リサーチプロジェクト
研究報告会レポート

第9回医療マーケティング研究報告会レポート「先進事例に学ぶ病院マーケティング」

第9回 医療マーケティング研究報告会

テーマ:「先進事例に学ぶ病院マーケティング」

特別講演「病院における経営戦略の実践:倉敷中央病院のあゆみ」
公益財団法人 大原記念倉敷中央医療機構 倉敷中央病院 副理事長 相田 俊夫

総合討論 司会:川崎医科大学附属川崎病院看護部参与 山田 佐登美
(*敬称略)

日 程:2016年3月5日(土)9:30-12:00
場 所:岡山国際交流センター 5F会議室2

総合司会:川崎医科大学総合外科学教授
     川崎医科大学付属川崎病院 院長代理 猶本 良夫
 
 DPC取扱いが最大の病院が倉敷中央病院です。第2位は東京大学ですから,倉敷中央病院の素晴らしさがよくわかります。その倉敷中央病院を率いて来られたのが相田様です。本日は素晴らしいお話がうかがえることと思います。

 

ご挨拶:日本マーケティング学会 会長 石井 淳蔵 (流通科学大学 学長)

 医療とマーケティングが合わないと言われるかもしれませんが,ドラッカーは顧客の創造が組織の最大の課題だと言い,その活動のことをマーケティングと言っています。金銭の話だけでなく,顧客や価値の創造こそがマーケティングだと考えると,医療や観光や,広くはソーシャル・ビジネスもマーケティングの対象に入ってきます。
 そのようにウィングを拡げて考えて,医療マーケティング研究会は,日本各地で研究会を行ってきました。今日も,相田様のお話を楽しみにしております。
 
