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研究報告会レポート

第9回ユーザー・イノベーション研究報告会(春のリサプロ祭り)レポート「リードユーザーとの革新的ビールの開発:サッポロビール “HOPPIN’GARAGE”」

第9回ユーザー・イノベーション研究報告会(春のリサプロ祭り)
> 研究会の詳細はこちら > 春のリサプロ祭り
 
テーマ:「リードユーザーとの革新的ビールの開発:サッポロビール “HOPPIN’ GARAGE”」
日 程:2019年3月16日(土)14:45-16:15
場 所:青山学院大学青山キャンパス
 

1. リードユーザーとの新製品開発手法
  西川 英彦(リーダー、法政大学 経営学部 教授)


左より土代裕也氏、西川英彦

 先端的なユーザーである「リードユーザー」の製品開発への参加はイノベーションをもたらす可能性がある。そのリードユーザーの探索方法は、表のように大きくは、「リードユーザー法」か「クラウドソーシング法」の両手法に分かれ、それぞれ探索対象が「ターゲット市場」か「先進類似市場」によりさらに分かれる。
 リードユーザー法は、企業がユーザーを探して依頼する方法であり、ユーザーは他者選択(企業探索)により選ばれる。まず、ターゲット市場、つまり開発分野のユーザーを探す場合は、「イノベーション・コミュニティ探索」が行われる。激しいスポーツコミュニティや、専門のオンラインコミュニティなどに所属するユーザーに、企業の担当者が競技大会やイベントなどに参加やサイトでの連絡により相談する。スノーボードやカイトサーフィンなどの激しいスポーツコミュニティや、モノづくりやプログラムあるいはハッカーサイトなどの専門のオンラインコミュニティでは、ユーザー自身による開発が行われているのだ。アイデアのあるリードユーザーに辿りつくことができるが、製品分野によっては適切なコミュニティが存在しない場合もありうる。
 次に、先進類似市場、つまり開発分野に類似していて、より技術が先進的あるいはより切実な状況の分野のユーザーを探す場合は、「ピラミディング探索」が行われる。リードユーザーによる紹介、その紹介、さらに紹介という感じで、より離れた先進類似市場のリードユーザーを人づてに探す。3Mでは、ピラミディング探索により、外科手術に伴う感染予防のための対処法を、顔面皮膚感染の予防に精通している舞台メークの専門家の知見で開発された。こうした先進類似市場のユーザーの方が、先進的技術や切実な状況があるため、ターゲット市場のユーザーに比べて、アイデアは斬新になるという。紹介なので背景も分かりアイデアの理解もしやすいが、分野が異なるためアイデアがないという可能性もありうる。その結果、探索に費用や時間がかかる。
 一方、クラウドソーシング法は、ネットを通じて、ユーザーに自ら応募してもらう場合であり、ユーザーは自己選択(ユーザー応募)により選ばれる方法である。まず、ターゲット市場のユーザーを探す場合は、「自社サイトで応募」が行われる。LEGO IDEASや、無印良品IDEA PARKなどがあり、多くの商品がユーザーのアイデアをもとに開発されている。たくさんのアイデアが集まるが、多数の中からリードユーザー(優れたアイデア)を選び出すことは難しい。そのため、LEGO IDEASでは、開発するアイデアもユーザーの投票により選択している。さらに、両社のように、自社に応募してくれる多くのファンが必要である。
 次に、先進類似市場の分野のユーザーを探す場合は、「第三者サイトで応募」が行われる。InnoCentiveでは、大手企業が自社の研究開発部門では対処できない課題を、ユーザーのアイデアにより解決している。解決者は、課題分野から離れた専門分野(先進類似)の知識をもつという。アイデアのある先端類似市場のリードユーザーに出会える可能性があるが、第三者サイトに支払う報酬などの費用がかかる。さらに、開発分野に関心がない可能性がある先進類似市場のユーザーが理解し応募したくなるような課題設定が必要である。InnoCentiveでは、競合対策もあり依頼企業が匿名であるが、この分野特定できないことが、先進類似分野のリードユーザーを引きつけている可能性があるのだ。
 サッポロビールのHOPPIN’ GARAGEでは、両手法を上手く使い、リードユーザーとのビール開発を試みている

