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研究報告会レポート

第32回価値共創型マーケティング研究報告会レポート「価値共創を支援するマネジメント」

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テーマ:「価値共創を支援するマネジメント」
日 程:2019年9月15日(日)13:00-16:30
場 所:広島大学東京オフィス(東京工業大学 CIC東京)

 

【報告会レポート】
研究報告「顧客にとっての価値を捉える企業活動とは -ノルディック学派の研究含意を紐解きながら-」

今村 一真(茨城大学 人文社会科学部 教授)

 Vargo and Lusch(2004)が主張したサービス・ドミナント・ロジック(S-Dロジック)に端を発する価値共創の議論は、あらゆる主体の関係をサービスで捉えることを促しています。モノかサービスかの二元論ではなく、モノはサービスに包摂されるとするほか、価値を生み出すのは企業・顧客の双方であり、解明すべきは価値共創のメカニズムにあるというのが、最たる主張といえそうです。一方で、サービスを検討してきたノルディック学派は、S-Dロジックを積極的に批判しながら議論を蓄積しています。例えばGrönroosは、直接的な相互作用によるサービスの意義に注目し、ここに成果を求める必要があるとしました。企業と顧客との接点をジョイント領域というとき、ここに価値共創の機会があるという訳です。日本においても村松は、ジョイント領域の拡張による消費への関与を重視しました。何より、サービスはプロセスの一部なのですから、顧客とのリレーションシップのなかで実践されます。つまり、顧客との関係構築という広義の市場創造モデルへの転換が必要で、それは共創環境の制度化が重要になるほか、顧客の日常世界を想定した個別の活動を、マーケティングは説明しなければなりません。こうした理解に基づいて、顧客にとっての価値に訴求する実践的なマーケティングをどのように捉えることができるのか、ノルディック学派の研究にどのような含意があるといえるのかについて、報告者は研究を展開していきました。
 最初に日本で一般的な北米型のサービス・マーケティング研究とノルディック学派のそれとの違いを確認したのち、今回は後者を①サービス・ロジックの研究ラインと②カスタマー・ドミナント・ロジック(C-Dロジック)の研究ラインの2つに分類して、その特徴を確認していきました。それによると、①がより直接的にサービス実践への含意を獲得しようとしているのに対し、②はカスタマー・アクティビティの概念をはじめとするさまざまな現象や実態から、サービス実践の影響や効果を解明しようとしているといえます。視点は幾分違いますが、顧客とのインタラクションが繰り返されることで意味が生まれ、サービスは価値の根拠として意識されることが期待されるとともに、価値の形成の中にインタラクションが位置づけられたならば、顧客の自律的な再現性とともに、サービスの展開プロセスが機能するといえます。このように、①が大枠においてノルディック学派を方向付ける一方で、サービス中心の論理に留まらない研究が②によって示され、双方の視点を応用することで、サービス研究の充実が期待されます。
 さいごに、サービスは顧客にとっての価値の形成の中で機能しているはずです。これは、例えば顧客の合理的で快適、有意義、充実といった日常の中にサービスが位置づけられていることを意味し、顧客が望む日常にサービスが機能していれば、サービス利用が合理性や快適などを際立たせ、自身のアクティビティに意味を感じさせていると言えそうです。これを明らかにする研究が必要であるとの指摘がありました。

 
講演「キャストの成長プロセスを重視するマネジメント」

沼崎 周平 氏((株)ユーゴー 代表取締役社長)

