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研究報告会レポート

第11回ユーザー・イノベーション研究報告会レポート「マーケティング活動におけるリード・ユーザーの活用法:ワークマン独自のユーザーイノベーション『アンバサダー・マーケティング』」

#いまマーケティングができること

第11回ユーザー・イノベーション研究報告会(春のリサプロ祭り・オンライン) > 研究会の詳細はこちら
 
テーマ:マーケティング活動におけるリード・ユーザーの活用法:ワークマン独自のユーザーイノベーション「アンバサダー・マーケティング」

  1. リード・ユーザー法の意義と課題
    水野 学(日本大学 商学部 教授)
  2. ワークマン独自のユーザーイノベーション「アンバサダー・マーケティング」について
    林 知幸(株式会社ワークマン 営業企画部 広報部 部長)
  3. ディスカッションと質疑応答
    水野 学(同上)、林 知幸(同上)

日 程:2021年3月13日(土)16:30-18:00
場 所:Zoomを用いたオンライン開催
 
【研究報告】
1. リード・ユーザー法の意義と課題
 オンラインで行われた報告会はまず、水野氏によるリード・ユーザー法の意義と課題の整理から始まった。近年、企業ではなく消費者(ユーザー)がイノベーションを生み出す「ユーザー・イノベーション」の研究や実践が広がっている。魅力的なイノベーションを生み出すユーザーは「リード・ユーザー」と呼ばれ、(1)市場の最先端に位置し、一般ユーザーよりも早く問題に気づき、(2)問題解決によって大きな利益を得る、という2つの特徴がある。例えば、PCを戦場で使用する兵士や、フライパンを毎日使う料理人は、通常のユーザーよりも製品の耐久性やトラブルなどの問題に早く直面し、イノベーションにより問題が解決することで得られる利益も一般ユーザーより大きい。
 

水野 学 氏
 
 こうした革新的なユーザーを製品開発に取り込もうと、多くの企業がユーザーとの共創を推進している。ユーザーは問題を熟知しているため、イノベーションに必要な機能デザイン(問題の特定や解決策のコンセプト)を生み出すことは得意だが、技術デザイン(製品化に耐えうる技術的な完成度)は企業の方が得意であり、両者が共創することには意義がある。
 ユーザー共創の手法には主に(1)少数のリード・ユーザーをピンポイントで発掘するリード・ユーザー法と(2)多数のユーザーを集めてアイデア・コンテストなどを行うコミュニティ法の2つの手法が存在している。リード・ユーザー法にはアイデアの革新性の高さという特徴があるものの、コミュニティ法と比較すると製品開発手法としての使いにくさや、製品開発後の商業化に課題がある。ところが今回のゲスト企業であるワークマンは、リード・ユーザーをピンポイントで探し出し、その人たちと一緒に製品開発に取り組むリード・ユーザー法を取りながら、同時にそれをきちんとビジネス、販促にもつなげるという「アンバサダーマーケティング」により、この問題を解決している。私も本日の報告を楽しみにしていると述べて、水野氏による解題報告は終了した。
 
2. ワークマン独自のユーザーイノベーション「アンバサダー・マーケティング」について
 続いて林氏より、ワークマンによるリード・ユーザー法が報告された。ワークマンは2019年にリード・ユーザーと製品開発や情報発信を行う「アンバサダー・マーケティング」を開始したが、それ以前から顧客の声を製品開発に反映させてきた。ワークマンは創業以来作業服を主に取り扱ってきたが、店舗や作業現場で聞いたお客様の声を製品開発に積極的に取り入れるという文化が素地としてあった。近年、事業ドメインを作業服から機能性ウェアへと進化させ、アウトドアやスポーツ分野に進出しているが、当然その分野に精通している社員は少ない。その際、その分野のプロに話を聞いて製品開発を行おうと考えるのは同社にとっては自然の流れであった。
 

