第13回価値共創型マーケティング研究報告会レポート「えちぜん鉄道にみる共創プロセスの可能性」 |
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テーマ:「えちぜん鉄道にみる共創プロセスの可能性」
日 程:2016年5月15日(日)14:00-16:30
場 所:大阪産業大学 梅田サテライトキャンパス
【報告会レポート】
第13回研究会は『ケースブック 価値共創とマーケティング論』(村松潤一編著, 同文舘出版より本年3月出版)にあるえちぜん鉄道に注目します。執筆者の研究報告に加え、実務の最前線でご活躍の佐々木氏にお越しいただき、理論と実践の融合について議論を深めました。
「えちぜん鉄道にみる共創プロセスの可能性」
今村 一真(茨城大学 人文学部 准教授)
当方は、報告の冒頭で、『ケースブック 価値共創とマーケティング論』を執筆するうえで意識した価値共創のフレームワークを確認し、従来のマーケティング研究との違いを整理しました。特に、北米型のサービス・マーケティング研究の特徴を確認したうえで、S-Dロジック研究にみられるサービスの視点と何が違っているのかについて、そのポイントを確認しました。また、S-Dロジックを批判的に検討し価値共創概念の精緻化を進めるGrönroosの主張を紐解き、IMPグループの主張との重複にも触れながら、ノルディック学派が独自性を高めて議論を進化させていることを述べたうえで、あらためて北米型のサービス・マーケティング研究との違いにも言及しました。
そのうえで、日本の企業活動の舞台に目をやると、慈悲深い「ふれあい」を数多く目にします。挨拶からはじまるこうした行為は「おもてなし」として再注目される一方で、そうしたサービスの効果を裏付ける理論が見当たりません。これを価値共創マーケティングの視点で検討すれば、効果をどのように示すことができるでしょうか。このように、本編で記載できなかったケーススタディの理論的含意を披露しました。
えちぜん鉄道におけるアテンダントの活躍は、顧客の日常生活への入り込みを可能にする重要な役割であり、利用者の日常生活を支援する大切な役割を担うようになっています。これは、アテンダントが同社の象徴でさえあればよいというような位置づけではなく、実践を通じてサービスが鍛え上げられ、同社が地域共生型サービス企業として立脚するための重要な手掛かりとなっています。現在では、アテンダント導入当初に見据えることのできなかった、顧客にとっての価値に貢献しているといえ、その次元がさらに高くなり得ることを考えれば、共創プロセスにサービスの大きな可能性があるといえます。こうした捉え方からマーケティング努力を検討することの意義を示しました。
「あたたかくて、やさしい地方鉄道を目指して」
佐々木 大二郎 氏(えちぜん鉄道株式会社 営業開発部 部長)
佐々木氏は、えちぜん鉄道の事業概要、発足までの経緯を説明したのちに、アテンダント導入の経緯、取り組みの特徴、そして同社が目指す方向についての説明がありました。同社沿線は永平寺、芦原温泉、東尋坊など、福井県を代表する観光地が多く含まれます。一方で、沿線住民にとっては通勤、通学で鉄道を利用しており、同社が提供するサービスは、その両面を重視しなければなりません。北陸新幹線の開業以降、福井県も観光客は増加しており、インバウンドへの対応も決して疎かにしてはならないとの指摘がありました。福井県でも例外なく少子高齢化が進展しており、沿線住民も減少しているとのことですが、同社の利用者数は現在でも増加しています。これを可能にするための取り組みが披露されました。
まず、沿線自治体との関係を規定するスキームについて説明がありました。これが同社の設立や支援を規定し、現在でも同社の自立的な経営が可能になる仕組みを持っています。ただし、企業経営には明確な指針が必要なほか、地域、社会との信頼を基本に置くといった関係も鮮明でなければなりません。そこで同社は「地域共生型サービス企業」を標榜し、独自のサービスを実践できるよう仕組みを整えていきます。同社は“次世代に鉄道を残すため”に、地域住民、行政と同社が協働(コラボレーション)し“乗って残す”運動の輪を広げ、利用者増加に結びつけることを実践してきます。具体的には、駅周辺の清掃や美化活動等はボランティアを活用するほか、市民参加型まちづくりの企画に関与したり、地域のイベント、催し物への出店や支援を積極的に行います。
