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研究報告会レポート

第42回価値共創型マーケティング研究報告会レポート「メタバースと価値共創」

第42回価値共創型マーケティング研究報告会(東京) > 研究会の詳細はこちら
テーマ:メタバースと価値共創
日 程:2023年9月9日(土)13:15-15:45
場 所:TKPガーデンシティ渋谷 カンファレンスルームD
 
【報告会レポート】
研究報告「メタバースにおける価値共創の可能性」

今村 一真(茨城大学 人文社会科学部 教授)

 本研究会では、かねてより価値共創の諸側面として4C(Contact→Communication→Co-creation→Value in context)を捉え、顧客の消費の文脈を支援する主体的なマーケティング活動に焦点をあててきました。2015年のカンファレンスでご登壇いただいた水戸ヤクルト販売(株)の内藤氏は、顧客とのコミュニケーションを主体とした関係性が消費の文脈を捉えることを、ヤクルトレディの実践の中に見出していらっしゃいましたし、2019年の第29回研究会でご登壇いただいた(株)ソニックガーデンの西見氏は、まだサブスクリプションのビジネスモデルが一般化する前から、長期にわたるクライアント企業とエンジニアとの関係を見越した企業による提案モデルを確立していらっしゃいました。2022年の第36回研究会では、顧客の生活世界を舞台としたビジネスとしてAsMamaの甲田氏にお話しいただき、多様やサービス利用の文脈を想定し、それに応じたプラットフォームと利活用の仕組みについて検討する機会を持つことができました。これら研究会活動を振り返れば、かつて4Ps(Product, Price, Place, Promotion)を重視した販売時の効果を最大化するマーケティング・ミックスの視点に留まらない、顧客の消費や利用の経験を舞台とした企業活動が、実務の世界においてさまざま模索され挑戦が続いていることを目の当たりにすることができます。この研究会は、いわば理論構築より先に推進されている実務をキャッチアップし、そこにどのような成果と課題があるのかを議論する探索的な場として定着してきた側面があります。
 この研究会が一貫してきたのは、価値共創への注目はダイアディックな視点を基礎にしているということや(企業と顧客の二者間の関係を焦点化することで、共創に至る背景や前提、あるいは共創による効果という文脈へと関心を広げています)、企業と顧客という両者はともに関係的でなければならないということ、さらには、顧客の価値を幅広く検討する必要があるといった点です。それによって、顧客への関与こそがビジネスの第一歩であること、また、顧客の問題解決(ソリューション)は消費や利用の文脈の一部に過ぎず、ビジネスが関与し得る機会を発見することの重要性が指摘されること、そして、顧客が単独で実現し得ない非合理や非効率の解消などがサービス利用によって実現していることを説明しようとしてきました。
 すでに10年ほどの研究会の実績から、本研究会の視点は決して先鋭的でなく、あるいは理論に留まる見方でもないことが実感できる一方で、価値共創マーケティングに基づくマネジメント、そしてデザイン志向でこのことを説明するといった研究の進展が期待されます。こうした局面において、今回の研究会では、仮想空間での消費行動をテーマとして扱うことで、従来とは異なる視点で価値共創を捉え、構造化した検討ができるのではないか。こうした方向性から実務への接近が可能だといえ、我々研究者は仲田氏の講演に期待を寄せています。以上のように、本研究会の概要と今回のテーマ設定の意義をまとめました。
 
講演「メタバース利用からみた小売の未来」

仲田 朝彦 氏((株)三越伊勢丹 営業本部オンラインストアグループ)

