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研究報告会レポート

第10回ユーザー・イノベーション研究報告会レポート「新型コロナ危機におけるユーザー・イノベーションの有効活用 ―サッポロビールHOPPIN’GARAGE―」

#いまマーケティングができること

第10回ユーザー・イノベーション研究報告会(オンライン) > 研究会の詳細はこちら
 
テーマ:「新型コロナ危機におけるユーザー・イノベーションの有効活用 ―サッポロビールHOPPIN’GARAGE―」
日 程:2020年5月29日(金)19:30-21:30
場 所:Zoomを用いたオンライン開催
 
【プログラム】

  1. 企業によるユーザー・イノベーションの有効活用
    西川 英彦(法政大学 経営学部 教授)
  2. 座談会
    司会・進行:西川 英彦(同上)
    座談者  :責任者:土代 裕也(サッポロビール株式会社 新規事業開拓室マネージャー)
          開発者:蛸井  潔(サッポロビール株式会社 商品・技術イノベーション部 フェロー)
          コミュニティー運営:山本 雅也(株式会社キッチハイク 共同代表)
          デザイナー:太田 伸志(株式会社スティーブアスタリスク 代表取締役社長)
          発案者:石井 ツヨシ(孤独出版 代表 / じそく1じかん 共同代表 / 昼はコピーライター)
  3. 乾杯・質疑応答・懇親会

 
【研究報告】
 製品やサービスの利用者である企業や消費者が、自らの利用のために、製品やサービスなどを開発したり改良したりする「ユーザー・イノベーション」の事例が、近年、数多く報告される。ユーザー・イノベーションを利用した商品開発で成果を上げている事例として、サッポロビールのHOPPIN’GARAGE(ホッピンガレージ)がある。商品開発の出発点になるアイデアを得る方法に注目した2019年の第9回研究報告会では、HOPPIN’GARAGEではアイデアの募集にリードユーザー法とクラウドソーシングの両方を用いていることが報告された。今回は商品化や販売に至るまでの全プロセスに注目し、HOPPIN’GARAGEを新規事業として立ち上げた責任者、ユーザーが発案したアイデアを元に醸造担当者として関わる開発者、コミュニティ運営者、クリエイター、ビールのアイデアを発案したユーザー当人をゲストに迎え、ユーザー・イノベーションを有効活用していく要諦について議論を深めた。
 


西川 英彦 氏

 まず、西川氏によってユーザー・イノベーション研究の成果を踏まえた背景説明が行われた。日本ではユーザー・イノベーションを行う消費者は390万人と推計され、一人当たり平均12万円を開発費として投じている。ところが、そのうち企業や仲間に実際に受け入れられたものは5%にとどまるという現状が紹介された。ユーザー・イノベーターは自らのニーズを満たすために製品を開発・改良するので、他者に普及するために労力をかける動機が希薄である。そのことにより、ユーザー・イノベーションにおいては、つくり手と買い手の間に市場のつながりが生じず普及が進まないという「市場の失敗」が起きる。また、アルコール分を1%以上含む酒類を製造するために酒類製造免許が必要だという条件は、酒類業界におけるユーザー・イノベーション実現の妨げになる。消費者は免許を持った開発者にアイデアを伝える必要があるが、味という「情報の粘着性」(情報移転のコスト)が高いアイデアを伝達することは困難である。こうした前提がある中、2018年10月に開始されたHOPPIN’ GARAGEは、消費者から400を超えるアイデアを収集し、16の試作品をつくり、4品の商品化を行った成功事例であることが述べられた。
 


土代 裕也 氏

 次に、HOPPIN’ GARAGEの運営メンバーと2020年4月16日発売の商品「それが人生」の発案を行ったユーザーが、それぞれの立場からHOPPIN’ GARAGEの仕組みと特徴を説明した。ユーザーとの共創によって商品開発を行うHOPPIN’ GARAGEでは、コミュニティづくりを行った上で、D2C (Direct to Consumer) チャネルによって販売が行われている。プロジェクトは一企業の中で閉じたものになっておらず、商品開発、商品販売をサッポロビールが、コミュニティ構築、体験開発をキッチハイクが、デザインクリエイティブ制作をスティーブアスタリスクが担うという形で、それぞれがプロフェッショナルとしての強みを生かす体制で運営されている。
 個人のアイデアとパッションをベースにしたビールつくりが意図されており、発案者のアイデアを企業側が洗練することなくそのまま生かす商品開発が行われている。活動のポイントは、つくり手になったりビール好き同士で交流したりという、新しいビールの楽しみ方を体験として提供することにあり、コミュニティはその原動力に位置付けられる。コミュニティは、食をテーマにつながるコミュニティをサービスとして提供するキッチハイクが運営しており、コミュニティ構築、体験開発、商品開発、商品販売のプロセスを繰り返しながら拡大し、これまで約450回のイベントが行われ、延べ5000名が参加している。「それが人生」の新商品発表会と懇親会は、新型コロナ危機のためにオンラインで開催され、約100名が参加する消費者参加型発表会となり盛況であった。
 


山本 雅也 氏

蛸井 潔 氏

 


石井 ツヨシ 氏

太田 伸志 氏

 
 その後、各自がAmazonで事前購入した「それが人生」等の飲み物で乾杯をした上で、Zoomのチャット機能を用いて投稿された質問やコメントに基づき、活発な議論がなされた。議論の要点は以下の通り整理される。第1に、発案者と醸造担当者が静岡の工場で味わいながら話すなど、つくること自体を楽しむ緊密なコミュニケーションによって「情報の粘着性」の問題が乗り越えられている。
 第2に、ビール好きが集う場として形成されたコミュニティは、製品開発という目的を設定して企業が運営する共創コミュニティというよりも、ユーザー起業家の研究や消費文化研究において見出された市場創造に寄与する消費者コミュニティに類するものとなっている。商品開発においてユーザーのアイデアをそのまま使うことが意図されていることと合わせて、企業主導の共創というよりも、ユーザー主導のユーザー・イノベーションの実現を、各分野のプロフェッショナルが支援する仕組みになっているといえる。
 第3に、コミュニティにおいては、つくり手と買い手・飲み手のつながりがつくられており「市場の失敗」は回避される。そして、試作品をコミュニティで飲むことがマイルストーンとなっていることで、商品化に進むか否かの調査自体が、コミュニティに活力を与えるイベントになっている。つまり、段階的な商品開発が行われつつ、そのプロセスの繰り返しがコミュニティを拡大する役割を果たすという循環がつくられている。
 Zoomを用いてオンライン開催された今回の研究報告会では、口頭での議論と関連しつつ並行したやり取りがチャット上で行われるなど、今までにはない参加者同士のやり取りが実現された。オンラインで行われた「それが人生」の新商品発表会と飲み会が盛況だったことと合わせて、オンラインならではの利点および新しい楽しさを見出す可能性を感じさせた。
 

 
(文責:本條 晴一郎)

 
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