第209回マーケティングサロンレポート「パーパスブランディング ~鼓動した9つの物語~」 |
第209回マーケティングサロン:東京 / 嶋口・内田研究会
テーマ:パーパスブランディング ~鼓動した9つの物語~
日 程:2025年5月29日(木)19:00-21:00
場 所:グラムコ株式会社
ゲスト:グラムコ株式会社 代表取締役会長 山田 敦郎 氏
グラムコ株式会社 代表取締役社長 矢野 陽一朗 氏
サロン委員:佐藤 圭一、芦田 裕、八尾 あすか、尾崎 文則
【概要】
企業活動の軸や基盤となり、「存在意義」とも訳される「パーパス」。いま、多くの企業がパーパスをブランド戦略に取り入れて、パーパスブランディングを実践しています。
日本で最初に生まれたブランディング専業ファームであるグラムコは、2025年3月に新刊『パーパスブランディング―鼓動した9つの物語』(中央公論新社)を発売。書籍ではパーパスの実践に力を入れている企業や大学のリーダーに詳しくお話を伺い、その成功要因を探っています。日本でいち早く「パーパス」の導入を推進し、多数の実績を持つグラムコのお二人に、パーパスはどう作られているのか。そして、ステークホルダーや社会に向けてどう広げ、浸透させているのかなど、実践的なヒントを語っていただきました。
【ゲストプロフィール】
山田 敦郎(やまだ あつろう)氏
グラムコ株式会社 代表取締役会長、エグゼクティブコンサルティングディレクター。慶應義塾大学法学部法律学科卒。
大学在学中に企業イメージをデザインする組織を立ち上げる。卒業後総合商社の丸紅に入社。欧州での海外研修ののち海外駐在を経験。同社退社後、1987年、日本初のブランディングファーム、グラムコ株式会社を設立。代表取締役社長を経て、2022年3月より代表取締役会長。グラムコ上海法人董事長。日本グラフィックデザイナー協会会員。内閣府沖縄美ら島ブランド推進会議座長。東京都東京ブランドのあり方検討会議、東京宝島推進委員会委員長。江戸東京きらりプロジェクト推進委員会委員。東京オリンピック・パラリンピック競技大会(TOKYO2020)各種委員。経団連での講演をはじめセミナー講師、企業内研修経験、著書多数。
矢野 陽一朗(やの よういちろう)氏
グラムコ株式会社 代表取締役社長、エグゼクティブコンサルティングディレクター。慶應義塾大学経済学部卒。
アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)でITコンサルティングに従事したのち、スカイライトコンサルティングの創業メンバーとして12年間にわたり広報・マーケティングを担当、ブランディングを推進。2012年、グラムコの顧問に就任。アビームコンサルティングを経て、2018年にグラムコに参画。ブランド戦略とコンセプトの立案を中心に、国内外の幅広い業種でクライアントをサポートする。
【サロンレポート】
『パーパス』とは企業の存在意義(なぜその事業や企業活動を行うのか、という原点や社会的意義を示すもの)であり、企業や事業の到達イメージである『ビジョン』や、ステークホルダーに提供を約束する『提供価値』とったブランドコンセプトの最上位に位置づけられるものです。
ピーター・ドラッカーが提唱した「ミッション・ビジョン・バリュー」の『ミッション』との違いとしては、『ミッション』は内発的に自分たちが何をすべきかを定義するものですが、『パーパス』は社会からの要請に応えてその企業が事業を営む理由を自己定義する、つまり企業起点でなく、社会起点で存在理由をとらえたものなります。
米欧では2000年代後半からリーマンショックの短期利益追求に対する反省や持続可能性意識の高まりを背景として企業理念の最上位概念としてパーパスを掲げる企業が増加、日本では2018年ごろから導入が始まり、さらに2020年からの世界的なパンデミックにより社会との共生や企業の果たすべき役割を明記したパーパスを含む企業理念の必要性が増してきました。グラムコ社の調査では、2024年には日本の売上高上位100社のうち45%がパーパス・存在意義やそれに等しい内容のものを設定しており、2019年比で10倍に伸びるなど、パーパスは急速に広がっています。
