第10回価値共創型マーケティング研究報告会レポート 「価値共創の視角からみたマーケティング実践」 |
第10回 価値共創型マーケティング研究報告会
テーマ:「価値共創の視角からみたマーケティング実践」
日 程:2015年7月5日(日)13:00-17:30
場 所:広島大学東京オフィス
【報告会レポート】
第10回研究会は「価値共創の視角からみたマーケティング実践」と題し、価値共創と企業活動との接続を検討いたしました。
報告者と内容は以下の通りです。
「市場のディレギュレーションと価値共創による競争優位」
森哲男氏(首都大学東京大学院 博士課程後期)
森先生は、保険業界における市場のディレギュレーション局面におけるアメリカン・ホーム・ダイレクトの市場参入の事例に注目し、企業と顧客との関係が再構築された点を価値共創概念になぞってご説明されました。取引関係に特徴のある保険業界において、顧客との直接的な相互作用の構築は容易ではありません。同社は、業界で初めて専任担当者を配置して同一担当者が連続して顧客対応を進めることで、安心や信頼といった相互作用による効果を獲得していきます。事例分析を通じて、企業・顧客間のジョイント領域を明確にし、そこでの相互作用を重視することが重要であることが指摘されました。また、こうした動きは保険業界へのインパクトとなり、同社の事例は新たなスタンダードを牽引するに及んだことも、明らかにしていただきました。
「消費者視点による小売業イノベーションを支える価値共創概念の重要性に関する一考察
-(株)ヤオコーのケースを通じて-」
中見真也氏(学習院大学大学院 博士後期課程)
中見先生は、小売業の業態革新を考えたとき、組織内関係、組織間関係に機能する業務システムは構築できても、顧客関係においては消費欲求の変化や多様性を絶えず考慮する必要があります。この顧客関係において、価値共創の概念が重要であることを指摘し、ヤオコーの事例からこれがどのように検討され実践されているのかについて研究成果が披露されました。ご報告によると、同社は既存のオペレーションに依拠しない店舗づくりが絶えず模索されており、トライアンドエラーが繰り返されていること。また、店舗ごとに組織横断的な議論の場があり、店頭での顧客接点の獲得や品揃えに留まらない顧客の生活への入り込みすら志向されていることが示されました。さらに、こうした価値共創概念での検討に相応しい取り組みは、店舗ごとに顧客の実態が異なっており、独自の対応へと舵が切られていることも明らかになりました。これは、必ずしも既存の業務システムと親和性の高い取り組みでなくとも、独自の顧客対応を進めようとするものであり、効率と効果をどのように評価して進化できるかという、一段高いレベルでの議論が社内で展開されていることも示されました。研究成果を通じて、小売マーケティング研究と価値共創研究の接続のあり方が示唆されました。
「ハーレーダビッドソンにおける取引交換後の価値共創研究」
横田伊佐男氏(横浜国立大学大学院国際社会科学府・成長戦略研究センター 研究員)
価値共創の議論ではよく採りあげられる「ハーレーダビッドソン」ですが、横田先生は顧客(ユーザー)の消費プロセスで生じるあらゆる主体間関係を想定し、それぞれの関係がどのようなまとまりを持っているのかという、新たな視点での検討が展開されました。横田氏は長期にわたる参与観察から、顧客(ユーザー)は、メーカーやディーラーとの接点以外に他のユーザーやカスタムショップとの接点に特徴があることとご指摘になりました。ユーザー同志のコミュニケーションにおいては、愛車自慢などが目的となることが多い一方で、カスタムショップの実践をみると、「走り」の感性を刺激する提案を契機としたコミュニケーションに特徴があります。さらに、こうしたコミュニケーションが顧客(ユーザー)主導で展開されることを促進すべく、メーカーやディーラーはイベントを開催することで、共創の場が効果的に機能するといえます。緻密な参与観察から明らかなのは、メーカーや製品が単独で価値共創を可能にしているのではなく、「ハーレーダビッドソン」には顧客(ユーザー)に大きな特徴があるのですが、それは複数の主体が複雑に作用することによる効果が可視化されているといえます。サービス・ドミナント・ロジックにおいては、間接的な価値共創、あるいは、サービス交換による価値の広範な伝播が示されていますが、横田氏は、価値認識が伝播するメカニズムに言及した研究成果だったといえます。
