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研究報告会レポート

第30回価値共創型マーケティング研究報告会レポート「価値共創の視点で捉えた小売マーケティング」

第30回 価値共創型マーケティング研究報告会 > 研究会の詳細はこちら
テーマ:「価値共創の視点で捉えた小売マーケティング」
日 程:2019年3月17日(日)
場 所:広島大学東京オフィス(東京工業大学 CIC東京)

 

【報告会レポート】
報告1「小売店頭における価値共創に関する一考察 -従業員と顧客の相互作用と中心に-」

中村 聡太 氏(東京ステーション開発(株) 営業開発部営業推進課)

 中村氏は商業施設のサービス提案を考えたとき、従業員と顧客の相互作用が重要であり、優れたサービスを提供するための従業員のマインドとはどのようなものであり、現場のマネジメントの方法に必要な視点はどのようなものかについての研究を推進していらっしゃいました。
 最初に先行研究を整理して、従業員と顧客との相互作用が大切であることを確認します。顧客接点を有する小売は、物販に留まるのではなく相互作用を生み出すこと、優れたサービスを提供することが求められ、優れたサービスを提供する従業員とはどのような従業員なのかについて、検討を進めていきます。このとき、優れたサービスを提供する従業員は、顧客参加を促すスキルを持ち、継続的に価値を共創するマインドがセットされた従業員であるとした仮説を設定し、これを検証するためにグループ・インタビューやデプス・インタビューを展開してきました。
 検証を進めていくと、設定した仮説は支持される結果が得られたほか、従業員のマインドは①顧客の良い記憶の一つになりたい周りを幸せにしたいという想いと、②全員が特別な人という想い、の2つの想いに集約されることが明らかになりました。またこのマインドに基づくスキルは①笑顔で一人一人に認知と歓迎を伝えるあいさつをするスキル、②顧客を観察し、緊張を解く動作をするスキル、③距離を縮め、顧客らしさを引き出すスキル、④顧客と価値を一緒に創るスキルの4つに集約できるとも考えることができました。さらに、従業員が顧客と相互作用に注力することは、取り巻く環境において好循環を生み出す起点になると考えられます。
 この研究は定性的な研究であるため、優れたサービスを提供する従業員に導出し一定の成果を示すことができたが、一般化できる議論に昇華させるためには、さらなる研究の蓄積が必要だとご指摘でしたが、従業員のマインドを大切にすることや、従業員の影響の輪を広げることの重要性について、さまざまな知見が示されたといえます。
 

報告2「顧客の価値創造をサポートする小売マーケティング」

張 婧 氏(岡山理科大学 経営学部 専任講師)

 張氏は、近年注目されているマーケティング研究におけるサービス中心の考え方や価値共創についての研究を整理したうえで、サービス中心の考え方に基づいて、小売マーケティングをいかに捉えたらよいかを理論的に考察しました。
 まず、Vargo and Luschによって示されたサービス・ドミナント・ロジック(S-Dロジック)ですが、彼らの主張の核心は価値共創であるといえます。これは、
「顧客は常に価値の共創者である」(FP6)、「すべての社会的行為者と経済的行為者が資源統合者である」(FP9)に示されているといえ、価値共創はサービス・エコシステムの中で行われると示されています。このとき共創の主体は多様で、多数が想定される点に特徴があります。これに対しS-Dロジックを積極的に批判して議論を蓄積するノルディック学派の研究者Grönroosは、FP6に注目し、顧客は価値の創造者であり価値は顧客の価値創造プロセスの中で生成されるとS-Dロジックの主張を修正します。このことに基づけば、企業は価値の促進者に過ぎず、直接的な相互作用を通じて、顧客の価値創造プロセスに入り込むことができたとき、価値共創の機会があるといえます。つまり、FP6や9を鵜呑みにしたのでは顧客にとっての価値を正確に捉えた解釈にならないというのが、Grönroosの主張です。
 このほか、ノルディック学派の研究にはカスタマー・ドミナント・ロジック(C-Dロジック)の議論も見受けられます。これは、顧客の価値創造を顧客の生活世界に広げて捉えようとした点に特徴があります。そのうえで、顧客の価値創造は顧客の生活に出現する平凡で日常的なものでもあり、一方で価値創造には目に見えない部分、精神的要素に左右されることも考えたとき、顧客の生活世界を捉える必要があるというのが、C-Dロジックに注目することのねらいです。
 このような議論をみれば、価値共創の議論の本質が、グッズを中心とする視点をサービスに転換させることにあるといえそうです。また、いかにグッズを生産するかという企業の視点から、いかに企業から獲得したグッズやサービシィーズを通じて価値を創造するかという顧客視点への転換が重要だといえそうです。マーケティングが対象とする範囲は、顧客の価値創造の方向に拡張するといえそうです。
 以上から新たな小売マーケティングの理論的枠組みを開発する際に、来店中の価値創造だけでなく来店後の価値創造に注目し、あるいは来店前の価値創造にも注目することで、顧客との接点の捉え方を豊かにすることが大切だといえます。張先生は、具体的な事例を用いながら、来店前、来店後の相互作用についての事例をさまざま紹介して、顧客の価値創造をサポートする小売マーケティング活動の類型化を進めました。
 一連の検討から、顧客の価値創造をどの範囲まで捉えるか、いよいよ小売企業の意思決定が問われること、また、顧客の価値創造を広くとらえることでサービス展開の可能性が発見し得ることなどの示唆が得られることをお示しになりました。
 

ディスカッション

中村 聡太 氏(東京ステーション開発㈱ 営業開発部営業推進課)
張 婧 氏(岡山理科大学 経営学部 専任講師)
清野 聡 氏(岡山理科大学 経営学部 教授)

 中村氏は、小売の直面している現実は厳しく、なかなか人にお金をかける企業が多くない時代にあって、顧客の主観を解釈して対応することが求められる現場の実態を考えれば、サービスは不可欠です。顧客との関係抜きに小売の現場が機能しないことを考えれば、サービスに重きを置くことをあらためて強調されました。商業施設に入居するテナントにおいては、
さまざまな従業員がいるそうです。挨拶ができない人が少なくないといいます。肝心なのは、接客している人が楽しそうにしていることではないかといいます。また、店長の裁量や権限が大きな会社ほど、サービスの奥行きができあがるといえそうです。調査の中で感じたのは、その瞬間瞬間を大切にする、どのような関与が最適なのかを考えて行動することが問われており、ダイレクトな感覚に基づくセンスの練磨、そして豊富な実践経験が、優れたサービスを提供するといえそうです。
 張氏は、従業員にインタビューしたときに、経験則を大切にすることが浮かび上がってきたといいます。アカデミックな記述にある文脈とは蓄積された経験の中で説明できるのであり、あるいは顧客の行動の中で示されるといえそうです。ここでいう文脈は、C-Dロジックで捉えた顧客の消費の文脈であり、そこに通じる直接的な相互作用をGrönroosは重視しており、ビジネスの現場で考えるべきことがそこにあるといえます。何れにせよ、顧客の主観に対する現象学的、あるいは解釈的な議論の蓄積はますます重要になってくるのであり、今後も、そのことを自覚しながら研究を推進しなければならないと感じます。
 今回の研究会も、じっくりとしたディスカッションの中でさまざま考えが深まりました。次年度も同じように研究会を計画しております。多くの方の参加をお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 
(文責:今村 一真)

 
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