第68回マーケティングサロンレポート「顧客経験(CX、UX)とは何か?」 |
第68回 マーケティングサロン
「顧客経験(CX、UX)とは何か?」
日程:2017年12月11日(月)19:00より
場所:日本マーケティング協会 東京本部
ゲスト:小野 譲司 氏(青山学院大学 経営学部 教授)
サロン委員:佐藤圭一・尾崎文則・山谷あすか・金泰元
【サロンレポート】
近年、サービスデザインの分野のみならず、幅広いビジネスの世界で、顧客経験(CX、UX)の重要性に注目が集まっています。企業と顧客の対人コミュニケーションを通した経験のデザインはもちろん、デジタルの世界での経験のデザインがより一層、重要になってきているともいえるでしょう。
今回のマーケティングサロンでは、これまでマーケティング、サービス・マネジメントを専門に研究を重ねてこられた、小野譲司氏をゲストにお迎えしました。
顧客経験とその周辺分野に関する学術研究の視点や議論をふまえた小野教授によるご講演、そして実務家と研究者による活発なディスカッションの機会になりました。
【ゲストプロフィール】
小野 譲司 氏
青山学院大学 経営学部 マーケティング学科 教授
慶應義塾大学大学院経営管理研究科博士課程単位取得後、2000年、博士(経営学)。
明治学院大学経済学部教授などを経て,2010 年より現職。サービス産業生産性協議会JCSI(日本版顧客満足度指数) アカデミックアドバイザリーグループ主査。
専攻:マーケティング、サービス・マネジメント
会場風景
【概要】
CXとUXは何が違うのか?
近年、様々な業界、企業でCXやUXの重要性が指摘されています。しかし、業界や企業によって、CX、UXという言葉がどのような意味合いで使われているかは様々です。今回はせっかくの機会なので、CX/UXのそもそもを立ち止まって見つめてみたいと思います。
CXはCustomer Experienceの略ですが、そもそもカスタマーとは何なのでしょうか。消費者行動論のいくつかの教科書には紹介されていますが、カスタマーには3つの側面があります。一つ目はBuyer、二つ目はPayer、三つ目はUserです。Buyerは商品・サービスないしはブランドを選び、買う人です。Payerは財布を握り、実際にお金を払う人です。そして、Userは実際に製品やサービスを使う人、消費する人です。企業の消費のみならず、家計の消費においても、これら3者は必ずしもイコールではありません。CX(Customer Experience)はこの3者の視点で捉えることが必要です。一方で、UX(User Experience)とはUserの視点にフォーカスしたものといえるでしょう。
マーケティングの世界では、「その“経験”に対して、お客様はお金を支払ってくれるか」という視点が重要です。シームレスな顧客経験を実現し、収益を得るためには、Buyer、Payerの視点を見落とさないことが必要でしょう。また、差別化が困難な市場においては、Userの視点から経験の差別化を図ることで付加価値を創造していくことも有用でしょう。
経験(Experience)とは何か?
