分野のエンパワーメントとして,病気あるいは健康でない人や集団が,期待される健康状態へと働きかけや支援を通じて自主的に回復していく状態と定義しておきます。
 患者をエンパワーさせる患者中心診療モデルは,次のようなプロセスで進められます。
1)疾患と患い体験を探る
2)全人的にバックグラウンドを理解する
3)共通基盤を見つける (問題,目標,役割を二人で話し合う)
4)予防と健康増進を組み込む
5)医師・患者関係の強化
6)現実的になる (受診できない理由などの改善案を出し合う)
 計画的行動理論や健康信念モデルなどを参考に,医師は患者にさまざまな質問を投げかけ,対話を進めていきます。一番大切なのは,患者と医師の間の治療同盟(ラポール)をうまく作ることです。しかし,3分診療3時間待ちと言われる日本では,信頼関係づくりは非常に難しいと言わざるを得ません。たとえばアメリカでは,コンビニでも簡単な治療ができ、外来診療に充分な時間を割くことができます。日本では医療制度やシステムの制約条件があるために、患者中心診療モデルの実現は困難かもしれません。
 日本が経済成長期にあった時代には,出来高払いで医療にもコストをかけることができました。しかし停滞期の今は,包括払いで低コストの医療に変わってきています。医療の中心も病院だけでなく,診療所,地域,家庭へと広がりつつあります。
 2002年から始まったドイツの疾病管理プログラムには,2011年に670万人が参加し,糖尿病のプログラムにおいては医療費は削減され,患者満足度も16%向上するなど,成果を挙げています。このようなプログラムは他の欧米諸国でも実施されています。
 日本においても,私の勤務する関東労災病院ではウェブ上の診療支援システムを立ち上げました。これは患者が検査キットで採血して郵送し,ウェブ上で医師と患者がその検査結果を確認し,治療を進めるシステムです。食事指導には栄養士が関わっています。このシステムによって,服薬指導や体重管理等の面で成果が出ています。
 協会けんぽ広島支部でも,糖尿病等重症化予防プログラムが行われています。これらの事例のように,主に慢性疾患を対象として,患者中心診療モデルの知見が蓄積され始めています。今後,国や自治体,保険組合を中心に疾病管理プログラムが推進され,さらに,メンタルヘルスや高血圧など,多様な分野に広がっていく可能性があります。
 最後に,マーケティングとの関わりについて触れておきましょう。診療においてもプログラム構築においても,マーケティング分野の心理的プロセスモデルやプロモーション戦略の知見は有効です。医療でもマーケティングでも,ベースとしている心理学分野の論文は同じであることが多いと考えています。

 

