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研究報告会レポート

第40回価値共創型マーケティング研究報告会レポート「顧客の生活世界をフォーカスする分析視角 ― TEAに注目して ―」

#いまマーケティングができること

第40回価値共創型マーケティング研究報告会 > 研究会の詳細はこちら
 
テーマ:顧客の生活世界をフォーカスする分析視角 ― TEAに注目して ―
日 程:2023年3月19日(日)13:00-17:00
場 所:グランフロント大阪北館タワーC 8階
    ナレッジキャピタルカンファレンスルームタワーC roomC06
 
【報告会レポート】
研究報告1. 「マーケティング研究におけるTEAの可能性」

小菅 竜介 氏(立命館大学大学院 経営管理研究科 教授)

 小菅先生は、市場志向の研究などに研究蓄積をお持ちですが、近年は顧客経験に関心をもって研究を進めていらっしゃいます。さて、顧客経験とはどのようなものだといえるでしょうか。マーケティング研究の多くは、企業側から顧客経験を類推する傾向がありますが、小菅先生は、顧客自身の認識に接近できていないのではないかという批判的な見方をお持ちになります。とはいえ、顧客の認識に基づく経験をどのように研究できるのか、記述できるのかという課題が生まれます。
 マーケティング研究においては、サービス・ドミナント・ロジックの登場を契機として、サービス・ロジックやカスタマー・ドミナント・ロジック(C-Dロジック)が次々に示されるようになり、C-Dロジックはついに、企業のことを横においておき、顧客からの見方を前面にみていこうとします。カスタマー・エコシステムといった概念は、こうした背景から生まれており、新たな研究トレンドになるのではないかとお考えになりました。
 一方で、それをどう記述するか、具体的には構造や空間、それに時間という側面をどう見るかを整理していく必要があります。前述のカスタマー・エコシステムが構造や空間を説明しようとするのに対し、時間の側面についての方法は議論が不十分です。ここに、心理学的な知見の応用が期待できるというのが、小菅先生のお考えです。生活世界の時間性を捉えながら、動態的に生じる意味付けの側面を捉えることができる点、あるいは意味付けに作用する文化社会的文脈を捉える点で、TEAへの注目は有効だと考えたのです。
 こうして小菅先生は、アカデミックな枠組みの中にTEAを位置づけることの意義を見出し、さまざまな挑戦をしていらっしゃいます。C-Dロジックを提唱したHeinonenらの主張とも接近しつつ、経験的研究の方法論の議論は不十分でもありますので、小菅先生のお考えは、経験的研究の豊富化とそれによる理論仮説の検証や精緻化につながるといえます。また、企業側に向けても、顧客の人生プロセスを支援するという見方を生む可能性があり、それは顧客志向の組織文化の醸成につながることも期待できます。
 
研究報告2. 「人生径路と発達のプロセスをとらえるTEA」

安田 裕子 氏(立命館大学 総合心理学部 教授)

 安田先生は、当初臨床心理士になろうと研究を始めたといいます。ところが、研究の過程で等至性(equifinality)という概念に出会い、特徴的な質的研究を進めていらっしゃいます。研究の核となるTEMは、等至性という概念を、発達や文化的な事象に関する心理学的研究に組み込もうと考えたValsiner(2001)の創案に基づく、文化心理学に依拠した質的研究の方法です。我々は、さまざまな時空間を生きています。それは、真空の空間でもなければ時間的変化の影響を受けない訳でもありません。生きていく中で、我々はそのときどきで判断して行動している訳ですが、その判断や行動は、複数の径路の一つです。あるいは、制度的、慣習的な要因によって判断や行動が規定されるものもあります。つまり、収束するポイント(等至点)も存在するのであり、これらを記述していくことで、思考や行動のプロセスを記述することができます。TEAはTEMを核としながら、このプロセスに注目するための視点をさまざま整理したものです。
 現在のTEAは心理学研究の蓄積から、構造的に捉えるための視点がさまざま検討されています。ライフラインメソッドを併用しインタビューを実施してTEMによる分析を進めることができるほか、データ数による特徴も示されています。安田先生は1・4・9の法則とお示しになりました。1事例の場合は、個人の経験を詳細に捉えることができますし、4事例なら、多様性と共通性を捉えることができます。9事例なら、径路の類型化が可能になります。いずれも被験者と3回会うつもりで調査を計画するとよいようです。最初さまざま質問しデータを収集します。2回目は収集したデータを図式化したものを持参して誤解を解消します。3回目は理解の確認を深めて記述の正確性を高めます。この聞き取りを安田先生はトランスビューという言葉で示しており、丁寧な聞き取りや観察など一連の手続きを踏まえることで、研究成果をまとめることができるといえます。
 なお、TEMおよびTEAはすでに書籍が多数発刊されており、分析事例も紹介されていますので、私たちはさまざま学びを深めることができます。
 