石井淳蔵氏
 

特別講演「病院における経営戦略の実践:倉敷中央病院のあゆみ」
公益財団法人 大原記念倉敷中央医療機構 倉敷中央病院 副理事長 相田 俊夫 先生

 企業時代に,石井先生の『営業の本質』という本を読みました。今でもそのことを良く覚えています。企業においては事業本部,営業部門は数字を背負ってやっています。そのことが最初に書いてあって,その中で客先との信頼関係作りをやっていくのだとありました。
 病院は経営や管理やコスト,効率という言葉が大嫌いなのです。ましてやマーケティングなど禁句という感じでした。病院には営業部門がないのです。マーケティングの目的は販売を不要にすることだというドラッカーの話がありますが,病院にはそのマーケティングも販売もなかったわけですね。
 創設者の大原孫三郎は企業人でありながら,公益のまなざしで事業を行い,病院もその流れの中でできました。1923年創設で,創設の理念は「真に患者のための治療」「病院くさくない明るい病院」「東洋一の理想的病院」です。この理念が倉敷中央病院の原点です。
 倉敷中央病院は,企業内病院の倉紡中央病院として設立され,1927年に独立採算制となり,倉敷中央病院と名前が変わりました。病床数は1,161床,職員数は3,298人です。企業と比べれば,さほど大きな規模ではありません。マーケット・サイズ(医療圏)は約80万人です。岡山県は計193万人で,医療圏は比較的わかりやすく分かれています。
 創設期のビジョンは,地域に理想的な病院を作るということで始まりました。その後,高度成長期には,建替えによる規模拡大とそれに伴う大借金をかかえ,大変苦労しましたが,2000年代以降,急性期中心の地域完結医療に集中させてきました。
 病院経営はいろいろ特徴を有するけれど,特殊だとは思いません。1997年に着任して最初に実施したことは,体質改善策として全病院管理体制の再整備,医療完全の向上,採用ストップ,能力主義,減価償却範囲内の更新投資,これはキャッシュフローを意識した投資ということです。病床管理の効率化,購買体制,そして事務系管理職のテコ入れも行いました。
 その頃,2010年の医療界をイメージして書いたことがあります。今でも達成されていないのは,混合診療ウェイトの増加やグローバルスタンダード化ぐらいで,それ以外は,ほぼ予測どおりになっています。現在,2025年問題といわれていますが,病院業界では想定外のことはあまり起きず,ゆっくりではあるけれど,予測どおりにほぼ確実に変わっていくという特徴があります。
 倉敷中央病院の最初の中長期ビジョン(2003年~2007年)はトップダウンで策定しました。コモンディジーズから高度な医療テクノロジーを要する疾病まで,幅広い患者に対し,急性期を中心とした世界水準の医療を提供するということを掲げました。診療圏での位置づけ(ポジショニング)を明確にして,選択・集中・差別化を目指したのです。急性期医療中心に優れたナンバーワンの地域医療機関を目標にしました。
 ベストプラクティスを追求することは重要です。他の病院を見に行くことができるからです。病院には患者の個人情報以外,原則として秘密はありません。ただ,病院の中にはチェンジ・モンスターがいて,あの病院は特別だと言って,なかなか実践できない。
 効率化という言葉,これは,最初は入れづらかった言葉ですが,質の高い医療と効率的医療の最適化という表現でビジョンに入れました。トップダウンによる策定でありましたから,ビジョンを明確に示して,何かを実践するときには,そのビジョンの中からの言葉を使うようにしました。
 医療政策に左右されるのではなく,患者ニーズ>医療機関ニーズ>医療政策という優先順位を明確にしました。また,変革は順調な時期にスタートし,悪化してからでは遅いということ,現場主義という全病院方針のもとで,人を中心に据えた変革を行い定着を図っていくことを徹底しました。
 当院の行う医療はタンチョウヅルにたとえられます。頭のところが高度急性期で,急性期病院の医師は専門医指向が強くみんなここをやりたがりますし,当院の特徴でもあります。しかし,胴体部分の一般急性期が量的に多く,地域貢献的にも財務的にも重要です。さらに,医療依存度の高い在宅医療を支える高度の訪問看護サービスも当院の重要な役割です。地域の医療必要量は富士山形ですが,その中で当院はタンチョウヅルに特化するということです。
 2013年から始まった第3次中期計画では,皆で議論し,持続的に発展していく病院という目標を掲げ,チーム医療による医療の質の向上などを目指しています。各診療科や各部門の中期計画も重要なので,各診療科の責任者と面談するようにしています。
 急性期基幹病院の持続的成長モデルとして得られた利益はすべてハード整備と人材確保に充当しました。それにより,医療の質が向上し,患者満足・医療機関満足を通じ患者増がもたらされ,利益が増加し,さらにそれが投資されていく。このように利益は皆のためのものだということを強調しました。病院では利益のことを,職員にその目的と意義について正しく理解してもらうことが大切です。使命達成のための源資だということです。
 医療の舞台は,設備投資の実行と人材確保にあると考えています。まずハード整備についてですが,借金をできるだけしないで,やりたいこと,やれること,やるべきことを見極め実行しています。医療の中身や技術水準もたえず革新されていきますので,急性期基幹病院は金食い虫です。しかし,トップレベルの医療の質こそが地域医療機関や患者へのコアサービスだと考えています。4Pのプロダクトをしっかりさせなければいけない,ハードを作ればできるわけではないが,世界水準をめざす医療の舞台はまず整えておく必要があります。
 患者アメニティに関わるハード整備は,贅沢をするためではなく,日常生活水準を維持するために行っています。病院はリゾートホテルではありません。たとえばウォッシュレットは随分お金がかかりますが,世の中の水準より遅れていたら問題なので,それは先取り対応します。ただしコアサービスは医療水準であり,アメニティは付帯サービスと考えています。光も水も緑もある環境で,日常生活ができて,少し芸術的な雰囲気も味わえて,贅沢ではないけれども,心地良い雰囲気を作っています。
 職員の働きがいを考慮したハード整備も大切です。優先順位としては医療専門職としてのモティベーションがアップするよう高度医療を支えるハードの整備を重視しています。さらに患者アメニティと職員アメニティは同等にするという方針のもと,多彩なメニューで働きやすい環境整備に努力しています。
 毎年ハードの整備を行い,急性期機能を増強し,2008年以降は350億円を投資して,逐次行ってきた結果,今の水準に到達しました。2000年から2015年の間の15年間に,手術室も集中治療室もそれぞれ約2倍の数になっています。
 ハードの次はヒトです。病院にとってヒトは最大の経営資源で,ハードは容易にキャッチアップされますから,人材が結局は問題なのです。当面はドクターフローが鍵で,ドクターが取れなかったら,病院はうまくいきません。キャッシュフローよりドクターフローという話があるぐらいです。
 職員数はこの15年で1.5倍に増えました。成果目標より能力・行動目標,キャリア形成を重視した目標制度を整備し,職員の能力とモティベーションを向上させてきました。人材育成システムがうまく機能しないと人を採用しても,能力を向上させ,それを顕在化させることはできません。
 
