第142回マーケティングサロンレポート「「日本マーケティング本大賞2021」準大賞受賞記念マーケティングサロン 『多文化社会の消費者認知構造:グローバル化とカントリー・バイアス』」 |
#いまマーケティングができること
第142回マーケティングサロン:オンライン
テーマ:「日本マーケティング本大賞2021」準大賞受賞記念マーケティングサロン
『多文化社会の消費者認知構造:グローバル化とカントリー・バイアス』
日程:2021年12月1日(水)19:00-20:30
場所:Zoomによるオンライン開催
講演者:寺﨑 新一郎 氏(立命館大学 経営学部 准教授)
対談者:佐藤 明 氏(株式会社バリュークリエイト 代表取締役)
サロン委員:依田 祐一、瀨良 兼司
【サロンレポート】
第142回マーケティングサロンは、「日本マーケティング本大賞2021」準大賞『多文化社会の消費者認知構造:グローバル化とカントリー・バイアス』の受賞を記念して、前半に著者である寺﨑新一郎先生のご講演、後半に寺﨑先生と株式会社バリュークリエイト代表取締役の佐藤明氏との対談を行いました。
日本マーケティング本大賞2021の詳細はこちら
早稲田大学出版部のページにて、本書の試し読みができるほか、本書が完成するまでの経緯に関するインタビュー記事も掲載されています。
【寺﨑新一郎先生ご講演】
講演では、本書を捉える根幹が、第1部「多文化社会を捉える視点」の第3章「プレイス・リレーテッド・コンストラクトの生成と展開」であることから、その内容を中心に据えつつ、最新の研究成果を加えた内容を講じていただいた。
背景と目的
グローバル経済を消費者心理の側面から捉えようとする、カントリー・バイアス(外国に対する先入態度、以下CB)研究は、刻々と変化する世界情勢と同期しながら、1980年代半ば以降、ネガティブなカントリー・バイアス研究を中心に研究成果が発信されてきた。他方で、2000年代後半から、外国や異文化に対する関心を捉える「消費者コスモポリタニズム」、特定の外国に対する好意や愛着を意味する「消費者アフィニティ」といった、ポジティブなカントリー・バイアスにも、研究者の注目が集まるようになってきた。
こうした中、先行研究では、「場所に関連した概念」として密接な関わりのあるカントリー・オブ・オリジン(COO)とカントリー・バイアスとの関係について、あまり議論されてこなかった。そこで、各概念の背景となる政治経済上の史実を照合しながら、二つの研究領域がなぜ、そしてどのように結びついてきたのかを示すことが、本講演の目的である。
カントリー・オブ・オリジン研究の展開
COOは、日本であれば自動車やデジタルカメラ、フランスであれば香水など、消費者の直感的な意思決定であるヒューリスティックにおいて、製品属性に関する情報が不足している場合に有用な手がかりとなる。
COOは、国家の経済的な発展度合いによって、経時的に変化する。日本製品の品質イメージも、もともと良かったわけではなく、国外へと盛んに輸出されていた自動車や家庭用電化製品の興隆によって、徐々に改善されていった。何気なく使っているうちに興味を持ち、その国に対する好意的なイメージがつくられる。このことは、訪日外国人の流れとも関連している。インバウンド観光は、旅行消費のみならず、輸出にまで影響を及ぼす。訪日外国人は、旅行を楽しむだけではなく、現地で日本製品の品質の高さを実感し、帰国後もそれらの製品を購入することで輸出拡大につながっている。帰国後も買いたくなるという好循環が生じることで、輸出が促され、ひいては訪日外国人への国家イメージの向上にもつながることが期待される。
COOは、購買意図への影響よりも、知覚された品質に対する影響の方が大きいほか、COOと成果指標(購買意図、製品態度)の間を製品(ブランド)・イメージが媒介することなどが、示されてきた。一方で、生産拠点の急速なグローバル化によって、原産国の複雑化が進み、手がかり情報としてのCOOが捉えどころのない概念となってきている。さらに、企業やブランドのCOOが消費者に正しく認識されているとは限らず、その認識の正確さに関係なく、認識上のCOOイメージは、ブランド態度に確かに影響を及ぼすという。COOをあえて曖昧にすることもできるが、何かのきっかけで本来のCOOが知られると、評価が下がってしまうのは興味深い。
カントリー・バイアス研究への移行
COOの複雑化やブランド論を中心とした議論への移行、消費者によるCOOの誤認は、COO研究からカントリー・バイアス(CB)研究へと関心の焦点をシフトさせていった。本書では、背景となる政治経済上の史実を織り込みつつ、研究潮流を振り返ることで、こうした二つの研究領域の接点を検討していく。
訪日中国人に関して言えば、歴史や領土の問題はあるものの、訪日旅行を契機として、対日イメージが大幅に好転している。これは国外旅行の一般化や、メディアの発達及び多様化が、ポジティブなCBの涵養に少なからず影響しているからだと推察される。韓国では、インターネットの普及によって、以前よりも日本文化に即時的に接触できるようになったことで、日本文化に対する嫌悪感が失われつつある。
CBは、ポジティブ、ネガティブの両極ではなく、相互に影響を及ぼすものだとされる。ときには好きだけど嫌いのような混合感情も存在している。ネガティブな不協和をポジティブに解消する際のカギとして、消費者アフィニティへの着目がある。このような、カントリー・バイアスの多層性や混合感情の交互作用は、本書の第4部で検討されている。