次に「経験」とは何でしょうか。マーケティング研究において、顧客経験(Customer Experience)は「製品・サービスないしはブランドに対するホリスティックな顧客反応(認知的、感情的、社会的、身体的、行動的)」と定義付けたものがあります。実は、顧客経験とは何かについてさまざまに議論されてきましたが、これは、その行き着いたところのようです。顧客の探索、購買、消費、購買後といったすべての経験を含むものを顧客経験と呼ぶわけで、結局、何も定義していないようにも見えます。しかし、逆に言えば、情報探索や購買などといったどれか一つの活動やシーンだけでなく、その前後の文脈を含めて顧客経験を全体的に見るパースペクティブこそがユニークなのだと思います。これに合わせて、マルチチャネル、マルチデバイス、マルチスクリーンといった顧客接点が同時に多様化する現代において、顧客経験をよりホリスティックに見ることが、ますます求められているのだと思います。
かつて「真実の瞬間」というコンセプトがサービス産業で話題になりました。「真実の瞬間」は、専門用語では臨界事象(critical incident)と呼ばれる、やはり一つの顧客経験です。これを現代流のCXで見れば、その瞬間だけでなく、前後にどのような経験をしたのか、どのような環境で顧客が決定的な経験をしたのかに目が向けられます。経験のシークエンス(継起)やフリークエンシー(頻度)という切り口で、顧客経験を分析するわけです。例えば、好ましくない経験を経て、感動的な出来事に遭遇した人は、そのギャップがあるからこそ、より一層、真実の瞬間の意味合いが大きくなる。逆に、楽しい経験を経た人が、接客か何かでちょっとイラっとすることを経験すると、経験の連鎖としては、悲劇的な結果になりかねない、ということもあるでしょう。さらには、そうした感動体験やイラっとしたことを、誰かと話題にする、投稿することまでも視野に入れて顧客経験を見ることはいうまでもありません。
ここで大事な視点は、顧客経験には企業が「コントロール可能な要素」と「コントロール不可能な要素」があるという点です。企業がコントロール可能な要素には、プロモーション、営業活動、サービス活動があり、コントロールが難しい要素には、環境要因や顧客自身に関わる要因のほか、パートナー企業や中間業者などの存在も挙げられます。
企業サイドでカスタマージャーニーを描き、経験をマネジメントする、というのが顧客経験マネジメントの雛形として知られています。しかし、顧客が何を経験し、商品・サービスを通した経験をどう評価しているかを事細かに分析して行くと、思いの外、企業がコントロール困難な要素が多いようです。顧客は様々な経験の連鎖から総合的な経験をしているのであり、ホリスティックな顧客反応というのは、それくらい捉えるのが難しい現象だと言えると思います。
顧客は経験をどのように評価しているのか?
ところで消費者は、企業が提供する商品・サービスの品質をどのように評価しているのか。情報の経済学によると、消費者がどれくらい品質属性を評価できるか、その難易度のようなものでみると、3つの属性に分けられると考えられています。一つ目は「探索属性」です。店頭など商品を手にとって見れば、商品の性質や品質がわかるものです。消費財に多いとされます。二つ目は「経験属性」です。商品やサービスの中には、実際に消費を経験してはじめてその良さがわかるものがあります。三つ目は「信用属性」です。今度は、実際にサービスを経験してもそれが良いのか悪いのか、消費者には判断しかねるものです。後は、供給者を信用するしかないから信用属性と言います。
「サービス・マーケティング」という、一般の方には耳慣れないであろうマーケティングの特殊研究分野があります。サービス・マーケティングのスタンダードなテキストでは、経験属性や信用属性の割合が高いサービス財のコミュニケーションのあるべき形について、一定のガイドラインのようなものを理論的に示しています。顧客が経験したサービスには、その経験が自分にとってよかったのかどうか、消費者自身が判断できていない場合もあります。そのため、消費者はどのブランドを利用しようかと検討するときから、品質情報を類推できるような手がかりを探します。その手がかりを大きく分けると、品質情報そのものに関わる内在的手がかり、品質そのものではないが、それを取り巻く外在的な手掛かりがあると言われます。医療サービスは、医学の知識がない多くの人にとっては信用財であり、詳しい説明をされてもさっぱり理解できないため、結局のところ、建物が綺麗だとか新しいなどといった外在的な手がかりを頼りにする傾向があると考えられます。生保や損保のような経験財や信用財の広告では、著名人による推奨、キャラクター、No.1訴求、品質認証などを訴求するのをよく見ます。保険の内容もさることながら、消費者にとって利用しやすいのはそれらの外在的手掛かりです。
