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第8回ナラティヴ・マーケティング研究報告会レポート「ナラティヴ・マーケティングの可能性 ― カルチュラル・ブランディングにおける物語戦略 ―」 |
第8回ナラティヴ・マーケティング研究報告会(三都市カンファレンス:大阪会場) > 研究会の詳細はこちら
テーマ:ナラティヴ・マーケティングの可能性 ― カルチュラル・ブランディングにおける物語戦略 ―
報告者:牧口 松二(九州産業大学 商学部 経営・流通学科 教授)
松井 剛(一橋大学 経営管理研究科 経営管理専攻 教授)
増田 明子(専修大学 商学部 教授)
櫻井 光行(尚美学園大学 スポーツマネジメント学部 教授)
津村 将章(神奈川大学 経営学部 准教授)
和田 久志(株式会社電通 アカウントリード部長)
大野 幸(株式会社資生堂 Global Brand Unit Senior Manager)
日 程:2025年3月8日(土)12:10-13:20
場 所:武庫川女子大学 中央キャンパスおよびZoomによるオンライン開催
【報告会レポート】
報告会要旨
カルチュラル・ブランディングは、商品やサービスの機能的利点だけでなく、その背景にある文化的物語を構築することで、ブランドの意味を深化させる戦略である。この手法は、既存の価値観や慣習を再解釈し、新しい視点から文化を捉え直すことで、消費者の感情や経験に訴求するブランド体験を創出する。
本報告会では、Holt(2004)の理論を基軸として、ブランドがいかに社会的コンテクストを把握し、それを戦略的に活用しているかを検討した。具体的には、社会的課題や歴史的背景がブランド・ナラティブにどのように組み込まれ、消費者の共感を生む物語として機能しているかを、日本企業の事例を通じて分析した。
これらの文化を再創造する取り組みは、表層的なイメージ戦略を超えて、消費者とブランドが共創する持続的な関係性の構築を可能にするものである。
報告内容
1. 理論的枠組みの提示
本報告会では、まず牧口氏がHoltの「Cultural Strategy」の理論的概要と先行事例について説明を行った。Holtの理論において、ブランドは消費者に対して「アイデンティティ神話(identity myth)」を提供する存在として位置づけられる。これは、消費者が自己のアイデンティティや社会的役割を構築する際に参照する象徴的な物語である。
さらに、文化的テキストとしてのブランドを理解・発展させるために、「物語(ナラティブ)」の概念が重要であることが強調された。本研究会では、Holtの理論を実務に応用する際の課題を克服するため、以下の3つの観点から発展的なフレームワークの提案を行った。
実用性:理論の具体的な実装方法
継続性:長期的な戦略維持の仕組み
再現性:成功パターンの再現性
本フレームワーク(図1)は、カルチュラル・ブランディングの視点を組み込んだ実践的なモデルとして構築された。

図1 カルチュアルブランディングの視点を組み込んだフレームワーク
2. 日本企業における実践事例
提示されたフレームワークに基づき、日本企業3社の事例分析を行った。
事例1:株式会社ヤマップ
ヤマップは、登山・アウトドア向けWebサービスおよびスマートフォンアプリの開発・運営を中心に、山・自然を活用したコンサルティング事業を展開している。同社は、従来の「登山=頂上を目指す活動」という価値観から脱却し、新たな文化的意味を創造した。
同社のアプリケーションを通じて、登山は単なる身体活動から、生活の質(QOL)向上の手段、さらには登山者同士をつなぐコミュニティ・プラットフォームへと変容した。この文化的イノベーションにより、登山市場そのものが再定義されたといえる。
事例2:株式会社クラシコム
「北欧、暮らしの道具店」を運営するクラシコムは、2000年代の日本における経済停滞期という社会的文脈を背景に、新たな価値観を提示した。当時の日本社会が抱える閉塞感や将来への不安という葛藤に対し、北欧ライフスタイルの丁寧な暮らしという文化的シンボルを活用した。
同社は、自己の価値観に基づいた消費と時間の使い方を重視する層をターゲットに、YouTube、Instagramなどのデジタルメディアを通じて、独自のコンテンツを制作・発信している。これは、物販を超えたライフスタイル提案型のカルチュラル・ブランディングの事例といえる。
事例3:株式会社スープストックトーキョー
スープストックトーキョーは、「Soup for all!」という理念のもと、離乳食後期の無料提供を全店舗で開始した。この施策は一部で賛否両論を呼び、SNS上での議論を巻き起こした。
しかし、この事例は「インクルーシブな社会」という新たな文化的価値観を背景に、ブランドの理念と姿勢が支持者層によって擁護され、結果的にブランド・アイデンティティが強化されたといえる。社会的な対立構造を乗り越え、新たな文化的意味を創造したカルチュラル・ブランディングの事例である。
本報告会で検討した3つの事例は、いずれも既存の文化的枠組みを再解釈し、新たな意味を創造することで市場での独自のポジションを確立している。カルチュラル・ブランディングは、単なるマーケティング手法を超えて、社会における新たな価値観の創造と普及を促進する戦略的アプローチとして機能していることが確認された。
(文責:津村 将章)

