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研究報告会レポート

第29回価値共創型マーケティング研究報告会(春のリサプロ祭り)レポート「価値共創とマーケティング組織」

第29回 価値共創型マーケティング研究報告会(春のリサプロ祭り) > 研究会の詳細はこちら
テーマ:「Value in Useへのアプローチ」
日 程:2019年3月16日(土)
場 所:青山学院大学 青山キャンパス 17号館3階

 

【報告会レポート】
1. 趣旨説明

今村 一真(茨城大学 人文社会科学部 教授)

 第29回価値共創型マーケティング研究会は「Value in Useへのアプローチ」をテーマに開催いたしました。これは、ノルディック学派の代表的なサービス・マーケティング研究者であるGrönroosの研究論文で度々目にする概念です。特に、Value in Useは顧客を理解するうえで重要であり、企業活動はいかにValue in Useに接近し得るのかが課題になります。このことをどう理解するのかについての手掛かりを、ソニックガーデン西見様のご講演に期待いたします。簡単ではありますが、以上の内容を冒頭で説明いたしました。
 

2. 報告「納品のない受託開発はなぜ今の世の中に求められるのか」

西見 公宏 氏(株式会社ソニックガーデン 取締役 / プログラマー)

西見 公宏 氏 西見様は、プログラマーとして、ウェブサービス開発、アプリ開発、業務システム開発などに携わっていらっしゃいました。現在は、オーダーメード型のソフトウェア開発を主とする企業の取締役です。最初に、なぜオーダーメード型のソフトウェア開発が求められるのかから、説明が始まりました。
 インターネットを利用した新しい事業を始めたい。自社の業務をさらに効率化したい。クライアント企業には、こうした動機があるといえます。システム・インテグレータ
やソフトウェア開発企業は、こうしたクライアント企業のニーズに対応する訳ですが、西見様はここにある対立構造があると指摘します。クライアント企業は、使ってみないとわからないソフトウェアなのだから、全ての仕様を事前に決めるのは難しいと考えがちなほか、仕様を見てみないと支払う金額がわからないと思っていて不思議ではありません。一方でシステムを提供する側は、予算がわからないと何を提案できるのかが決まらないばかりか、見積もり後に仕様が変わると対応できないといった問題にぶつかります。この問題は、発注する側にとってソフトウェアを使い始めてからがスタートなのに対し、受注する側はソフトウェアを渡すところがゴールになっていることにあるといえます。つまり、発注側と受注側でゴールが違う問題があるといえるのです。さらに受注側につきまとう姿勢を指摘するならば、システムで価値を生むことよりも、要件どおりにつくることを重視してしまうほか、利益を出すために守りに入ってしまうという構造的問題があるといえます。
 一方で、UberやairbnbなどのIT企業をみると、ITを利用するビジネスモデルというよりもITを前提としたビジネスモデルが台頭していることを象徴しています。ソフトウェアがビジネスのコアになる時代にあって、ソフトウェア開発は重要性が高まっています。こうした局面において、要件の予測は困難なばかりか、日々変化するといえます。このような時代には、ソフトウェア開発者に、事業の成長に併せた対応や長期的視野と経営視点を持った対応が求められます。クライアント企業の問題解決を率先して仕事にすることが重要であり、そうであれば納品の前提となる「要件定義」は不要なほか、「仕様変更」がいつでもできることが大切です。何より、直接エンジニアが相談に応じることが大切であり、一緒にビジネスの成長を志向することで、クライアント企業とソフトウェア開発との関係が構築されていくといえます。
 ソフトウェア開発は、はじめからうまくいくのは難しい。しかし、クライアント企業の要求どおりにつくればうまくいく訳ではない。進め方にも正解がある訳ではない。そもそもビジネスに正解はない。こう考えたとき、一緒にビジネスの成長を考えることが大切であり、そのなかにソフトウェア開発を位置づけることが求められます。何といっても、クライアント企業の歩みとともに企業活動を位置づける必要があります。西見様は同社のビジネスモデルを、極めてわかりやすい言葉で説明していいただきました。
 

3. ディスカッション

西見 公宏 氏(株式会社ソニックガーデン 取締役 / プログラマー)
今村 一真(茨城大学 人文社会科学部 教授)

ディスカッションの様子 本研究会の名物ともいえる、参加者全員によるディスカッションを、今回も40分ほど展開することができました。「アジャイル開発」「サブスクリプション」といったキーワードが躍る業界において、同社の実践は何が違うのでしょうか。また、どのような意味を持つのでしょうか。おそらくこうした疑問は参加した多くの方がお持ちになったことでしょう。時間をフルに使った活発なディスカッションになりました。
 最初に寄せられた意見は、クライアント企業との関係構築をどのように推進するのかという点です。このことについて西見様は、じっくりと時間をかけて対応することが示されました。2~3か月から、長ければ半年以上に渡り、何をどのように実践していくのかを考えていくとのことでした。同社ではこのことを「結婚」とも呼んでいるようです。片思いでは成立せず、両者はつらく苦しい時も共に歩むことが求められます。そうした手応えとともに、クライアント企業との関係が生まれていくといえます。
 このほか興味深かったのは、クライアント企業との関係の中で期待が大きければ大きいほど、成果報酬型の提案があっても良いのではないかという質問です。このことに対し、西見様はきっぱりと成果報酬型の提案は存在しないと断言されました。その理由は、卑しくなってしまうからだそうです。しかし、この「卑しくなる」の説明は極めてクリアでした。なぜなら、すでに期待するパッケージが存在するのであれば、それを活用すればよいのであり、それを定額だの成果報酬だの言う必要はないからです。むしろ、長期のビジョンに立ったシステムの開発と運用に同社は注力すべきであり、そこから目を反らしてはならないという意味で「卑しくなってはいけない」ということでした。
 参加者に対し大きなインパクトがあったのは、「長期の関係を捉えるうえで、マンネリをどのように判断するのか。マンネリ打破はどのようにしたらよいのか」という質問に対する西見様のお答えだったと思われます。西見様はマンネリの判断を「クライアント企業から『○○して』と言われて『はい、わかりました』となるとき」だと指摘しました。これは、いわゆる阿吽の状態を言うのではなく、主従の状態を意味しています。一緒にビジネスの成長を志向するはずの同社が、従を自認したのでは役割を果たしたことになりません。しかしそんなときこそ西見様は、クライアント企業と一緒に過去を振り返る機会を持つのが大切だといいます。一緒に過去を振り返るとき、不思議と対等な立場で意見ができます。過去を振り返りながら、どのような軌道修正が必要なのかを双方で自覚し、併せて今後をしっかりと検討していくことが求められます。こうした機会を適切に確保しながら関係を重視することで、同社のビジネスモデルはしっかりと機能していくといえます。
 研究会全体を通じて、企業が顧客と関係を構築し機能させていくとはどのようなものなのかについて、深く考えることができました。これほど時間軸を捉えたサービスの展開プロセスを議論する機会はなかったのではないでしょうか。顧客の離反を食い止める思考やロイヤルティ獲得を意識するのではなく、最初からリレーションシップありきなのが、同社のビジネスモデルなのです。また、価値共創はそのコア要素だといえます。このほか「卑し」くない挑戦とは、Value in Useを捉えた企業活動であるために不可欠なのではないか。そう思えた瞬間でした。早朝にも関わらず、50名を超える参加者の皆様に恵まれ、熱気ある研究会が展開できました。
 
(文責:今村 一真)

 
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