ただ、それは顧客セグメントによって異なる傾向があります。ひとつの理由として考えられるのは、経験の豊富さによるものです。カテゴリーの利用経験が少ない人は、比較的、あるサービスに対する評価が高く出ることが少なくありません。一方、カテゴリーの利用経験が豊富になれば目が肥えて、ブランドに対する評価がシビアになります。食通や旅慣れた人のように、特定ジャンルの経験が豊富な人は程度の差こそあれいるものです。こういうカテゴリー利用経験の豊富な人は、同じサービスを見る場合でも、あれと比べてどうか、他にないユニークな点は何かなど、見る目が違うようです。
よく知られたロイヤルカスタマーの経済効果に関する仮説があります。何度もリピートしてくれるロイヤルカスタマーは、価格弾力性が低下し、定価に近い価格を支払う確率が上がり、より高いグレードの商品にランクアップしたり、追加的な関連購入をするなどで、企業にもたらす生涯価値が上がるというものです。近年、この仮説がにわかに信じがたいことも実証されています。ロイヤルカスタマーの多くは、同じカテゴリーの他ブランドも試したり、併用することは珍しくありません。本来ならば、自社ブランドだけに一点集中してくれればありがたいのですが、実際にはブランドの使い分けが起こるだけでなく、価格コンシャスにもなるようです。大口客、常連客、得意客ほど、値引き交渉を求め、価格に敏感で、なおかつ、手間のかかる特別サービスが行われる傾向があるため、差し引きすれば、期待したほど生涯価値は上がらない、ということもあります。
自社の顧客がどのようなカテゴリーの経験、ブランドの経験を持っているかによって経験に対する評価が異なることにも注意が必要です。また、特別な顧客経験を提供するのは良いのですが、それに費やすコストを考えたら、実は顧客経験は向上したけれど、収益性は低下する、という事態は避けたいところです。日本企業、特にサービス分野では、顧客に手厚くサービスを提供することが、会社の繁栄をもたらすという信念を持っているところも少なくありません。その真偽については、深追いに伴うリスクと合わせて実証研究しないといけないと思っています。
顧客満足度を高めるために何が必要か?
最後に、ここまでの話を別の角度から考えてみたいと思います。日本国内の約30業種、約400ブランドについて、延べ約12万人を毎年調査しているのがJCSI(日本版顧客満足度指数)です。2009年から始まり、2017年で8年を経過しました。この大規模調査分析から一貫している知見の一つに、あるブランドの顧客満足度は、ブランドの売上規模や市場シェアが大きくなるほど低く、そのバラツキ(分散)が大きくなるというものです。つまり、市場シェアを拡大すると、異質なニーズを持った顧客セグメントに対応する可能性が高くなるため、よほどのカスタマイゼーションや接客ができないと満足度のバラツキが大きくなるのです。市場シェアが高いのだから、確かに多くのお客様に支持されているように見えますが、結果的には不満を持ったお客様も多く抱えているというわけです。
企業経営者にとって悩ましい点は、異質性をどう取り込むか、という点です。拡大路線を取ればとるほど、これまでとは異なる市場を取り込んでいくことが必要です。量販店や代理店などの取引先パートナーの力も借りなければなりませんし、オフラインとオンラインとモバイルを併用し、さまざまなニーズに応えていく必要もあるでしょう。このように、顧客の個人差や地域差に対応していく過程で、店舗・チャネル差など、さらなる異質性が加わると、先ほどのような満足度が低下するというジレンマに陥るのです。ITを活用することでニーズに応じて効率的にカスタマイズする、異なる顧客経験を提供するサブブランドを提供するなどの経営判断と現場活動が、こうしたジレンマをどこまで解消できるのか?顧客経験のマネジメントは、市場戦略とも密接に関わっていることを示唆しています。
集合写真(前列中央 小野譲司氏)
【サロンを終えて】
近年の顧客経験(CX、UX)に対する関心の高さには目をみはるものがあります。実際にこの分野に関連する企業の課題やニーズは大きく、私自身も、マーケティングプランナー、マネジメントコンサルタントという立場から、顧客経験のデザイン、そしてマネジメントに携わる機会がますます増えています。今回のサロンでは、あらためて「CX・UXとは何なのか」という原点に立ちかえり、理解を深めたいという想いから、ご無理をいって小野教授にご講演をお願いしました。当日は学術研究の知見を基に、豊富な事例や企業との共同研究の成果をまじえて貴重なご講演を頂くことが出来ました。顧客経験がイノベーションや差別化の鍵になる、と改めて確信することが出来たサロンでした。この場を借り、小野教授ならびにご参加者の皆様に改めてお礼申し上げます。
(文責:尾崎 文則)