【菅野匡彦氏による第2報告の内容】
 今日は,公衆衛生現場におけるエンパワーメントについてお話します。積極的な普及啓発を推進してきたピンクリボン運動は,がん検診に対する意識は向上させました。しかし,受診率は上がっていないという現状があります。意識を向上させるだけでなく,行動変容を起こさせるには,きっかけ作りが必要です。
 八王子市役所では,子宮頸がん検診の受診勧奨を行っています。コールセンターで予約を受け,すぐ受診できる仕組みを作りました。コールセンターで受けているため,1日単位で予約状況が分かります。子宮頸がん検診の受診は2年に1回ということで,以前に受診した人に推奨したところ,予約が急増し,受診者数は例年の2倍になりました。受診しやすい仕組みを作り,最後に背中を押してあげれば,人は行動を起こすものだと思います。
 また,未受診者8,000人にがん検診・がん予防の意識調査を行ったところ,背中を押せば受診してくれそうな段階の未受診者が30~40%いることがわかりました。
 さらに,都内のインタビュールームに来てもらって,インタビュー調査も行いました。「なぜ受診しないのか」と聞くと「忙しい」という答えが返ってきます。そこで,土日や夜間に受けられるようにしましたが,それでも受けてくれない。次に,質問を変えて「なぜ他の人は受けないと思うか」と聞いたら,答えは「面倒くさいから」でした。自分のことは美化して答えますが,本音は面倒くさいのだとわかったので,受けたいときに受けられる仕組みを作りました。
 次は,ずっと受けていなかったのに受診した人に,なぜ受診したのかを聞きました。すると,引っ越した,仕事が変わった,子どもが大きくなった,その時に市役所から手紙が来たという答えが返ってきました。ライフイベントがきっかけとなっているようです。そこで,ライフイベントに合わせて,検診の案内を送るようにしました。
 ターゲットは3歳児健診に来たお母さんです。自分ごとと思ってもらえるようなチラシを送ることにしました。キーワードは,共感・正しい情報・お得感・行動指示です。あまりくだけた表現だと本当に市役所からの案内かと疑われるので,その点は気を付けました。
 お得感というのは,費用は700円ですが,都内で無料のところと比べると高いと感じられてしまいます。そこで八王子市から6,300円の補助があること,その助成は税金から出ていることを強調し,お得感を伝えました。
 行動指示については,裏面に電話番号を記載し,今すぐ予約を,と促しました。 30代のお母さんをターゲットとしたため,負担の少ない検査であなたの家族の将来を守れる,あなたの命はあなただけのものではないと訴えかけました。このように,インタビューで仮説を作って,実際に効果検証をすることを繰り返し,受診率が向上していったのです。
 次に皆さんに質問ですが,どんな人が健診を受ける傾向にあると思いますか。実は,健診を一番受けてくれる人は,前年に受けたことのある人です。過去5年間の受診者128,000人の健診データを分析した結果,翌年度の受診と関連性が高い項目も分かってきました。
 特定健診の案内を送る際にも,ターゲットに合わせたメッセージを工夫しています。まず,特定健診という言葉が分かりづらかったので,生活習慣病リスク健診という表現に変えました。将来,寝たきりになって社会や家族に迷惑をかけたくないと考えている人は多いのに,それが特定健診とどうかかわっているのかが分からない。そこで,寝たきりの方の1/3が血管の病気が原因だから受診してくださいという明確なメッセージを出しました。案内を送る封筒の色やデザインも銀行風にする等,工夫しています。
 市役所の中では,これまで保険と医療と福祉は別々の分野で存在してきました。今後はこの3つの分野を結び付け,健診データ・介護データ・レセプトデータ等をマッチングさせたビックデータの活用も期待されています。そうなれば,たとえば医者が禁煙を勧めた患者の状況を肺がん検診で確認することも可能になります。
 「市民にとって本当に良いことかどうか,それだけが判断基準だ」という市長の言葉がこれらの取り組みを進めるうえでの指針になっています。

 

