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研究報告会レポート

第36回価値共創型マーケティング研究報告会レポート「ソーシャル・ビジネスにみる価値共創マーケティング」

#いまマーケティングができること

第36回価値共創型マーケティング研究報告会(春のリサプロ祭り・オンライン) > 研究会の詳細はこちら
 
テーマ:ソーシャル・ビジネスにみる価値共創マーケティング
日 程:2022年3月19日(土)13:00-14:30
場 所:Zoomによるオンライン開催
 
【報告会レポート】
1. ソーシャル・ビジネスにみる価値共創マーケティング
 藤岡 芳郎 氏(大阪産業大学 経営学部 教授)

 藤岡先生は、伝統的な経営学の視点と価値共創マーケティングの視点の違いを比較して、価値共創マーケティングは、伝統的な経営学がフィールドとしなかった顧客の(日常生活の)領域での検討を可能にするものであると説明します。これは、生活者の立場への関与を可能にするもので、生活時空間で機能する企業活動を対象にすることを可能にするといえます。また、この領域において重要になるのは、顧客が価値を主導する環境ですので、価値共創の視点が欠かせないほか、顧客との関係性が重要になります。そこで顧客との長期的な相互作用が生まれ、顧客の生き方や行動を尊重する利他的な影響力を持つことができれば、企業は望ましい活動を展開すると考えることができます。
 こう考えたとき、サービス社会に必要なマーケティングのロジックでみると、企業(サービス・プロバイダ)は、顧客の生き方や行動を尊重する利他的な影響力となれるだけの、顧客の生活世界に入り込める力や、組織内における理念の浸透などが必要という発見をもたらします。これを、価値共創型企業システムということができ、サービス・プロバイダのリーダーには、顧客の日常生活における問題を解決しようとする強い思いや、そのための情報発信力が必要なほか、よりよいサービスを提供するための関係構築に向けて、自治体やほかの企業との連携を図ることが大切になります。同時に、組織内部においては理念の浸透を重視し、望ましい社会の発展に寄与する企業活動を推進する力が必要だと考えられます。
 このように考えていくと、サービス・プロバイダと顧客の関係は、市場性のある環境に身を置き収益性を求めようとするのではなく、顧客の生活世界から検討する必要があるでしょうし、顧客の問題解決を可能にする、望ましい社会の構築に向けた活動を推進するという強い信念を基に、組織の内部と外部を統合しながら活躍する必要があります。ソーシャル・ビジネスやコミュニティ・ビジネスとは、このようにして機能するものであり、まさに価値共創マーケティングのフレームでみた方が読み解けると考えられます。さて、サービス・プロバイダは生活世界で顧客にどのようなサービス提供を行うのか、また、顧客の生活時空間で行う活動を展開するために、どのように組織内部と外部を統合しているのでしょうか。こうした問題意識に基づき、AsMamaの取り組みを見ると、興味深い発見が幾つも見つかると考えます。藤岡先生は、以上のような考え方に基づいて、AsMamaの事例に注目する意義をご説明になりました。
 

 
2. 社会課題解決と経済価値創出を両立するコミュニティ事業を通じて
 甲田 恵子 氏((株)AsMama代表取締役 / シェアリングエコノミー協会理事)

 甲田様は、子育てシェアのサービスを提供する企業の代表取締役でいらっしゃいます。子育ての負担を軽減するサービスの提供を通じて、女性の社会進出や自立を促進させる仕組みを提供していらっしゃいます。
 甲田様のお考えははっきりしていて理念は明確です。しかしながら、そのサービスを身近に感じたら、サービスの利活用はどんどん増えるかといえば、そうでもありません。実際には「子育てをお願いするお友達がいない」という女性は98%に上るといいます。同社は2つの共助アプリ「子育てシェア」及び「マイコミュ」を利用して、子どもを預けたいというニーズと預かるというマッチングや、地域課題の解決を図っています。また、アプリの利活用に留まらず、子どもを預かる方の信頼を持たせるために、コンシェルジュの資格を付与したり、親子が触れ合う交流イベントを企画運営したりすることも始めます。こうすることで、サービスのマッチングに留まらず、子育てを通じた問題解決に端を発したコミュニティづくりを目指すことができます。お友達がいないというママもイベント参加などを通じて問題解決を共有することで、コミュニティの仲間入りを果たし、いきいきとした日常生活を送ることができます。
 このリアルとオンラインの両方を重視した事業活動を通じて、同社はコミュニティ創生を企図する自治体の期待にも応えるようになっていきます。同社は商業施設を運営している企業や自治体と共同で、住民の交流を高めるさまざまな取り組みを進めています。その結果、日本一小さな村で知られている富山県舟橋村においては、村内施設を活用した交流を毎月実施し、現在は交流会参加者にしめる村外住人の割合が8割に及ぶようになりました。関係人口の増加を達成することができています。
 

