リサーチプロジェクト
研究報告会レポート

第1回ファッション・マーケティング研究報告会レポート「日本の繊維工業企業における新製品開発と新市場開拓に見る成長戦略 ― コール天、ホームスパン、久留米絣を例に ―」

第1回ファッション・マーケティング研究報告会(東京) > 研究会の詳細はこちら
テーマ:日本の繊維工業企業における新製品開発と新市場開拓に見る成長戦略
    ― コール天、ホームスパン、久留米絣を例に ―
報告者:篠原 航平(国際ファッション専門職大学 国際ファッション学部 ファッションビジネス学科 教授)
日 程:2023年12月25日(月)19:00-20:30
場 所:青山学院大学 青山キャンパス 17号館8階 大学院国際マネジメント研究科
「青山ビジネススクール(ABS)」17803教室
 
【報告会レポート】
 研究報告会では、まず初めに日本の繊維産業の歴史とその現状について、各種データを用いて詳細に説明がなされました。ファッション需要の源泉となる人口増によって、グローバルの市場規模は右肩上がりの成長を続けていますが、日本はその逆で人口、市場規模共に年々減少している状態です。また、主要国におけるアパレル輸出額の構成比でみた場合でも、他国は衣料品(完成品)が一定程度の割合を占めていますが、我が国の場合は、衣料品の割合は極めて低く、生地の割合が非常に高いという現状があります(輸出額で比較した場合でもその額は非常に小さい)。さらに日本の繊維産地を出荷額で比較してみた時、北陸、三備、三河、尾州、泉州が比較的日本の中では規模の大きい産地ですが、それでも1990年と2020年時点で比較すると、どの産地も3分の2~4分の1程度にまで出荷額を減らしており、産地の存続はもはや危機的な状態にあることが報告されました。
 

資料-1 日本の主な繊維産地(2020年、出荷額)
 
 そうした日本の繊維産地の状況を踏まえて、篠原氏がこれまで実際に調査・研究を行ってこられた天龍社(コール天)、久留米(絣)、岩手(ホームスパン)は、何れも非常に出荷額が小さい産地ですが、日本のものづくりの特徴である分業体制によって、細かく工程ごとに事業者が存在しており、その中で様々なネットワークが構成されていることも判明しました。後継者もおらず、ビジネスとして成立しえないほどの事業規模となった事業所では、経営者の高齢化などによる廃業も増え、その産地のものづくりにおける一工程の消滅が産地の消滅に繋がりかねない状況であることを身に染みて感じました。
 

資料-2 コール天製造業のネットワーク(2020年末時点)
 
 今回報告された天龍社もそうした産地の一つですが、1970年代後半からの急激な生産量、事業者数・織機台数の減少から分かることは、国内大手アパレルメーカーによる既製服の隆盛によって逆に需要が減少していった(海外生産の生地が輸入されるようになっていった)ということです。また、久留米(絣)産地については、国内の他の絣産地がほぼ消滅しているような状況の中では、健闘している産地と言えるでしょう。若手の後継者が絣生地をうまく洋服にアレンジしてビジネスを展開している例をいくつかご報告頂きました。絣地の模様を現代風にアレンジしたり、藍地だけでなく他の色地も制作したりして、現代のライフスタイルでも活用可能な商品が供給されたりしています。
 さらに、岩手のホームスパンについては、生産の全工程を一事業者で行ったり、洋服の制作が可能な生地幅に変更したりして、事業の存続や市場開拓が可能となるような変革を行った事業者もおり、海外のラグジュアリーブランド等からの受注も舞い込むようになっているとのことでした。
 
【報告会を終えて】
 1970年代以降、我が国の一般市民の生活が豊かになっていくにつれて、ファッションの需要も拡大しましたが、同時にその生産においてはコストの問題から海外への依存が高まっていきました。我が国の繊維産業は、もともと着物地の生産からスタートしていることもあり、工程ごとの分業、細幅用の織機の存在などがネックとなって、洋服地生産への転換、設備投資や新規事業の展開を可能とする資本の集約がなされないまま、時間が経過してしまった部分があります。
 そのような状況下でも、日本人ならではの真面目なものづくりの姿勢によって、各産地は生き延びてきましたが、元々内向き志向で、国内需要に頼ってきたことも遠因となり、急激な高齢化・人口減少社会の到来に、これまで何とか耐えて頑張ってきた産地も限界を迎えつつあることを今回の研究報告会で改めて実感しました。今後は、新市場開拓・既存市場の深耕など、各産地が抱える事情や製品の特徴によって、貴重な生産技術・工程を残していけるよう産官学がいかに連携していけるかも課題解決において重要なポイントとなるでしょう。
 アパレル企業のご出身である篠原氏の産地の方々の努力や熱意に対する深い敬意によってこうした調査・研究がなされ、貴重な産地の歴史・現状・未来予想が今回報告されたことは、非常に意義深いことであると考えます。また、篠原氏所蔵の画像や動画、製品サンプルなどを使用して、実際のものづくりの現場を知らない来場者にも産地が持つ特殊な技術や製品の持つ価値が非常に分かりやすく伝達されました。
 最後に、今回ご報告頂いた篠原氏、並びにご参加頂いた方々に厚く御礼を申し上げます。
 
(文責:内海 里香)

 
Join us

会員情報変更や、領収書発行などが可能。

若手応援割
U24会費無料 &
U29会費半額
member