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オンライン緊急座談会レポート #いまマーケティングができること 〜新型コロナ危機での探究と創発〜

#いまマーケティングができること

日本マーケティング学会緊急座談会:オンライン
#いまマーケティングができること 〜新型コロナ危機での探究と創発〜
日程:2020年5月25日(月)19:30-21:30
参加方法:Zoomウェビナー(Webセミナー)
司会進行・座談者:副会長 内田 和成 氏(早稲田大学 大学院経営管理研究科 教授)
         同   西川 英彦 氏(法政大学 経営学部 教授)
座談者     :会長  古川 一郎 氏(武蔵野大学 経営学部 教授)
         副会長 田中 洋 氏(中央大学 大学院戦略経営研究科 教授)
         同   小林 哲 氏(大阪市立大学 大学院経営学研究科 教授)
         同   阿久津 聡 氏(一橋大学 大学院経営管理研究科 教授)
 
【レポート】
 本座談会では参加申し込み時に、学会員の皆さんの気づきやアイデア、実践(工夫)例などの学びを頂いた上で、学会執行部6名によってオンラインで実施された。
 

 
以下、敬称略
 
<会長挨拶>
古川:ウィズコロナで経験したこととして、国境が閉鎖され、一人一人にとって何が大事かを考えるきっかけになった。地域の重要性が見直され、地域の問題は地域で解決する意識が芽生えたのではないか。これまでも、2度の石油ショック後に「おいしい生活」というコンセプトが登場するなど、大きなショックが日本社会を変えてきた。コロナショックという同一体験を通じて、多くの社会的テーマがあぶりだされた。多様な領域から人が集まる本学会で探求と双発、リアルとヴァーチャルの実験が始まることを期待して、この座談会を始めたい。
 

 
<座談会>
内田:司会進行役を務めるが、予定調和にならない、面白い意見を積極的に取り入れて聴衆の皆さんに楽しんでいただきたい。
 
田中:デジタル化と新しいワークスタイルについて最近印象に残っているのが、マイクロソフトのナデラCEOによる「2年分のデジタル変革が2か月で起きた」という発言だ。また、ツイッターは希望する社員に永久にリモートワークを認めた。組織で働くストレスが減退したためか、今年4月の東京の自殺者は2割減った。100年前に流行したスペイン風邪(1918)の10年後に起きた大恐慌(1929)の2年後、1931年にP&Gのブランドマネジメントシステムが誕生した。今回もこうした危機の中で、新しいマネジメントやアイデアが出ることを期待している。
 

 
内田:私が身近に感じたのは、新型コロナによって宅配便等でサインが要らなくなったことだ。感染を恐れることで、サインやハンコをお互いに求めなくなった。田中先生の発言内容について、先生方に意見を求めたい。
 
阿久津:健康経営をテーマに研究していて、リサプロでも健康経営ブランディング研究会を立ち上げた。新型コロナによる外出自粛で日本の労働者の睡眠不足が一部解消され、通勤のストレスも軽減された面はある。一方で、在宅による運動不足や孤独感による健康リスクが高まった人もいるだろう。プラスになる要因とマイナスになる要因の両方があるので、セルフマネジメントが重要になってきて、やり方次第で健康リスクが高まる人と低まる人に分化していく可能性がある。
 
西川:私も緊急デジタル化を意味するナデラCEOの言葉が気になっていた。それは、拙著『1からのデジタル・マーケティング』で書いた、インターネットと情報端末によって、多くの消費者や企業が、リーチとリッチネスをともに高く、つながることのできるデジタル社会になり、これがいままでのマーケティングの前提を大きく変えることになったというデジタル社会への移行と、緊急デジタル化は同じなのか、という問いだ。本書での前提の変更とは企業主体から消費者との協働を指しているが、現在のリモートワーク対応やEC化対応は企業主体であり、消費者との協働は進んでいないようにみえる。一方、企業の中の人同士が繋がるという話はこれまでになく、明らかに違う道を進んでいて、この先に大きな変革があるかもしれない。
 

