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研究報告会レポート

第17回医療マーケティング研究報告会レポート「ナッジの本質と適用可能性」

#いまマーケティングができること

第17回医療マーケティング研究報告会(春のリサプロ祭り・オンライン) > 研究会の詳細はこちら
 
テーマ:ナッジの本質と適用可能性
日 程:2022年3月19日(土)10:30-12:00
場 所:Zoomによるオンライン開催
 
【報告会レポート】
「ナッジの本質と適用可能性」
演者:福吉 潤(株式会社キャンサースキャン 代表取締役 NPO法人Policy Garage 理事)

 NPO法人Policy Garage はナッジを普及させることを目的に、省庁や自治体職員、大学、民間の教職員がメンバーとなり、2021年1月に設立されました。今日はナッジを実践する立場から、ナッジの活用可能性、ナッジの限界、ナッジのテクニックについて紹介します。
 
 P&Gで洗剤等のマーケティングを担当した後、ハーバードビジネススクールに留学していた際に参加をした公衆衛生大学院の勉強会で「病気の早期発見・早期治療のためには、検診の受診が必要だ。だが、日本の検診受診率は低い。これはマーケティングの課題ではないか?」という問いを投げかけられました。まさにその通りだと思い、「医療が見つけた課題をマーケティングが解決する」というコンセプトをもって、キャンサースキャンを立ち上げました。ビジネスの世界から公衆衛生の現場に入ると、住民の健康や生活習慣に関する課題が解決していかないのは知識が不足しているからであり、教育・啓発等を通じて知識を得れば行動するはず(べき)だという考えが定着しているように思われました。マーケティングの世界では「知ること」と「行動すること」、「伝えること」と「伝わること」は別ものという認識ですから、そのギャップを埋めることが重要です。がん検診は市町村からの助成がある点に着目をしてバリューリフレーミングの手法を使い、2種類のチラシを作成し、ABテストを実施、成果を得て手ごたえを実感しました。また、このABテストという手法は、公衆衛生などの研究で用いられるRCT(randomized controlled trial:ランダム化比較試験)と親和性が高いことも分かりました。
 こうした取り組みを加速化させる理論的な枠組みを探していた中で出会ったのがナッジ理論です。これは非合理的である人間がいかに意思決定するかという行動経済学をベースに、強制せずに自然と選択に導く方法を体系化したものです。ある選択が科学的には非合理的であっても、ヒューリスティクス、社会的選好、プロスペクト理論、現在バイアスといった認知的なバイアスにさらされた場合には、合理的だと思えてしまうことがある、これがナッジの本質だと考えています。
 
 このプロスペクト理論を活用したナッジの実践事例として、大腸がん検査の送付を紹介します。ある自治体では、前年度に大腸がん検診を受けてくれた住民を対象に、自宅に検査キットを送るというサービスをしていましたが、実施率の向上が課題でした。そこでキットと同封するハガキに、今年も受診すれば来年も送ります、という「利得」を打ち出したメッセージと、今年受診をしないと来年は送りません、という「損失」を打ち出したメッセージの二つを用意してテストをしました。結果としては、損失を打ち出したメッセージの方が受診率は高く、40代女性において最も大きな差がつきました。こうした工夫の好事例は、厚生労働省の受診率向上施策ハンドブックで多く紹介しています。実践にあたって参考になるイギリスのBIT(Behavioural Insights Team)という組織が提唱するEasy、Attractive、Social、Timelyの頭文字を取ったEASTの考え方に基づいています。
 情報量は絞った方が良い、選んで欲しい選択肢をデフォルトに、といったナッジの活用に対する違和感として、十分な情報をもとにした意思決定であるべき、選択は本人の自由意志であるべき、という意見を頂戴することがあります。インフォームドコンセントを重視する医療の現場から発せられる当然の意見だと思います。しかし、単純な動作指示であっても情報量が多いと間違えてしまう、こうした間違いをしやすい社会的階層が一定数存在する、という現状を踏まえると、伝わるような伝え方をすることに責任があると考えていますし、ナッジを用いなくても何らかのバイアスにさらされてしまうことに変わりがないとも思います。むしろ重要なのは「ナッジを活用して勧めるその健康行動は本当に正しいのか」であり、身につけなければならないのは「エビデンスに基づくことを推し進めるという倫理観」、「エビデンスの有無・強弱を読み解く疫学的知識」なのではないかと思います。
 
解説・ディスカッション
福吉 潤(同上)
原 広司(横浜市立大学 国際商学部 准教授)
的場 匡亮(昭和大学大学院 保健医療学研究科 准教授)

 横浜市立大学の原先生より講演の解説として、テーマとなったがん検診のメリット・デメリットや受診率の推移、ナッジ理論は弱者にスポットを当てた点で政策ツールとして注目されている点、世界に広がるナッジユニットなどの紹介を頂きました。その後のディスカッションでは参加者からの多くの質問・コメントを頂き、予防医療以外の医療分野でのナッジ理論活用、マーケティングとナッジの関係や相違点、セグメンテーションに基づくナッジの適用など幅広い議論が交わされ、報告会が終了となりました。
 

 
(文責:医療マーケティング研究プロジェクト リーダー 的場 匡亮)

 
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