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第228回マーケティングサロンレポート「研究史『進化するブランド』その後」 |
第228回マーケティングサロン:複都市カンファレンス:福岡会場
テーマ:研究史『進化するブランド』その後
日 程:2026年2月28日(土)17:00-18:10
場 所:福岡大学およびZoom使用によるオンライン開催
ゲスト:石井 淳蔵 氏(神戸大学 名誉教授 / 流通科学大学 名誉教授)
サロン委員:山口 夕妃子・小野 和美・侯 利娟・杉村 桜花
- 講演「研究史」
石井 淳蔵(神戸大学 名誉教授 / 流通科学大学 名誉教授) - 鼎談
石井 淳蔵(同上)
廣田 章光(流通科学大学 特任教授 / 近畿大学 デザイン・クリエイティブ研究所 顧問)
山口 夕妃子(佐賀大学 芸術地域デザイン学部 教授)
【ゲストプロフィール】
石井 淳蔵(神戸大学 名誉教授 / 流通科学大学 名誉教授)
同志社大学商学部、神戸大学経営学研究科の教授、流通科学大学学長を歴任。神戸大学・流通科学大学名誉教授。『マーケティングの神話』(岩波現代文庫、1993年)、『ブランド:価値の創造』(岩波新書、1999年)、『ビジネス・インサイト』(岩波新書、2009年)、『寄り添う力』(碩学舎、2014年)など著書多数。
最近の著書に、『中内功:理想に燃えた流通革命の先導者』(PHP研究所、2017年)、『進化するブランド:オートポイエーシスと中動態の世界』(碩学舎、2021年)、『岡田卓也の時代:公器の理念が支えた静かなる流通革命』(碩学舎、2024年)がある。
【サロンレポート】
今回のサロンでは、石井淳蔵先生にご登壇いただいた。講演は、「私たちは、自分たちがいる“この世界”をどのように人に伝えればよいのか」という問いかけから始まった。
まず、日本企業のブランド形成の特徴として、「会社ブランド」を長期的に育て続ける日本的経営のあり方が提示された。欧米のブランド論では、STP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)を設定し、その枠組みの中でブランドを管理する考え方が主流である。一方、日本企業においては、ブランドは固定的なものではなく、時代に応じて変化しながらも「その企業らしさ」を維持し続ける存在として理解されているという。
その背景にある概念として紹介されたのが、「オートポイエーシス(自己創生)」である。生命体が自らを維持しながら変化し続けるように、日本企業のブランドもまた、自己同一性を保ちながら進化していく存在として捉えられるという視点である。石井先生は日本の老舗企業を例に挙げながら、企業は外部から与えられた目的に従うだけではなく、自ら目的や価値を生成しながら成長していると指摘された。
さらに、そのような目的や価値が成立する前提として、暗黙のうちに共有された「場」の存在があることが説明された。この「場」は家族や研究室にも見られるものであり、ブランドにおいては「無印良品の世界」や「スターバックスの世界」のように、消費者が個別の判断を行う以前から共有されている意味の広がりとして存在している。
ここでいう「世界」とは物理的な空間ではなく、「そのブランドらしさ」が共有される意味空間を指す。その具体例として、スターバックスの接客エピソードが紹介された。閉店間際の顧客対応において、効率性ではなく「スターバックスらしさ」を重視した判断がなされ、その判断が他のスタッフや店長へと波及していく様子を通じて、ブランドは完成されたものとして存在するのではなく、現場での実践を通じて絶えず生成され続けることが示された。つまり、ブランドとはロゴやマニュアルによって成立するものではなく、人々の判断や相互作用を通じて、その都度更新され続けるものであると論じられた。
また、このブランド世界を記述するのに適した言語用法として、「中動態」が提示された。「山を見る」と「山が見える」、「本を書いた」と「本が書けた」の違いに示されるように、日本語には主体と客体を明確に切り分けない表現が存在する。中動態的な表現は、世界がすでに立ち現れており、そのなかに人が巻き込まれている状態を表している。石井先生は、この中動態的な感覚こそが、日本人のブランド理解や組織理解にも深く関係していると説明された。
講演全体を通じて、ブランドを単なる管理対象としてではなく、人々が共有する「世界」や「あり方」として捉え直す視点が提示された。ブランドは固定されたものではなく、人々の実践や相互作用を通じて生成・維持されるものであるという考え方は非常に示唆的であり、日本的ブランド論の可能性について深く考えさせられる内容であった。
講演後には、廣田章光先生の進行のもと、鼎談が行われた。鼎談では、「ブランドらしさ」をどのように共有し、継続していくのか、また研究者として「中動態」や「世界」という概念をどのように扱うべきかについて質疑が交わされ、議論が深まった。
【サロンを終えて】
石井淳蔵先生は日本のマーケティング研究におけるパイオニアであり、流通、営業、商業、ブランドなど幅広い分野に意義深い示唆をもたらすとともに、日本マーケティング学会の設立に尽力され、「創発と探求」の渦を支えてこられた。講演では「オートポイエーシス」や「中動態」の概念をベースとしたブランドの世界についてご報告が行われた。その中で「私は朝5時ごろに起きて、ぱっと机に座る」という石井先生の研究スタイルもご紹介され、普段の学会質疑ではお聞きすることのできない研究に対する姿勢をお伺いすることもできた。
鼎談の後にはフロアからも、ユニクロの「LifeWear」をはじめ、多くの具体的事例を踏まえた質問が寄せられ、理論と実務を往還する活発な意見交換が行われた。終始、マーケティングサロンらしい自由闊達な雰囲気の中で、ブランド研究の新たな可能性を探る貴重な機会となった。

(文責:山口 夕妃子)