 仲田氏は、三越伊勢丹でメタバースのフロンティアともいえるご活躍をされています。これは、仲田氏が同社の社内ベンチャー制度を通じた挑戦が開花したものであり、現在でも店頭での接客業務を続ける一方で専門の部署を組織し、仮想空間の運営に専念していらっしゃいます。仲田氏が独創的なのは、多くの小売企業がメタバースを期間限定で実験的に運用する中、独自にプラットフォームを用意し常時利活用できる環境を提供するだけでなく、他企業の参入を歓迎し現実空間の都市が仮想空間に出現するような仕掛けを用意している点です。伊勢丹新宿店がメタバースに出現するだけでなく、新宿の街がそこに存在するばかりか、アバターが自由にトータルコーディネートして街を闊歩できることで、仮想空間では時間だけでなく四季を感じることができるほか、さまざまな過ごし方が存在することで、人と人とのコミュニケーションが豊富化するとともに、参画する企業の相互送客が可能になります。現実空間で当たり前のことが仮想空間でも成立するための前提を丹念に位置づけ、明るく楽しい空間を創出することで、幅広い年齢や性別の利用を促すことができます。本研究会の前半は、こうした仲田氏がメタバース事業を手掛けた動機、社内ベンチャー制度の活用、そして細部まで細かな配慮が行き届いた特徴あるメタバース空間であることが説明されました。
 ご講演の後半は、バブル後市場規模が縮小傾向にある小売の現場において、魅力ある提案、豊かなコミュニケーションの復活をお示しになりました。ファッションアパレルを中心とした近年の小売業は、熾烈な価格競争の中で大胆な提案が減少し、提案自体が没個性化しているとの指摘があります。事業の構造として在庫リスクと向き合いながら商売をしていくこの業種では、売れ残りのリスクを排除するために売れるものを作らなくてはという観念も存在し、挑戦的なプロダクトが減少していると仲田氏は考えます。しかしながら、在庫リスクの無いデータ空間である仮想空間ならこうしたユニークな提案はさまざま存在してよいほか、買わなくてよいという選択肢もあって構わない訳です。購買より体験を訴求することで、既存のオンライン・ショッピングとも異なる体験が提供できます。さらに、そこには豊かなコミュニケーションが存在し得るのであり、コミュニケーションこそが顧客が持ちたい個性を顕在化させる契機となります。これが仲田氏の考えるメタバースの可能性であり、経験の多様性だけでなく、仮想空間で体現したいさまざまな個性とそこへの気づきすら、メタバースならデータをとることができ、特徴的な価値共創が可能になります。近年は多くの企業がメタバースに関心を持ち、プラットフォーマーと呼ばれる企業も乱立する時代ですが、その多くが明確なビジョンを持たないまま投資が先行しているような状況ともいえます。仲田氏は、確固たる見通しとともにメタバースの可能性を広げていこうとしており、講演全体を通じて、その誠実な姿勢が強く伝わってきました。
 
ディスカッション

仲田 朝彦氏((株)三越伊勢丹 営業本部オンラインストアグループ)
今村 一真(茨城大学 人文社会科学部 教授)

 今回もディスカッションは盛り上がりました。最初は、メタバースをめぐる近未来の見通しについての質問でした。メタバースは社会的に注目され、今後大競争時代に突入するのではないか。寡占が進むことを想定しているとすれば、何が生き残る条件になるのかといった、質問が示されました。仲田氏は、ここ数年でプラットフォーマーが増える一方で、撤退する企業も相当数に及ぶのではないかとの見通しが示されました。その根拠として、プラットフォームの開発や維持に膨大なコストがかかることと、プラットフォームを提供することのメリットが必ずしも明確でなく、結果として収集できるデータをどのように利活用できるのかの議論が成熟していないことが示されました。また、例えばアバターがプラットフォームを超えて利活用できるといった見通しが今のところないことも、課題のひとつだといいます。何が生存の条件で、いまどのような挑戦が不可欠なのかを明確にすることも簡単ではありませんが、コンテンツやアイディアの有効性が明確であれば、消滅してしまうことは避けられるのではないか。そうであるならば、ある程度の汎用性とともにコンセプトの秀逸性と安定した利活用の実績が武器になるのではないかとのお考えが示されました。
 既存の百貨店の顧客層とメタバースの利用者の特性との違いについても質問がありました。これについては、三越伊勢丹での購買経験を有するユーザが含まれているケースが多い一方で、近年は30~50歳代を中心としつつ10歳代(30~50歳代の子ども世代)、60歳代以上(30~50歳代の親世代)も増えており、多世代での利活用がみられること、さらに女性のユーザの増加が顕著であり、同社がプラットフォーム運営において慎重に対応してきた、公序良俗への配慮が功を奏してきた結果だといえます。他方、三越伊勢丹の利用経験の枠を超えた顧客への拡大という点では、まだ道半ばといえます。それは同時に、仮想空間に参入する企業の増加、それとともにできあがる街の特徴にもよるといえ、慌てずに進化を続けつつ、仮想空間での滞在が楽しく、話題性が生まれるような取り組みを増やしていこうとお考えでした。
 
 ほかにも質問が相次ぎ、あっという間に所定の時間を過ぎてしまいました。おそらく価値共創を俯瞰して、あるいは行動パターンから価値共創の特性を予想するといったことも可能になるといえ、本研究会から多くの示唆が得られたともいえます。仮想空間での顧客行動が現実空間に及ぼす影響も考えられるでしょうし、まったく異なる消費行動も想定できそうです。こうした議論は尽きることがなく、今後も注目していきたい領域となりました。
 
(文責:今村 一真)

 
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