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第62回マーケティングサロンレポート「東日本大震災をきっかけに生まれた「かに物語」 〜B2B企業による、B2Cブランド立ち上げと成長の軌跡〜」

第62回 マーケティングサロン
東日本大震災をきっかけに生まれた「かに物語」
〜B2B企業による、B2Cブランド立ち上げと成長の軌跡〜

日程:2017年7月4日(火)19:00-21:00
場所:日本マーケティング協会 東京本部
ゲスト:株式会社カネダイ 水産食品部・直販事業長 熊谷 公男 氏
サロン委員:森口 美由紀・京ヶ島 弥生・長崎 秀俊
 
【サロンレポート】
 幻のかにと呼ばれる「まるずわいがに(deep sea red crab、オオエンコウガニ)」専門店の「かに物語」。東日本大震災をきっかけに生まれた商品であり、ブランドです。復興とともに語られることの多い三陸の水産加工業ですが、「かに物語」はマーケティングの基本に則って計画され、成長を遂げてきました。B2Bで堅調に実績をあげていたかにを、直販で広げていくにはどうすべきか。ターゲットとシーンの設定、それに合わせた商品開発、タッチポイントの拡大、販路の開拓と選択、利益率の確保、コミュニケーション。この5年半、これらの活動を着実に実施することで、売上を伸ばしてきました。
 
Red Ocean化が進む市場で、Blue Ocean戦略を求めて
 気仙沼は元々国内有数の漁港で、豊富な魚種・屈指の水揚高を誇り、揚がった魚を一次加工して、二次加工を行う次の会社へ販売するというのが主要なビジネスモデルでした。昭和の時代には、築地の仲買人や二次加工を行う会社との交渉でも優位な立場にあったそうです。ところが平成に入り、インターネットと携帯電話の普及で情報格差が一気になくなり、業務用水産加工は販売価格の下落、競合多数、粗利益の減少という状況に陥ってしまったそうです。カニ、マグロの遠洋漁業に携わるカネダイも例外ではありませんでした。
 
 そこで、熊谷さんたちカネダイ社員は
1. 付加価値を創造できる商品を作る
2. 価格決定権を持つ
3. 10年後に柱となる事業をつくる
の3つの目標を掲げて新規事業「直販プロジェクト」を立ち上げました。2010年の暮れ、東日本大震災の3か月前のことです。
 
「かに物語」の世界観
 「日本海の荒波に揉まれた演歌の世界」。熊谷さんは、日本での一般的なカニのイメージをそう表現します。一方で、熊谷さんご自身が知るアフリカ・ナミビアでの「まるずわいがに」の漁は、「青い空、穏やかな海、明るく楽しいポップスの世界」。新規事業では、このイメージをブランドのコンセプトに定めました。
 
 その「まるずわいがに」は、名前の通り水深500-800mの深海に棲んでいますが、この環境はエサが多く外敵が少ないため、よく太るそうです。浅瀬に棲む他のかにに比べて実入りが良く、栄養価・旨み成分も高い。プロの料理人にも好まれる食材です。
 
 カネダイの加工法は、漁獲してすぐ脱甲してボイル、サイズ選別、梱包してマイナス60度で急速凍結。これを船上で行います。陸揚げ後のむき身加工は一度も解凍することなく行われるので、最終商品も鮮度が落ちません。
 
 直販プロジェクトで、社員のみなさんが考えた商品のネーミングは「かに物語」。背景にあるこれらの物語を、広く伝えていきたいという思いからでした。
 
まるずわいがに アフリカ・ナミビアでの漁の様子
写真左より、ますずわいがに、アフリカ・ナミビアでの漁の様子
 
東日本大震災のさなか、プロジェクトを前進させる
 2011年の東日本大震災では、沿岸部にあった加工場や事務所がすべて被災。残ったのは、社員とカニ漁に出ていた「カタミラ号」でした。復興活動が始まる中で、「復興屋台村・気仙沼横丁」の店舗にまだ空きがあるという話が飛び込んできます。新事業プロジェクトをここからスタートできないか? 気仙沼の山の上で被災を免れた漁具の倉庫が、急きょ開発センターになり、メニュー開発が始まりました。
 
 コンセプトとなった「ポップスの世界」にはモデルがあります。今はなくなってしまった Tokyo Joe’sとOsaka Joe’s(1982~2005)、アメリカ・マイアミのJoe’sの姉妹店で、ダイナミックなかにの爪や、クラムチャウダーなど魚介料理が名物でした。「まるずわいがに」の旨みや実入りの良さを生かし、かつこの世界観を体現するメニューとは? カネダイ社員の皆さんが、寸胴鍋で試作を繰り返して誕生したのが、フレンチベースのビスク(カニのトマトスープ)と、そのビスクをベースにしたフレンチカレー、アメリカ東海岸の名物料理でもあるクラブケーキ(カニの実のメンチカツ)、そしてカニの旨みをダイレクトに味わえる盛り合わせです。マーケティングサロンで、ビスクとカニの爪を試食した参加者からあがった質問は、「これは有名レストランとコラボして開発したのではないのですか?」。強固な世界観を持ち、それを社員間で共有しているからこそ、自社でこれらのメニューを開発できたのでしょう。
 