こうした考えから、アテンダントの導入に迷いはなかったといいます。無人駅や駅施設の課題を克服するためには、どうしても人員の確保が必要になります。しかし、有人駅にするとは考えにくく、しかし、高齢者の乗降補助などが実践できねばなりません。この役割を担うべく、アテンダントは誕生しました。事前研修も十分に行い、アテンダントが乗務するスタイルがスタートしたのですが、当初は地域住民からすんなりと受け入れられることはありませんでした。そこで、必要なサービスとは何かについて検討していったほか、アテンダントは自らサービスを実践できるよう、資料を準備したり、グループ・ミーティングを実施したりしていきます。それだけではありません。休日返上で沿線周辺にある病院や商店などを調べ上げ、利用者の問い合わせに対応できるよう準備を進めました。絵本や毛布などを常備し、顧客のお困りごとに対応しようという工夫も、アテンダントが編み出した工夫です。こうしてえちぜん鉄道発足から10年を経た現在、アテンダントは同社にとって必要不可欠な存在となって機能しています。
「あたたかくて、やさしい地方鉄道」というのは、サービスによるコミュニケーションの象徴であり、その一端をアテンダントが担っていることは間違いありません。モータリゼーションの影響を受け、東京や大阪に比べて鉄道利用の比率は決して高くありませんが、だからこそ、鉄道利用を促すことによる利用者増大は可能だといえます。こうした気概をもって同社は行動していることが、明らかになりました。
ディスカッション
パネラー
今村 一真(茨城大学 人文学部 准教授)
佐々木 大二郎 氏(えちぜん鉄道株式会社 営業開発部 部長)
藤岡 芳郎 氏(大阪産業大学 経営学部 教授)
最初に、モデレータである藤岡芳郎氏が、2名の報告から浮かび上がる学術的な含意と実践的な意義を説明しました。その後、参加者全員での質疑が行われました。
学術的な含意に向けた質問としては、やはり実際のビジネスにおいて、収益性につながる説明までが求められるのではないかとの意見がありました。これに対し報告者は、従来の研究には、サービスに注目する際、収益性につながる議論の枠で説明できない現象を見逃してきたことがあるのではないかと指摘します。これが報告者の主張であり、捨象されてきた現象が果たして無駄なことなのか、成果をもたらさないものなのかと考えていくと、必ずしもそうではないとの考えに至ります。むしろ、どのような成果をもたらしているのかを示すことが求められているといえ、価値共創の議論はこれまで学術が説明できなかったことを言い当てようとしているのではないでしょうか。研究では、これを試みているとした回答がありました。
実務への質問としては、アテンダントの評価に関心が多数示されました。取り組みを具体化して標準化したものを実践する。そのうえでサービス実践を評価するといった考えが一般的であるのに対し、えちぜん鉄道では、アテンダントの主体性を重視していることが明らかとなりました。グループ・ミーティングのテーマもアテンダントで決定するほか、アテンダントが作成する日報は、現場で生じる問題を組織全体で共有することを重視しているそうです。できていないところを指摘して修正するというよりは、優れているところを褒めて伸ばしていくことが大切だと、佐々木氏は言います。その結果、利用客から手紙やメールといった手紙が届くことも少なくなく、その内容の殆どがお褒めやアテンダントへの感謝が綴られているといいます。つまり、サービスの優劣を評価する者とされる者といった区別はあまりなく、運転手も含め皆でアテンダントを見守り一緒に頑張っていくといったスタイルになっているようです。
クレームへの対応についても質問が寄せられました。ごく少数のクレームでも大きな影響を与える場合があります。こうした局面において、どのような対応が行われているのかといった質問がありました。佐々木氏は、ご自身が直接利用客と応対して対応するそうです。クレームの性質を理解して対応を進めるためにはこれが重要であるほか、軽微なものと重大なものとの峻別も行いながら対応を進めていき、アテンダントが自信を喪失しないようバックアップしていくことが大切だとの説明がありました。
今回も、大阪会場では深堀の質問が多数飛び出し、活発に質疑が行われました。本研究会も発足して4年目を迎え、研究会も13回(カンファレンスを含めると16回)を数えますが、その熱気は初年度と変わらないばかりか、議論に進展が見られます。Porterのいう社会的価値(CSV)やS-Dロジックのいう文脈価値(Value in Context)の捉え方、これらと価値共創マーケティング研究との違いなど、研究会後も次から次へと意見交換が行われました。概念の所在や精緻化のための議論の推移、さらに概念間の関係の明確化など、学術的な検討はますます求められていることを実感します。一方で、それが実務でいえばどの現象を説明しているのか、ということも、明らかにせねばなりません。このように、議論は次々に広がります。今回も大阪会場は、こうした熱気に満ちておりました。次回の研究会は9月11日(日)(於 広島大学東京オフィス、時間は未定)にて開催予定です。会員の皆様のご参加をお待ちしております。
写真左から、佐々木大二郎氏、ディスカッションの様子
(文責:茨城大学人文学部 今村 一真)