 
 コミュニティを形成する力が身につきつつあるAsMamaは、現在ではどのようなコミュニティ形成ができるか?と相談を受けることも増えているといいます。但し、コミュニティは一朝一夕にはできあがりません。企業や自治体と一緒に街づくりをするためには、どのような目的やニーズを共有するかが大切だといいます。最初は砂漠に水を撒くようなもので、すぐに成果は出てきません。しかし、地域に根差した人の活動が増えれば増えるほど、サービスの利用が増えていきます。初期はイベント企画で企業(社員)が実績を主導することもありますが、いかに地域の人々が自発的かつ効果的にサービス利用していくかが問われていて、それは地域の人々に必要なサービスの提供があってはじめて実現するものです。つまり、イベント参加者がサービス利用のメリットを実感してはじめて行動変容が生じるようになり、ようやくコミュニティ創生の機会が機能していきます。存在しないコミュニティが生まれていくためには、住民の行動変容が必要であり、行動変容する前提としてサービスが機能する必要があります。つまりサービスは行動変容の前提でありながら、行動変容すればユーザーにメリットが実感できなければなりません。このことを、サービス・プロバイダは確信しておく必要があります。また、時間をかけて行動変容を促すことも大切ですし、行動変容することで生じるさまざまな意義を包括できるサービスの拡張も考えなければなりません。こうしたことを意識しながら、じっくりと成果への到達を求めていく必要があります。そのために、リーダーは粘り強く目的やニーズを共有しながら、幅広くサービス提供できる環境を構築するのかが問われています。こうした実感を大切にしながら、職務に当たっているとのことでした。
 甲田様は、人が助け合える社会をつくる、そう考えたとき、気兼ねなく話せる環境をつくる、また、それを支える仕組みをITでつくる。また、そのために必要な環境をアナログとデジタルの両面でつくっていくことが大切で、サービスを提供する人、サービスを利用する人、サービスを運営する企業や自治体の全てが良いと思えること、相互に立場を尊重して関係が維持できることが大切であり、納得できる関係をつくることが、ビジネスを運営するうえで重要だと言います。またそれは、創業から今でも考え方は変わらないといいます。また、AsMamaはつなげる、話し合えるというソーシャル・ビジネスあるいはコミュニティ・ビジネスを形成していますが、このかたちに留まろうとは思っていないそうです。社会の問題解決を次々に解決できる事業体でありたいと考えています。新しい事業を2つ立ち上げようとしていて、その一つは「子育てチームサポートプロジェクト」の推進です。コロナ禍で様々な交流機会が失われ子育て世帯の孤立化が深刻な課題となっている中、送迎託児の機会や声かけを提供し、子育てを孤立・孤独化させないことで離職率の低下や仕事の効率UPをはかるものです。従来のアプローチの視点を変え、こうした悩みを抱える子育て世帯そのものをサポートしようとしています。具体的には、AsMamaのコンシェルジュが2名で一世帯をサポートする仕組みを動かそうとしています。また、このサービスの直接の受益者は子育て世帯の人たちですが、間接的な受益者として、その世帯が住んでいる地域の自治体や、世帯主らを雇用する企業がいます。こうした自治体や企業にも子育てサポートの関心はあるはずであり、これら組織と問題意識を共有することができる可能性があります。そこで、コストを世帯主に求めるのではなく、自治体や企業に求めながら、社会全体の問題解決のかたちを示していこうと考えています。もう一つは、使っていない私物(Local Capital)を地域でシェアする「ロキャピ」アプリです。形成されたコミュニティ間でモノの貸し借りができれば、必要以上にモノを買わずに済むし、意外な発見があるかもしれません。コミュニティへの帰属意識が芽生える可能性や、コミュニティの機能を高める機会にもなり得ます。こうして、地域やコミュニティでシェアするモノの利活用ができないかと、アプリを開発して使ってもらおうと思っているそうです。
 現在構想中の新たな事業モデルは、コンシェルジュの活躍の場を広げるものであり、コミュニティの機能を強化するものです。社会的価値を一律に定義しても仕方ありませんし、そもそも解決すべき問題も多岐にわたります。一方で、一朝一夕にはできあがらないサービス提供体制やコミュニティも、時間の経過とともに成熟の度合いを増していきます。どの段階で何ができるかは変わっていき、要求し得る行動変容も変わっていきます。これこそ、共創を前提としたサービスの醍醐味であり、サービスでしか描けないビジネスではないでしょうか。我々価値共創型マーケティング研究会のテーマに合致した、素晴らしいご講演となりました。
 
