ニュースリリース

第231回マーケティングサロンレポート「ESOMAR 2026総括:AI時代のインサイト再定義 ― ESOMAR(エソマ) 2026からひも解くリサーチの最前線」

第231回マーケティングサロン:東京
 
テーマ:ESOMAR 2026総括:AI時代のインサイト再定義 ― ESOMAR(エソマ) 2026からひも解くリサーチの最前線
 
日 程:2026年6月15日(月)19:00-20:30
場 所:法政大学 市ケ谷キャンパス ボアソナード・タワー25階 研究所会議室5
ゲスト:株式会社ヴァリューズ 執行役員 / ESOMAR Asia Pacific 2026 プログラム委員長 子安 亜紀子 氏
サロン委員:小坂 忠史・芹澤 和樹・関澤 充・竹中 信勝・村中 敏彦・星 妙佳
 
【ゲストプロフィール】
子安 亜紀子 氏子安 亜紀子 氏(ESOMAR Asia Pacific 2026 プログラム委員長(Committee Chair) / 株式会社ヴァリューズ 執行役員)
ネットイヤーグループ株式会社、株式会社マクロミルを経て、2011年よりヴァリューズに参画。執行役員として、事業企画・マーケティング部門の統括を担当。2020年8月、中国現地法人として百路志市场咨询(上海)有限公司を設立、董事長に就任。
世界的な調査業界団体であるESOMARにて、2022年(トロント)、2023年(シンガポール)と継続して登壇実績を持ち、2024年(バンコク)ESOMAR APAC 2025審査員、2026年(東京)コミッティチェア(プログラム委員長)を務める。
 
【サロンレポート】
講演の様子 第231回マーケティングサロンでは、世界最大級のマーケティング・リサーチの国際会議「ESOMAR Asia Pacific 2026」にてプログラム委員長を務められた子安 亜紀子氏にご登壇いただき、同会議で発表された最新論文を紐解きながら、AI時代におけるリサーチのあり方や次世代のインサイト発見手法についてご講演いただきました。

 
1.ESOMAR APAC 2026の概要とリサーチの潮流
 ESOMAR(エソマ)は、世界130カ国以上が加盟する調査業界の国際団体であり、調査の倫理や行動規範の策定を担っている。近年では、合成データやAIペルソナに関する原則を新設するなど、AI時代に合わせたルール改定も行われている。2026年5月末に東京で開催された本会議のテーマは「Beyond Balance(調和のその先へ)」。脳科学者の茂木健一郎氏を基調講演に迎え、AIテクノロジーと人間らしさの調和の先を探る議論が交わされた。世界中から集まった120件の応募論文のうち、約40%が「AI・テクノロジー駆動型」であったが、最終的に採択された30件を見ると、単なるAI活用にとどまらず、文化論やエスノグラフィー、マクロ環境適応といった「人間への深い洞察」を伴う研究が高く評価される傾向にあったという。
 
2.時間短縮が招く「仮説の省略」と「Garbage-in Garbage-out」からの脱却
 現在、マーケティングの現場では、ニーズの変化スピードが加速し、「忙しすぎて仮説を立てる時間がない」「AIのディープリサーチだけで済ませてしまう」といった問題が生じている。しかし、AI単体に頼るだけでは真のインサイトは得られない。台湾のポテトチップスブランドの事例では、AIに購買ログやSNSの「美味しい」といった表層的なデータだけを入力した結果、凡庸な広告しか生成されなかった。これは「無意味なデータを入力しても無意味な結果しか出力されない」という「Garbage-in Garbage-out」を示す一例である。そこでマーケターは、台湾Z世代の文化を深く解読し、「深夜1時に自室で一人、スマホを眺める瞬間に孤独を癒やすための咀嚼音(ASMR=「自律感覚絶頂反応」の略称)」という生々しいコンテキストをAIに入力し直した。その結果、ターゲットに深く刺さる動画が生成され、若者支持率の急上昇に成功した。
 
3.AIを活かすための一次データと「デジタルツイン」技術
 AIを活用したリサーチ手法として、AIに仮想の消費者(デジタルツイン)を演じさせる合成データ(Synthetic Data)への期待が高まっているが、一般的な属性データ等を学習させただけのAIは、最大公約数的な回答をする「平均化の罠」に陥りやすく、イノベーションの種となる想定外の発見が生まれにくい。この問題に対し、独自のアプローチを展開したヴァリューズの取り組みが紹介された。アンケートデータだけでなく、実際の250万人規模の「Web行動ログ」というコンテキストをLLM(大規模言語モデル)に流し込むことで、デジタルツインを構築。これにより、人間の非合理な矛盾や迷いまでも再現する高度なAIインタビューに成功し、本会議でも高く評価された。
 
4.これからのマーケターに求められる「見る力」
 子安氏は、これからのインサイト発掘において求めるべきは、統計的な「正解」ではなく、テクノロジーと人間が共創して見つける「想定外の発見(セレンディピティ)」であると強調した。テクノロジーは仮説の精度や探索スピードを上げる強力なツールだが、現場の空気を感じ取り、AIが出した結論を疑い、問いを立てることができるのは人間だけである。最後は自分の目で確認する「見る力」こそが、AI時代を生き抜くマーケターに不可欠な素質であると結ばれた。
 
【質疑応答の概要】
講演の様子 質疑応答では、まずデジタルツインにおける「平均化の罠」の回避策について議論が交わされた。極端なペルソナ設定などのプロンプトの工夫により一定のカバーは可能であるものの、人間特有の生々しい矛盾や新しい文脈をAIがゼロから自発的に語ることは依然として困難である。そのため、人間が一次情報から問いを発見し、それをAIにぶつけて深掘りしていくという、人間とテクノロジーの明確な役割分担が重要であると示された。
 また、AIによる効率化と現場観察のバランスについては、大まかな傾向や当たりをつける段階まではAIやテクノロジーを活用して効率化を図るべきだと述べられた。その上で、AIの提示した答えに違和感がある場合や、ビジネスの重要な意思決定が必要な局面においては、時間と予算を投下して現場の観察やインタビューを行うという、「広く浅い効率化」と「狭く深い洞察」のメリハリが最適なバランスであると語られた。
 
【サロンを終えて】
 本サロンは、AIが瞬時に答えを提示してくれる時代において、マーケターが果たすべき真の役割とは何かを深く考えさせられる時間でした。「Garbage-in Garbage-out」の罠を避け、質の高い一次情報をインプットすることでAIを覚醒させること。そして何より、現場に赴き、自分の目で見て、AIの提示する統計的な「正解」に疑いを持つ人間の洞察力がいかに重要であるかを、世界の最前線の事例を通じて学ぶことができました。
 日本のリサーチが持つ「丁寧さ・精緻さ」という強みは、AI時代において大きな武器になるという力強いメッセージは、今後のマーケティング発信力を高める上で、参加者にとって大きな励みとなりました。
 
集合写真
 
(文責:星 妙佳)

 
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