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第230回マーケティングサロンレポート「界隈経済圏 -界隈消費をマーケティングで読み解く」 |
第230回マーケティングサロン:東京 / 嶋口・内田研究会
テーマ:界隈経済圏 -界隈消費をマーケティングで読み解く
日 程:2026年5月25日(月)19:00-21:00
場 所:法政大学 市ヶ谷キャンパス ボアソナードタワー25階 研究所会議室5
ゲスト:九州産業大学 商学部 経営・流通学科 教授 牧口 松二 氏
サロン委員:佐藤 圭一・芦田 裕・八尾 あすか・尾崎 文則
【概要】
SNS上では、「平成女児界隈」「風呂キャンセル界隈」「伊能忠敬界隈」「皇居ラン界隈」など、さまざまな「○○界隈」が日々生まれています。これらは単なる流行語ではなく、人々が商品やサービス、あるいはカテゴリーそのものを思い出すきっかけとなる新たな消費文脈として存在感を高めています。
今回のサロンでは、『界隈経済圏』※の著者であり九州産業大学商学部教授の牧口松二氏をお迎えし、界隈という現象をマーケティング理論の観点から捉え直し、従来のSTPでは捉えにくい需要の立ち上がり、CEP(カテゴリー・エントリー・ポイント)による想起形成、ファン・コミュニティとの違い、さらに広告表現・売場訴求・検索キーワード設計への応用可能性について解説いただきました。
※書籍『界隈経済圏 「平成女児」「風呂キャンセル」から「伊能忠敬」「皇居ラン」まで』(日経BP)
【ゲストプロフィール】
牧口 松二(まきぐち・しょうじ)氏
九州産業大学商学部教授。1992年博報堂入社。営業職を経て、2001年から博報堂コンサルティングにてブランド戦略の策定・実行支援に従事。代表取締役社長CEO、会長を歴任。早稲田大学ビジネススクール修了(MBA)。2025年から現職。専門はマーケティング論、ブランド戦略。著書に『物語戦略』(共著、日経BP、2016)、『サービスブランディング』(共著、ダイヤモンド社、2008)などがある。
【サロンレポート】
・界隈とは何か
講演冒頭で牧口氏は、「界隈は、新しい市場の兆しを読むセンサーである」と語りました。
従来のマーケティングでは、STPに基づき顧客を分類し、特定ターゲットに向けて戦略を設計する考え方が中心でした。しかし現在は、生活者が複数の価値観や興味関心を横断的に持つ時代です。「界隈」という視点は、顧客を絞り込むためではなく、多様な利用シーンや文脈を発見し、ブランドとの接点を広げるためのヒントになるものです。
また、牧口氏は「界隈」を「見えない住所」という印象的な言葉で表現されました。もともと界隈という言葉は、「銀座界隈」「永田町界隈」のように地理的な場所を指していましたが、SNS時代の界隈は、物理的な場所ではなく価値観や気分、趣味嗜好を共有する人々のゆるやかなつながりを意味しています。
「風呂キャンセル界隈」「平成女児界隈」「伊能忠敬界隈」などに代表されるように、必ずしも参加者同士が知り合いではなくても、共通の感覚や自己認識への共感によって形成されることが特徴です。また、疲れて入浴を省略してしまうという「風呂キャンセル界隈」など、ユーモラスで自虐的なニュアンスが含まれることも多く、生活者にとっての共感や安心感を得られる居場所として機能していることが紹介されました。
あわせて、従来の「コミュニティ」と「界隈」の違いについても整理されました。コミュニティは、ゴルフクラブやファンクラブのように明確なメンバーシップや共通目的を持ち、参加者同士の関係性も比較的固定的です。一方で界隈は非常に流動的であり、参加や離脱のハードルも低く、共感や気分といった精神的なニーズによって形成されるという違いがあります。つまり界隈は人の属性ではなく、複数の状況が重なったものと捉えられます。
・界隈とマーケティング研究の潮流
近年のマーケティング研究の潮流として、STPからCEP(Category Entry Point)への視点転換があります。アレンバーグ・バス研究所やバイロン・シャープ氏の研究では、ブランド成長のためにはロイヤル顧客・ヘビーユーザーだけでなくライトユーザーからも選ばれることが重要であることが示されています。CEPとは、生活者が「そのカテゴリーを買いたい」「利用したい」と思うきっかけとなる状況や文脈のことです。飲料カテゴリーであれば、「テレビを見るとき」「運動後」「気分転換したいとき」といった各シーンで、コカ・コーラを想起してもらう、ということになります。
そして生活者がどのような状況で商品やサービスを想起するのか、そのCEPのヒントが「界隈」の中に存在しているのではないか、と牧口氏は説きます。たとえば、「筋トレ界隈」と「オイコス」の関係です。筋力トレーニングを行う人々には、「トレーニング後にタンパク質を補給したい」「納豆・卵以外の食品も日々のルーティンとして取り入れたい」といったニーズがあります。オイコスは、こうした利用シーンと結びつくことで、筋トレ界隈の中で自然に想起されるブランドとして定着しています。
・企業は界隈をどう活用できるか
講演終盤では、「企業は界隈をつくれるのか」というテーマについても議論されました。牧口氏は、企業が意図的に界隈を創出することは難しく、むしろ「界隈をターゲットとして捉えることには注意が必要である」と指摘されました。生活者は複数の界隈に所属しており、その時々の状況や気分によって異なる文脈を行き来しています。そのため企業は界隈を意図的につくりだすことや特定の界隈を囲い込むことを目指すのではなく、多様な場面でブランドが思い出される状態をつくることが重要になります。
アシックス社の例では「皇居ラン界隈」の市民ランナーに、走り方によってモデルを変える『METASPEED』でアプローチし、『オニツカタイガー』では「ファッション界隈」の支持を得て世界市場の攻略に成功しましたが、この例でも「界隈」は企業側が打ち出したものではなく、むしろ「界隈」側が生活者の文脈でそこに意味をみつけて再構成する形でライトユーザーを取り込んでいます。
・マス広告と界隈
多くの人にブランドを想起させる際にマス広告は依然として重要な媒体です。マス広告においても「界隈」が効用を発揮します。牧口氏は「界隈で見つけ、マスで広げ、売場で受け止める」という流れをお勧めされました。「界隈」の中から新たな消費文脈や市場の兆しを発見し、それを広告やマスコミュニケーションによって社会全体へ浸透させ、最終的に店頭やECで購買へとつなげる。この一連の接続設計が重要であると説明されました。
【サロンを終えて】
今回のご講演では、様々な事例を通して、「界隈」は単なるSNS上の流行語ではなく、生活者の価値観や行動変化を映し出す重要な観察対象となっていることが理解できました。また今後のマーケティング活動においては、従来のように顧客を固定的な属性で分類することに拘泥するのではなく、生活者がどのような文脈の中で商品やサービスを利用しているのかを捉え、多様なシーンで想起してもらえるようにすることが重要になる、ということが実感できました。
ご講演中、牧口氏は度々聴衆に問いを投げかけ「あなたの考えに近いのはAですか?Bですか?」と挙手を求めました。ご参加いただいた皆様も積極的に参画いただき、なぜそちらを選択したかご自身の経験談も添えて皆様に共有をいただきました。そのような双方向のやりとりを通して、より深く今回のテーマを理解することができ、「界隈」という新しい視点を通じて、生活者理解と需要創造のあり方を能動的に考える貴重な機会となりました。お忙しい中ご講演いただいた牧口様、そしてご参画いただいた皆様に心より感謝申し上げます。

(文責:芦田 裕)