研究報告3. 「TEA実践の実際 ― ブランド意味の把握に関する調査の実例から ―」

杉浦 愛 氏(大日本印刷株式会社 情報イノベーション事業部)

 杉浦氏は、印刷会社でブランディングに関するお仕事をされています。2019年に立命館大学のビジネススクールで学んだほか、現在は同大学の客員研究員としてもご活躍です。杉浦氏は、実務においてペルソナやカスタマー・ジャーニーの説明の限界をお感じになっていたと言います。ペルソナ、カスタマー・ジャーニーのアプローチは浸透した一方で、同質的な顧客体験が描かれがちな点に疑問を感じていたそうです。さて、経験をどのようにデザインできるのか、これが杉浦氏にとってTEAへの関心を寄せる大きなモチベーションです。
 杉浦氏は、漢字検定を継続して受検する行動に注目した研究を実施しました。すると、保護者の受検経験の差がブランドの意味付けに影響しているという結論が導出されました。これは、知識の総点検という価値認識、あるいは受検自体をイベントとして認識し、ともに受検する人とのコミュニケーションも検定を受検する意味に含まれていくからです。さらに詳細に意味づけされていくプロセスを記述するために、杉浦氏はTLMGによる分析を進めていきます。
 分析を進めていくと、顧客によるポジティブなブランドの意味付けを発見することができます。この、顧客のモチベーションの発見こそ、企業側のみの注目では明らかにならないブランド経験であり、それをデザインする思考の契機となります。例えば、新たなタッチポイントを提供することの意義も考えられるほか、追加的なサービス提供とそこへの誘導も可能です。あるいは、検定試験受検前の学習サポートも有効でしょう。こうした知見はいずれも、顧客のモチベーションを根拠に有効性が高まるといえ、新たなマーケティングの視点が生まれるのではないかというのが、杉浦氏の研究の大きな特徴です。まさに、顧客の視点からマーケティングを考える新しいアプローチであり、興味深い研究成果が披露されました。
 
4. ディスカッション
 価値共創に関心を持つ研究者、実務家の両方が集う本研究会ですが、本日はとりわけ分析手法としてのTEAに高い関心を持つ方がお集まりでした。相対的に、質的研究の議論が多いとはいえない今日において、心理学の領域から生まれた質的研究のアプローチをマーケティング研究に活かすための工夫を考える好機であり、ディスカッションも活発に行われました。その内容は、調査の方法や研究協力者とのラポールの形成、さらには、ダイアディックな主体間関係に注目するといった応用が可能なのかどうかなど、多岐にわたりました。TEAはすでに幾つもの書籍が発刊されていますから、理論だけでなく実践の方法もさまざま学ぶことができます。参加者の中には、すでに複数の書籍を読み込んだうえで参加して、本格的にマーケティング研究への応用を考える方がいらっしゃいました。さいごは、どのような分析手法として有効で、こうした方法を用いて何をどこまで説明できるのかといった議論に至りました。まさに、現象をどのように捉え、どのように研究に反映させ、何を研究の成果として示すことができるのかを問うものであり、新しい研究の可能性を模索する機会となりました。
 本研究会はかねてより、マーケティング学会らしい研究者間の交流の場として機能して参りましたが、報告者から具体的、現実的かつ重要な示唆が幾つも示されるのは珍しく、大変充実した一日でした。今後とも、こうした学術的な交流を大切にしながら、優れた研究が生まれる場として研究会を運営したいと感じる次第です。
 
(文責:今村 一真)

 
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