 
リードユーザーの探索方法
表:リードユーザーの探索方法
 

2. 「こんなビール、できたらいいな」を実現するHOPPIN’ GARAGEの仕組み
土代 裕也(サッポロビール株式会社 マーケティング開発部マネージャー)


会場の様子

 HOPPIN’ GARAGE(ホッピンガレージ)は、「こんなビール、できたらいいな」というあなたの空想を実現し、特別なビールを仲間とシェアできる、サッポロビール運営のサービスである。「楽しくて、つながる」をとことん突き詰め、新しいビール文化をつくりたい!という想いから、2018年10月に開始した。ビール開発にあたって、両手法を使いリードユーザーを探索している。
 その開発プロセスは4段階となる。第1段階は、両手法で、ユーザーの自分が飲みたいビールの企画案をユーザーから収集する。第2段階は、審査を経てアイデアが採用されると、サッポロビールのブリュワーとの開発会議を実施する。レシピだけでなく、ロゴやイベントの計画も同時に行う。約2カ月後、ビールが完成する。第3段階は、ビール好きのいるコミュニティ(本事業で提携するキッチハイク(東京・台東)の運営による食コミュニティ)上でイベントを告知し、できたビールで乾杯する。すでに1000人を超える参加者が乾杯している。最終の第4段階として、イベントでの評判が良ければ、商品として売り出す可能性をもつ。
 すでに両手法を通して探索されたリードユーザーによって新規性の高いビール6品が生まれた。まず、リードユーザー法により4品が開発された。それらは、ビール醸造経験があり、提携企業のキッチハイク共同代表の山本雅也氏による「探検するハニーエール」や、スープストックトーキョーなどを運営するスマイルズの遠山正道社長による「婚姻のグレジュビール」、ビアバー店主の森シュンロウ氏による「Night Rally」、そして、日本ビール検定1級所持し、1万人以上のフォロワーと一緒に乾杯するのが日課というタレントの古賀麻里沙さんによる「チョコミントビア」である。探索には、ピラミティング法が利用された。コアなビールユーザーだけではなく、その周辺にいてビールとは異なる分野に専門性やコミュニティを持っている方への意図的な依頼や、HOPPIN’ GARAGEの持つ世界観への共感をベースとした人の紹介による探索を実施した。
 一方、クラウドソーシング法により2品が開発された。それらは、「佐世保スイングエール」、「とりあえずエダビー」である。HOPPIN’ GARAGEサイトでの専用応募フォームに記載することから始まる。一人だけが欲しいというビールかもしれないが、強烈につくりたいという熱い想いが重要である。そのアイデアをもとに、ビール開発のプロが審査し、決定する。
 こうして、立ち上げから月1品ベースで、いままでにないビールが開発されている。これらの2つの手法を継続的に実践するためには裾野の広いビールコミュニティが必要であり、そのためにも取り組み自体をサービスとして楽しめるようにし、多くの人が関与したいと思える設計にすることを心がけている。
 

3. ディスカッション

 講演者両名での対談および参加者を交えての質疑などのディスカッションを実施し、リードユーザーによるユーザー・イノベーションをもたらす仕組みについて議論を深めた。
 HOPPIN’ GARAGEでは、両手法を実施することで、クラウドソーシング法を自社サイトで実施することによりターゲット市場のリードユーザーを探索し、リードユーザー法をピラミティング探索することにより、先進類似市場のリードユーザーを探索することができている。さらに、提携するキッチハイクの食コミュニティを活用することで、先進類似市場のリードユーザーを探索できるという可能性をもつ。
 このように両手法の併用で、具体的アイデアのあるターゲット市場のユーザーだけでなく、先進類似市場のユーザーを探索することに成功している。さらに、ブリュワーが考えたこともないユーザーのアイデアを、ブリュワーの技術力と組み合わせて開発するので、ブリュワーに多くの新しい知識や技術が蓄積されていく可能性をもつ。現在は、第4段階の商品化までは至っていないが、両手法の相互の課題を補完できる仕組みのため、今後の市場成果が期待される。
 

(文責:西川 英彦)

 
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