相田俊夫先生
 
 病院のステークホルダーは主に4者で,各々のニーズ即ち患者ニーズ,職員ニーズ,地域医療機関ニーズ,地域社会ニーズに対応する必要があります。まず患者ニーズですが,トップレベルの医療の質こそコアサービスですが,そのベースとなるのが医療安全活動です。部門横断的な活動は,病院ではあまり好まれませんが,医療安全についてであれば横串が通せます。現在,JCI(Joint Commission International)を受診しており,世界水準の医療としての第三者評価を受けようとしています。病院では,リーダーシップを全部門に浸透させることが難しい組織です。JCIの求めるのは,国際基準の質と安全確保に向け,トップのリーダーシップのもと,どの部門もそれを守っていくことなのです。
 チーム医療は各専門職が目的に向かって専門性をフルに発揮し,医療の質を向上させる上で極めて重要です。言葉としては一般的によく使われますが,実効を上げることは難しく,当院は研修を通じて改善しています。組織も2014年4月に見直し,職能部門とフロントを分け,現場のニーズに対応する組織をフロントとし,そのフロントを職能部門がバックアップするという体制にしました。人間の行動はフレームが変われば変わるという可能性に期待しています。自由がなければ発展はありませんが,秩序がないところでは発展も永続できません。心臓を突き刺すとモティベーションが下がりますから,心臓を突き刺さないで横串を入れる。病院運営のキーポイントです。
 病院に来られた患者さんは帰られるまでに少なくとも20名ほどの職員に出会います。第一線職員の対応力によるサービス体制が重要です。それを支えるのは,キャリアパスを通じての対応力の確保や小集団活動を通じての良い組織風土,さらには院長や中間管理職のサーバントリーダーシップです。「私たち,みんな医療人」,”Same Boat”という理念を,委託先にも共有してもらいながら経営しています。
 地域医療機関ニーズへの対応,即ち急性期大病院にとってB to B to Cの関係構築は極めて大切です。地域連携は2000年頃から始め,紹介連携,転院連携,多職種連携,そして2014年からは地域包括ケアのための包括連携へと進んでいます。現在,地域医療センター専従職員は28人,MSW(医療ソーシャルワーカー)が13人,兼務が4名です。2025年に向け,大きく高齢化が進む中で,今後は国のすすめる地域医療構想に向かって地域に適応した医療・介護体制を構築していく必要があります。
 地域ニーズへの対応については,公益財団法人として,地域に安心を提供することが最大のミッションです。救急にも大変力を入れていますし,また情報発信は,広報室の5名が担当し,わが街健康プロジェクトや地域サポーター制度などを展開して,地域との交流を図っています。さらには,自院中心的視点を減じ,医療圏トータルの視点に立ち,地域全体の医療経営に貢献していくことが求められています。

 

総合討論 司会:川崎医科大学附属川崎病院 看護部参与 山田 佐登美

 相田副理事長のご講演を受け,山田氏の司会によって,フロアとの質疑が行われました。地域連携,属人的組織の経営,地域の潜在ニーズへの対応,小集団活動,ブランディングといった多様な論点が出され,活発な議論が展開されました。

 
総合討論の様子
 

研究会を終えて
 マーケティングは経営そのものであるということを,倉敷中央病院のケースから改めて学んだ気がします。
コトラーが昨年出版した『資本主義に希望はある』の中で,彼は,これからのマーケティングは,成長経済ではなく定常経済を目指すべきだと述べています。
 倉敷中央病院は,地域と社会に貢献する持続的な経営のために,利益を確保することを経営の根幹に据えています。日本では,病院のみならず,企業においても,利益を得ることが悪であるかのようにとらえる風潮があります。
 そのような中で,倉敷中央病院が利益を持続的成長モデルの一番上に置いていることは,非営利性を追求する組織の常識では考えにくいことです。その振り切った姿勢こそが,数ある大学病院を凌駕し,日本一のDPC件数を達成できる強みなのでしょう。
 創設以来のビジョンとミッションを組織に浸透させ,フロントラインの職員1人1人が医療の質の向上に貢献する仕組みを作られていることも印象的でした。
 先日,嶋口・内田研究会で青山学院大学の黒岩先生が紹介されていた,組織アイデンティフィケーションとサービス品質の議論が病院経営にも応用できそうです。専門職集団の病院組織において,組織としての同一性やブランド力を向上させるためのヒントを倉敷中央病院の経営実践の中に見ることができました。

 

(文責:医療マーケティング研究会リーダー 早稲田大学 川上 智子)

 
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