CB研究は、実際の出来事と完全に同期しているわけではなく、5年から10年ほど遅れて報告され、展開されてきた。政治経済上の出来事が、人々の国外製品に対する認知や行動に徐々に影響を及ぼすようになった。研究者は、こうした変化を説明する視点として、COOや外国への先入態度であるCBに着目して、質問票や広告刺激を使った実験などを通して研究成果を発信してきたのである。
【寺﨑新一郎先生と佐藤明氏との対談】
佐藤氏
COOは、日常の買い物と関連し、繋がっている。
寺﨑先生
実務的にも、COOの研究成果を活かした事例が存在する。例えば、サムスンのギャラクシーも、日本人がサムスンは韓国の企業であることを知っているからこそ、日韓の対立が起こった際に、ギャラクシーからサムスンの名前を消した。
佐藤氏
海外のフードテック企業では、日本食を想起させる社名がつけられていることがある。
寺﨑先生
一般消費者の場合、原産国イメージを正しく認識できている割合が2、3割と低い場合がある。日本企業のブランドとしては、こうした点に付け込まれないよう、牽制することも必要かもしれない。
佐藤氏
何も起きないことを願っているが、仮に、併合などで国家間の境界が変わった場合はどうなるのか。今までのイメージは間違いなく尾を引いているはずで、それは日本企業の考えておくべき課題でもある。
寺﨑先生
COOイメージも、国の発展によって変わっている。例えば、中国のイメージも変わってきている。学生にアンケートをしたところ、日本人の学生から見ても、マクロな視点である技術力や教育水準に対するスコアが高い。そのため、必ずしもネガティブではなく、中国のような大きな傘に入ることで、ポジティブな効果をもたらす可能性もある。もちろん、日本との歴史的なつながりが深い国の場合は、難しいところもある。
佐藤氏
国家間の関係性の変化もあるが、ブランドで言えば、ブランドが買収されるケースもある。その場合、品質やブランドに対する態度が変わってくる可能性もあるのではないか。
寺﨑先生
そのブランドへの製品関与が高い場合、COOイメージの変化がネガティブな意思決定を引き起こす可能性はある。ただし、製品関与が低い消費者では、心配するほどの悪影響はないだろう。
佐藤氏
最近、Z世代の起業家と話していて、国家間というよりも、世代間の違いが大きいのではないかと感じる。Z世代は、日本でもアジアでもヨーロッパも、似たような考えを持っているのではないか。世代と国のマトリクスで考えた場合、どのような整理ができそうか。
寺﨑先生
新興国では、Z世代を中心に、コスモポリタニズムが高まっているという研究成果がある。このことから、国の違いや異文化を楽しもうという人が増えていることが考えられる。また、グローバル志向とローカル志向が混在する場合もある。グローバル志向が高まるが、異文化に触れて馴染むと、自国の立ち位置や存在感を知り、異文化は好きだが自国民としてのアイデンティティも高まる、というような、グローバル志向とローカル志向がデュアルな状態になる場合もあり得る。
佐藤氏
SNSやメタバースのような仮想空間の中で、異文化の人と繋がっていく場合はどうなるか。
寺﨑先生
一般的に、コスモポリタンの人は、若く、教育水準が高い傾向にある。そして過疎地や人口密度が低い場所ではなく、都市部に集中しており、異文化交流に積極的なことから仮想空間の担い手となっていくと考えている。結果として、こうした外国や異文化に開放的な人々と、そうでない人々との分断が進行していく可能性があり、今後の動きを注視すると良いだろう。
佐藤氏
普段そこまで学術研究に触れていない実務家にとっても、本書からの示唆は得られるだろうし、応用もできると期待している。
寺﨑先生
本当にこのようなディスカッションの場が貴重である。理論的な示唆から実務的な展開へと試行錯誤をする中で、今後の戦略の勘所が養われるほか、研究者にとっても何らか発想の種が得られることもある。何よりこうした交流は楽しい。
左:寺﨑新一郎先生、右:佐藤明氏
【Q&A】
参加者
ハーゲンダッツは、学生にアンケートすると、ほとんどがヨーロッパの企業と回答するが、実際はアメリカである。実際に製品カテゴリーによる効果の違いがあるのか。
寺﨑先生
国のイメージとカテゴリーが合致しているブランドは強い。COOイメージが影響を受けにくいカテゴリーとしては、サプリメント、歯磨き粉、マウスウォッシュがある。電化製品や香水はCOOの影響を受けやすい。舶来品志向が強いアジアの消費者や、グローバル・ブランド志向があると新興国の消費者には先進国COOは勿論ウケが良い。
参加者
COOイメージを改善しようとするならば、企業マターというよりも、政府マターになるのか。フィリピンでは、Grabのドライバーに話を聞くと、トヨタはフィリピンに工場があることから、日本から直接輸出されているスズキの車に乗るそうだ。
寺﨑先生
国家イメージを上げる場合には、個別企業の地道な改善活動にタダ乗りする企業がどうしても現れる。国家的なサポートが欠かせないだろう。なお、新興国消費者の場合、自国製品には低い評価が下されるが、先進国消費者の場合、その逆となる。自国民に対しても国家イメージを上げていくことで、自国の産業を保護することにもつながるだろう。
【サロンを終えて】
今回のサロンは、「日本マーケティング本大賞2021」受賞記念ということで、学会員以外のお申込みも受け付けてのオンライン開催となりました。寺﨑先生には、ご講演や対談はもちろん、参加者からの質問に対しても、学術研究で明らかになっている成果を織り交ぜながら、丁寧にわかりやすくご解説いただきました。理論と実践の深いレベルでの交流が行われ、多くの学びや気づきが得られる濃密なサロンとなりました。寺﨑新一郎先生、佐藤明様、ご参加いただいた皆様に、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
ゲストと参加者の皆様
(文責:瀨良 兼司)