「製薬企業における価値共創型マーケティング導入の展望
-患者価値構築に向けた製薬企業の積極的関与の可能性-」
佐藤幸夫氏(多摩大学医療・介護ソリューション研究所 フェロー)
医療サービスを議論するとき、主体間関係は医療機関や医師と患者の二者に限定されがちですが、時空間を拡張して検討する際に、医療サービスにおける医薬品の影響は少なくないといえます。佐藤先生は、医薬品が消費される局面に製薬企業が注目することの意義を示されたうえで、顧客にとっての価値がよりよく創造される一連のプロセスを、製薬企業が支援できる体制を構築すべきとお考えになりました。その際、製薬企業は患者が主観的に体験する物語(=医師が推進する治療のプロセスと別に、患者の主観に基づくもの)を理解する必要があるほか、その物語に沿った相互作用の形成が求められます。こうした仕組みが構築できるようになれば、製薬企業は自ら顧客との接点を持ち、顧客にとっての価値に作用することが可能になります。佐藤先生は一連の研究から、医療サービスに新たな価値創造プロセスのかたちを模索されており、とりわけ製薬企業と患者との価値共創に大きな期待が寄せられることをお示しになりました。
「地方銀行に見るサービス拡張と共創による文脈価値の解明」
森一彦氏(関西学院大学大学院経営戦略研究科 教授)
森先生は、あらゆる企業が社会にどのような貢献を果たしているのかという本質的な問題意識に基づき、サービスから企業活動を定義するといった捉え直しを試みました。すると、金融サービス業は顧客の消費プロセスに生じる文脈を共有する希薄さが否めず、顧客との関係改善がとりわけ求められるといえます。このように考えたとき、大垣共立銀行の事例は、特筆すべき取り組みが多くみられます。時間、場所、手続きのサービス拡張が推進され、顧客接点の豊富化を実現しているほか、コンビニエンスストア等との連携による機能の拡張も推進しています。さらに特徴的なのは、女性向け金融商品の開発を通じて、顧客の日常生活で生じる問題解決への関与が志向されている点です。一連の事例から明らかなのは、同行のサービス拡張の事例は社会への貢献が志向されているのですが、それはすなわち、顧客と共創される文脈への入り込みに向けた取り組みだとも考えられます。森先生が注目した事例は、価値共創概念モデルでの検討が可能であり、消費プロセスに入り込む方法を見いだしたことこそ、同行の成果だといえます。
ディスカッション
パネラー
森哲男氏、中見真也氏、横田伊佐男氏、佐藤幸夫氏、森一彦氏
ファシリテーター
藤岡芳郎氏(大阪産業大学)
ディスカッションの場面では、藤岡先生からあらためて、本研究会が示す価値共創の概念について確認がありました。そのうえで、5名の報告者の事例の意義が示されました。
今回も参加者の積極的な質疑がありました。特に製造業はどのような転換が求められるのかについて、議論となりました。フロアからは、自動車のような使用段階が長期にわたる製品の場合、製品に組み込む仕組みによって、使用段階の理解や把握が可能になってきてはいるとの指摘がありました。ただし、その仕組みの活用を巡って進化の余地が残されているほか、そもそも現在のビジネスモデルが今後どれくらい有効なのかについては、大いに議論すべきとのご意見がございました。
今回で10回を迎えた当研究会ですが、すでに価値共創概念の理解は参加者に定着しており、新たなマーケティング課題に向けた検討を幅広く展開することができました。大変充実した研究会でございました。
次回の研究会は9月27日(日)(於 大阪産業大学 梅田サテライトキャンパス、時間は未定)にて開催予定です。会員の皆様のご参加をお待ちしております。
写真左から、森哲男氏、中見真也氏
写真左から、横田伊佐男氏、佐藤幸夫氏
写真左から、森一彦氏、ディスカッションの様子