 
阿久津:新型コロナで不確実性が一気に高まったことにより、この先どこに向かっていくべきかを論理的に説明することがいっそう困難になった。そんな中で、共感によって人々をひきつけるビジョナリーな経営者が求められている。残念なことに、今の日本ではそのようなビジョナリーな経営者は一般的ではない。自分の仕事にやりがいを感じ、所属する組織に誇りを持つということは、私たち人間の精神や健康にとって極めて重要だ。組織の成員にそうした価値を提供し、将来の不安を払拭できるリーダーの価値が著しく高まっているように思う。
 
小林:それはとても大事だと思っていて、大学でも目標設定をしてうまく達成することが重視されている。だが、今は先が見えない中で目標を設定しても意味がなくて、変化に柔軟に対応することが求められている。変化している中で、変えていきつつ一つの成果を出していくにはどうしたらいいかをかなりうまくやらないと適応できない。アフターコロナの前にウィズコロナが一つの大きなテーマになると思う。
 
内田:みなさんの話を聞いていて、クリステンセンの破壊的技術(ディスラプティブ・テクノロジー)と同様のことが社会進化や働き方にも起こっていると感じた。有給休暇の取得のように、社会や働き方は通常徐々に変わるもので、気が付いたら変化していたと認識するものであったが、今回の話はディスラプティブに社会を変えていっている。
 
西川:先ほどの続きになるが、顧客との協働に関するリーダーや企業の対応として、サッポロビールが2018年10月から実施している「ホッピングガレージ」を挙げたい。消費者アイデア400、試作品16、イベント450回、商品化4を1年半ほどで実現している。コロナ下の4月にも、新商品発表会と懇親会をオンラインで行った。社員は自宅からZoomや懇親会ソフトのRemoを使って参加した。この会にはサッポロビールの社長まで参加した。コロナ下でも顧客との協働は実施できるし、こうした活動に乗れるトップと乗れないトップの差が出てきている。
 

 
田中:西川さんの例は興味深い。リモートで行う講義では学生から質問が出やすい。上下の関係が取っ払われるからではないか。デジタルトランスフォーメーションはデジタルでないとできない、つまり質的にアナログとは異なるワークやマーケティングが出てくることではないか。
 
小林:ここで話を変えて、私の研究テーマが地域ブランディングとフードビジネスなので、そこを中心にお話ししたい。飲食業はコロナ禍をどう乗り切るかが切実な問題になっている。アフターコロナのガイドラインは、それまでのものと異なっている。今回の件で、事業を継続するかどうかを悩んでいる事業者はいると思うが、有形・無形資産の価値をどう評価し、困っている時に助けたいと思わせるような顧客との関係をどのように構築するのかが改めて見直されている。
 

 
西川: 小林さんの話を聞いて思ったのは、関係性を作るときに同じ製品のままであるとは限らず、コロナ下で、製品が分離や再定義されているということだ。例えば、レストランは食材というモノとレシピ、調理、接客というサービスを組み合わせたものだが、食材とレシピと調理にUber Eatsが組み合わさることで、デリバリーサービスになる。食材とレシピで、Oisixが販売するようなミールキットになる。飲食業の熟練の資産であるレシピも、YouTubeで料理のコツで配信できるかもしれない。そうした資源を、分離・再定義して、組み合わせることで、顧客との関係も変わり、イノベーションが生まれる可能性がある。イノベーションの発生には、複数の知識の関連付けが重要だからだ。スティーブ・ジョブズは「創造とは結び付けることだ」と言い、クリステンセンは「イノベーションは、異なる知識(アイデア)の関連付け」だと言っている。
 
阿久津:元々ブランドとコミュニケーションの研究をしてきたが、ブランドは使う側である顧客が価値を見出すことが重要である一方で、提供する側にも強い思いがあって、両者の思いが繋がって成立するものである。新型コロナの影響で少なからぬブランドが存続の危機にさらされているが、そんなときに、顧客が「自分たちのブランドを助けなければならない」と立ち上がるなら、それはブランドの本質的な力であると思う。
 