 (株)ユーゴーは、北関東や千葉を中心に「クリーニング専科」「MIX MAX」の2つのチャネルで知られている、クリーニング業を営む企業です。ところが、クリーニング業の市場は厳しさを増しており、1992年と現在を比較すると、58%も減少しています。衣料のカジュアル化や自宅で丸洗いできるものの増加などが指摘できるのですが、そんな中同社は毎年営業実績が向上し、従業員数も増加しています。
 なぜ成長できるのでしょうか。同社にはさまざまな仕掛けがあります。なんといっても、店舗は「楽しい」「かっこいい」をコンセプトに独自のブランドやデザインが施され、それらはみな商業施設内には出店しません。ロードサイドの直営店展開を重視します。ワンストップの利便性が訴求できない一方で、十分な対面スペースの確保や独自の営業時間設定が可能になるなど、経営の自由度が確保できます。何より、明確な来店の目的が必要なのであり、ここにサービスによるインタラクションの創出が企図されるようになります。
同社は会話のきっかけづくり、店舗での企画・イベントを積極的に推進していき、顧客が喜んで足を運ぶ環境をつくっていきました。顧客との明るい会話は社員の自信や誇りにつながります。こうして顧客との距離はどんどん近づいていき、取次に過ぎない一般的なクリーニング業の店舗とは大きく異なる事業展開が進んでいきます。
 直営店展開を主とする同社店舗は、ロードサイドの広い敷地が確保できます。ここに、特徴的なブランディングの契機があり、会話のきっかけづくりを用意していきます。笑顔や親切、丁寧といった接客の水準も大切にしますが、ユニークなのは店舗での企画やイベントを通じて、来店の動機やインタラクションの機会を増やしていきます。沼崎氏曰く、当初は社員すらインタラクションの創出に戸惑いもあったそうですが、さまざまな仕掛けを楽しみにする顧客の声によって、社員の不安は払拭されていきます。顧客にとって「できれば行きたくない」「仕方なく行くもの」がクリーニング店だから、商業施設に併設し「ついで利用」の促進が望ましいというのが一般的なチャネル政策だとすれば、それを逆手にとって、来店する目的を創出し、積極的に顧客とのインタラクションを推進しようとするのが、沼崎氏のねらいだった訳です。これは見事に社内外に浸透し、一風変わったクリーニング店の成長が可能になっていきます。
 こうなっていくと、次はクリーニングのクォリティ向上が重要になるだけでなく、積極的なサービスの創出が大切になります。価格競争と決別する一方で、顧客とのインタラクションが次第にファンの獲得を可能にしていきます。リピーターとの関係が重要になり、顧客が同社店舗に足を運ぶきっかけが大切になります。このフェーズ以降、沼崎氏は積極的に大学卒の新卒者採用を増やしていき、人材育成に尽力するようになります。クリーニング店の店舗運営に新卒者の力が必要という印象のないイメージと異なるため、採用人事にも腐心しているそうですが、工場と複数の店舗を一元的に管理し機能向上を達成する一方で、サービスの積極的な推進までを考えることは、商流全体を俯瞰する力そのものです。商流の上から下までを捉えるスキルはビジネスにおいて幅広く適用でき、応用の効く考え方であり、商才を鍛える絶好の機会になります。現在は、好奇心旺盛で挑戦の気持ちを大切にする社員が多く集うようになっているようですが、これもまた、沼崎氏ならではの思考でビジネスを確立したからこその成果だといえます。
 現在の沼崎氏は、若者の夢の挑戦を積極的に支援するスキームの構築に余念がありません。これは、満足よりも幸せが大切だとする考え方に由来します。ここでいう幸せの対象は、顧客であり社員であり、そして企業のことを指します。何をするにも、この2つの最適を考える経営が重要だと、沼崎氏は主張します。このことを具現化するために「力こぶホールディングス」を設立しました。これは、①優良企業の後継者問題の受け皿となり、グループ力により既存ブランドを永続的に発展させ、シナジー効果を生み出すことをねらいにするほか、②社内独立を目指す若手社員を支援し、同業種・異業種を問わず「やりたい商売をやりたい人がやる」を支援する、そして③ホールディングス・グループとして新卒採用力を強化することをねらいとしています。とりわけ②は、新卒採用した若者の努力が同社で開花することを期待するだけでなく、そこで培った商才がクリーニング業の枠組みに留まらない可能性を有していることを大切にし、さまざまな挑戦を担保するものでありたいという沼崎氏の信念に基づく方針であり、すでに実績もあるそうです。社員の独立支援は地域の活性化につながるともいえ、さまざまな挑戦を担保することで、100年後も存続する企業の姿を確立したい。こうしたお考えが示されました。

 
ディスカッション

沼崎 周平 氏((株)ユーゴー 代表取締役社長), 今村 一真(茨城大学人文社会科学部 教授)
進行:藤岡 芳郎(大阪産業大学経営学部 教授)

