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研究報告会レポート

第5回サービス・マーケティング研究報告会レポート「心理学視点からの生きがい研究」

#いまマーケティングができること

第5回サービス・マーケティング研究報告会(オンライン) > 研究会の詳細はこちら
 
テーマ:心理学視点からの生きがい研究
日 程:2022年8月24日(水)19:00-21:00
場 所:Zoomによるオンライン開催
講演者:熊野 道子 氏(大阪大谷大学 教育学部 教授 博士(人間文化学))
ファシリテーター:酒井 麻衣子 氏(中央大学 商学部 准教授)
 
【講演者プロフィール】
熊野 道子(くまの みちこ)氏
大阪大谷大学 教育学部 教授 博士(人間文化学)
心理学分野から生きがい研究を行っています。日本語の生きがいから幸福感を捉え、日本語の生きがいと幸せについて、心理学分野での幸福感の概念研究を行っています。また、生きがい形成を時間的側面と状況的側面の2次元からアプローチし、時間と状況の2次元からみた生きがい形成の価値過程モデルを構築しています。
 
熊野 道子 (2021). ikigai(生きがい)の研究動向―2014年以降を中心として―, 生きがい研究, 27, 4-25.
Kumano, M. (2018). On the concept of well-being in Japan: Feeling shiawase as hedonic well-being and feeling ikigai as eudaimonic well-being. Applied Research in Quality of Life, 13(2), 419-433. http://dx.doi.org/10.1007/s11482-017-9532-9.
熊野 道子 (2016). 乳幼児をもつ親の育児感情と自分の役割配分と幸福感の関連 Journal of Health Psychology Research, 29(2), 45-52.
熊野 道子 (2012). 生きがい形成の心理学 風間書房
 
【報告会レポート】
 生きがいは日本語に独自の言葉であると言われています。その生きがいが、ikigaiとアルファベットになって、世界的に関心が高まっています。心理学分野でのウェルビーイング研究では、それぞれの社会の文化的背景に基づき考察することの重要性が近年指摘されており、日本語のikigaiも注目されています(講演概要より)。
 マーケティングにおいても、個人の内面におけるウェルビーイングについて深く理解するとともに、日本を市場とするときの社会文化的特徴を把握しておくことは重要です。
 第5回研究報告会は、生きがい研究をご専門とする熊野道子氏にゲストスピーカーとしてご登壇いただき、ikigai研究の動向、ウェルビーイング概念における生きがい、そしてご自身の生きがい研究の取り組みについてお話しいただきました。
 
 ウェルビーイング概念は、1946年のWHO憲章における健康の定義に始まり、2000年代以降、GDPのような経済的指標だけでは人々や社会の豊かさを十分に評価できないという世界的な認識の変化に伴い、世界幸福度報告やSDGsにおける重要な指標となっています。
 一方、生きがい概念をめぐっては、神谷美恵子の「生きがいについて」(1966)を端緒として1970年代に生きがい論が隆盛し、近年は高齢化社会に向けた生きがいづくりを目的とした研究の一翼を担っています。「生きがい」は西洋語には相当するものがなく、「生きる価値」「生きる目的」といった2語以上の言葉になってしまうそうです。内容としても、西洋語で表現されるものよりも、哲学的でなく、直観的で、非合理で複雑なニュアンスを持つ概念として、独自性をもって理解されてきましたが、2000年代に入り「ikigai」として紹介されてからは、海外においても注目度を増してきています。
 このようにウェルビーイング概念と生きがい概念は、その源流は異なるものの、どちらも近年、幸福論やポジティブ心理学、文化心理学の分野で、理論的、実証的な検証が進んでいます。熊野氏の最近のご研究(Kumano 2018)でも、生きがい感と幸せ感のウェルビーイングにおける位置づけの異同について検証されており、幸せ感はより快楽主義的(ヘドニックな)幸福感に近く、生きがい感はよりエウダイモニア的幸福感に近いことが示されています。
 
 同氏は『生きがい形成の心理学』(2012)にて、生きがい形成のプロセスに着目した「生きがい形成の価値過程モデル」を提唱しています。それは生きがいの時間的側面と状況的側面を区別しつつ、「状態としての生きがい感」が形成される「プロセス」をモデル化したものです。人生ではさまざまなライフイベントが発生しますが、個人の価値体系に沿ってそこから「生きがい対象」が選択されます。その際、時間的側面に関しては、過去の対象には「意味付け」がなされ、未来の対象には「目標意識」が設定されます。状況的側面に関しては、ネガティブ状況は「受容コーピング」によって対処され、ポジティブ状況に対しては「コミットメント」が形成されます。このような価値受容プロセスを経て、状態としての生きがい感である「人生肯定感」「人生の意味感」「存在価値感」「生存充実感・ポジティブ感情」が形成されます。
 マーケティングにおいても、同モデルに基づくことで、消費者の生きがいの形成プロセスの何やどこに、どのように作用しようとしているのか、より精緻に理解することが可能になるように思われました。
 
 ご講演後の質疑応答では、フロアから次のような質問やコメントが上がりました。
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・幸せはふわっと感じるようなもの、生きがいは獲得していくものというイメージ
・生きがいの反対語は何だろうか?生きがいが持てないことは、ネガティブなのだろうか。
・生きがいは積極的な人でないと見つけられないのだろうか?(マーケティングでは価値共創の重要性が言われているが、消費者の中には、必ずしもそういう姿勢でない人もいる。そういう消費者にどう対応していけばよいのだろうか)
・生きがいの意味付けはいつ発生するのか?きっかけがあるのか。自発的なのか、他者から与えられるものなのか。(マーケティングができることは、その意味付けなのでは)
・意味付けを説明する既存理論にはどのようなものがあるか? ⇒将来への展望という意味では、将来展望、時間的展望といった分野が存在
・幸福感については、ポジティブ心理学が起こるまであまり心理学で扱われてこなかったのはなぜか? ⇒幸福が、とらえどころがなく、対象がはっきりしないことが原因だったのでは
・生きがいを研究する上で、一番大切にしているものは? ⇒プロセスを大事にしたい
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 今回の研究報告会を通し、個人の内面におけるウェルビーイングについて、社会的背景や心理学における研究潮流を理解することができました。同時に、マーケティングにおける個としての消費者の理解が、まだまだ全体的・表層的であり、かつ個人の変化のプロセスのごく一部しか扱ってこなかったのでは、という印象を受けました。市場が個の集合体であることを改めて認識していく必要性を感じました。
 
(文責:ファシリテーター 酒井 麻衣子)

 
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