古川:信頼関係について言えば、京大総長の山極先生はデジタルのネットワークの中では信頼関係が生まれないと断言されている。アナログの五感を通じて何かを一緒にやることで信頼関係が生まれると仰っている。今は強制的にリアルの場での人間関係を遮断されている。西川さんが挙げてきた例は若い世代が多いことから、デジタルの場での信頼関係構築には世代間で差があるのではないか。
 
西川:2006年に『仮想経験のデザイン』という本を執筆したときに、セカンドライフなど、ユーザーがネット内のキャラクターになってアイテムを交換する例を取り上げた。当時は実感が湧かなかったが、今『あつまれどうぶつの森』(Nintendo Switch)を家族全員でプレイして、子どもから誕生日プレゼントにゲーム内で使用する家具が欲しいと言われた(笑)。世代を超えて、デジタルの場に飲み込まれているようにも思える。
 
田中:古川さんの信頼の話に関連して、災害ユートピアという考え方がある。これは災害直後に一時的だが、被災者同士の小さなコミュニティができて、互いに助け合うというものだ。3.11の時に東北大学の学生にインタビューをしたが、一時的に災害ユートピアができていた。今回のこういう場が災害ユートピアなのではないか。リアルで繋がれないときに繋がりたいという気持ちが新しい形のつながりを生み出しているように思う。
 
阿久津:オンラインのみの状態とリアルのみの状態を比較して、どちらがいいかという議論はあまり意味がないと思う。(座談会をしている6人は)リアルで何度も会っているから、仮に今後しばらくオンラインでの繋がりだけなったとしても、音とビジュアルだけで十分に思考は刺激され、暗黙知も共有される。また、社会科学における一般的信頼の研究によれば、一度も会ったことがない相手に対しても最低限の信頼は生まれうると言われている。色々なレベルの信頼があって、オンラインでは信頼は生まれないということはないだろう。
 
<5分間休憩>
 
阿久津:自己紹介としては、所属は一橋大学のビジネススクール。日本マーケティング学会のリサーチプロジェクトではブランド&コミュニケーション研究会を続けており、最近、健康経営ブランディング研究会を立ち上げた。「#いまマーケティングができること」として思うのは、「一見矛盾する二つ以上の目標を弁証法的に統合・解決する推進力になること」なのではないかと。二項対立で終わるのではなく、両者を止揚(アウフヘーベン)して前進するべきである。いま我々が直面する大きな二項対立は「経済か安全/健康か」というものだが、経済も安全/健康も共に推進するのがマーケティングの役割だと考える。そのために重要なのが、対立の解決策を考える際に時間軸を導入することではないかと思う。
 

 
田中:阿久津さんの仰る企業・社会・顧客の繋がりやアウフヘーベンと関係するが、私も最近ブランド・オブ・トレランス(brand of tolerance)という単語について考えていた。トレランスとは耐性や持続性という意味だ。阿久津さんの言うアウフヘーベンができている企業の一つにネスレがある。栄養ソリューション企業として、製薬会社からCTOを呼び、おいしいだけでなくより体に良いものを提供している。これはまさに阿久津さんの言っていた時間軸を入れると、二項対立がアウフヘーベンできる一つの証左だと思う。
 
内田:先ほどの小林さんの提起もそうだが、これからの企業は単に金額的なバリューだけではなくて、社会や消費者に必要とされることが重要だということが今回改めて浮き彫りになった。今までのマーケティング手法で、ポストコロナの新しい価値の創造ができるのか、それともこれまでとは全く違ったやり方が必要なのか。みなさんはどうお考えか。
 
古川:2017年の『マーケティングジャーナル』は「多型化する時代のマーケティングを考える」という特集号だった。その中で、博報堂生活総研の酒井崇匡氏が「生活者の価値観変化から導く未来の街の4シナリオ」を紹介している。ここから言えることとして、生活の仕方の選択肢が増える可能性を考えておく必要があるのではないか。今の私たちの生活は多様であるにもかかわらずステレオタイプで捉えられているかもしれない。都市と地方などに変化が起き、私たちの選択肢を増やしていると認識することが大事だ。企業はそうした社会に寄り添い、変わっていかなければ生き残れないと思う。
 