 ディスカッションでは、独創的な事業展開を推進する沼崎氏への質問が数多く寄せられました。以下、代表的なものをQ&A形式で記述します。
 
Q: 最初に、多店舗展開を重視した拡大路線からの転換をなぜ意識したのか。
A: 社員からの不平や不満を聞くのが辛かった。社員が文句をいう企業など世の中に必要ないと考えた。同時に、低価格を重視するために厳しい労働環境を強いていたという自覚があり、ディスカウンターであり続ける以上疲弊が増大することは明らかだった。対顧客、対従業員においてトラブルが絶えず、次第に限界を感じるようになった。
 
Q: 「クリーニング専科」「MIX MAX」のブランド展開とその妥当性をどのように評価しているのか。
A: 同業者の視線でいえば「クリーニング専科」に比べ「MIX MAX」は斬新で視察されるケースも多い。一方で、クールなイメージの同ブランドは売上高が増加せず苦戦する傾向にある。しかし、だからといって「MIX MAX」から「クリーニング専科」に転換した店舗が上手くいくかと言えば、そうでもない。こうした前例から、明らかに顧客にとってブランドのイメージは違って伝わっているほか、違いを理解しようとして利用する傾向にあるのは、より都市部の顧客だといえる。都市部においては「MIX MAX」のブランド・イメージが定着する傾向にある。ただし、同ブランドはクリーニング工場を併設するタイプであり、出店場所に制約がある。したがって、この問題とも同時に向き合う必要がある。いずれにせよ、クリーニングというかたちのないサービスだからこそ、利用する人の生活の中に期待があり、そこへの合致が必要になるのであり、ブランディングもサービスも、こうした理解とともに推進することが大切になる。
 
Q: 新卒採用の工夫はどのように推進しているのか。
A: いわゆるリクナビやマイナビの活用だけでは、自社の特徴が伝わらない。何より、若者の積極的な挑戦を支援しようとする社風が伝わらない。そこで、直接接点を作る努力を大切にしている。例えば、本社敷地内にフットサル場をつくっていて、そこで若者との交流を深めながら、自社の特徴を理解していただき、同時にビジネスに挑戦するという意欲も高めてもらいたい。
 
Q: さまざまな娯楽が考えられるが、なぜフットサルなのか。
A: 社員からの提案を尊重している。ただし、どんな提案でも良くて、何でもかたちにしている訳ではない。妥当性を考えて実行するようにしている。自社がスポンサーになっているものに、千葉ロッテマリーンズ(野球)、水戸ホーリーホック(サッカー)などがある。これらはいずれも球技であり、仲間とともに興じることができ、観戦することもできる。家族の交流の場として機能するほか、顧客と社員との交流の場にもなる。こうした考えの延長にフットサルも位置づけることができるので、フットサルができる場所をつくることにした。
 
Q: 現在の社長は何を目指しているといえるのか。
A: 顧客、社員、企業の3つ以上(上場企業であれば株主も入るだろうし、もちろん地域社会も含まれます)の幸せの追求にほかならない。そうでないと良い企業にならないし、良い企業でなければ、良い人も採用できない。また、幸せの追求は企業が規定できるものではないし、商才が身につけばどんな挑戦があっても良い。短期的で狭隘した企業経営に陥らない挑戦を続けたい。
 
 今回も興味深い示唆をたくさん得ることができました。サービス・マーケティングにおいては、権限の委譲がはやくから指摘され、サービスの現場での挑戦が尊重されるべきという議論が多くみられましたが、一方でサービスが統一されたものであり、コンセンサスを重視し企業の管理下にあるものとした場合、権限の委譲は限定的になります。さて、サービスを志向する企業は、権限の委譲をどの次元で達成すべきなのでしょうか。
 こうした疑問を、沼崎氏の実践はクリアにするインパクトがありました。価格競争から脱しサービス企業として生まれ変わった同社は、商流の全てを若手社員に委ね、積極的にサービスを推進しようとしています。加えて、そこで培った商才を自社に還元しようとするだけでなく、積極的な挑戦を支援することで、権限の委譲への躊躇はないように思えます。それで良いということを、同社の実践は教えてくれるようです。しかし、こうした考え方は、現在の経営管理や組織行動の研究の世界が描いているでしょうか。ここに、あらためて同社の実践の特異性を確認することができるほか、つくづく企業の成長と社会の発展、そして個人の挑戦の本質的なすり合わせの重要性を考えさせられます。今回も、大いに盛り上がりをみせた研究会でした。

 
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