リサーチプロジェクト
研究報告会レポート

第8回スポーツマーケティング研究報告会(春のリサプロ祭り)レポート「スポーツ×社会」

第8回 スポーツマーケティング研究報告会 > 研究会の詳細はこちら
テーマ:「スポーツ×社会」
日 程:2019年3月16日(土)10:45-12:15
場 所:青山学院大学 青山キャンパス 17号館3階
 
【報告会レポート】

1. スポーツマーケティングの拡張:SDGsへの貢献を考える
松岡 宏高(早稲田大学スポーツ科学学術院 教授)

 本報告会「スポーツ×社会」では、これまでのスポーツマーケティング研究を拡張させた「社会との関係を含めたスポーツマーケティング」を考える場としたい。まず、イントロダクションとして、スポーツマーケティングに関するこれまでの研究や実践、社会的な背景について説明を行っていく。
 スポーツマーケティングには、「スポーツのマーケティング」と「スポーツによるマーケティング(スポンサーシップや権利ビジネス)」という2種類が存在している。さらに、「スポーツのマーケティング」に限定すると、その捉え方には狭義・広義の定義があり、これまで学術領域では「する」と「みる」に関わる対象を領域の主としてきた。その中心は、やはりスポーツを生み出す組織そのものであり、研究の関心が置かれてきた。
 しかしながら近年では、SDGs(Sustainable Development Goals)に代表されるような今日的な社会的要請を背景に、社会との関係を含めた実践や研究が求められてきている。すなわち、スポーツマーケティングの拡張である。具体的には、これまでの実践・研究対象として整理されてきた「スポーツツ組織の利益・便益のためのマーケティング」と「スポーツにスポンサードする企業の利益・便益のためのマーケティング」に加えて、「スポーツと社会の関係に配意したマーケティング」や、「社会貢献等を勘案した思考と戦略」という実践や研究テーマへの拡張である。そこで、今回の研究会を、従来スポーツマーケティング研究で行ってきたことをどのように拡張していくかについて検討していきたい。以降では、実際に「スポーツと社会」に関連したどのような動きがあるのかを確認し、整理していく。
 まず、実践に目を向けると、国連が示すSDGsの17のゴールに到達するためにスポーツを用いる動きが見られる。これは、汎用性のあるスポーツが、目標の達成に活用しやすいということが認識されていることによるものであり、スポーツと関連させたSDGsも紹介されている。社会との関わりを意識した動きが見られるスポーツ組織としては、FIFAやIOC、 東京2020大会、 スポーツ庁、 プロスポーツなどがあげられる。例えば、 FIFAでは、部署を設置して(Sustainability & Diversity)積極的な取り組みを行っている。また、日本に目を向けると、東京2020大会が持続可能な大会を掲げたり、スポーツ庁がSDGsの達成にスポーツで貢献することに取り組むことを宣言したりしている。プロスポーツでは、試合時の施策やスタジアム設備を中心とした取り組みが見られている。
 次に、学術では、Social Impact & Social Inclusionの分野における研究の進捗が見られている。加えて、プロスポーツとCSRの研究や、 スポーツスポンサーシップにおけるCSR研究なども進められている。2018年に開催されたSMAANZ(Sport Management Association for Australia and New Zealand)での研究テーマを分類すると、全74題中、Social ImpactやSocial Inclusionに関する研究が10題を占めている。これは従来では考えられなかったことであり、研究テーマに変化が見られていることがわかる。また、学会発表だけでなく、特集号が組まれたり(NASSM(北米スポーツマネジメント学会):Journal of Sport Management )、レビュー論文が刊行される(Walzel, S., Robertson, J., & Anagnostopoulos, C. (2018))などといった動きも見られている。
 このように、スポーツマネジメントの分野での動きは実践と学術ともに見られている。では、スポーツのマーケティング研究としては、どのようなテーマがあるのか。本研究会の後半では、それを考えていきたい。
 