今回の新刊『パーパスブランディング―鼓動した9つの物語』の執筆の動機は、「パーパスを作りたいが、どうやって作れば良いか分からない」「パーパスを作ったはいいが、どうやって動かしたらよいか分からない」「パーパスを作って満足してしまい、額縁に入れて飾ってしまっている」「パーパスが単なるコピー表現になってしまっている」という方々へ向けて、取り組みを前に進め手詰まり感を打開するために、パーパス導入・浸透の実践事例を詳しく紹介することでした。本書では、パーパスブランディングを高い熱量で実践し組織にブランディングが息づいている9つの企業・グループの事例を紹介していますが、企画にあたっては、パーパス浸透やパーパスブランディングの旗振り役である経営トップへのインタビューにこだわり、実際体験してこられた方のリアルな声として「パーパスブランディングをこれから導入する企業へのアドバイス」を伺い、また単なるインタビュー録ではなく周辺リサーチやブランディング資料・素材を組み込んで、立体的なストーリーとして構成しました。
今回の講演では、ソニーグループ、バンダイナムコ、ウェルエルの3つの事例をご説明いただきましたが、このうちソニーグループの事例について詳細をご紹介します。ソニーグループでは2010年前半にエレクトロニクス事業が苦境に陥った際、当時のCEO平井氏は「KANDO」という言葉を掲げて量から質への転換を社員に訴えかけ、経営危機を乗り切りました。その後2018年にCEOのバトンを託された吉田氏は、就任後すぐにパーパスの策定に着手し「クリエイティビティとテクノロジーの力で世界を感動で満たす」というPurpose(存在意義)を策定しました。その浸透策は徹底されており、CEO自ら積極的に全社メッセージを発信し、個別の対話やタウンミーティングで継続的に社内外に発信、またCEO室や人事部、ブランド戦略部、広報部での部門横断組織を立ち上げてポスターや社長の署名入りレター、ビデオ制作も行われました。その結果、定年実施したパーパス浸透度調査では、浸透度は8割超に達し、2019年のパーパス導入・実践開始から4年後の2023年にはゲーム、音楽、映画などのエンターテイメント事業が売上高の6割まで拡大、グローバルのブランドランキングでも56位→24位までランキングアップを果たしました。
9つの事例の共通点から見えてきたパーパスブランディングの成功要因としては、①トップが理解し自ら実践すること、②全社で取り組んでいること、③社会に向けて発信していること、の3点があげられます。また良いパーパスには、①シンプルで分かりやすい②自分たちらしい言葉を使っている③人々を鼓舞し、行動へと促す、という3点が揃っています。「貢献」「創造」「社会」「イノベーション」「ささえる」「よりそう」などの言葉は、多くの企業で使われている頻出語となります。他社とは違う自分達らしさが表現できるパーパスを策定し、トップが旗を振り社内外に発信、全社に浸透させていくことが重要となります。
質疑応答では、「経営者を説得するにはどのようにしたらよいか」、「パーパス浸透担当者は、なかなか成果が実感しづらい」「グループのパーパスと個社のパーパスをどのような関係として位置づけるか悩ましい」など、パーパス策定・浸透に携わる参加者からの悩みが寄せられました。グラムコ社が支援された企業でも経営者が当初前向きでなかった事例もありましたが、まずは経営者の想いをとことん伺って具体的なイメージに落とし込んでいったお話や、パーパス浸透で成果を感じる瞬間としては、パーパスに共感して入社したという新入社員などステークホルダーからのフォードバックがあげられること、グループのパーパスと個社のパーパスの関係性ではユニリーバ社で、グループパーパスを一段具体化してプロダクトのパーパスへ落とし込みされている事例をご紹介いただきました。
【サロンを終えて】
今回ご紹介いただいた企業では、ウェルエルでは海外市場での成長に向けて他社との差別化をする、ソニーグループでは事業構造を変革し再成長する、バンダイナムコでは100社以上のグループ会社間で連携を高める、といった背景がありパーパス策定に着手されていました。3社と同じように成長戦略の再設定やグループでの一体感で悩みを抱える日本企業は多く、今後一層パーパスブランディングに取り組む企業が増えていくのではないかと感じました。一方、パーパスの策定・浸透には取り組んでいても、策定したパーパスを額縁にいれて飾っているだけになっている企業も少なくないとのことです。今回のサロンでは、38年の経験と500件以上のプロジェクト実績をもつグラムコ社が実際に様々な企業でご支援された事例をもとにパーパスの策定・浸透プロセスをご説明いただいたことで、表面的なパーパスと組織に根付くパーパスはどう違うのか、具体的にイメージすることができました。また、パーパス策定・浸透は、経営者や各層の社員の想いを組み上げて、時間をかけて対話を繰り返しながら組織の方向性を一つにまとめていく、根気強さと情熱が求められる取り組みであると実感しました。
お忙しい中ご講演頂いた山田様、矢野様、そしてご参加頂いた皆様、有難うございました。
集合写真
(文責:芦田 裕)