ニュースリリース

第195回マーケティングサロンレポート「『戦略ごっこ』は日本にも当てはまるのか?」

第195回マーケティングサロン:リアル・オンライン併用開催
 
テーマ:「戦略ごっこ」は日本にも当てはまるのか?
 
日 程:2024年8月8日(木)18:30-20:30
場 所:株式会社ゼンリン東京本社会議室およびZoom使用によるオンライン開催
ゲスト:株式会社コレクシア コンサルティング事業部 執行役員 芹澤 連 氏
サロン委員:香川 勇介、田中 智子、石躍 有美、村杉 暢子
 
【ゲストプロフィール】
芹澤 連 氏芹澤 連 氏
マーケティングサイエンティスト。数学/統計学などの理系アプローチと、心理学/文化人類学などの文系アプローチに幅広く精通。
非購買層やノンユーザー理解の第一人者として、消費財を中心に、化粧品、自動車、金融、メディア、エンターテインメント、インフラ、D2Cなどの戦略領域に従事。エビデンスベースのコンサルティングで事業会社の市場拡大を支援する傍ら、執筆や講演活動も行っており、企業研修などの講師を務める。
著書に『顧客体験マーケティング』(インプレス)、『“未”顧客理解:なぜ「買ってくれる人=顧客」しか見ないのか?』
『戦略ごっこ―マーケティング以前の問題 エビデンス思考で見極める「事業成長の分岐点」』(日経BP)。
日本マーケティング学会員。海外論文を読むのが日課。猫好き。
 
【サロンレポート】
 今回のサロンは、マーケティング領域では異例の2万部を超えた「戦略ごっこ」の著者、芹澤連氏をお招きし、海外の先行研究と日本の実証データの両輪から、エビデンスベーストマーケティングの要点を俯瞰していただきました。
 
エビデンスベーストマーケティングとは
 エビデンスベーストマーケティングとは、異なる状況下で何度も起こる規則性に着目したマーケティングであり、ファクトやエビデンスに基づいた実証的なアプローチにより事業成長を目指す考え方です。
 また、“経験的一般化”、すなわち、規則性のあるパターンを数学的あるいは図式的な方法でシンプルに記述できること、これもエビデンスベーストマーケティングの特徴とおっしゃっていました。日本での研究はまだ少ない中、芹澤氏は、日本エビデンスベーストマーケティング研究機構の設立等、これを進めようとされています。
 
 著書の題でもある「戦略ごっこ」とは何か。マーケティングには様々な理論や定石がありますが、実際にデータを取って検証してみると、事実ではない、あるいは一般的に有効とは言えず場合分けが必要なものが多々あるようです。そうした思い込みは“ごっこ”につながるため、芹澤氏は、「ちゃんと自分の目で、事実ベースで確かめてから採用すべきである」と指摘します。
 「戦略ごっこ」の論点は、「ブランドの成長には未顧客への浸透(顧客獲得)が重要である」「既存顧客やヘビーユーザーのロイヤルティ頼みでは限界がある」の大きく2つ。今回のサロンでは、これらが日本のマーケティングでも当てはまるのか、実際の購買データを元に検証し、速報的に説明いただきました。
 
ロイヤルティより浸透率の方が成長につながる
 従来では、ロイヤル顧客(ファンやヘビーユーザー)へのマーケティングが事業成長に寄与しやすいと考えられてきました。しかし売上を「総購買回数」と「価格」に分けて考えると、浸透率(顧客数)の増加を目指した方が、将来的に総購買回数は多くなるという研究結果が海外では出ています。市場の構造的に、大部分をノンユーザーまたはライトユーザー層が占めているからです(負の二項分布)。
 今回、カタリナマーケティングジャパンの協力の下、大規模ID-POSデータで検証したところ、日本のシャンプー市場でも、ブランドの大小や短期・中長期といった期間に関係なく、こうした「負の二項分布」が当てはまることが報告されました。
 更に、エビデンスベーストマーケティングの中核を成す「ダブルジョパディの法則」も先行研究通りに再現され、小さなブランドは浸透率(顧客数)とロイヤルティ(購入頻度)の両方が低いという二重の不利を被っているとのこと。「小さなブランドは顧客数こそ少ないがロイヤルティの高いファンに支えられており、ファンの満足度を高めれば企業の成長につながる」という通説がありますが、現実の消費者行動はそうでは無いというデータが示されていました。つまり、顧客数が増えればロイヤルティも高まるが、ロイヤルティを高めたからと言って顧客数が増える傾向にはなりにくいということでした。
 ファクトベースに目を向けることが、いかに大事であるか、ここからもわかりました。
 
