リサーチプロジェクト
研究報告会レポート

合同リサプロレポート「小売経営におけるウェルビーイングと健康系データサイエンスの展開」

合同リサプロ「第10回 健康アセットマーケティング研究会」✕「第10回 健康経営ブランディング研究会」(オンライン)
 
テーマ:小売経営におけるウェルビーイングと健康系データサイエンスの展開
報告者:渡辺 林治 氏(リンジーアドバイス株式会社 CEO / カワチ薬品 社外取締役 指名委員長・報酬委員長(現職) / 関西学院大学 SDGs経営論 講師)
パネルディスカッション:
中見 真也(神奈川大学 経営学部 准教授) 
渡辺 林治(同上)
上條 憲二(愛知東邦大学 教授)
植田 順(一般社団法人 社会的健康戦略研究所 代表理事)
渡辺 武友(一般社団法人 社会的健康戦略研究所 代表理事)
日 程:2026年3月27日(金)19:00-20:30
場 所:Zoomによるオンライン開催
 
【報告会レポート】
 本報告は、「第10回健康アセット・マーケティング研究会」および「第10回健康経営ブランディング研究会」の合同研究会において実施された講演およびパネルディスカッションの内容を整理し、小売経営におけるウェルビーイングの重要性と、その向上策について健康系データサイエンスの視点から考察するものである。本研究会では、リンジーアドバイス株式会社CEOであり、カワチ薬品社外取締役指名委員長・報酬委員長を務める渡辺林治氏をゲストスピーカーとして迎え、人的資本開示時代における健康経営の新たな経営パラダイムについて議論が行われた。
 
 近年、上場企業における人的資本情報開示の義務化や、生産性向上と従業員ウェルビーイングの両立に対する社会的要請の高まりを背景として、健康経営の重要性は急速に高まっている。しかしながら、従来型の健康経営には、経営戦略との接続不足、データ分析力の不足、さらには経営学理論の活用不足といった課題が存在している。本講演では、これらの課題を統合的に解決する枠組みとして、「健康系データサイエンス」が提示された。健康系データサイエンスとは、従業員の身体的・精神的・社会的健康と業務成果との関係をデータによって実証的に解明し、企業の長期的発展に活用する経営手法であり、人的資本、医学、データサイエンス、経営学を融合した新たな経営モデルとして位置付けられている。
 
 本研究では、健康を身体的健康、精神的健康、社会的健康の三次元で整理し、特にポジティブ精神面としてのウェルビーイング、および心理的安全性やリーダーシップといった組織要因が重要視された。実証研究としては、スーパーマーケット企業を対象とした3年間の縦断データ分析が紹介され、共分散構造分析(SEM)を用いた検証結果が報告された。その結果、公正な人事評価、変革型リーダーシップ、権限委譲といった組織要因が翌年のウェルビーイング向上に寄与し、さらにウェルビーイングが心理的安全性、支援的フォロワーシップ、情報共有活性化を通じて店舗運営力向上へとつながることが確認された。
 
 また、離職者の特徴として、ワークエンゲージメントの低さ、組織変革への否定的態度、上司の下で挑戦したくないという心理傾向が挙げられ、とりわけ上司による心理的安全性の形成が重要であることが指摘された。一方、離職率の低い店舗では、従業員モラールや帰属意識が高く、管理スキルにも優れ、接客・品質・清潔性といった店舗運営水準が高いことが確認された。これらの結果は、店舗競争力が単なる商品力や価格競争だけではなく、従業員ウェルビーイングを基盤とする組織運営力に依存していることを示唆している。
 
 本研究の核心として提示されたのが、「経営施策→ウェルビーイング→業務成果→業績→企業価値」というスパイラルモデルである。このモデルでは、ウェルビーイングが中核的媒介変数として機能し、成果発現には3〜5年程度の時間遅れ効果が存在することが示された。また、データ分析を通じた「発見→実行→検証」の循環型経営モデルの重要性が強調され、健康経営を短期的福利厚生施策ではなく、企業価値創造を目的とした長期的戦略投資として捉える必要性が指摘された。
 
 さらに、マーケティングおよび経営への含意として、小売業における顧客体験(CX)は従業員体験(EX)から生まれるという視点が共有され、従業員ウェルビーイングが競争優位の源泉となることが強調された。特にミドルマネジメント層、すなわち店長が店舗文化形成と組織成果を左右する中核的存在として位置付けられ、人的資本経営における役割の重要性が再確認された。
 
 総じて、本研究会で提示された健康系データサイエンスは、人的資本、データサイエンス、医学、経営学を統合し、企業の持続的成長を実現する「Well-being Driven Management」という新たな経営パラダイムとして位置付けられるものであり、今後の小売経営およびサービス産業において重要な戦略的基盤となる可能性を有している。
 
(文責:中見 真也)

 
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