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研究報告会レポート

第20回プレイス・ブランディング研究報告会レポート「アーティストが捉える場所(プレイス)の可能性 ― リアルな場所とバーチャルな場所 ―」

#いまマーケティングができること

第20回プレイス・ブランディング研究報告会(春のリサプロ祭り・オンライン) > 研究会の詳細はこちら
 
テーマ:アーティストが捉える場所(プレイス)の可能性 ― リアルな場所とバーチャルな場所 ―
基調講演:椿 昇 氏(現代美術家 / 京都芸術大学 教授)
ファシリテーター:若林 宏保 氏(クリエーティブディレクター / 横浜商科大学 教授)
日 程:2023年3月18日(土)14:45-16:15
場 所:Zoomによるオンライン開催
 
【報告会レポート】
 近年、アーティストやクリエイターが地域に関わり、地域が変容していくケースが各地で見られるようになってきました。そこで、今回の研究会では様々なアートシーンで活躍する椿昇氏をゲストに招き、アートにも造詣の深い若林氏のファシリテーションのもと、「アートとプレイスがどのように結びついていくのか」について考えていきました。
 

 
 「アートにもルールがある。(中略)権威主義に満ちた日本のアート界は世界と大きくかけ離れている。」という痛烈な批判から椿氏の講演がスタートしました。世界で最も美術館に行くのは日本人だが、世界で一番アートを買わない不思議の国であるとのこと。美術教師の経験を持つ椿氏によると、美術教育が過保護な装置になり、権威主義的なアートの世界になってしまったとのことでした。
 

 
 椿氏は、所属する京都造形芸術大学(現、京都芸術大学)において、卒展をアートフェアとして作品を売る場にすることで、学生の作品の質を上げるといった改革を成功させました。その後、京都府の依頼を受けて、京都の若手アーティストの作品を中心にしたアートフェアであるアーティストフェアKYOTOを企画・成功させ、京都に新たな現代アートの風を吹かせています。こうした成功体験の前提として、椿氏が2010年と2013年にエリアディレクターを務めた瀬戸内国際芸術祭小豆島プロジェクトがありました。
 小豆島は狭いエリアに雄大な景観があったため、現代アートだけでなく、デザインと建築を加え、地域住民のために新しい文化装置を作ろうと考えたそうです。京都造形芸術大学の学生の手によってクリエイター活動の拠点となる廃屋をリノベーションし、塩田町長(当時)やジャンボフェリーの加藤会長の協力を得て、高速光ファイバーの整備や神戸からのフェリーの寄港再開といったインフラを整えました。地元の食材を使ったジェラート店の誘致や造船所での作品作りなど、できるだけ地元にお金が落ちるように心がけたところ、小豆島が再発見され、多くの観光客や移住者が押し寄せたそうです。現代アートの聖地である直島があったからこそのプロジェクトですが、現在もその効果は続いていると言います。
 椿氏はアートの構造の中で瀬戸内国際芸術祭を理解する必要があるとして、アーティストを育む7プレイヤーズを紹介してくれました。第一はエンドユーザーとしての企業や個人。日本を代表する個人コレクターや自身も関わったユニバーサル・ミュージックのコーポレート・コレクションなどがあります。第二がプライマリーであり、ギャラリーとアートフェアが含まれます。第三のセカンダリー(オークション)はプライマリーがあって初めて成り立つ世界だそうで、このセカンダリーに出ないアーティストは歴史に残らないとも言えます。そして、第四が瀬戸内国際芸術祭に代表されるビエンナーレ・トリエンナーレというお祭りです。日本人には物見遊山したいという、お伊勢参りやお遍路のDNAがあるそうで、国際芸術祭を現代版のお遍路だと考えているとのことでした。
 第五のミュージアムはヘッジ機関として、作品の収集が第一目的であるはずなのに、日本の場合はイベント会場となっているところも多いとの指摘がありました。第六のアーティスト・イン・レジデンスも、世界各国からの同世代のアーティストが集まり、ネットワーキングする場所として重要であり、日本には更に増えるべきものです。第七が椿氏も所属する芸術系の教育機関であり、常に開かれていることが重要で、第一線のアーティストが常に身近にいる状態が理想であるとのことでした。
 こうした七つのプレイヤーに対して、日本は公金をベースとしたアート祭の比重が高く、アートの価値共創体(プラットフォーム)が育っていないところが大きな課題として、若林氏より指摘されました。
 

 
 講演の最後に、web3.0の話がありました。最近は作品を3DスキャンしてNFT(Non-Fungible Token)でデジタルな世界に挑戦しているそうです(プロジェクト名:Space Colony Tsubaki)。メタバースでは、3次元モデルを自由に安価につくれるようになると、素人でも次々と三次元に参入するので印象派時代と同じようなことが起こるのではないか、とのことでした。椿氏は、そのような世界での仕組みづくりに挑戦していますが、NFTなどでは直接性(direct)と信頼(trust)がますます重要になるだろうとのことでした。
 質疑応答では、「地域と関わるきっかけ」や「アート以外に、建築やデザインを重視した理由」など小豆島プロジェクトの話に質問が多く集まりました。
 
 痛烈な批判やジョークも交えた軽妙なトークと圧倒的な作品のスライドの中に、これからの日本のアートはどうあるべきか、日本においてアーティストはどのように育っていくべきか、についての椿氏の強い信念と愛情が感じられました。最後は、「本物のアーティスト、ギャラリストなどは次世代を育てるために協力してくれる。また、欧米のコレクターに作品を買う概念はない。未来に届けるために、一旦お預かりするという考え方を持っている。だからこそ、アーティストを食べさせるために作品を高く買う、ということを知っておいてほしい。」という言葉で、締めくくってくれました。今回は様々な作家やその作品、アート関係者の世界も知ることができ、アートの世界から場所(プレイス)を考える90分になりました。

 
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