 また、前述した“経験的一般化”については、規則性と例外をセットで示すことにより一般化に至るとの見解が示されました。例えば、日本のシャンプー市場全体は「ダブルジョパディの法則」により規定されますが、相対浸透率2.5%以下の小さなブランドは分散が大きく、機能や価格よりブランドサイズが境界条件となることが報告されました。これは、「小さなブランドの育て方」と「中規模以上のブランドの育て方」が異なることを示唆しており、具体的には、相対浸透率5%までのブランドの育て方として「デジタルマーケティング×フィジカルアベイラビリティ」というアプローチが事例と共に紹介されました。
 芹澤氏とともにエビデンスベーストマーケティングを推進されており、今回同席されていた三井住友海上火災保険株式会社CMO木田浩理氏からもデジタルマーケの活用事例などが紹介され、成長フェーズに合わせた増分浸透率の向上がいかに重要であるか、実務家の立場でお話いただきました。
 
STPよりDoP(購買重複の法則)
 また、「ダブルジョパディの法則」と双璧をなすカテゴリー理解のツールとして、「DoPモデル(購買重複の法則)」を紹介していただきました。これは「自社顧客が競合ブランドを購入する確率は相手先の浸透率によって決まる」という規則性を表すモデルで、適合度の観点から、日本のシャンプーカテゴリーにも当てはまりがよいというデータを披露いただきました。このモデルの適合がよいということは、その市場では、各ブランドのターゲティングやポジショニング、ブランドイメージなどを超え、競合の浸透率に比例してブランドスイッチが起こることを意味します。
 
 そうした結果を受け、芹澤氏は、「ターゲットやポジショニングを変えれば競争は避けられる、独自のブランドイメージを築けば小さなブランドでも競争に巻き込まれず成長できるというのは少々短絡的で、一種の希望的観測に過ぎないかもしれない」と指摘します。一方、こうした市場競争の規則性を理解しておくことで、どの競合にどの程度流出するのが自然なのか、あるいはどの程度のリテンションであれば現実的に可能なのかといったノルムが明確になり、意味のある離反防止や顧客維持につながるという、実務上のメリットについても言及されていました。
 
決定論的なパラダイム→確率論的なマーケティングパラダイムへ
 最後に、シェアの拡大にしろ維持にしろ、ブランドへの入口(カテゴリーユーザーに想起されるオケージョン)を増やすことに重点を置くべき、というお話がありました。
 その中で、ヘビーユーザー(ロイヤル顧客)とライトユーザーに関するお話は、今までの思い込みが覆され、大変印象に残っています。自社の顧客は、むしろ「たまに自社を買う競合のヘビーユーザー」と思った方がよいとのこと。ヘビーユーザーは、高いカテゴリー需要を満たすためにさまざまなブランドを買い回ることが普通で、1つのブランドのロイヤル顧客にはなりにくいからです。むしろ無関心層を多く含むライトユーザーこそロイヤルだというデータも示されました。芹澤氏によると、ライトユーザーはブランド間の差別化に興味が薄く、習慣的に同じ物で“済ます”傾向が強い、それがリピートの正体である、と。だからこそブランドとCEP(カテゴリーエントリーポイント、ある商品を購買または利用する際に、それを検討するきっかけとなる状況)をリンクさせる施策が重要だという点が強調されていました。
 
講演の様子 講演の様子
 
【サロンを終えて】
 質疑応答では、最初に「目から鱗だった」といった感想があり、その後も自身の業務と関連した質問や、浸透率と利益との関係に関する質問等活発な応答が行われました。サロン終了後の懇親会も多くの方が参加され、大盛況のうちに終了しました。
 本年中に日本エビデンスベーストマーケティング研究機構の設立も予定されており、より実証と日本市場へのローカライズが進むことが期待され、ますます目が離せない新たなマーケティングのお話をお伺いすることができました。
 また、本レポートとは別に、芹澤氏ご本人による解説記事が日経クロストレンド及びMarkeZineに掲載されています。サロンでは紹介しきれなかった詳しい分析や、実務家に向けた示唆が解説されているので併せてご覧ください。
 
実証研究の全体まとめ →(1本目)https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00801/00020/
            (2本目)https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00801/00021/
分析や専門用語の解説(講演後に第4講を追加)→ https://markezine.jp/article/corner/1072
 
(文責:村杉 暢子)

 
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