3. ディスカッション
 司会:今村 一真(茨城大学 人文社会科学部 教授)

 フロアの方からの質問を受けるかたちのディスカッションを展開しました。
 最初の質問は、「コンシェルジュの人数が増えるだけでなく、長く活動するのが良いと思うが、それはどのように推進しているのでしょうか?」というものでした。
 これについて、甲田様は、まだコンシェルジュの仕組みができあがっていないときは、イベントに社員が出向いて運営していたといいます。ところがこれでは、イベントの頻度が少なくなるし、長期の展望も立たないままとなります。何より、中長期でみたときに、イベントが維持できませんし、イベントに参加する人との関係を深めることができません。やはり、イベントを実施し頻度を高め、参加する人との関係を構築していくためには、自発的自主的に活動できる人を獲得する必要があったといいます。これをコンシェルジュにすることで、同社のサービスは全国展開が可能になったといいます。各地にコンシェルジュが誕生し、それぞれのコンシェルジュは責任感を持って対応します。こうすることで、全国各地で自発的自主的な取り組みが実施できるようになりました。但し、こうした継続的な活動が推進できていない地域においては、コンシェルジュがどんな役割を担うべきか、何をすべきかがわかりにくくなるという問題があります。一方で、継続的な活動が推進されている地域では活動のねらいが実感できるようになります。ここでは、コンシェルジュの活動が活発になり、同時にインセンティブも得られるので、それが自発的自主的な取り組みにつながっていきます。すると、企業は継続的な活動が推進できていないところを支援することができるようになります。また、コンシェルジュを組織化することも大切で、グループとして活動することができるようになれば、継続的な活動が理解しやすくなるといえます。
 こうした質疑を伺っていると、AsMamaのサービスにおいて、子どもを預ける時などの直接的なサービス提供者はCtoCの関係なのですが、コンシェルジュが子育て全般の問題への対処やサービス利用のアウトラインを示すことで、サービス・プロバイダと受益者との関係が好循環することが理解できました。
 
 このほか、社会的価値とは何か?経済的価値以外の価値提供や価値促進を社会的価値という理解の方が良いのか?といった質問がありました。この質問に対しては、甲田様が良く言うワードがあるようです。企業や自治体とともにコミュニティ創生を議論する際に、「何をしてくれるのか?」と聞かれると必ず「御社の場合は何を解決したいですか?」と尋ねるのだそうです。甲田様がこうと聞いてみると、その答えは、企業や自治体、あるいは地域によって結構違うことが浮き彫りになるそうです。ある地域では、送迎託児できる人がいないから、これが地域課題となっていましたし、また別の地域では、過疎化が問題になっていました。すると、解決の手段としては、移住定住を増やす手前として、交流人口を増やすのが地域課題だということになります。いずれの場合も、どのような課題があるのかをきちんとヒアリングして、解決が急がれるものを意識して優先順位をつけていくのが大切です。そこをふわっとさせないことが肝心だと甲田様は指摘します。具体的に目標を設定して、数字を追いかけていくのが大切だとご回答になりました。
 また、収益やコストといった経済的な側面は、活動を持続するための投資コストをきちんと計算したうえで、その投資コストを誰が負担するのかという認識を共有するのが大切だと言います。費用を支払う方も、継続的に支払えないと活動が維持できません。当然成果にも到達できないことになります。商業施設であれば、売上が上がることを目標としている場合が多いですから、商圏に相応の投資コストを提示することで、いわゆる経済的価値と社会的価値を両立した実践が可能になるのではないかとお考えでした。
 甲田様の説明は説得力があり、組織外部のリソースとの統合に向けて、利害の調整に長けていらっしゃるとも感じました。同時に、成果に到達するための見通しを持って交渉することは重要であり、そのためには行動変容にかかる時間、サービスが浸透し利活用が増えるタイミング、そしてそのときの効果などを具体的に把握する必要があります。最後のご質問はまさに、価値共創マーケティングのマネジメントの部分であり、藤岡先生が示唆した「顧客の生活時空間で行う活動を展開するために、どのように組織内部と外部を統合しているのか」に迫るものでした。リーダーシップに必要な資質を具体的に尋ねた格好ですので、理論と実践の横断的な議論が実現した瞬間でした。
 
(文責:今村 一真)

 
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