【秋山美紀先生による第3報告の内容】
 私は週の前半を慶應義塾大学の藤沢キャンパスで過ごし,1日を信濃町キャンパス,そして週の後半を山形県の鶴岡キャンパスで過ごすという生活をしています。鶴岡では地域密着型のからだ館がん情報ステーションの運営等に関わっています。今日は,なぜ今,エンパワーメントなのかをお話しした後,エンパワーメントの実践事例を紹介します。
 現代の医療をめぐる環境は,1) 受益者から行為の主体へ,2) 垣根を超えた職種,そして3) ヘルスケア産業のすそ野の広がりという3点で特徴づけることができます。地域包括ケアが政策として推進されていますが,これは高齢者だけが対象ではなく,住み慣れた地域や住まいで,誰もが最後まで安心して暮らし続けられる体制づくりのことなのです。
 地域包括ケアの図では,緑の葉で表現された医療・看護,介護・リハビリ,保健・予防の連携が注目されがちですが,大切なのは豊かな土の部分です。生活支援・福祉サービスのような地域の資源が豊かでないと育ちません。植木鉢の部分は,交通も含むすまいやすまいかたです。これら全部を支えているのが,本人・家族の選択と心構えです。つまり本人が選択していくことがシステムの前提であり,ここからエンパワーメントが重要になってきます。
 今年は「地域包括ケア元年」と言われ,医療・介護関連の14の法律が一気に改正されました。中でも医療法(第六次)の改正は画期的で,努力義務ながら,初めて国民(患者)の責務の条項が新設されました。保健師助産師看護法,社会福祉士および介護福祉士法の改正もあり,個々のケースのみならず、コミュニティエンパワーメントがこれらの職種にも求められています。
 エンパワーメントの定義は,WHOが1986年に採択したヘルスプロモーションに関するオタワ憲章の中で,人々・組織・コミュニティが自分たちの生活を統御・改善できるようになるプロセスと述べられています。経営学では,組織メンバーが自己効力感を感じられるようになるプロセスとされ,安梅先生はエンパワーメント相乗モデルとして,自分・仲間・コミュニティが相乗効果を持つことを指摘されています。
 ここからは,コミュニティエンパワーメントの事例として,鶴岡市の慶應義塾大学 先端生命科学研究所からだ館について紹介します。からだ館の活動の3本柱は次の通りです。
1)情報を調べる!探す!
2)学びの場
3)出会う・分かち合う 
 まず情報については,医療情報の中でも,闘病記や患者会資料を重点的に増やしています。また学びの場については,予防や生き方(死生観)についてのさまざまな勉強会を行っています。さらに,出会う・分かち合うについては,にこにこ倶楽部という,患者同士の支え合いの場を用意しています。
 患者のニーズは,病気の段階によって変化していきます。知りたいニーズ,出会いたいニーズ,役立ちたいニーズという3つのニーズに注目すると,症状発生から診断確定までは,知りたいニーズが強いです。診断確定時には出会いたいニーズが強まり,治療が完了した予後は孤独の始まりで,知りたいニーズや出会いたいニーズがまた強まります。
 さらに,治療が完了して2年ぐらいたつと,役立ちたいニーズが生まれてきます。にこにこ倶楽部でも,この役に立ちたいという気持ちから,折り紙ボランティアサークルや編み物サークル等の自主的なサークル活動が始まっています。
 学びの場を提供するということで,最初はテーマを決めて講師を招く,やや上から目線の講演会型でやっていました。それはそれで好評でしたが,今は,からだ館健康大学と銘打って,福沢諭吉の半学半教という言葉どおり,お互いに学び合う形を取っています。
 健康行動は,自分事(ごと)にならないと変わりません。制度が変わり,地域の住民組織への期待も高まるとともに,保健推進員や、民生・児童委員の役割が増え,負担感が増す中で、なり手が減っています。そこで,保健推進員や健康サポーターらコミュニティのリーダーをエンパワーメントするためのワークショップも開催しました。庄内弁の寸劇の続きを考える等,楽しみながら自分事として取り組んでいくための試みです。
 実は,からだ館の取り組みの前には,インターネットのプラットフォームを創ろうとしていました。しかし,この地域にはネットを使っている人がほとんどいなかったので,このようなリアルな場(プラットフォーム)を創ることにしました。
 ただし,リアルな患者会にも課題はあります。たとえば,入院・体調・地理等の条件によっては参加できません。年齢や立場を超えて病気だけでつながることへの限界や,自分の病気のことを知られたくないという事情もあります。ライフパレットのように闘病記を共有できるインターネット上のプラットフォームで助けられている人もたくさんいます。一方で、希少疾患とがんでは,つながり方も異なり、病気ごとにコミュニケーション・プラットフォームの設計を変える等の工夫も必要です。
 すべてのヘルスプロモーションに共通することは,アウトカム(成果)を定めて,アセスメントやモニタリングを行い,介入してプログラムや情報を提供していくということです。保健と医療と介護は,今まではバラバラで,一方向的な専門家の連携で行われていました。しかし今は,病気を早く見つけ,リハビリ生活と暮らし,社会のつながりの維持といった輪の循環モデルへと変化しつつあるのです。

 

【報告会を終えて】
 エンパワーメントという理論的な概念(コンセプト)について,医師・行政・大学という異なる立場からアプローチしていただき,さまざまな事例を通じて深く掘り下げることができました。
 マーケティング論の観点から言えば,患者や家族,地域住民自身が意思決定と選択を求められる時代,エンパワーメントのために, 消費者行動論,マーケティング・リサーチ,プロモーションの理論や技法は適用可能であり,その有効性も仮説として示されたと考えています。
 パネルディスカッションでは,八王子モデルや鶴岡モデルを持続させ,かつ他地域に応用するための組織やリーダーシップのあり方なども議論されました。地域差があることを前提に,各地域の資源をどう発掘し活用するか,いかに後進を育成するかがポイントのようです。
 もう1つ考慮すべき点は,マーケティング活動に関わる費用の問題です。八王子のケースでは,都内のベストプラクティスとして応用展開することを条件に,東京都が補助金を出しています。健康寿命の延伸が国家戦略の中に位置づけられていることは追い風ですが, 医療産業の振興も含め,産官学の革新的な仕組み作りと新たな価値の創出のためには,経済的に自立し,持続・成長可能であることがマーケティングROI的にも重要です。
 今回のセッションで,マーケティングの研究分野としては歴史の浅い医療の領域において,「医療とマーケティング」ではなく「医療のマーケティング」の理論と事例を蓄積し,二つの分野を行き来する形で,知の還流を進めることの意義を改めて感じました。
 末筆ながら,登壇をご快諾頂いた先生方,セッションの企画とチェアを担当された運営委員の的場先生に深く御礼申し上げます。
 次回,医療マーケティングプロジェクトの第7回研究会は,来年2~3月頃に岡山で開催の予定です。引き続き,温かいご支援の程,よろしくお願い申し上げます。

 

(文責:医療マーケティング研究会プロジェクト リーダー 川上 智子)

 
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