2. CSR発想のスポーツスポンサーシップ
 辻 洋右(立教大学 経営学部 准教授)

 CSR研究の歴史を紐解いていくと、Sheldon(1924)を嚆矢とし、経営者の社会的責任、すなわち企業と従業員に対する責任の観点より研究が行われ、2000年以降にCSRという言葉が社会的にも浸透するようになったことがわかる。1950〜60年代は、CSRそのものについて「何がCSRであるのか?」「企業の行うCSRはどのように、なぜ組織に影響を与えるのか?」といった問いに答えようとしてきた。さらに、1970年代には「組織レベルのCSR」と「CSRと財務業績 (CFP)との関連性」が主な論点となり、2000年以降には、「戦略的CSR」の必要性が唱えられるようになってきている。
 次に、CSRとマーケティングの関係性としては、2つの観点を上げることができる。まず、そもそものマーケティングとは、マーケティングの手段と、マーケティング成果との関係性を見るものである。そこに、社会貢献活動との関係性を含めると、社会貢献の手段がマーケティング成果にどのようにつながるかという①「社会貢献を手段とするマーケティング」と、「マーケティング手段がどのように社会的利益につながるかという②「マーケティングの社会的マネジメント」の観点があることがわかる。今回の報告では特に、①「社会貢献を手段とするマーケティング」がいかに企業の価値に繋がっていくかという点に焦点をあて、説明を行っていく。
 「社会貢献を手段とするマーケティング」の視点では、様々な社会課題に対して、マーケティング活動を行うことによってどのような成果が出ているかが、主な研究の関心となっている。これまでの研究を整理すると、主な研究エリアは、消費者を対象とするものと企業を対象とするものに分類することができる。企業を対象とする研究では、近年その範囲を、従業員など様々なステークホルダーへと拡大させている。
 スポーツマーケティングにおけるCSRは、スポーツ組織と非営利団体(コーズ)のアライアンスで行うコーズに関連するプロモーション活動(寄付、資金調達、商品販売)を対象とした活動のすべてと捉えることができる。スポーツスポンサーシップでは、社会コーズをサポートするイベントやスポーツ組織と企業とを結びつけるCause-linked sponsorshipと評される活動が行われており、「社会コーズ」×「スポーツ(イベント)」×「スポンサー」という形が多くみられている。
 なぜ、CSRとスポーツスポンサーシップを絡めた活動が行われるかを考えると、まずは、スポーツの世界的アピールや、熱狂的なスポーツファンの存在が指摘できる。あわせて、ミレニアル世代とジェネレーションZの社会課題への関心の高さや、スポンサーシップの控えめな露出方法としてCSRに適している点もその理由として挙げられる。次に、アメリカにおけるスポンサー企業の目的を調査した結果を見ると、ブランディング、ホスピタリティ、セールスに次ぐ目的であり、スポンサー企業にとって重要な目的の一つであることが示されている。なお、その際のスポンサー権利の行使方法は、ソーシャルメディアが98%であり、CSRに適しているとされるパブリック・リレーションも79%の企業が用いている。加えて、日本とアメリカの実際を比較してみると、日本のスポンサーが地域貢献を強く意識していることがわかる。
 どのような形でCSRに絡めたスポンサーシップの効果が表れるのかを考えるには、Plewa & Quester(2011)が手がかりとなる。スポンサーシップの露出が、従業員によるCSR認知や消費者によるCSR認知などへ影響を与えることにより、従業員や顧客に満足やその維持などの効果をもたらすのではないかと考えられている。同時に、様々な調整変数(従業員要因としてのコミットメントや、消費者要因としての関与など)が、影響するとしたモデルが示されている。
 今後の研究としては、長期にわたるCSRとスポンサーシップに関するデータを基にした研究や、 スポンサーシップ・クラッター(Clutter)においての効果検証や、 同業他社がいる中での効果検証(東京五輪)などの研究テーマが実施されることが望まれている。
 

3. スポーツイベントのソーシャルインパクト
押見 大地(東海大学 体育学部 講師)

 まず、スポーツイベントは、マーケティング4.0(コトラー, 2017)で言われているような、「ますますハイテク化が進む世界では、ハイタッチの交流(人と人が触れ合う経験)が新しい差別化要因になりうる」という点を満たすものとして、その優位性を見出すことができるという点を指摘したい。また、持続可能性は、「経済」「環境」「社会」がそろったときに、ポジティブな持続可能性につながるというトリプルボトムラインというが考えがあり、スポーツイベントの波及効果の持続可能性にもこの3つの観点が必要である。
 次に、スポーツイベントの効果研究の変遷としては、3つの論点が挙げられる。1つ目は、Tangible to Intangible :有形から無形へ(Preuss, 2007)であり、2つ目は、Large to Small Events :ビッグイベントからスモールイベントへ(Wilson, 2007)、3つ目はImpact to Leverage :インパクトからレバレッジへ(Chalip, 2014)である。
 ソーシャルの観点が重視される背景の1つとして、メガ・スポーツイベントの過剰投資という点が挙げられる。例えば、過剰投資に対する懸念より、招致が反対されるなどの社会的な現象もみられている。また、イベントの開催主体者の意識も、経済的な効果だけではなく、社会との関わりを含んだ多様な価値をイベントに求めるようになってきていることも指摘することができる。
 実際に、社会効果を測定する方法としては、住民調査、街頭調査、観戦者調査などがある。そこで想定される効果にはポジティブな効果とネガティブな効果がある。この社会効果測定研究の現在の関心としては、スポーツイベントとポジティブ心理学に関するものがみられている。例えば、スポーツイベントと住民の幸福 (Taks et al., 2016; Littlejohn et al., 2016; Yolal et al., 2016)、スポーツイベントと生活の質(quality of life)、(Ma & Kaplanidou, 2016)、マラソンランナーと生活満足(life satisfaction)(Sato et al., 2015)、プロ野球観戦と高齢者の主観的幸福(Kawakami et al., 2017)などである
 スポーツイベントと社会効果に関する研究のレビューから、多く使用されている理論は、社会交換理論 (social exchange theory) (53.7%)であることがわかった。これは、この理論の簡潔さが背景にあると考えられる。また、調査の対象としてはメガイベントが最も多く、データのサンプルは、約65%がLocal residentsを対象としていた。分析の手法は多くが量的な手法を用いているてんが共通項としてみられるが(80.5%)、調査のタイミングは研究により異なることがわかった。加えて、特徴的な結果としては、次の2点が挙げられる。1点目はスポーツイベントの過大評価に関する点である。これは、イベント前後での調査において、イベント前の方がイベントの後よりも、インパクトを大きく評価している傾向に示されている。この過大評価はすなわち、「実感としてイベントの効果を感じられていない」という場合には、イベントに対してネガティブな態度を形成するリスクがあることであり、注意が必要となる。2点目は、From public to personal:自分事か他人事か、という観点である。測定の仕方(イベント効果を自分事として考えるか否か)で結果が変わることが指摘できる。自分事よりも他人事として考える時の方が、効果を高く評価しやすい傾向があることを明らかにした研究もある(Oshimi & Taks, 2018)。
 スポーツイベントとソーシャルインパクトに関する研究をレビューすることによって、社会効果の測定が容易ではないことがわかった。そのため、今後は、スポーツイベントの現場においてよりシンプルに調査でき定量化が可能となるような仕組み(例えば、アプリの開発)を検討していくことが必要である。加えて、マーケティングの観点からは、社会効果が行動変容にどのような影響を与えているかも今後の課題として位置付けられる。

 
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