サロンで提供された「ビスク」と「一本爪」
サロンで提供された「ビスク」と「一本爪」
 
 復興屋台村・気仙沼横丁の「かに物語」は、カウンター席10席ほどの小さな飲食店でしたが、メニューの商品は冷凍・個包装され、商品としての「かに物語」が生まれました。商品ができれば、店舗の外での展開も可能になります。全国の催事にも積極的に参加。そのような中、流通における百貨店のマージンなど販売経費の大きさに気づき、商品の利益率をシビアに見直さざるを得なくなったそうです。
 
 現在の販路は、直営店として気仙沼産業センター・海の市店(復興屋台村・気仙沼横丁は終了)、催事は伊勢丹(新宿)、三越(日本橋、銀座)の3店舗で年4回づつ、このほか首都圏のシーフードレストランやカフェ、テレビショッピングで提供されており、今年の決算では直販事業で売上1億円を超える予定、順調に成長しています。
 
 今年春に新社屋と工場が完成、生産能力が大幅にアップしました。効率性を上げることで利益率をさらに向上させるとともに、「かに物語」で作り上げた商品開発から出荷までのオペレーションを活用し、さらに幅広い商品展開も考えているそうです。
 
【ディスカッションから】
 今回はラウンドテーブル形式のサロンとし、コの字型のテーブル配置に、敢えてマイク無しという設えにしました。前半に熊谷さんのお話を伺い、後半はフリーディスカッションとしましたが、新しく立ち上げたブランドがテーマだったため、参加者の関心の多くがブランディングに集まりました。
 
●ブランド化の選択肢
a. 商品をブランド化する
b. 会社(この場合はカネダイという会社)をブランド化する
c. 「まるずわいがに」をブランド化する
の3つの選択肢があったであろうという指摘があがりました。新しい事業が、従来の「演歌のイメージ」から遠ざかって「ポップスの世界」を目指すなら、カニの一次加工を行ってきたカネダイという会社ではなく、新しい商品ラインナップのブランディングが必要だったのだろうという議論になりました。
 
 一方、「まるずわいがに」の高い栄養価や旨み成分の多さ、そして鮮度を守るカネダイの加工プロセスは、他のカニやその加工品と差別化できる点であり、それをブランド化する可能性は今でもあるのではないかという指摘もありました。
 
●ブランドのコンセプトやルールを共有する
 「かに物語」の世界観を社員間で共有するプロセスには多くの時間をかけたそうです。どんな雑誌に紹介されたいか、どんなお料理を提供してほしいか。そのような社員の思いが、商品やリーフレットという形になって世の中に出ていきます。
 
 「かに物語」の魅力のひとつは、洗練されたパッケージやリーフレット。熊谷さんが出向いた催事で、偶然出会ったボランティアの女性、編田博子さんがPRコンサルタントで、その場で意気投合してコミュニケーションツールの制作をお願いしたそうです。「かに物語」のロゴは、白地に金と赤で出来上がっています。リーフレットなどコミュニケーションツールでは、ロゴの色味や世界観から離れない表現になるように注意しているとのこと。直営店のディスプレイなど、社員が案を作るとつい思いが溢れて色や内容が盛りだくさんになりがちで、編田さんはそれを引き算して、その理由を直接社員と話すことで、ブランド表現のルールを共有しているそうです。
 

「かに物語」のロゴ
 
 熊谷さん曰く、「見た目重視」のパッケージは催事でもとても重要で、パッケージがきっかけで足を止めたお客さんが、商品の説明を5分聞いてくれればそれを見て人が集まってくるそうです。
 
 「まるずわいがに」、そして「かに物語」の商品は、首都圏のレストランやカフェでも提供されていますが、そのような場においても、「かに物語」の世界観や思いを伝える仕組み(例えば映像など)があったらいいのでは、という提言もありました。ナミビアの青い空の下、穏やかな海で「まるずわいがに」の漁をしている様子や、社員がその美味しさを信じて新商品を作っている様子、社員同士や家族との絆など、“「まるずわいがに」を食べると広がる世界”を伝えるドキュメンタリービデオを作ってほしい、という熱い声援もあがりました。
 
【サロンを終えて】
 商品開発、新事業の成功の秘訣などを尋ねられた熊谷さんの答えが、とても印象に残っています。
「まるずわいがには美味しい。それを信じる気持ちは決してブレなかった。」
「震災後の普通ではない状況の中で、心が揺さぶられ、何かしなければいけないという強い気持ちとエネルギーが自然と出てきた。」
「震災を経験した自分たちにとっては、毎日が特別な日。だから、かに物語は『特別を、もっと身近に』と言い続ける。」
 
 熊谷さんは、「東日本大震災における復興のモデルケースになりたい」と仰っていました。それは決して遠い日のことではないと思えた夕べでした。
 
集合写真
サロン終了後の記念撮影。前列中央で「かに物語」の箱を持っているのが熊谷さん。向かって左隣がツール制作を担当されている編田さん。
 
かに物語
http://www.kanimonogatari.jp
 
(文責:森口 美由紀)

 
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