林 知幸 氏
 
 アンバサダー・マーケティングにおけるユーザーの役割は(1)製品開発への参加と(2)情報発信の2つである。企業が金銭を支払い宣伝してもらう、いわゆるインフルエンサーマーケティングとは違い、ワークマンではアンバサダーには交通費等の経費以外には金銭の支払いはしていない。また、情報拡散には期待してはいるものの、最初から影響力が高かった人は少ない。それよりも重視しているのは、ワークマンを愛していることと、ワークマン製品のヘビーユーザーであることだ。現在、アンバサダーは30名で、うち10名は製品開発と情報発信を、残りの20名は情報発信のみを依頼している。アンバサダーと共同開発した製品は自社開発製品よりも高い販売実績を記録している。
 アンバサダーは自薦他薦は一切お断りで、弊社担当者がインターネットで見つけたり、店舗のスタッフからの情報で見つけたりする。特に、ブログやYouTubeなどでワークマン製品を熱く語っている人を探している。これぞというユーザーを発見したら、ダイレクトメールで連絡を取り、メッセージのやり取りや実際の対面を通じて2〜3ヶ月かけて信頼関係を築いた上で、アンバダサーに就任していただく。製品に対する要望やアイデアを持っているかという点に加えて、その人自身がSNS等で自身のフォロアーと会話できているか、という点にも着目して選んでいる。
 具体的にどのようなアンバサダーがいるのかを紹介したい。アンバサダーの第1号はキャンプ女子のサリーさん。すべては下記の左の写真から始まった。店舗のスタッフから「最近、溶接用の作業服の問い合わせが増えている」と聞き、あまり売れていない製品だったのでおかしいなと思って自分で調べてたどりついたのがこの写真だった。溶接用の服をなぜ女性が、と思いSNSのメッセージ機能を通じて聞いてみると、キャンプの焚き火にぴったりあること、他社のものは高いがワークマンは安くて良いこと、さらにはBBQ特有の匂いがつきにくいから選んでいるということがわかった。興味を惹かれて実際に店舗で対面すると、この製品に対する不満が数多く出てきた。具体的には、ファスナーが付いておらず頭から被るタイプなので、お化粧が取れてしまうなどの問題点を指摘された。そこで、サリーさんの要望をぶつけてもらう形で共同開発を行なったのが右の写真で、とてもよく売れた。サリーさんは「売れなかったらどうしよう」と不安そうにしていたが、実はキャンプ用で売れなくても作業服として売れるという確信があったため、心配しないでくださいね、と言った。このような2方面での販売が可能なこともあり、これまでアンバサダーとの共同開発で失敗して売れ残ったものは1つもない。
 

 
 共同開発製品が良く売れる最大の理由は、アンバサダーが製品開発段階から自らのブログやSNSで情報発信を行うためだ。発売前から待っている顧客が多く、発売後1ヶ月程度で完売することが多い。ワークマンもアンバダサーを応援するために、またモチベーションを保ち続けてもらうために、店内のPOPやカタログ、イベントなどで積極的にアンバダサーを登場させている。サリーさんに関しては「ガイアの夜明け」や自社のCMにも登場してもらった。数千人だったTwitterのフォロアーも、今では1万人を超えている。ワークマンからは報酬はないが、ブログやSNSを通じた広告収入につながっているので、Win-Winの関係だと考えている。
 他にも、狩りをしている女性のNozomiさんと共同で開発した鮮やかな色の防寒ブルゾンや、バイクのギヤテストをしている男性の大屋さんと共同開発した機能的なバイクウェアなど、いずれも良く売れている。
 今後は、アンバサダー・マーケティングの推進によりもっと広告宣伝費を減らしていきたい。そうすれば、製品をもっと安くお客様に提供することができる。とはいえ、アンバサダー・マーケティングはまだまだ手探りの状態なので問題点も色々とあるが、今はこの手法をさらに深化させたいと考えている。
 
3. ディスカッションと質疑応答
 残りの時間は、研究会メンバーや参加者からの質問に答える質疑応答を行なった。会場からは、「ユーザー目線が魅力だったアンバサダーが徐々にメーカー目線に変わってしまうのではないか」「本業である作業服にはどの様な影響があるのか」など活発な質問や意見交換が行われ、名残惜しい雰囲気の中で終了時間を迎えた。
 
 林氏によれば、ワークマンのようなユーザー共創を行なっている企業は少ないという。今回の講演を通じて、この様なユーザーとの共創を実現させるには最適なリード・ユーザーを発掘するだけでなく、顧客の声を真摯に聞く姿勢や、製品開発を準備段階から情報公開するなど、顧客志向でオープンな企業文化を持つことが重要だと感じた。水野氏によれば、近年コミュニティ法に比較すると研究が少ないリード・ユーザー法であるが、これを機に実践や研究が増えることが望まれる。
 
(文責:岡田 庄生)

 
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