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研究報告会レポート

第18回医療マーケティング研究報告会レポート「マーケティング視点での病院人事戦略」

#いまマーケティングができること

第18回医療マーケティング研究報告会(オンライン) > 研究会の詳細はこちら
 
テーマ:「マーケティング視点での病院人事戦略」
日 程:2022年8月18日(木)19:00-20:45
場 所:Zoomによるオンライン開催
 
【報告会レポート】
「病院人事戦略にマーケティング視点を取り入れる ―病院の外から見たもの 病院の中から見えるものー」
演者:加納 一樹 まちだ丘の上病院 人事課長 経営企画室室長

 これまで人材紹介、経営コンサルティング、そして病院と、内外で勤務をしてきた経験を踏まえて、病院の人事分野におけるマーケティング手法の活用について、今日は話をしていきたいと思います。医療業界との最初の関わりは人材紹介の企業に勤めていたときで、そこでは看護師の人材紹介と採用支援を行っていました。
 人材紹介は企業と転職者とをマッチングすることで成果報酬を頂くモデルですが、転職の登録者が日々あり、多くの看護師が悩んでいることを知りました。エージェントとして採用面接に同席する中で、看護部長が採用担当者になっていて電話がなかなか繋がらない、面接において事務部門と看護部とで話に食い違いがある、見学がなく面接が15分で終わる、など驚くことがいくつもありました。病院側は採用の重要性を唱える割に人的にも金銭的にもリソースを割いておらず、急な退職に伴う人員補充に右往左往し、人材紹介コストがかさみ経営が苦しくなる、という悪循環に陥っているようでした。
 そこでより俯瞰的に経営をみたいと思うようになり、コンサルティング会社に転職しました。その経験の中で、病院においてマーケティングの発想が少なくなる要因には大きく3つあると思います。1つ目は病院における事務職の2本柱は医事と総務で、マーケティングの発想が求められる場面にリソースが配置されてこなかったことで、2つ目は制度ビジネスでサービスや価格が固定されており、サービス開発などの自由度が低く新しい発想が打ち出しにくいという経営環境であること、3つ目は収入よりも患者の治療が優先される文化の中でビジネスの観点はどこか遠いものとされ、競争に関するノウハウが蓄積されてこなかったことです。
 採用では求職者の母集団形成が重要になりますが、当時、病院の採用ページは簡単な条件が書いてあるだけで、あとは面接でというようなものや、テキストの文字情報だけが多く記載されて見づらいものばかりでした。多くの病院では「地域密着型」といったキーワードをよく使います。それぞれにユニークな活動もされているのですが、それを地域密着型という言葉だけで表してしまうと、他病院との差別化が難しく、見せ方の工夫が必要だと考えました。そこで、トップ、ミドル、ボトムすべての層における院内対話を通じて広報設計図:クリエイティブブリーフを作るとともに、その過程で組織の良さ、コアとして大事にしているものを確認していきました。最終的にはこれを未来会議というサービスパッケージにまとめて多くの病院に提供していきました。
 

 
 また、大学病院において学外からの初期研修医を増やすためのリクルーティングを担当したこともありました。その大学は関東地方の都心からは距離がある場所に位置しており、診療内容やその他の特色についても競合が多く、難しさを感じていました。ただ、よく話を聞いていると、診療や研究などに専念するというよりは、より幅広い個性を持った方に来てもらえたら、という声もありました。そこでゲーム性を持たせたホームページやイベントを企画し、メディアからも注目され、外部からの応募も増加する結果となりました。この経験から医療業界においても、もう少し面白さやゆるさが加わると良いのではないのか、と思うようになりました。
 難しさを感じたのは中途医師の採用です。そもそも絶対数が少ない上に、広告を見て転職を検討することも少ない、また、医師が不足する地域では転職にあたって引っ越しが発生することもネックでした。一方で、少数であっても一人に刺さることが出来ればよいわけで、地元のプロ野球のチケットを福利厚生として活用し、チームのファンである医師の採用を目指す取り組みなどの工夫をしました。
 ただ、医師にせよ、看護師にせよ採用のサポートはできても、その後の定着に繋がらなければ、せっかくの努力も無駄になってしまう一方で、定着支援は変数が多く、コンサルティング会社ではサポートしづらいことを感じるようになり、自らも病院経営の現場に飛び込もうと今の病院に就職をしました。現在の病院は事業承継がされ、整形外科病院から療養型病院へと転換しました。病院施設は古く、駅からのアクセスも悪いなどハード面の条件は厳しいものばかりでした。コンサルティング時代のノウハウを使って企画を立てましたが、院内の理解を得られないこともありました。
 

 
 そこで改めて院内でのコミュニケーションを重視したところ、あるエピソードが耳に入ってきました。それは、ラーメン屋さんになるのが夢だったという患者さんがいることを知った地域連携室が、その夢をかなえるために患者さんに病院内でラーメン屋さんの1日店長になってもらい、職員が食べにいくというイベントを行ったというものでした。この患者さんにまつわるエピソードは、病院の特徴や良さを知ってもらううえで求職者の方への訴求力が高く、ハード面ではないソフト面の重要さを改めて実感をすることとなりました。
 その後、院内での対話を重ね、「拝啓、丘の上から」というコンセプトを作り、ウェブサイトに患者さんや職員にまつわる物語を掲載したり、患者さんの日々の変化を大事にすることを想起させるデザインにしたり、と現場を巻き込んで工夫を重ね、さまざまなコンテンツを作っていきました。幸い、患者さんや求職者の方に好評で、日本web大賞の協会特別賞を受賞する結果を出すこともできました。
 今では全国の病院が、採用や集患にマーケティングの発想を用いた好事例が増えてきていると実感しています。ただ、もっと多くの場面で活用ができるはずで、そのためにもビジネススキルが高い人材に病院に興味を持ってもらい、生かしていくための組織作りが重要だと思います。今後も現場に寄り添い、「ゆるさ」を大事にしながら活動を続け、また発信をしていきたいと思います。
 
ディスカッション
加納 一樹
進行:原 広司 横浜市立大学 国際商学部

 講演を受けたディスカッションでは、採用や広報にかける予算、人事部門の組織のあり方、経営企画室として内部・外部対応のバランスなど、幅広い議論が交わされ、報告会が終了となりました。
 
(文責:医療マーケティング研究プロジェクト リーダー 的場 匡亮)

 
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