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研究報告会レポート

第4回物語マーケティング研究報告会レポート「ナラティブ・ブランディングにおける賛否両論アプローチの事例研究」

#いまマーケティングができること

第4回物語マーケティング研究報告会(春のリサプロ祭り・オンライン) > 研究会の詳細はこちら
テーマ:ナラティブ・ブランディングにおける賛否両論アプローチの事例研究
報告者:櫻井 光行(尚美学園大学 教授)
    牧口 松二(株式会社博報堂 マーケティング戦略局 局長代理)
    和田 久志(株式会社電通 統合マーケティング・プロデューサー)
    岩井 琢磨(株式会社顧客時間 共同CEO 代表取締役)
日 程:2021年3月13日(土)10:30-12:00
場 所:Zoomによるオンライン開催
 
【報告会レポート】
 物語マーケティング研究会は、物語マーケティング理論と実践を研究テーマとし、研究者と実務家が共に取り組んでいる研究会です。物語マーケティングは構造主義を基盤として、言語学や心理学など多様な領域と関わりながら発展しています。また昨今では情報化社会の進展から、人と人との間での「語り」がブランド価値や顧客の行動変容にこれまで以上に大きな影響を与えるようになってきています。これを受けて物語マーケティングにおける焦点も、「マスメディアによる大量流通」を前提とした「完成されたコンテンツとしての『物語』」(ストーリー)の構造研究から、「顧客との相互対話」を前提とした「意味共創プロセスとしての『もの語り』」(ナラティブ)の構造研究へと変わってきていると考えられます。
 
 当研究会では、近年さらに注目を高めるナラティブを現在の社会環境におけるブランディングに活用することを「ナラティブ・ブランディング」と捉え、今回の研究報告会ではその実践事例のケース分析を発表しました。取り上げたのは、NIKE・PANTENE・GODIVAの3つ。これらはナラティブの中でも「賛否両論」の語りを引き起こすことで、ブランディングにおける効果を上げた事例です。これらを「ナラティブ・ブランディングにおける賛否両論アプローチ」として見立て、その構造と取り組みを記述的に取り上げました。さらにそこから、ナラティブ・ブランディングを実践するための要諦を、インプリケーションとして考察しました。
 
 NIKEは近年、米国及び日本で人種差別を取り上げるCM動画を発信し、大きな議論を呼びました。またPANTENEは2018年から、日本における画一的な髪型を強いる就活活動の慣習を取り上げたキャンペーンを行なっています。さらにGODIVAは2018年に「日本は義理チョコをやめよう」と呼びかける広告を日経新聞に掲載し、話題と共に賛否両論を巻き起こしました。
 

「動かしつづける。自分を。未来を。 The Future Isn’t Waiting. | Nike」
 
 これらの事例はいずれも自らの「現場(フィールド)」としての社会を規定し、そこで生活者が共通して感じている課題を「文脈(コンテクスト)」として取り上げています。NIKEは米国・日本社会における人種差別を、PANTENEは日本ビジネス業界における多様性への不寛容を、GODIVAは日本の職場におけるジェンダー(性役割)の強要に着目。さらにその課題への自らの「態度(アティテュード)」を、企業として明確に示しているところに特徴があります。そしてこれによって賛否両論という「もの語り(ナラティブ)」がその現場で巻き起こります。このことがブランドの存在を際立たせ「新しいブランドへの関与(リレーション)」を生み出します。さらには支援者と反対者の存在を際立たせることになり、支援者からの熱狂と支援購入という「つながり行動(エンゲージメント)」を引き出しているのです。結果として特にNIKEの事例では、オンライン売上の劇的な増加と同社過去最高の株価という、大きな事業的な成果に繋がっています。
 
 この構造は、単に「ブランドが優れた物語(ストーリー)を発信したことによる個々の態度変容」に留まらず、「受け手である顧客がこれを能動的に解釈しもの語る(ナラティブ)という行為を引き起こし、その相互作用が現場(フィールド)におけるブランド価値を規定し際立たせていく」というダイナミックなプロセスとして捉えることができます。この構造こそがナラティブ・ブランディングのメカニズムであり、そのプロセスが明確に浮き彫りになる賛否両論アプローチは正にナラティブ・ブランディングの典型的な方法論と言えます。
 
 最後にこれらの事例研究から引き出された、ナラティブ・ブランディングの要諦が考察されました。つまりナラティブ・ブランディングを実践しようとする企業が持つべきものは何かということです。ここでは2つの要諦が示されました。ひとつめは「戦略主体の明確化」です。今回取り上げた企業あるいはブランドは、「自らが示す企業としての態度を支援してくれる人が我々の顧客である」という明確な考え方を持っています。網羅的な顧客に好かれようとするのではなく、好き嫌いを先鋭化させて選択的な顧客設定を行なっていると言えます。ふたつめは「判断主体の明確化」です。これらの選択的な顧客設定を行い、そこに向けて人種差別や性差別といった社会課題を取り上げて語りかける訳ですから、炎上するリスクも許容していなくてはなりません。そのためその実行の判断は経営として責任を持つことになります。今回のケースで取り上げた3社はいずれもブランディングを経営課題として捉え、経営あるいは事業責任者が意思決定を行なっていたからこそできた事例と言えます。これらを踏まえて、これからのブランディングにおいては、ブランディングそのものをより経営レイヤーで捉えることが重要になってくるのではないかという視座が示されました。
 

「ナラティブ・ブランディングの要諦」当日報告資料より
 
 今回の報告会には、多様な専門性や背景を持つ方々、40名弱がオンラインから参加してくださいました。発表後の質疑の時間では、研究会メンバーである一橋大学の松井教授、中京大学の津村准教授からも着目点へのコメントや意見が出されました。さらに参加頂いた企業支援者の方、大手企業の経営層の方や心理学を専門とされる先生方からも発言があり、非常に興味深く先端領域であることへのコメントと質疑を寄せて頂きました。
 今回の報告会を行なった「リサプロ祭り」はオンライン開催となりましたが、オンラインだからこその時間や距離に縛られない発表を行うことができました。また発表者と参加者の距離が近く、共に研究テーマについて考えて頂けるという大変有意義な発表会になりました。
 
(文責:岩井 琢磨)

 
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