 
阿久津:マーケティングによるポストコロナの新しい価値の創造として、健康経営ブランディング研究では、SDGsの目標のうち、8「働きがいも経済成長も」と3「すべての人に健康と福祉を」の関係に注目している。働きがいと経済成長は一見すると二項対立に見えるが、マーケティングによってアウフヘーベンして解決できると思う。そして、それによって働く人々の健康や福祉に貢献できると考えている。ちなみに、私自身が行った調査では、会社に誇りを持ち、仕事に誇りを感じている人のほうが、そうではない人たちよりも炎症反応や免疫力からみて健康だった。
 
小林:皆さんの意見を聞いていると、組織の崩壊と新しい組織の構築が共通項として挙げられる。工場などに代表される組織は、産業革命のもたらした発明だが、それが今、制度疲労を起こしている。企業だけではなく、地方自治においても当てはまる。ここ100年で培ってきたノウハウがICT革命の中で崩れ去り、コロナで維持できなくなってきている。今後は、今までとは違うやり方でインターナルの関係性を作り、それにより何がしたいのかという価値創造の部分を考えていかなければならない。
 
西川:今回のコロナによって、消費者と企業の区分けがなくなってきたと感じる。また、デジタル化している一方で、地域や自分の住んでいる所、家の周りの状況について考える機会が増えた。働きながら、かつ消費者であることを実感できるようになると、企業が主体で動くのは無理が出てきた。先にも触れたがイノベーションの観点から言うと、違う知識が出会うことで新しいアイデアが生まれるので、コロナを契機に、働き方を含めた新しい考え方になるべきではないか。
 
古川:マーケティングは社会とともにあり、顧客志向が本質だと思う。私たち自身は生活空間や人間関係に対して、どういう環境だと居心地がいいのかを考えるようになってくるだろう。SDGsに関する話では、よき企業市民として社会的課題と向き合っている企業のほうが、好意的に受け入れられるだろう。自社ブランドに目を向けるのは大事だが、企業が社会の変化に寄り添うことが求められるようになると考える。
 
内田:古川さんの話は要するに、マーケティングは社会で何ができるのか、社会とのつながりが重要になるということだと思う。西川さんは企業が主体的に動くのではなく、消費者や個人が中心となるという話をされた。その先にあることとして、そのまま消費者主体になるのか、新しい組織形態が生まれてくるのか、どちらなのか。
 
西川:どちらになるかは分からないが、企業人と消費者という区分けはなくなる気がする。一人が複数の仕事をすることで、所属の意識も弱まる。我々も研究者であり、教育者であり、違う仕事をしているが、多くの人が複数の役割を持った、緩いつながりになっていくのではないか。
 
田中:デジタル化によって、我々の仕事の質が変わってくる。築地本願寺でオンライン法要が始まると、従来のやり方とは質的に異なる法要が行われるようになる。リモートワークでもデジタルホワイトボードが普及すると、より創造的なアクションができるようになる。マーケティングとセールスが一体化したインサイドセールスはアメリカで5、6年以上前から存在したが、コロナの影響で加速している。
 
内田:コロナもそうだが、予測することはほとんど意味がないのだけれど、変化が起きてから判断するのはトゥーレイトである。なかなか当たらないかもしれないが、予想して心の準備をしておけば、変化に対応することができる。もうすぐ終了時刻だが、たくさんの質問を頂いた。お一方紹介すると、「今の時代はビジョナリーや方向性を示す必要がある一方で、最近だとサーバントリーダーシップのような草の根的なやり方はだめになるのでしょうか」という質問があった。
私の考えは、イノベーションや革命のときには強いリーダーが生まれるが、いったん新しいパラダイムができた後では、そのパラダイムにふさわしい組織やマーケティングの在り方が出てくる。今回のコロナが革命に該当するかどうかの確信は持てない。だが、新しいことをやった人や組織が世の中を変えていくし、そうした企業が成功していくと考える。これで座談会を終了したい。先生方、ありがとうございました。
 
西川:みなさん、本日はご参加のほどありがとうございました。名残惜しいですが、これで終わりたいと思います。
 
一同:どうもありがとうございました。
 
参加者:367名
(報告書作成:東洋大学 薗部靖史)

 
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